scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

捨てられないノートの話

「どこが断捨離だ」と言われそうですけれど。捨てられないものもあるんですよ。

そのうちの一カテゴリーが、カセットテープの一山。カセットプレーヤーがないんだから捨てればいいんだけれど、まだためらっています。中学生の頃、買い食いのおやつも含めて月1000円だったお小遣いを貯めて貯めて買ったポール・モーリアのベストアルバムなんてのもあるんですよ。ま、最近、CDやデジタルで集められるものは集めましたんで、これは単なるノスタルジーだな。

そして、もう一つが「黒歴史」でもある、子供の頃から大学生の頃まで(社会人になってからはデジタル化しました)の各種の作品集です。マンガとも恥ずかしくて言えないようなお絵描きと、それから小説の類い。いま残っているのは、中くらいの段ボール一箱分くらいでしょうか。大海彩洋さんとコメント欄でお話ししてましたが、当時はデジタル化なんて一般人がするものじゃなかったので、全部手書きですよ。

私の最初のデジタル化はワープロでした。もちろんワープロという機械はもっと早く売り出されていましたが、個人、しかも食いぶちも稼げない学生に買い与える親はかなり稀だったと思います。私は、大学の卒業論文を書くのに必要になったので、バイト代を貯めて買いました。それが自分の小説が活字で打たれているのを見た最初。感動でした。活字になると五割り増しはいい文章のように思えたものです。ま、今の若い子は、小学校に上がる前からキーボード叩いているんだろうな。いや、書けないか。でも、クリックなどはできるんですよね、きっと。

私の話に戻しますが、そんな時代だったので、コクヨのA5サイズの厚めのノートに書いていた時期がありました。今の作品で言うと「十二ヶ月の○○」シリーズみたいな、読み切り連作を構想して書いていたのですね。デジタルじゃないんで、後ろにずらしたりなんてできませんから、一つはこのくらいの分量と枚数で決めて、書きたい所から書いていくスタイルでした。今とほとんど同じだな、最初から順番に書いたりしないんですよね。

それから、原稿用紙を買ってきて、それを書く前に分厚く製本して書いたこともありました。結局、原稿用紙は紙の分量が増えるし、縦書きが書きにくかったのですぐにやめました。自分一人の趣味だったので、原稿用紙でなくてはならない理由は皆無だったのです。

入試の準備期間は、小説や絵で遊んでばかりいて、全然勉強しないことに我ながらまずいと思って、「全部一緒くたノート」を作った事もありました。浮かんでくる作品の構想が消えないうちに書き留めたり、これこそ今は読み直したくもない「詩」なんかも書き綴ったりしていますが、いちおう大半は歴史のお勉強や英語の書き取りなどがびっしりでした。最終的に七、八冊は分厚いノートがありました。これを捨てるにあたって、主に一年間の構想や詩などを別に書き写した総集編なんかも作りました。(そんなことやっているから浪人したんだな)

そんなこんなで、誰にも言わずにため込んだ秘かな趣味の紙媒体は、一度は大きな収納ボックス一つ分くらいにはなっていたでしょうか。自由帳、それから「葉○明の白い本」系のノート。こういう事を子供の頃からず〜っとやっていたので、他に自由時間などはなく、乙女っぽく書いた日記帳のようなものは皆無です。

で、スイスに引越すにあたって、船便とはいえかなりコストがかさむので、普通の引越ではありえないほど厳選した荷物を送ったのです。最初の数年は、これらの「八少女 夕作品集」は実家の私のもといた部屋に放置していましたが、さすがにいつまでも置いておくのはまずいかなと思って、数年後の帰国時に怖々例のボックス収納を開けてみました。

実家もいつまであるかわかりません。親が引越すかもしれないし、その時に開けられて人目にさらされるのは死んでも嫌です。でも、こんなに送ったらいくらになる事か。それで、心を鬼にして三分の二くらい捨てました。その時、捨てられなかったものだけスイスに送り、現在物置に置いてあります。(連れ合いに見つけられたってへっちゃら。読めませんからね。私の作品だって事すらわからないでしょう、きっと)

厳選した分ですら、先日「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の当時の設定の確認のために開けたら、恥ずかしくてのたうち回りました。つまり、捨てちゃった分は、相当ひどかったに違いありません。でも、「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の基本ストーリーは今でも同じなのですよ。でも、自分で読み直してものたうち回らないのは、なんでだろう。表現の違いなのか、中世の事をきちんといれたからなのか、それとも面の皮が分厚くなっただけなのか、なんだかよくわかりません。

この「パンドラの箱」の中にある作品で、いずれはリライトしてもいいかなと思っているのは、「バイフリート・シリーズ」(ヘルムート・バイフリート・アリトンという青年が主人公なので)と勝手に呼んでいるイギリスの田舎の村のお話。それに「ジグゾーパズル・ロマンス」という情けない題名のついているこれもイギリスのお話。それから「森の詩 Cantum Silvae」のジュリアと馬丁ハンス=レギナルド(マックスのご先祖様ですな)の話は短編かなんかに改編してもいいかなと思っていたり。それから、短編集は、よほど行き詰まったらアイデア探しに使おうかなと。

というわけで、ここはまだ捨てずに閉じておこうと思っています。
関連記事 (Category: もの書きブログテーマ)
  0 trackback
Category : もの書きブログテーマ

Comment

says...
わかります~~!
捨てなくてはいけないのかもしれないけれども、取っておいてしまうもの。
あるあるう~~(ありすぎて多くは語らず -_-;)

その中に、夕さんの物語の源泉があるとはすごいです。
それらの蓄積の上に今の夕さんがいらっしゃるのかと思うと感動です。

自分の集めたもの、集まったものって、やはり歴史であると思うので、それらは大事にしないと、と思っています。
過去多少のことをやってきた自分を褒めたりして。自愛^^
けれどもそれと、捨てる捨てないはまた別の話でぇ~(><)
2015.05.16 05:44 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

もうね。わけがわからないんですよ、私。
今日は、かなりたくさんの日本語の本を、来週やってくる古紙回収に出すために縛ったんですけれど。
そっちの本の方が、絶対に私のノートよりも価値があるに違いないと思うんですけれど、それでも黒歴史ノートが捨てられません。

彩洋さんのノートみたいに、すごかったら私だって「これは私の立派な歴史」と威張って取っておくと思うんですけれど、私の場合は、本当に「なぜ取っておく、私」みたいな。
でも、いまの私は、おっしゃるように確実にその黒歴史の上に積み重なっているのですよね。そう思うと、駄作の山でも愛おしい(おいおい)

でも、捨てなきゃいけないものは、いっぱいあります! 
ああ、まだ道は険しい!

コメントありがとうございました。
2015.05.16 17:23 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
やっぱり夕さんにも、そんな制作ノートがたくさんあったんですね。
それはやっぱり捨てられないだろうし、捨てなくてもいいですよ。
そんなに場所を取るもんじゃないし。置いておきましょうよ!!

私なんて毎回ノートに下書きするので、今もなお増え続けてるし、いらないんだけどなんだか捨てられなくて取ってあります。

でも、見られて恥ずかしい作品・・・そう、昔(20代初め)投稿した漫画の生原稿は、すべて廃棄処分しました。
ケント紙400枚分くらいあったかな。
文字のノートは、残された家族に読まれることは無いかもしれないけど、漫画は見られちゃうでしょ?
そんなの死ぬよりはずかしいし><
そうだ、私の断捨離基準は、「自分がいなくなった後、家族が戸惑うと思うもの」にしよう!
2015.05.17 00:13 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
「1日に10個捨てる」断捨離決行中の夕さんのつぶやき?なのかしら、楽しくニマニマしながら拝読いたしました。そして、やっぱり夕さんって相当にマメだったんだなぁ(今もその片鱗がありますが)としみじみ感じ入りました。ちゃんとまとめ直しをするなんて、その頃から創作者としてちゃんとしておられたんだと。
しかも短いシリーズもののためにA5のノート、という部分にはもう「やられた!」と感心しちゃいました。順番通りに書けないから、という部分で私が使ったのはルーズリーフでしたが、アイテムは違うけれど、何やら工夫しながら手書き時代を経験してきたのだなぁとしみじみ。
いや、これはつまり「類似点発見」「同世代発見器」の感動でしたね。

いや、私も多分、今手許の残っているのは全てではなくて、結構捨てちゃったものがあると思うのです。この間、実家で古いダンボールとか開けたら、原稿用紙に短編があって(中学生のころっぽい。原稿用紙は基本的に使わなかったんですが、何を思ったのか……)、人斬りの浪人が一人の少女との出逢いで自分の人生を儚んで死んじゃうという、まるきり救いのない話でびっくりしました。中学生の私に向かって、思わず「おい」と突っ込んでおりました。
そうそう、捨てられないのは、ノートの利点・書きこみのせいなんですよ。自分の当時の読書メモとか、友だちの感想とか、そのままなので。だから、いまさら人に見せられないわってのは同じなのですが、何だか捨てられなくて。
人に見られても、まぁ、死んだあとならいいかなぁ、程度の感覚です。
いや、でもびっくりするほど恥ずかしいので、これは自分一人の楽しみですよね。

ただ、文章やら表現はともかく、結構ストーリーの大きなつくりはその頃と変わってなかったり、あるいはその頃の方が大胆で面白い話を作っていたりしたなぁと思うのですけれど、夕さんの「森の詩…」のシリーズにしても、大事な創作の原点は、今も昔も同じなのかもしれませんね(*^_^*)
2015.05.17 03:04 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
 はい、ありますよ、ありますよ。オフコースにバービーボーイズ、渡辺美里、さだまさしetcetc
 ま、吉田美奈子さんとか達郎、大滝さん、みゆきさんなどはCDに全部置き換えました。たーぼーはCDが普及してからなので始めからカセットなし。でも今やCDも怪しくなってきました。オートチェンジャーないんですってね。SDに取って代わられたとか。うーむ。たしかにウィンドウズ95の時代に買った画像ソフトはまともに動きません。どんどん発達するのは良いけど、そのへんのケアもして欲しいと思いますね。
 紙媒体は無敵です。ハードが代わろうと読めなくなる心配は無し。フロッピーに入れといた私の作品は今となってはかなりの数が二度と読めなくなっています。紙に印刷しておいたものだけが残っている。紙媒体は不便だけど、その分強い!!
2015.05.17 06:14 | URL | #eRuZ.D2c [edit]
says...
オリジナルイラストはいつ見れるんでしょうか?
私は小さい頃の話はほとんどが頭の中で考えていただけで
ちょっと書いたのもすぐ捨ててしまっただったので
黒歴史が残らなくてほっとすると同時に少し寂しいです
2015.05.17 08:59 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは。

いや、その、私のものは、彩洋さんが時々アップされていらっしゃるような高クオリティのものを想像なさいませんように。

limeさんがお捨てになってしまったマンガ、それはもったいない!
投稿できるレベルだったのに!

私のは、もう、全然そんな所に辿りついていなくて、なんでしょうね。「妄想をそのまま形にしたらくだらない事がよくわかった」ってところでしょうか。よく自分が嫌にならずに、今までしつこく続けているな。

まあ、でも、段ボール一箱なら、家の中の場所締めとしては許される範囲かなと自分に言い訳中です。

もっとも、「見られたら死ぬほど恥ずかしい」度が強くて、死ぬまでには薪オーブンにつっこみたいと思っているのは、やはりお絵描きの方ですね。文字の方は、「周りは誰も読めないだろう」もあるんですが、それよりもぱっと見ではひどいかどうかがわからない上、読まれたとしても「う〜ん。まあ、ありかな」レベルになってから書き出したものが多いので、若干ましのものが多いみたいです。あ、設定は「これはなしだろう」な恥ずかしいものはありますが(笑)

limeさんの小説の下書きは、取っておいた方がいいですよ。きっとそのうちに「lime記念博物館」で陳列される事になるかもしれませんし!

コメントありがとうございました。
2015.05.17 10:57 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

そうなんですよ。ついに本棚をギュウギュウにしていた日本語本の一割と、もういらないと判断して袋にいれて物置に置いてあった文庫の山を古紙回収に出しちゃえ、まで断捨離しているのに、ずっと価値の低いこっちは捨てられません(笑)

ああ、まとめ直しは、なんですか、ただの自己満足です(笑)
一応受験生だったので、妄想の量よりお勉強(暗記系や書き取り系)の分量が多くて、ノートは捨てたかったんです。一冊が2センチくらいの厚みのあるノートの山でしたから。でも、妄想書き込みのせいで捨てられない。じゃ、それだけ分離して取っておくか、という発想です。でも、やりだすと、毎年のお約束、今でいう確定申告みたいになりまして、しばらくやっていました。仕事が忙しくなって執筆が止まってからは自然消滅しましたね。

ルーズリーフは、入れ替え可能だし、無駄はないし、とてもいいシステムなんですけれど、あれですよ。「本っぽくない」じゃないですか。いや、横書きのノートの時点で本じゃないんですが、素人が、ましてや私が本を出すなんて考えられなかったティーンエイジャーのお遊びとしては、本っぽいものに憧れがあったんですよ。それでA5サイズ。並べて秘かに喜んでいました。笑える〜。

しかも、たった今、思ったんですけれど、私は書き直すのが嫌いな人なんですね。下書きをして、確定してから清書をするというプロセスすら大嫌いなんです。いや、今も(昔も少しは)推敲校正はしますけれど、一度書いたものの全文をもう一度最初から打つのがものすごく嫌なんです。同じ事を二度しているのが時間の無駄みたいに思うんで。そんな時間があるなら別のものを書きたいのにって。だから、下書きをしないんだ! 吹っ切れたぞ。

溢れて来るもののを必死で書き留めていたので、書いたものの字も汚いし、変なところは書かないまま置いてある。でも、綺麗に清書などはしない。だから、人にも見せられなかったんですね。

原稿用紙は、当時も投稿のような事をする人には必須でしたし、小説を書くならばそれが正しい方法みたいに感じていましたし、文豪っぽい(笑)ので、一度はそうやって書こうとしたんですが、横書きでも汚い字がもっと書きにくいし、さらに枚数がやたらと増えて迷惑なのでやめましたね。同人に加わっていなかったし、印刷予定も当然皆無でしたから、字数を数える必要がなかったからでもありますね。

ああ、彩洋さんのノートにはお友だちの書き込みもあるのですね。それは捨てられませんよね。それに、いま残っているのの多くは、ほぼ真シリーズの大河小説ですよね? それは彩洋さんには財産ですよね。捨てちゃダメです。

それに。彩洋さんも救いのないお話を書いていらっしゃった事があるのですね。私は、ほぼ8割が救いのない暗〜いものだったような。今は、救いもないけれど、破滅でもない、淡々としたものが増えたかな。「樋水龍神縁起」は視点によってハッピーエンドとアンハッピーエンドのどっちにも読めるけれど、実はそのどちらでもない境地、というところが氣にいっている終わり方です。でも、そういうレベルでもなくて、単純に幸福とは言えないけれど、不幸とも言えない静かな終わり、というのがデフォルトとなりつつあります。「ファインダーの向こうに」「大道芸人たち」「Filigrana 金細工の心」現在予定している三本は、みなそっちです。

その他に、ひねりのないストレートな結末というのもよく書きます。

例えば、「森の詩 Cantum Silvae」のストーリーが変わっていないのは、あの頃から面白いストーリーをつくっていたのではなく、今も私の頭の中がとても単純だからなのだと思います。

「マンハッタンの日本人」の最終回で、皆さんのコメントを読んでいて思ったんですけれど、「そんなストレートな結末にするか」と皆さん驚かれた感じがそこはかとなくあって、でも、「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」にしろ、「夜のサーカス」にしろ、行き着く先はびっくりするほどひねりがないのは、狙ってあえてやっているのではなくて、本当に私が単細胞なのだと思います。だから「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の高校生のお花畑脳の結末がこの歳になっても「ありじゃん」と思ってしまったように思います。あと、ミステリーをほとんど読まないんで、「最後に驚きがなくてはならない」という観念がどこにもないのかも。

とはいえ、当時のしょーもない作品も、それをひとりでコソコソ書いていた自分も意外と嫌いではないです。読まされるのは拷問だと思いますが(笑)

という矛盾したものを抱えつつ、また書いていこうと思います。

彩洋さんの原点のお話が、今の彩洋さんの手によって少し変えられつつどんどん開示されていくのも楽しみにしています。

コメントありがとうございました。
2015.05.17 13:20 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

miss.keyさんも、もしかして意外と近い年代かもって、思ってしまいました(笑)

ああ、そうなんですか。オートチェンジャー、ない時代になっていましたか。
それに、そう。私もフロッピーディスクドライブはあるのですが、それを読めるソフトウェアがもうないかも。
先見の明があって、全部テキスト形式にしておくなんて事は、しませんでしたしね(笑)

そうですね。紙に手書きしてあるものは、もしくはプリントアウトしてあるものは、いつまでも同じですよね。そうか〜。OS9時代にページメーカーでレイアウトした作品、早く救い出さなきゃ! あの頃は寡作で助かりました。今みたいに書いていたら、やるのを考えるだけで滅入りそうです。

で、そういう事をやっていると、片付けは進まない(笑)

コメントありがとうございました。
2015.05.17 13:26 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

2016年2月31日に特別公開予定です。つまり、永久に公開しません(笑)

ダメ子さんの小さい頃の脳内は、とても面白そうです。
ウツ子ちゃんが優勢だったのでしょうか。
ついでに、中の人の小さい頃の脳内にも興味津々です。
いつかマンガにしてください。

黒歴史は、残らないに越した事はありません。
見られるのは困るけれど、処分もできないなんて、ねぇ。

コメントありがとうございました。
2015.05.17 13:29 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
わたしの場合、最初にワープロを手にしてやったことは、キーの練習と、

「長編ファンタジー小説」を書くことでした。

3か月かけて360枚書いて自信をつけました。

それがすべての間違いだったのかもしれません(えー(^^;))
2015.05.17 14:48 | URL | #0MyT0dLg [edit]
says...
こんにちは。

おお、最初からいきなりの長編!
作家ポール・ブリッツさんのデジタルデビューですね。
そして、完成した大作は、いまいずこ?
ブログにアップされているのでしょうか?

その入力が、ソフトがなくていまでは読み出せない、とかそういう辛いオチではないですよね……。

コメントありがとうございました。
2015.05.17 15:58 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
大学のサークルの会誌にまとめて今も家で眠っています。

いま発表するとなると、冒頭から全部書き直しであります(^^;)
2015.05.18 09:54 | URL | #0MyT0dLg [edit]
says...
こんばんは。

うぎゃあ、そんなに書いたのにまんまは使えないのですね。
一度もデジタル化していないより、ずっと打ちたくないかも……。しかも長編……。

でも、そういわれると、読んでみたくなります。
打ち直してくださったら、発表してくださいね(鬼)

コメントありがとうございました。
2015.05.18 18:52 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:https://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/1056-9ed6c4f2