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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】The 召還!

60,000Hit記念掌編の第二弾です。六人の方からいただいたリクエストをシャッフルして、三つの掌編にしたのですが、今回は、栗栖紗那さん、ふぉるてさん、limeさんからのリクエスト。

『異世界』でお願いしたいと思います。
(紗那さん)


ええと、お題は 『時間(または「時」に関連するものや、連想する何かなど)』
キャラは…もし可能であれば…こちらの世界の住人の誰か(人選、人数などは任意で…)を入れて頂けると…嬉しいです><;
(ふぉるてさん)


では、そうですねえ、お題というほどこだわらなくてもいいんですが、「植物」をどこかにいれてほしいな。
木でも草でも花でも。菌類でも(笑)←架空の植物でもいいです。
「ぼく夢」の博士が植物研究者ってことにちなんで。
そして、うちの玉城をどこかにちょろっと出してもらえたら、もうすごく喜びます^^
(limeさん)


このリクエストにお応えするために、リナ姉ちゃんのいた頃シリーズでおなじみのリナ・グレーディクと、彼女の友達でロンドン在住の東野恒樹をメインに据えました。そして無謀にも、異世界に無理矢理連れて行ってしまいました。

紗那さんのまおーからユーニス、ふぉるてさんの「ARCANA」からハゾルカドスとモンド、そしてlimeさんの「RIKU」から玉城(すべて敬意を持って敬称略)をお借りしています。




The 召還!

 話が違う。東野恒樹は、ビッグベンの文字盤の長針にぶら下がりながら呟いた。

 彼が、ロンドンに引越してきてから、一年以上が経つ。周りの日常会話が聴き取れるようになり、言いたいことの半分くらいは言えるようになった。友達もそれなりに出来た。

 それなりでよかったはずが、友情を深める必要もない女と友達になってしまった。それが、この絶体絶命の一番の原因だ。
「おい! なんで俺がこんなアクションスターみたいな真似をしなくちゃいけないんだよっ! リナ!」

 ロンドン名物、国会議事堂の時計塔であるビッグベンことエリザベス・タワーは、英国在住者であれば無料のツアーに参加することで登れることになっている。彼を訪ねてきたリナ・グレーディクはスイス人なので、無料ツアーには参加できない。それでも、どうしてもエリザベス・タワーに登るために、彼女は国会議員のなんとかさんと、ウェストミンスター寺院で主任なんとかをしているかんとかさんを動かした。恒樹とリナだけが、特別ツアーガイドのミスターXに引率されていく、というのも十分に怪しかったが、集合時間も尋常ではなかった。23時って、なんだよ。

 暗闇の中、懐中電灯を頼りに階段を登っているのは、まるで泥棒ツアーみたいだったし、だいたい夜景以外何も見えなかった。謎のアジア系移民という趣のミスターXは、こっちの理解などおかまいなしに、ペラペラ喋りながらさっさと階段を登っていったが、こんな時にハイヒールのサンダルを履いてきたリナは、階段の隙間に踵が引っかかったとかで、あれこれ騒いだ。恒樹は、しかたなく戻った。

 元々は美人とは言え、例のチェシャ猫みたいな口の大きい笑い顔が懐中電灯の光に浮かび上がって相当ブキミだった。「笑ってる場合じゃないだろ」とリナを引っ立てて、ミスターXの銭湯の中みたいに妙に響く声を追って登った。

 それが、急に何も聞こえなくなった。
「あれっ? おい、俺たち、はぐれたのかもしれないぞ」
「そう? そこら辺にいるんじゃないの?」

「おいっ。そうやって勝手に動くなよっ。……って、わぁぁぁぁ」
急に足元が抜けたようになった。そして、氣がついたら、彼は世界で最も有名な時計の一つの長針にぶら下がっていた。

「きゃあっ。コーキ、大丈夫? ちょっと待って。そっちに行くから」
「おい、氣をつけろ。お前、そんなハイヒールで!」
「だって、靴脱ぐと、それはそれで危なさそうでしょ?」

 こんな状況で、のんきなことを言うな! ともあれ、恒樹は文字盤の上のアーチの柱につかまりながら手を伸ばすリナに腕を伸ばした。二人とも必死で手を伸ばして、ようやく二人の手が届きそうになった時、リナのつかまっている柱にひびが入って少しだけ崩れ、彼女は支えを失った。
「え? きゃあああああ」

 落っこちてきたリナの手を握っていた恒樹は、反動で長針から手を離してしまった。そのまま、二人は、真っ逆さまにビッグベンから、ロンドンの夜景へと落っこちていった。まるで007の映画みたいに。いや、こんな時に冗談言っている場合じゃないって。恒樹は、泣きそうになりながら考えた。どこだっていいから、ここでないところに居たいと。

* * *


「もうし、もうし……」
う~ん、なんだ? どこからか、間延びした声が聞こえてくる。恒樹は、そっと瞼を開いた。眩しかったので、すぐに一度閉じたが、その時に目にしたものがありえなかったので、額に手をかざしながら、もう一度怖々と瞼を開けた。

 あ~、なんだこれは。一つ目。一つ目~?

 恒樹はがばっと起き上がると、状況の確認をした。草むらに横たわっていた。周りは深い森というわけではないが、少なくともロンドンの国会議事堂の前にはないような緑豊かな場所だった。ただし、イギリスのどこにでもあるような、普通の控えめな植生ではなく、赤やピンクの派手な花があちこちに咲いている、妙にサイケデリックな森だった。だが、特に湿度が高いわけではなく、まるで大昔のチャチな映画セットみたいだ。

 恒樹の横たわっていたすぐ側には、リナが横たわっている。氣絶ではない、俗にいう爆睡ってやつだ。百年の恋も醒めるような豪快な眠りっぷり。

 そして、恐る恐る、先ほど見た珍妙なものを確認すべく、前に辛抱強く立っている男の顔を見た。鼻と、口と、その下の白いあご髭は普通だ。ただ、まん丸い目が一つだけ、真ん中についている。ありえん。とりあえず、俺の頭がどうかしちまったのか、確認するためにこいつを起こそう。

「おい、リナ! 起きろ!」
「うう~ん。眠いもん」
「寝ている場合じゃないって。お前、危機管理能力なさすぎ!」
「あん? うるさいなあ。睡眠不足は、美容の大敵……あれ? ここ、どこ?」
「知らん。なんか尋常じゃないことが起こったような……」

「ビッグベンから落ちたんじゃなかったっけ?」
「ああ、でも、天国にしちゃ、ここちょっと普通だぜ? それに、この人さ……」

 リナは目をこすって、ようやく一つ目の男を見た。
「あれ?」

「おお、お目覚めかな。こんな所で二人で寝ているから、何かあったのかと思いましたんじゃ」
一つ目の男は、意外と親切らしい。

「あ~。あなた、誰?」
リナのヤツ、単刀直入だ、と恒樹は思った。一つ目の男は、笑顔を見せて言った。
「ユーニスというんじゃ。お前さんがたはどこから来たのかな」

「こんにちは、ユーニス。あたしはリナ。この人はコーキ。ちょっと前までロンドンにいたんだけれど、ここはどこかしら?」
「ここか。おそらくイースアイランドのどこかと思いますがの」

 恒樹は、その語尾の自信のなさをとらえて詰め寄った。
「おそらくってなんだよ。確信はないのか?」
「十分ほど前に、魔王様と一緒にいたのは、間違いなくイースアイランドでしたからの。たまたま魔王様たちが視界に入っていないものの、まあ十中八九はまちがっていないかと」
「俺たちだって、少し前はロンドンにいたんだよ! そんな推論があてになるかよ」

 リナは、まあまあと間に入った。
「別にイースアイランドとやらだって、不都合はないでしょ。そういうことにしておこうよ」
「リナ、お前なあ。現在位置がわかんなきゃ、帰り道だってわかんないだろ!」

 リナは肩をすくめた。
「面白いから何でもいいじゃない。少し冒険していこうよ。これってイセカイショーカンってやつでしょ?」
「召還じゃねぇ! ただの迷子だろ」

 リナは、恒樹の言葉をあっさり無視して、ユーニスの肩を馴れ馴れしく叩いた。
「じゃあ、とにかく一緒にこの森を出ない? うまく魔王様に出会えたら、私たちを送り返してって頼めばいいでしょ?」
「おっしゃることはもっともですの。では、行きましょうか」

 歩き出そうとするユーニスとリナに向かって、恒樹は訊いた。
「そっちだって、確証はあんのか?」

 リナは当然大きく首を振った。ユーニスは大きな一つ目をくるりと一回転させてから答えた。
「こちらから歩いてきましたからの。そのまま前方へ進もうかと」
「そうしたらもっと迷うだけじゃないのか?」

「じゃあ、あそこのお兄さんに訊いてみようよ」
リナが突然言った。お兄さん? ユーニスと恒樹は、怪訝な顔をしてリナの方を振り返った。リナが指差している先に、アマリリスに酷似している巨大な花が沢山咲いている異様に妖しい繁みがあり、そこから「痛って~」と頭を抱えながら、日本人とおぼしき男性が立ち上がっている所だった。

玉ちゃん by limeさん
この画像はlimeさんからお借りしています。著作権はlimeさんにあります。limeさんの許可のない使用はお断りします。


「ったく、なんだよ。人の頭を思いっきり叩きやがって」
チェックのシャツを着たその青年は、屈んで何かを拾った。それは宝石が埋め込まれたかなり立派な杖のように見えた。

「大変失礼しました! あなた様の頭を叩くつもりは全くなかったのでございます!」
その声に、青年はぎょっとしたようだった。恒樹たち三人も、どこからその声が聞こえたのか周りを見回したが、他に人影はなかった。

「わたくしでございます。ここ、ここ」
青年は「わっ」と言って杖を投げ出した。

「っと。それはあまりに乱暴な!」
「つ、杖が喋った!」

 これは面白いと、リナが走って青年と杖の所へと向かったので、恒樹とユーニスも巨大アマリリスの繁みへと急いだ。

「わたくしは、ハゾルカドスと申します。偉大なる魔法使いレイモンド・ディ・ナール様によって、このような特別の力を授かったものでございます」

 杖がペラペラ喋るという状況には簡単に順応できない青年の代わりに、リナは杖を起こして訊いた。
「じゃ、あなたも魔法が使える?」
「え。いえ、魔法をお使いになるのはわがマスターでして……」
「そっか。じゃあ、その偉大なるご主人様を呼んでよ」
「はあ。で、でも、その……マスターはどうしてここにいないんだろう……それに、他の皆さんも、いったいどこに」

「なんだよ。魔法の杖も迷子かよ」
恒樹が呆れる。それから日本人に話しかけた。
「君、日本人だよな? 俺は東野恒樹、日本人。こっちは、リナ・グレーディク、スイス人。ロンドン観光中にどういうわけかこの謎の世界に飛ばされちまった様子。この一つ目のおっさんは、魔王様のお付きとやらでユーニスっていうんだってさ。で、君は?」

 青年は、巨大アマリリスの繁みからようやく抜け出してくると、ぺこんと頭を下げた。
「玉城って言います。さっきまで熱を出して自宅で寝ていたはずなんですけれど、なんでこんな所にいるんだろう。ここ、ロンドンなんですか?」

「イースアイランドですじゃ!」
ユーニスが叫んだ。その横から杖のハゾルカドスが異議を唱えた。
「いいえ、ヴォールのはずです!」

「あ、どっちも証拠ないから信じなくていいと思う」
恒樹が宣言すると、それは全然慰めにならなかったらしく玉城は泣きそうな顔をした。

「いっぱい増えたけれど、あたしたち全員、役立たずの上に迷子ってこと?」
リナがのんびりと訊くと、ユーニスとハゾルカドスは揃ってため息をついた。

「ねえねえ。ここの花って、持ち帰ったりしてもいいのかな」
間延びしたリナの質問に、恒樹は首を傾げた。
「何をするつもりだよ」
「こんな大きいアマリリス見た事ないもの。持って帰って増やそうかなって」

「そういう無謀なことは、やめた方がよいの」
ユーニスがいうと、ハゾルカドスもカタカタ動いて同意した。
「ちょうどヴォールでは『ラシル・ジャルデミア』のご神木が500年に一度の花を咲かせているのです。何か特別なことが起こっているから、私どももこのような不可解なことの巻き込まれているのかもしれませぬ。この森の植物は、どれも奇妙ですから、触ったり抜いたりなどということはなさらない方が……」

 リナは、こちらを向くと例のチェシャ猫のようなニッという笑いを見せて、右手を上げた。
「もう、抜いちゃった」
リナの右手に握られた巨大なアマリリスの下から、玉ねぎサイズの球根がブルブル震えて見えた。

「うわっ。こいつ、やっちまったよ」
恒樹が、後ずさるのと、球根が「ぎゃーーーー」とつんざく叫びをあげたのが同時だった。リナは、ぱっと手を離して、一目散に逃げだした。恒樹が続き、ユーニスも走り出した。

「お待ちください!」
杖のハゾルカドスは叫ぶと、腰を抜かして座り込んだ玉城の背中とシャツの間に飛び込んだ。玉城は、必死に立ち上がると、さっさとトンズラした三人を追った。

 球根は走れなかったらしく、追ってこなかった。無事に逃げたとわかると、四人と杖は座り込んで息を整えた。
「お前さ、少し考えてから行動しろよ」
恒樹がいうと、ユーニスが同意した。
「とんでもないガールフレンドをお持ちですの」
「ちっ、違う! こいつは、俺のガールフレンドじゃない!」

「そんなに激しく否定しなくたっていいじゃない。ねぇ、タマキ? あ、これって、ファーストネーム?」
リナが訊くと、恒樹は「違うよな」と確認した。玉城は黙って首を振った。

「じゃあ、ファーストネームは、なんていうの?」
リナが訊いた。その途端、玉城は「わっ」と泣き出した。

「おい、お前、どうやらしちゃいけない質問をしたらしいぜ」
恒樹が言うと、リナは黙って肩をすくめた。

「それはそうと、無茶苦茶に走って逃げたので、さらに迷ってしまったようですの」
ユーニスが不安げに言った。先ほどよりも暗く、どうも森の奥に入ってしまったようだ。

「森の動物にでも案内してもらえるといいんだがな」
恒樹が腕を組んで考えているとハゾルカドスが、「あっ」と言った。

「なんですの。いい案でもありますかな」
「ええ。リスの知り合いがいるんです。モンドっていうんです。呼んでみましょうか」

 そこで、四人と杖は、声を合わせて「リスのモンドさ~ん!」と呼んだ。恒樹と玉城は、「なんでこんな馬鹿げたことを」という思いを隠しきれなかったが、他に方法もなさそうなのでしかたなく一緒に叫んだ。

「あっしを呼んだでござんすか」
不意に足元から声がした。

「わぁっ!」
不意をつかれて恒樹が飛び上がった。ごく普通の茶色いリスがそこにいた。

「おひかえなすって!」
リスは片手を前に出して器用にも仁義を切り出した。
「生まれはアゼリス、育ちはルクト。生来ふわふわ根無し草、しがねぇ旅ガラス、風来坊のモンドってのぁ、あっしの事でござんす!」

「旅リスじゃないの?」
リナが話の腰を折るので恒樹が睨んだ。

「なあ、風来坊のモンドさんよ。この森には詳しいのかい?」
恒樹が、間髪入れずに本題に入った。

「まあ、全部をわかっているというわけじゃありやせんが、そこそこ」
「おお、じゃあ、出口はわかりますかの?」
ユーニスが訊くと、モンドはこくんと頷いた。

「やった! 連れて行って!」
リナが言うと、モンドは、先頭に立ってちょこちょこと歩き出した。
「あ、球根が叫ぶアマリリスの繁みは避けてくれるかな」
恒樹が注文を出した。

「構いやせんが、するってぇと、少し遠回りになりますぜ。火を吹く竜のいる池を泳ぐのと、九つの首のあるコブラの大群が待っている渓谷とどちらがお好みでやんすか」
リスが訊くと、四人と杖は揃って首を振った。
「アマリリスの繁みでいいです」

 つい先ほど通った、巨大アマリリスの繁みでは、地面に転がった球根が「元に戻せ!」とうるさく叫ぶので、リナの代わりに玉城が球根を土の中に埋めた。
「どうもありがとっ」
リナは、玉城の頬にキスをして感謝を示したが、若干迷惑そうな顔をされた。さもあらんと恒樹は思った。

 それから、サイケデリックな花園を通り、妖しげな道なき道を進んだ。

 それから、太い蔓草が絡んでいるジャングルに入る時にリスは振り返った。
「腕時計をしている方はいやせんでしょうね」

「iPhoneがあるから時計は持っていないけれど、なんで?」
リナが訊いた。リスは蔓草を示して答えた。
「これは『時の蔓草』でやんす。時計の、時を刻む音がすると、途端にとんでもないスピードで育ちだすので、進むのがやっかいになりやんす」

「面白い草だね」
リナの言葉に、嫌な予感を持ったのか、ユーニスが続けた。
「この草が育ちだすと、ついでに時間の方も進み方が無茶苦茶になるんでの。出来れば、今は余計ないたずら心を起こさんで欲しいんじゃが、お若いの」

 何かしたくても時計を持っていないもの、とリナがブツブツ言うのに安心しつつ、一行はただの蔓草にみえる『時の蔓草』の繁みを掻き分けて通り過ぎた。

 突然目の前が開けた。
「さ、ここが森の出口でござんす!」
リスのモンドは、威張って宣言した。

 四人と杖は、一瞬絶句した。確かに、森は唐突に終わっていた。目の前にはハワイのような真っ青な大海原と白砂のビーチが広がっていて、沢山のパラソルとリクライニングチェアが置いてあった。

「魔王様はどこだよ」
恒樹がユーニスに訊くと、一つ目の男は悲しげに首を振った。

「大魔法使いは?」
玉城が訊くと、杖も項垂れるようにしなった。

「ま、いっか。せっかくビーチがあるから、少し海水浴でも楽しもうよ」
のんきにリナが言うと、三人の男と杖は黙って彼女を睨んだ。

 リスが言った。
「残念でござんすが、この海は泳ぐためのものではないざんす」
「じゃ、何のため?」
「テレポート・ステーションでござんすよ」

「なんだって?」
「あそこのリクライニングチェアに座って、目を閉じるんでやんす。太陽がちょうど傘の真ん中に来た時に、行きたい所を思い浮かべると、そこへテレポートするでやんす」

「早く言えよ!」
太陽は、かなり高く上がっている。一同は、慌ててリクライニングチェアへとダッシュした。

「ありがとう、リスさん!」
「お役に立ててようござんした!」

 恒樹は、白と青のストライプのリクライニングチェアに座って、行きたい所はと考えた。ふと、日本にいる幼なじみの顔が浮かんだが、いま日本に出現したら、厄介なことになると思った。ロンドン、ロンドン。彼は、呟いた。

 リナも一瞬、スイスに帰るか、それともかつてホームステイした東京のある家庭のことも考えたが、ロンドンにお氣に入りのスーツケースが置き去りになっていることを思い出して、ロンドンにしようと思った。

 ユーニスは、どうやら魔王様の滞在先を呟いているようだった。

 玉城にリクライニングチェアに横たえてもらった杖のハゾルカドスは「マスターのところへ帰らせてくださいませ」と呟いていた。

 そして、玉城は「リク、今、助けにいくからね」と呟いた。

 太陽は、ビーチの真上にやってきた。「お達者で!」というリスの声が聞こえたかと思ったら、傘の中心から白くて強い光が溢れ出て、恒樹には周りがまったく見えなくなった。ロンドン、ロンドン。あ、ビッグベンにいたんだよな、俺たち。

* * *


「なんでこうなるんだよっ!」
恒樹は、泣きそうになった。確かに彼はロンドンに戻ってきた。だが、彼はまだビッグベンの文字盤の長針にぶら下がったままだった。ヒュルルと風が強い。絶体絶命。

「えっ。やだ! コーキも、ここに戻ってきちゃったわけ?」
その声に、上を見ると、リナがいた。

「た、助けてくれっ」
「ちょっと待って、いいもの持ってきたから」
そう言うと、リナはポケットから緑色のものを取り出した。それはさっきのジャングルにあった、妙に太い蔓草だった。……ちょっと待てよ。確かあのリスは『時の蔓草』って、言ったよな。時計があるとヤバいとかなんとか……。恒樹は、巨大な時計の長針にぶら下がっているというのに。

 リナは、それの片方をアーチに固く結びつけると、反対側を恒樹に投げてよこした。そんな短いものが届くかと思ったのもつかの間、それはぐんぐん伸びて、文字盤と針を覆いはじめた。あのリスの言う通りだった、ヤバいぞと思った。が、ちょうど足場にして、上へとよじ上るのに都合よかったので、リナへの文句は言わないことにした。

 恒樹が無事に上のアーチに上がり、ひと息をついた頃には、ビッグベンはすっかりその巨大な蔓草で覆われていた。このままじゃ、まずいよなあと思ったが、とにかく急いで塔から降りることにした。ユーニスの言葉によると、この草のせいで、時間の進み方もめちゃくちゃになるらしいから、早くこの場を離れた方がいい。

 実際に、上では真夜中だったはずなのに、なんとか下まで辿りついた頃には、夜がうっすらと明けはじめていた。

「あ~あ、朝になっちゃったかぁ」
リナが間延びした声で言うので、批難のコメントをしようと振り向くと、『時の蔓草』に覆われたビッグベンが目に入った。奇妙で大きな蔓草は、朝日を浴びて、溶けるように消えていく所だった。

 安堵と疲れで、声もなく立ちすくむ恒樹に、リナは言った。
「ねえ、コーキ。私、お腹空いちゃった。この時間にご飯食べられるところ知ってる?」

 恒樹は、先ほどよりずっと強い疲労感を感じつつ、何があっても懲りない変な女を振り返った。

(初出:2015年7月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説 コラボ リクエスト キリ番リクエスト

Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

あ、異世界召喚もの……というか、迷い込んだだけ?
なかなかシュールな世界ですが、どんな場所にいても、リナは動じないんですね。いや、あっぱれです。
お、これはビッグベン倒壊の危機か? ロンドンの観光名所、どんどん壊しちゃいましょうね~。って、悪事に誘うなよ(爆)
暴走しまくるリナと、ふりまわされて右往左往する取り巻きの男性陣。楽しませていただきました。八少女夕さん、コメディものもさらりと書けるので、うらやましいです。
2015.07.15 10:56 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
ぷぷぷ。色々と突っ込みどころ満載で楽しいです^^
見た目も性格も国籍も人種も時代も・・・違うこれだけの面々を纏め上げてしまう夕さんは本当にさすがです! 

異世界という共通の場所にみんながいて、あれこれする、というパターンと、
みんなそれぞれなんだけれども、共通の同じ事をする、というパターンとが同時にあって、
読むほうは終始ニマニマでした。

すごいなあ、夕さん。
最後の、あ、戻っちゃった、なところのすっきり感も本当にお見事でした^^
2015.07.15 11:31 | URL | #- [edit]
says...
夕さんが、まさかの異世界召喚ものだ~!と、わくわくして読ませてもらいました。
これは面白い~w なんだろう、異世界とかいうより、不思議な国のアリス現代版とか、どこかディズニーアニメを見ているようなワクワク感。
登場人物がユニークですよね。
リナは今回も爆裂マイペースで最高w恒樹さんが、すごくまともな紳士に見えるもの~。(あ、紳士か><)
アマリリスの球根抜いときながらとんずらするところ、シーンが目に浮かびますw
一つ目さんや杖キャラが、とってもインパクト。皆さんのところのキャラは、奇想天外で面白いですね^^
そして、一番絡みにくそうな玉城も出していただいて、ありがとうございました。
ああ~、やっぱり熱出して寝てたら、どっか召喚されちゃいそうです。(いえ、まだその経験はないんですが、されたい)
そりゃあ、超方向音痴の玉城ですもん、迷うのは得意。お役には立てないけど、仲間に入れてもらえてよかった~^^

面白植物もたくさん出てきて、ああそうか、こんな遊び方があったのね!と、いろいろ創作のヒントを頂きました。
さいご、みんな目的の場所に帰れてよかったです。
でも玉城・・・君は・・・リクを助けられたこと、ないから(笑)

恒樹さんはしばらく疲れが取れなさそうですが、楽しい異世界旅行を、どうもありがとうございましたw。
やっぱり夕さん、本当に器用すぎる~~♪
2015.07.15 13:24 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

いやぁ「異世界」ってお代をもらったはいいんですが、うち「異世界でなんかできる子、いる?」と言ったら、誰もいなかった(笑)だから、本当に迷い込んで、慌てて出てきただけです。

リナにしてみたら、日本の方がずっとワンダーランドだったかも。
変な世界でも、面白がっていましたよね。

「イギリス壊しちゃおうの会」に入会してみました。あ、でも、片付けておきましたから、エミリーちゃんたち、どんどん普通に戦闘してくださいませ。

コメディも苦手なんですけれど(っていうか、人を笑わせるのが下手。関西人が羨ましいです)、ここで深刻になってもお借りしたキャラの皆様も困るでしょうし、お茶を濁してみました。少し笑っていただけたら、嬉しいですね。

コメントありがとうございました。
2015.07.15 21:10 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

あ、そちらのコメ欄を、伝言板にしてしまい、失礼しました〜!

楽しかったですか。それならよかった。
いやあ、「異世界ファンタジー」とか、本当に守備外なんで、かなり無茶苦茶やっている氣がします。
それぞれのブログから、個性豊かな方たちにゲストに来ていただいたのですが、あえて万能でない方に来ていただきました。そしたらみんなで右往左往できるので(笑)

最後は、戻っちゃいました。まるで何もなかったかのように。
たぶんゲストの皆様たちも、あっさりもとの生活に戻られているかと。
あまりオチもない話ですが、楽しんでいただけて嬉しいです。

ロジャーは、来週です!

コメントありがとうございました。
2015.07.15 21:16 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こちらにもありがとうございます! お氣に召して嬉しいです。

うふふ。そうなんです。「異世界」ってどうやって書くんだ? わかんないからテキトーでいいや、って感じ、ありあり過ぎますかね。
あ、ディズニーとか、もっとチャチい寂れた遊園地とか、そういう嘘っぽい異世界を目指してみました(笑)

そしても皆様からお借りしたキャラは、本当にそれぞれ個性豊かで、全部大好きキャラをお借りしてきています。
玉ちゃん、いきなり頭殴っちゃって、すみません! 病み上がりなのに。
そうそう、彼は真性の迷子キャラですものね。全員迷子の話にはぴったりでした。

恒樹は、まあ、リナの友達やっているぐらいですから、まともじゃないですよね。
もともと生徒会長なんてものをやるくらいそつのないタイプではあるんですが、あれ、リナも恒樹もまだ20歳になっていないのに、大人の玉ちゃんになんて態度!

植物のお題は、アマリリスだけだとちょっと弱いので、「時の蔓草」をメインアイテムとして採用させていただきました。limeさんが期待していたような植物の使い方とは違ってしまったかもしれませんね。でも、今回はこんな感じで(笑)

最初、玉ちゃんをこっちのストーリーにするか、それとも来週のストーリーの方に出演してもらうか悩んだんですよ。でも、なんかこっちの方が玉ちゃんらしいかなということで、こうなりました。玉ちゃん、確かにリクを救ったことないみたいに見えるけれど、でも、いつも救う氣満々で走っていますよね? 長谷川女史より、ちょっと遅かっただけだよね、玉ちゃん。

素敵なリクエストと、コメントありがとうございました。
2015.07.15 21:25 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
おはようございます!(*^ ^*)
(出遅れました、すみません orz)

た…楽し過ぎます~~!><
これだけ個性豊かな方々をしっかり異世界で纏めて、わくわくの冒険のお話にされてしまう事に、いつもながら……す、すごいです!
異世界ファンタジー、専門外とのお話ですけれど……とてもワクワクしました!!(*^ ^*)

リナ姉さん、どんな場面でも動じないのですね。
つ、次は何を始めるんだろう~? と思いながら読んでいたら、最後まで凄かった!(笑)
異世界からバッタリ出くわして集まった皆さん、不思議といいバランスでまとまっていますね♪

杖とモンド、使ってくださりありがとうございます♪(*^ ^*)
最近ちょっと出番が少ない彼ら…ああ、こちらでイキイキしている…(笑) >ω< b
(異世界でもしっかり仁義を切っている~♪)

アマリリス?の叫び声や、時の蔓草の使い方がインパクトがあって、ドキドキしました~!
(こういうお話大好きで…)

なんだか、この不思議な世界の冒険のお話をもっと読みたい~ と思ってしまいました。(^ ^)>”
貴重な体験を、ありがとうございました!m(_ _)m”

ではでは~…☆
2015.07.17 23:37 | URL | #sqCyeZqA [edit]
says...
おはようございます。

お忙しいのに、ありがとうございます!
それに楽しんでいただけたようで、ほっとしています。
ふぉるてさんのところのお二人と、紗那さんのところのユーニスの居る世界は、意外と馴染むように思ったので、早い段階で一緒にしようと思ったのですが、他のメンバーはただの人間ですし、二つの異世界も全く同じではないですから更なる異世界で集合にしました。

冒険もまともにしようとせずに、「とにかく帰りたい」なへたれ展開です(笑)
お借りするキャラは、主要三名様だと、まだつかみきれていない事が多く(いや、お借りした二人もわかっているというわけではないのですが)、とにかく本編に影響のないだろうという形でお借りする事にしました。

リナは東京都目黒区でも「次は何をするかわからない」な人だったので、そのまんま。
って、まだ完結しているわけではなく、リクエストが来たら続きを考えると言うとんでもないシリーズなのです。

「時の蔓草」はふぉるてさんのお題の「時」とlimeさんの「植物」、それにロンドンを馴染ませるために作りました。
毎回、口からというかキーボードから出任せ状態で書いているので、この世界も一回ぽっきりだとは思いますが、でも、また機会がありましたら(笑)

素敵なリクエストとコメント、ありがとうございました。
2015.07.18 07:52 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは!
感想遅くなりまして、申し訳ありません。

リクエストを受けてくださり、ありがとうございました。
夕さんが苦手だろうな、と思いつつも「異世界」という単語で行かせていただきました。

自分含めて3つのお題が融合し、リナと恒樹が引っ張り出されてきましたね。
リナは何時でもどこでもマイペースで、恒樹は恒樹である意味いつも通りのような……

ボクのところのユーニスは相も変らぬポンコツぶり。
失礼ながら、他の方のキャラクターは初見となりますが、杖のハゾルカドスと玉城さんも味があって、初めて絡むキャラクターとも馴染んでおりますね。

アマリリスの花を付けたマンドラゴラのような叫ぶ植物に、時計の音を聞かせると急速に成長する蔦といった植物の使い方はとても楽しかったです。

リクエストコラボ、とても楽しめました。
ありがとうございました。
2015.07.18 13:52 | URL | #T7ibFu9o [edit]
says...
こんばんは

こちらこそ、リクエストにお応えするまで、じかんがかかりまして、すみません。
「異世界」というお題なので、ほかの物で誤摩化す事もできず、よくわからないまま突っ走ってしまいました。
ユーニスを貸していただき、ありがとうございました。

紗那さんに馴染みがあるキャラをというだけでなく、異世界に行っても瞬時に馴染めそうなのって、リナぐらいしか居ませんでした。ついでに連れて行くキャラとしては、ミツよりは恒樹の方がやはり簡単に馴染めるかなと(笑)

普通に日本から連れて行かれたlimeさんのところの玉城はともかく、ユーニスと、杖のハゾルカドスとリスのモンドは本物の異世界からの出演なので、異世界っぽくなったと勝手に私は思っているのですが、紗那さんとふぉるてさんは「こんな異世界はエセだ!」と思っていらっしゃるかもなと、ドキドキしながら発表しました。ごめんなさい。

妙な植物は、limeさんからのお題「植物」に、それに「時の蔓草」やビッグ・ベンはふぉるてさんのお題「時」にお応えするための登場でしたが、紗那さんのお氣にも召してよかったです。

素敵なリクエストと、コメントありがとうございました。
2015.07.19 19:25 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
やっとリナのところに戻ってこれました。
でも、ロンドンタワーは災難ですね。この前TOM-Fさんのとこで崩壊したばかりなのに・・・。
このけっこう無茶と思えるお題を実に自然に取り込んでいるなぁ。
リナのパワーには毎回驚かされますが、リナのパワーがあればなんとかなっちゃいそうな気がしてきます。
皆さんのオリキャラとの絡みも楽しかったですし(個性的なキャラばかりでした。杖?って驚きですよ)、玉城の登場もとてもよかったです。あのイラストとの組み合わせもいい感じだなぁ。
ウキウキと読ませていただきました。
イギリスで早朝ゴハン?ロンドンでどんな物が食べられるんだろう?
2015.07.23 14:13 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

もう、ロンドンでは戦々恐々でしょうね(笑)

いわゆるラノベはほとんど読まないので、もともと普通のところに居た人たちが異世界に行っちゃう流れというのがあまりよくわかっていないんですけれど、行っても違和感のないキャラと、行くのは無理がありすぎるキャラがあるのかなあと。で、リナは「行っても大丈夫」の代表格かなと。そもそも日本に行った事自体が、彼女には「異世界召還」に近いものだったでしょうし。

紗那さんの「まおー」系キャラと、ふぉるてさんの「アルカナ」系キャラ、どちらも異世界系の存在ですが、ストーリーのトーンが全く違うので、お借りしたのは主役ではなくて、それぞれ味のある脇役にしました。お三方とも大好きなキャラなんです。

そして、異世界キャラではないのに無理やり玉城をこっちに引きずり込んでしまいました(笑)
彼は迷い込むのはお得意みたいなんで。

ロンドンの早朝ご飯は、え〜と、バーガーキングかな?
本格的なイングリッシュ・ブレックファーストもいいですけれどね。

コメントありがとうございました。
2015.07.23 20:39 | URL | #9yMhI49k [edit]

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