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Posted by 八少女 夕

国歌や国旗のこと

本日8月1日はスイスの建国記念日です。1291年にウリ、シュヴィーツ、ウンテルヴァルデンの三つの国(現在の州)が集まり、同盟契約を結んだ故事にちなんでいます。今日は、それにちなんで普段から思っている事などを。

Happy national day in Switzerland!

スイスの国歌って、ご存知でしょうか。よその国の国歌は、スポーツの時に耳にする機会が多いですよね。スイス国歌はサッカーなどで耳にする事はかなり稀(笑)その点、ロジャー・フェデラーやステファン・ランビエールのファンの方ならあるいはご存知かもしれません。こんなメロディーです。



少し前にスイスの言語事情をお話ししましたよね。四カ国語が公用語だと。そうです。上の動画はドイツ語のテキストしかありませんが、四カ国語バージョンがあります。全部歌える人はいるんでしょうかね。

たとえば私の連れ合いは、上のドイツ語の国歌、歌えません。彼が日本によくいらっしゃる「国歌は歌わねぇ!」的な思想の持ち主というわけではありません。別に、聴く度に喜んで起立するタイプでもないですけれど。

なぜ彼がこの国歌を歌えないのかというと、習わなかったからです。この国歌、比較的新しいんですね。彼が習ったのはこっちだったそうです。聴いてみてください。



「ごっと・せいぶ・ざ・くい〜ん、じゃん」そう思った方、大正解です。スイスが大英帝国の一部だったことは一度もありませんが、ずっと同じメロディを使っていたようです。

しかも、今またしても変えようとしているらしく、「六案あるから、これを聴いて投票してね」というのを五月あたりまでやっていたらしいです。メロディをがらりと変えるのから、歌詞だけ変えるのまでいろいろです。他の言語はどうするつもりなのか、いまいちわかりませんが、どっちにしても外国人の私は国民投票の蚊帳の外なのでまあ、いいでしょう。
http://www.srf.ch/news/schweiz/positiv-und-singbar-schweiz-sucht-neue-hymne

こういうのを見て思う事は、日本の国歌や国旗の扱いについてです。あまり政治的な事は書きたくないのですが、まあ、年に一度くらいは。

私は、国歌と国旗には敬意を持っています。もちろん日本のものだけでなく全ての国歌と国旗に対してです。中には「なんだかなあ」という行為を繰り返す困った国家もありますが、だからといってその国に住んでいる人たち全てがそういう方とは限りませんし、彼らを尊重する意味で敬意を持ちます。具体的に言えば、国歌が歌われれば立ちますし、国旗を焼いたり破いたりするような事はしません。

日本の国家と国旗に対してはなおさらです。私は日本人として生まれた事を誇りに思っていますし、日の丸を見たり、国歌を聴く機会があると嬉しくなるたちです。デザインも、歌詞も、どこが軍国主義的でよくないものなのか、さっぱりわかりません。シンプルでかつ平和に満ちたものだと思っています。スイスの国旗もシンプルでわかりやすいですが、日の丸のデザインは、右に出るものがないスーパーデザインだと思っています。

でも、それに反対し、「どんな事があっても歌いたくない」「敬意を持ちたくない」のご意見は尊重します。ただし、そうおっしゃるのなら、そうじゃないものを合法的に提案してほしいと思います。日本で「○○に反対」とおっしゃる方って、その多くが「ただ反対」なんですよね。だったらどうしたいのかヴィジョンが全く見えてこない事が多いと思います。だから、いつまで反対しても現実的な動きにならないんじゃないかなと思います。

もっとも、個人的な意見ですが、国家と国旗を変えようということになって、どんなデザイナーと作曲家・作詞家が用意しても、現在の国歌国旗を凌ぐものを作るのは困難だと思いますし、できれば変えてほしくはないと思っています。
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Comment

says...
なんというか、日本では国歌に限らず政治のことは賛成でも反対でも
あんまり深く考えちゃいけないような雰囲気があるように思いますです
仮に、建設的な意見を出せるような人でも、そんな雰囲気の中では
わざわざ出そうとは思わないのじゃないかなあと思ったりします
なので演出的な手法になってしまうんじゃないかと…

とは言え、ギリシャのチプラスさんやアメリカのトランプさんとか見ると
結局はどこでもそんなものかもなあと思えてきますですけど…
2015.08.01 09:32 | URL | #- [edit]
says...
スイスふうにいえば、「日の丸」なり「君が代」なりが「代官ゲスラーの帽子」になりつつあり、そして半ばなっている、というのが今の日本です。

要するに、「なんで帽子に敬礼しないと職を追われるのか」とかいうレベルのことが全国的に行われているのでありますな。

ウィリアム・テルが英雄なのは帽子に敬礼しないだけの勇気と強さとを兼ね備えていたからですが、

「強さ」を持たず「勇気」だけで日の丸君が代で起立斉唱しない道を選んだ人がその後どうなったかのニュースを聞くたび、「物神崇拝じゃないのかこれ」と思うであります。

敬意さえあれば、「立っても立たなくても、歌っても歌わなくてもいい」というのがまともな国のまともな国旗国歌観だと思うのですが。そういう状況下にあることが前提で、それで自発的に「歌う」という行為がされてこそ、ほんとうの『国旗なり国家なりに対する敬意』というもんではないかと思います。
2015.08.01 09:48 | URL | #0MyT0dLg [edit]
says...
こんにちは。

そうですね。
日本では「そういう事を考えたり、言ったりするのはかっこわるい」的な雰囲氣が強すぎるように感じます。
実際にはブログなどで政治的な意見をはっきり述べていらっしゃる方はたくさんいるから、考えている人がいないというわけではないのでしょうが、公の場になるとそれを隠しているような感じがあります。隠すような事じゃないと思うんですけれど。
もちろん話すのにふさわしくない場もありますから、その辺は社会性と、社交能力の匙加減ですよね。

世界の各国にも、かなりトンデモ政治家がいるようですが、そういうところがトップでやっている国は、やはり問題山積みです。
まあ、トランプが大統領になる事はないと思いますけれど。
なったりして。

スイスの政治も、まあ、裏ではいろいろあるのですよ。
でも、「国民の大半が文句を言うだけで、投票にも行かない」なんてひどい事になっていないという意味で、日本よりかなりまともだと思っています。

コメントありがとうございました。
2015.08.01 10:37 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

ウィリアム・テルは実在しませんけどね(笑)
1291年のスイスと今の日本の違いは、やはり人びとの違いだと思います。
たとえウィリアム・テルのような個人が一人でおかしいと抵抗したところで、他の人びとが「でも、しょうがないよね」と黙っていたら、その個人が処刑されておしまいです。しかも、彼らは帽子の件で蜂起したのではありません。ただの象徴です。あれはフィクションだし。

何度も独立を保つのは不可能といわれる危機を乗り越えて、こんなに小さくて強国に挟まれていながら、スイスが独立と重要国家の地位を確立できたのは、自ら行動する不屈の無名のスイス人たちがそれぞれ行動してきたからだと思います。かれらは常に主体的なのです。政治を人ごとのようには考えません。国歌や国旗に対する彼らの敬意は、それをしてきた自らとその祖先に対する誇りと敬意です。

日の丸や国歌を拒否して職を追われるという形になった方は、国歌や国旗に対しての敬意はお持ちでないでしょうし、おそらく祖国である日本に独立を保つために苦労をしてきた先人に対する感謝や、今後もそうあっていくように自ら努力するという想いもお持ちではないと思います。それでいながら、享受できるもの(職やお給料という具体的なものだけでなく、平和や安全なども含めて)は「権利だから」と受け取ろうとする態度そのものと、そもそも、それを強制されるであろうと予想できる職に就こうという発想そのものに私は疑問を感じています。が、それであってもポール・ブリッさんがおっしゃるように強制する類いのものではないだろうなとは思います。

ただし、「悪法もまた法なり」決まっていることに反すると罰せられるのは「日の丸」と「君が代」の件に限った事ではありません。こんな事が強制されないで済む社会になってほしいものだとは思いますけれど。

国旗や国歌に対して敬意を持つというのは、本文でも書きましたけれど、それぞれの国の人びとと祖国に対しての敬意だと思っています。オリンピックや、サッカーのワールドカップなどの国際的なスポーツの試合で演奏するのもそのためですよね。

「そのことは理解できる、でも、日の丸と君が代が嫌なんだ」と思う方がいるのならば、立つ立たないで戦うのではなくて、変更するために必要な署名を集める、変更させるに十分な数の国会議員を当選させるなどの、建設的な行動をすべきだと思います。昨日今日の事じゃなくてもう何十年もこれですから。たとえそれをしてきても、いまだに日の丸と君が代で居続けるのならば、それが民主主義なのだからと諦めるしかないと思います。

コメントありがとうございました。
2015.08.01 11:49 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
私も、国歌や国旗に対する感覚は、夕さんにとても近いです。
式典で国歌が流れれば立つし、歌が得意ではないので口パクですが歌います。
過去の歴史には納得のいかないものも多かったけど、過去の政治すべてを批判する気持ちは無いし。
私の父は小学校の校長を長くやっていたので、祭日にはせっせと国旗を出していましたが、ただ習慣だっただけで、右とかそんなこともなかったし。
学校の式典関係でも、そういう問題は多かったんじゃないかな、と、改めてちょっと考えさせられます。
学校の事は一切言わない父でしたが。

中学校の歴史の先生が思いっきり左の人で、授業中に、日の丸や君が代の内容がどんなに酷いかを説明してくれたことがあります。ちょっと問題児先生でしたけど、そういう考え方もあるのだと、それはそれで勉強にもなりました。今だったらきっと処分ですよね^^;大丈夫かな、あのセンセ。

立つ立たない、歌う歌わないで争わねばならないことは事は、とても残念に感じられます。
仰るように、もしも日の丸や国歌に我慢が出来ないのであれば、それを変える方向でアイデアを出して行ってもいいような気がします。
きっとその人たちも、日本という国は愛してるんだと思うから。
でもあの日の丸って、デザイン的には優れものですよね。あれを超えるのが出来るかなあ。(変なところが心配)
2015.08.02 05:38 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
>>>日本で「○○に反対」とおっしゃる方って、その多くが「ただ反対」なんですよね。だったらどうしたいのかヴィジョンが全く見えてこない事が多いと思います。
 同感ですね。反骨精神が旺盛なのはいいけれど、ただ単に従いたくないってだけなら社会的不安要素でしかないわけですよ。健全な社会であれば排除の対象ですな。その点日本の社会は免疫機能が劣化してますからやりたい放題(笑
 ただ、強制させて、罰則を設けてしまうというのもどうかとは思いますな。規制されれば反発したいのも人間の性ですし、機嫌が悪い時に「国家がなんでぃ!」とそっぽ向く位の自由はあってしかるべしだと思う次第でございます(笑
2015.08.02 05:54 | URL | #eRuZ.D2c [edit]
says...
おはようございます。

想像でモノを言うのはなんですけれども、もし日本が某国に侵略吸収されたとして、現在「外国の旗」と認識しているものが国旗になったとしても、私は日の丸を掲げると思うんです。そういう事例は世界中にあります。私はその人たちがかつての国旗に込める祖国独立への想い、よくわかるんですよね。

「学校の先生が日の丸や君が代をどんなに酷いか説明してくれた」という件、少し洗脳っぽさを感じます。

日の丸はずっと前から使われていましたし、それが酷いと言うなら「日本」という国名も全く同じですよね。「こういう意見もある」と説明するならば、そうでない意見の方も同時に説明してこそ中庸な授業ですし、自分で意見を決められるようにモノの味方を様々な角度で見る方法を教えるのが学校のあるべき姿だと思いますが、中には自分の個人的な意見を次の世代に押し付けるのが教員の使命だと考えていらっしゃる方も多いのですよね。

私は、国旗掲揚や国歌斉唱には右も左もなく、あたり前の事だと思います。たぶんlimeさんのお父様もそうお考えだったのでしょうね。

スイスで現在の国歌が問題になっている理由は正確にはしらないのですが、おそらく「神よ」と連呼するところにあるのだと思います。スイス国旗に十字架がついているのを「三日月もつけるべきでは」という冗談が流布するほど、スイス国内のイスラム教徒(もと難民など)は劇的に増えていて、さらにもともとキリスト教であった人たちも教会から出ることが増えているんですね。

でも、例えば、スポーツの時にムスリムの選手がスイスの国歌斉唱の時に不遜な態度をとるようなことはありません。それがどうしても嫌なら、どんな年棒を提示されても始めから断るはずですよね。現在の国歌や国旗がそれであるならば、公の場でそれに敬意を見せるのは最低のエチケットだと、私は思います。

limeさんがおっしゃるように、その内容が問題だ思うの人が圧倒的に多いというならば、民主主義国家なんですから、変更を提案すればいいのです。いまちょうどスイスでやっているように。それをやらないで何十年も幼稚な争い(騒ぐ方も、強制しようとする方も)をやっているところに疑問を持っているんですよね。

日の丸のデザインは、そうですね。あんなにシンプルでわかりやすく、意味も明確な完璧なデザインってちょっとないと思います。架空のコンペでもしてみたら面白いですよね。日の丸に勝てるデザインが誰かできるのか、興味津々です。

コメントありがとうございました。
2015.08.02 09:35 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

全くおっしゃる通りだと思います。
従いたくないと大騒ぎするけれど、それだけの人たちもですが、強制して罰則を設けるという方向に持っていくのも「他にやる事ないのか」と呆れます。

外国人の私がスイスで「国家がなんでい!」と暴れたら「どうぞお引き取りください」だと思いますが、日本で日本人が「日本がなんでい!」とやっても、どっちにせよ国はその個人をほっぽりだせないので、いくらでもそっぽをむく「法的自由」くらいは残さないと論理崩壊しますよね。

ただ、「国家がなんでい! でも、給料と社会保障は税金からよこせ」って、言論の自由の観点からはいくらでも言ってもいいとは思いますが、ちょっとムシがよすぎるように思います。

コメントありがとうございました。
2015.08.02 09:49 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
「君が代」は、西洋楽器で演奏するとイマイチですが、
雅楽演奏のを聞くと、けっこう良いですよ。
長野冬期五輪の開会式がそうでした。
他のオリンピックでも是非、
雅楽版「君が代」をやって欲しいと思うんですけどねえ。
だめかなあ。
2015.08.02 11:52 | URL | #em2m5CsA [edit]
says...
こんばんは。

ああ、そうですよね。
メロディが。もともと雅楽にあいそうな感じです。
長野の開会式、そうだったんですか。見そびれています。

他のときも雅楽でっていいですよね。
どっちにしてもああいうのってテープじゃないですか、雅楽でやるといいのに。

東京オリンピックは、そうしてほしいと思いますけれど、某アイドルグループだったりして(笑)

コメントありがとうございました。
2015.08.02 22:11 | URL | #9yMhI49k [edit]

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