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Posted by 八少女 夕

【小説】ファインダーの向こうに(2)昼食 -2-

中編小説「ファインダーの向こうに」の二回目「昼食」の続きです。ここから、こじれているジョルジアの事情が開示されていきます。

ところで、ニューヨークのことをご存じない方のために少しだけ解説しますと、ジョルジアの住まいや職場は、ニューヨークの中でも少し郊外に在る「ロングアイランド」です。そして、ジョルジアは華やかなところが苦手で、今回、アレッサンドラとお昼ご飯を食べた五番街をはじめとするマンハッタンには可能な限り足を踏み入れていないという設定です。


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あらすじと登場人物




ファインダーの向こうに
(2)昼食 -2-


「どうって、いつも通りよ。仕事一直線」
「そう? どこかいつもと違うように思うんだけれど」

 ジョルジアは、女の勘の鋭さにぞっとしたが、根掘り葉掘り聞かれるのがたまらなかったので、認めるような真似はしなかった。
「わかっているでしょう、アレッサンドラ。私は、この生活に満足しているの。あなたの成功とは較べ物にはならないけれど、ようやく努力も実を結びはじめているし」

 アレッサンドラは、そんな言葉で話をそらされたりはしなかった。
「仕事が充実しているからって、恋は必要ないなんて、ナンセンスよ。ねえ、前から言いたかったんだけれど……」

「何?」
「マッテオとも話したんだけれど。もう一度、手術してみない?」

 ジョルジアは、妹の顔をじっと見つめた。もう一度というからには、表皮母斑の件に違いない。彼女の左の脇から臍にかけての広範囲に生まれながらにしてある、赤褐色の痣。

 それが醜いものだと意識したのは、アレッサンドラがはじめてビキニの水着を買った時だったと思う。興味を示したジョルジアに、母親がとても困った顔をした。それでジョルジアは、その痣が異常に醜いもので、人に見られてはいけないものなのだと、生まれてはじめて認識したのだ。

 それから、続発性腫瘤の発生の可能性は低いと言われていたにもかかわらず、両親は経済的に無理をして「かわいそうなジョルジア」の皮膚移植の治療をしてもらった。もともと広範囲すぎて難しかったのかもしれない、単に腕の悪い医者に当たってしまったのかもしれない。その手術の結果、以前よりもずっとおぞましい状態になってしまった。一度は消えたはずの母斑はもっと色濃くなって再発し、削った跡が瘢痕となり、あちこちがゴツゴツと縒れたつぎはぎの肌になっている。

 だが、それは顔ではなかった。服を着ている限り誰からも悟られないし、日常生活にも何の支障もなかった。だから、ジョルジアはあらためて治療を受けたいと思ったこともなかった。そのことが人生の躓きになるとは、十年前まで考えてみたこともなかった。

 十年前、愛し合っていると信じていた男性にそれが原因で捨てられてから、ジョルジアは人間不信に陥った。もともと苦手だった人付き合いを極端に嫌がるようになった。今でも一握りの親しい人びととしかつき合うことができない。パーティにも一切顔を出さないし、男性の誘いにも乗らない。それどころか誘われないようにノーメイクで、安っぽい服装しかしないようになった。

 そんな姉のことを、アレッサンドラはこれまでもなんとか「まともに」しようと試みていた。そして、結局はあの脇腹をなんとかするのが先決だと思ったのだろう。

「今の私には、あなたを世界で最高の外科医に紹介してもらうこともできるし、どんな治療費だって払える。マッテオだって、そのつもりよ。あなただけじゃなくて、パパやママを心の重荷から解放してあげることができるし、そのためなら何だってするわ。でも、あなたがそれを願わなくちゃ、私もマッテオも、何もできないの。あなたを変えるのは、いつだってあなた自身よ」
アレッサンドラは熱心に語り、最後は口癖である彼女のポリシーで締めくくった。

 ジョルジアは首を振った。
「氣持ちは嬉しいけれど、その必要はないわ。肌は治療できるかもしれないけれど、それと私が素敵な王子様を見つけてお伽噺の国に行けるかどうかは別の話でしょう? それには、33歳という年齢はもう遅いと思うし、そもそも私があなたみたいなお姫様になれないのは、外見の問題じゃないの。それはあなたも知っているでしょう?」

 アレッサンドラは、じっと姉を見つめて答えた。
「ええ。そう思っている限り、あなたはお姫様にはなれないわ。でも、それは年齢のせいではないし、肌のせいでもないわよ。望まないことは、絶対に叶わないんだから」

 ジョルジアは、妹の忠告に素直に頷いた。他の誰かが同じ事を言ったとしたら、反論できたかもしれない。だが、アレッサンドラは別だ。世界有数のトップモデルでいられるのは、決して天から与えられた容姿のせいだけではない。彼女の生涯にわたる努力と強い意志があってのことだ。身体コンプレックスがあることを言い訳にしている彼女自身のことを引き合いに出す必要すらない。

「それはそうと」
アレッサンドラは、会計を済ませた後、店の外に出て、ジョルジアの頬ににキスをしながら言った。
「同じ街に住んでいるのに、全く逢えないって、マッテオがこぼしていたわよ。たまには妹を溺愛している兄を喜ばせてあげなさいよ」

 週に一度は電話があるのに。ジョルジアは、微笑んで「わかっている」と答えた。それから、手を振って、妹と反対の方向へと歩いていった。

 マンハッタンは、馴染まない。成功者が闊歩する摩天楼の谷間『ザ・シティ』は、ジョルジアには居心地が悪かった。子供の頃に住んでいたサフォークのノースフォークで、両親は漁業に従事していた。息子と末娘の社会的成功の恩恵に浴して、現在はガーデンシティの豪邸の立ち並ぶ地域に住んでいるが、そのためにジョルジアは両親とも疎遠になった。彼女は、海の近く、素朴な場所に住みたくて、会社にも歩いていけるロングビーチに小さな部屋を借りた。

 幸せになりたくないわけではない。今の生活は、ほとんど幸福と言えるものだと感じている。好きな仕事をしている。それが認められだしている。親切な同僚とボスがいて、リラックスできる場所に住んでいる。心配事と言えば、時おりやってくるハリケーン、それに新しい写真集が発売されてしばらく売り上げが悪くないとわかるまでの胃の痛みくらいのものだ。

 ずっと一人でも構わない。そう思っていたはずだ。今でもそう思っている。ただ、おかしな熱病にかかってしまっただけだ。ファインダーの向こうに、入り込んでしまった人影を、追い出すことができないでいる。彼は、この『ザ・シティ』の住人だ。マッテオや、アレッサンドラに近い世界、眠らない街の、華やかな日常に生きている人だ。

 叶わぬ恋など、フィルムを抜き取るように取り除いてしまえればいいのに。彼女は、またため息をついて、彼女の属している街へと戻っていった。
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Comment

says...
痣ですか、これは大きなコンプレックスになってしまいますね。設定としてはすごく興味深いのですが、ジョルジアにしてみればたまったもんじゃないでしょう。男性でもそうなのでしょうが、女性の場合特に大きく運命を左右してしまうハンディーだと思います。程度の差はあれ所詮人間ですから、どうしても嫌悪感を持ってしまうと思うんです。こういう性格になったのも納得できます。
さて、彼女の実態がようやく出てきましたが、おかしな熱病?、追い出せない人影?彼女や彼女を囲む人々がどのように動いていくのか、期待が高まってきましたよ。楽しみです。
2015.09.16 11:51 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
更新、お疲れ様です。

そっか、ジョルジアの抱えている身体的なコンプレックスって、そういうことだったんですね。
付き合った男がハズレでしたね、と言ってしまうのは容易いですが……。深く想った相手からそういう仕打ちをされたら、ショックは大きいですよね。手術で身体の傷は治療できても、心の傷の方はそれでは治らないですからね。
ジョルジアは、マンハッタン(に象徴されるもの)が苦手というか、そこからわざと距離を置いて、居心地のいいところに安住したいのかなぁ。
まあ、仕事や生活はともかく、恋愛ともなるとジョルジアの中でのハードルは高いでしょうね。でも、そんなジョルジアでさえ、熱に浮かされてしまう。いやはや、やはりあの熱病はお医者様でも草津の湯でも、ってやつですね。
熱病の原因が誰なのか(あの朴念仁なのか?)、次話も楽しみです。
2015.09.16 15:29 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.09.16 23:36 | | # [edit]
says...
そうなんだ。人生いろいろありますね。
アレッサンドラの言うこともやっていることもまともで、はいと耳に通すしかないですね。けれども、これはジョルジアの人生。自分なりにいろいろと考えている様子(?)

煌びやかなマンハッタンにいて自分を保つことは結構厳しいと思います。でも実はすぐそばに誰かがいて、優しい交流があるような気がするのですが夕さん?(いあ、ネタバレ希望ではありませんから ^^;)

休暇旅行は充実していたようですね。お帰りもお気をつけて。
(家に着くまでが修学旅行だ。いあ、青春ではない。すみません><)
2015.09.17 10:29 | URL | #- [edit]
says...
もうお帰りになられたでしょうか~? 楽しい旅だったようですね、何より何より。また素敵な物語が生まれたかもしれない、なんて、楽しみだったりもしています。
さて、今回、あ、そうかぁ、そういう事情だったのねと分かりました。体の傷って、それがない人にとっては「そんなこと、あなたのせいじゃないし、あなたの魅力はそんな場所意外にしっかりあるのだから、気にしなくてもいいのに」なんだけれど、本人にしかその悲しみとか負い目とかは分からないですよね。たとえ、身体の隠れた部分であっても。そして、他人との差異を感じるときになって、それまでそれほどとも思っていなかった悩みが表に出てきて。
私の周囲にも傷のことで悩んでいる人はいて、うん、それがその人本人の責任じゃないとなれば、本当につらいですよね。お母さんはこんな体に生んでしまったと思ってしまって、負い目を感じて。だから、一生懸命治療してやりたいと思ったんでしょうし。
にしても、その付き合った男! うぅ。許せん。いや、でも、そんなのとは別れてよかった!

一方で、彼女の憧れの君?が誰なのか気になります。え? まさかのあの人? そう言えば、しっかり登場人物紹介の中に並んでた~
何はともあれ、続きを楽しみにしております。
2015.09.17 15:48 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

返事が遅くなって、すみません!
たった今、帰ってまいりました。

ジョルジアの「事情」をなんにするかは、いろいろと迷ったのですが、最終的に普段見えないところに表皮母斑があるということにしました。人間には、それぞれにいろいろな事情があるのですが、ごく普通のアメリカ人がここまで引っ込み思案になっても違和感のない、でも「それを氣にしない人もどこかにはいる」と感じてもらえる簡単な設定というのは結構難しいのですよ。

実際には、彼女がアレッサンドラと違うのは、表皮母斑のせいではありません。このストーリーは、それを彼女自身が納得して踏み出していくまでの短いエピソードなのですね。

その転換に「おかしな熱病」が関わっているということなのです。次話は、その「熱病」のことが明らかになる予定です。また読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.09.17 21:26 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

返信遅くなりまして、すみません! 先ほど帰宅いたしました。

33歳という年齢の女性が、ここまでこじれているには強烈な理由がいるよなと思ったのですよ。つまり、20歳くらいの人間が「あの方」に恋をするのは、やっぱり離れすぎていて不自然だもんな〜と。そういう出発点なんです。

個人的には相手の男は「びっくりして、(自分が)できなくなっちゃった」というのはプライドが許さなかったので、ひどい捨て台詞を吐いてしまったのだと思いますが、それがトラウマになってしまって二度と他の関係を育てようとしなくなってしまったので「そんな男ばかりじゃないよ」を実感できていないのですよね。

マンハッタンに象徴される華やかで前向きな世界から背を向けている、というのもジョルジアの現状を暗示するのかなと思って書いていました。

で、ジョルジアが落っこちてしまったお相手は、次話ではっきり名前が出てきます。隠すまでもなくあのお方なんですが、まあ、次回までこのままにしておこう(笑)

次回は、TOM-Fさんのお好きな兄妹の話もあります。もっとも、どっちもお好みのタイプではないでしょうけれど。

コメントありがとうございました。
2015.09.17 21:57 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ご指摘、ありがとうございました!
取り急ぎ直させていただきました。
2015.09.17 21:59 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

無事に戻ってまいりました! フランスにいた時は暖かかったのに、スイスに戻った途端、寒くて凍死するかと思いました!

アレッサンドラのいう事は正論ですが、ジョルジアもそう、考えてはいます……でも、その考えていて、彼女なりにやっている事が、心の底からの望みとちゃんと一致していない模様で、それに折り合いがつくまでの話、ですかね。

けいさん、鋭い。すぐ側に何人も優しい誰かがいます(笑)
たぶん、けいさんが想像している形の優しさではないかと思うのですが、ジョルジアがその優しさをちゃんと受け止めて、さらに自分がどうしたいのかをはっきりさせて自分で動いていくまでの短いお話です。

次回も読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.09.17 22:06 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

無事に戻ってまいりました!
いやぁ、いいところでしたよ!って、最初に行こうとしていたラインには行けずに、アルザスとドイツの一部だけで帰って来したのですが、それでも超満足でした。それに、連れ合いには言えない、「え、ここって、もしかして、フルーヴルーウー辺境伯のモデルにした、あの辺境伯の支配下だった〜!」というようなくだらない大発見もありましたし(笑)

さて、ジョルジアの「事情」ですけれど、本当は母斑じゃなくてもよかったのですが、本人が簡単に乗り越えられない何かが必要だったのです。

おそらくその男もびっくらこいて「できなくなっちゃった」程度の事だったんでしょうけれど、それが言えなくてろくでもない事言ってしまったんじゃないかと。その後にいろいろと経験があれば「きっとそんなことだったんだよね〜」になったんでしょうけれど、本人がそれにショックを受けてそれ以来誰ともつき合おうとしなくなってしまったので。

彼女の相手については、次話ではっきり出てまいります(笑)
いや、隠すまでもなく、この話は、「お詫び掌編」が出発点なんで、あの方なんですけれど!
そもそも「なんであの人なの?」の理由もぼちぼち明らかになりますので、また読んでいただけると嬉しいです。
ご指摘の件も、感謝です!

ありがとうございました。
2015.09.17 22:20 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ま、幸せの価値はヒトそれぞれですからね。
現状で満足しているのはある意味幸せですからね。
そういうことは自分も問題であって、
誰かに言われた枠が幸せになるわけではないですからね。
。。。。なかなか難しい。。。
幸せって何かは。。。


それはそうとお帰りなさいませ。
無事で何よりです。(*^-^*)
2015.09.18 12:17 | URL | #- [edit]
says...
すっかり出遅れてしまいましたが、お帰りなさい。
旅の疲れは出ていませんか?

さて、ジョルジアの事情、納得しながら読ませていただきました。
顔で無かったのが、せめてもなんですが、それでも過去に出会った酷い男のせいで、やはりひどく傷を負ってしまったのですね。
アレッサンドラは、いい妹ですね。先週より更に好感度上がりました。
その忠告を聞くか聞かないかは別として、家族に愛されているジョルジアだから、ここまでしっかり強く生きていけるのでしょうね。
そして、そんなジョルジアの心を掴んだ男性。
あ…もしかして。そうなのかな?

ジョルジアの心の変化を、見守って行こうと思います。
2015.09.18 13:51 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

正にそうですよね。

幸せとは何かというのは難しい問題です。
絵に描いたようなサクセスストーリーだけが幸せでないのもそうですけれど、自分が本当に幸せであるか、現状に満足しているのが幸せなのか、いろいろと考えてみる価値もあるかもしれません。そんな話です(笑)

そして、無事に戻ってまいりました〜。
楽しい旅行でしたが、最後にウルトラ寒い雨に濡れて、少し風邪引いてしまいました。
この週末は野菜をしっかり食べて、よく寝て治します。

コメントありがとうございました。
2015.09.18 18:28 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

無事に戻ってまいりました。最後のスイスで、冷たい雨に濡れて風邪引いてしまいましたが、予定より早く戻ってきたのであと二日で頑張って治します。

さて、ジョルジアの「事情」こんな風に設定してみました。
本当は、どんな事情でもいいのですが、「自分が頑張ればあっさりとなんとかなる」事情ではなく、かといって「いや、そんなにこだわらなくてもいいかもよ?」な余地も十分にある、その兼ね合いで見えないところにある身体コンプレックスとなりました。

TOM-Fさんのコメントにもありましたが「つき合った男がはずれだった」のまま、十年停止してしまい、ますますどうやったらいいのかわからなくなってしまっていますが、基本的には、ジョルジアはさほどかわいそうなキャラではありません。
おっしゃるように、家族全員にちゃんと愛されているし、本人もそれをわかっているのですね。

ニューヨークやアメリカという舞台を考えると、日本を舞台にするよりももっと「頑張って前向きに進むべき!」なメンタリティは強いのですが、その最たる存在である兄と妹のポジティヴさに、若干引け目があったり、ウジウジしていたりする部分もあってその辺をどう克服していくかが、作品のテーマにもなっています。

そして、その彼女が「もう恋はしない」つもりだったのに、つい落っこちてしまった相手は、そう、あの方なんです。来週バッチリ名前が出てきますので、もう少々お待ちください(笑)

この恋をきっかけに変わっていく彼女の生き方を見守っていただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2015.09.18 19:33 | URL | #9yMhI49k [edit]

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