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Posted by 八少女 夕

「私」と「彼」のルーツの交差点

今日は、前回のアルザス旅行の間に一日だけ訪れたドイツの街のお話。

Ettlingen

この旅の半分くらいの目的は、私の祖先の事をもう少し知りたいという事でした。それでドイツ人である彼女(曾々祖母)が住んでいたストラスブール(現在はフランス)で、古文書館へ行って調べたり、単純に博物館でアルザスの事を知ったりと、肌で土地の事を感じてきたのです。

でも、具体的な事はあまりよくわかりませんでした。はっきりと確認できたのは、彼女の父親の死亡届だけでした。それで彼(曾々々祖父)の出身地へも行ってみたのです。それがエットリンゲンでした。ライン河を挟んで東側はもうドイツです。そして、カールスルーエの少し手前にこの街はあります。

行ってみたら、中世の面影の強く残る素敵な街でした。それもそのはず、カールスルーエそのものよりもずっと古い街だったのです。カールスルーエはまだ建立300年ほどだそうですが、エットリンゲンは、バーデン辺境伯の領主未亡人の居城のある由緒ある城下町だったのです。

Ettlingen

そして、連れ合いは知らない事ですが、この「バーデン辺境伯」という言葉に、私は大きく反応してしまったのです。実は、去年連載が終了した「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の元のストーリーになった「森の詩 Cantum Silvae」三部作で何よりも大切だった深い森《シルヴァ》は黒い森がモデルですし、三作にわたって大きな役割を果たすフルーヴルーウー辺境伯は、バーデン辺境伯がモデルだからです。

ということは、マックスの治めていた土地のモデルの街で、私の先祖が生まれたってこと?! もう、先祖の調査なんてそっちのけで大興奮ですよ。といっても、こんなことを語れるのはここしかないんですけれど(笑)

というわけで、連れ合いが「この街、氣にいったよ。また来よう」と言ったのを、横でブキミなほどにニヤニヤと喜んでいた私でした。でも、いずれは辺境伯ゆかりの街、バーデン・バーデンとラットシュタットにも行かなきゃ!
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Comment

says...
おおお。私も大興奮です。何というつながり!
歴史ってすごいなあ、つながりってすごいなあ。
夕さん、世が世なら、この素敵な城下町をロングドレスを身にしゃなりと歩いていたのかもしれないじゃないですか。
夕さんがヨーロッパテイストのお話をたくさん書かれるのは、まさにDNAですよ!
今後追跡を続けられて、遠いけれども親戚、という方々にお逢いできるよう、お祈りしていますよ。
きっとそれはすごいことですから。ね。
私もニマニマしましたあ(^^;)
2015.09.26 08:41 | URL | #- [edit]
says...
こちらにも、ありがとうございます。

そうなんです。亡くなった祖母はあまり語ってくれなかったので、祖母の甥に当たる方にいろいろと訊いて、その方も調査をたくさんしていてくれたので、私にとっての新事実がいっぱい出てきているのですが、どうやら、戦後追放されて行方不明になった親戚もバーデン大公国領に帰ったらしいんですね。だから、遠い親戚の住んでいるはずの土地、でもあるんです。

数年前に、高校生の時に書いた話をリライトして「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」にする時に、もともとのモデルだった黒い森&バーデン辺境伯領の話に、ドイツともフランスとも言い切れないアルザスの特殊性と、山の中にあるスイスの重要性を要素としてプラスして、あらためて「フルーヴルーウー辺境伯領」の設定をし直したんです。

その時に、自分では知らなかったのに、今回の旅で「え。それも、もしかして自分の先祖と関わっていた?」なことが続出で、なんだか偶然とは思えなくて、どこか先祖の記憶がどこか刻まれ続けているのかと、嬉しくなりました。

という、リアルの友人に言ったら、きっとドン引きされるような話を、ここでこっそりとしている私でした。

さて、来月になったら、ちゃんと手紙を書かなきゃ。調査は、まだまだ続行です。

コメントありがとうございました。
2015.09.26 09:10 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
夕さんとこはなんだかドラマチックですね。
本当に大河ドラマが書けそうじゃありませんか?
「マッサン」のエリーみたいですよ。そちらの方々は目の前に海が拡がると漕ぎ出さずにはいられない・・・と言うことなんでしょうか。日本人にもそういう方はいたと思いますが、少なくともその傾向は強いように思います。
また何か新しいアイデアが湧き上がっているのでしょうか?
有意義な旅行だったようですね。楽しさとワクワクが伝わってきます。
2015.09.27 04:59 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
おはようございます。

なんかね、調べてみたら、思っていたよりずっとドラマチックだったのです。
曾々祖母の姉妹のひとりは、今のチェコに嫁いで街一番のホテルのオーナー夫人になったらしいのですが、どうやら第一次世界大戦後にドイツ人ということで追放になったらしく行方不明。もうひとりの姉妹はストラスブールに残っていたのですが、やはり敗戦でアルザスがフランス領になると同時に離れているらしいのです。曾々祖母に関する日本の資料(戸籍や婚姻証明)は、東京大空襲で消失。おかげで必要な情報がどこにも残っていなくて、後追いで探すのがとても困難になっています。そうでなかったらもうとっくに見つかっているはずなのに。戦争に翻弄された一家だったんだなと、改めて思いました。

でも、一家にそういう人物がいることは、海外に対する抵抗を少なくすると思います。実は、叔母も国際結婚をしてイギリス在住です。そして、私も。

今回は、妄想よりも、実際の家族史のことばかり考えていたので、あまり新しい話はできてこなかったのですが、旅で目にした風物は、たぶんいずれかの新しいお話に描写として取り込まれることになると思います。一番有力なのは「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の続編ですけれど、それ以外にも、来年は復活させようと思っている「十二ヶ月の……」シリーズの掌編にも登場するかもしれません。

コメントありがとうございました。
2015.09.27 09:08 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
やっぱり夕さんには何か特別なものがあるのですよ。こうしたものは望んでそれを持って生まれてくることってできないだろうし、しかも大変な人生には大きな喜びと同時に大きな苦難もあったりしますものね。でも昔の人はよく言ったもので、苦難はそれを乗り越えられると分かっている人に与えられるって……夕さんも、国際結婚に至るまでには色んな山あり谷ありだった(あ、今も色々あるだろうけれど)と思いますが、それを確実に乗り越えていっておられる。
そんな中で自分のルーツが何かと繋がっているって、ほんと、すごいことです。しかもDNAが呼んだんですね。マックス!
うちなど単なる大阪の農民なので、ルーツなど何も特別なことはないのですけれど(偉い人は一人もいないし)、それでも大地と繋がっている自分は地味に嬉しいくらいですから……夕さんみたいな世界だったらきっとすごく血が滾るんだろうなぁなんて(大袈裟?)。
うん、でも、こんな特別なお話を聞かせていただくと、私もワクワクします(^^)
私が大好きな映画『ドクトル・ジバゴ』で、ジバゴもラーラも死んじゃった後で、その友人が彼らの子ども(孤児として育っている)を見つけて、バラライカを奏でる彼女に「誰に教えてもらったの?」と聞くシーンがあります。「誰に教えてもらったわけでもないんです」と答える彼女に、友人が言います。「それじゃあ、血かな」。物語のラストシーン。やられた、と思いました。ジバゴもバラライカの名手だったのです。
ふと、こちらを読みながらそのシーンを思い出しました。
2015.09.27 10:57 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

派手なように見えて、実はあまり大したことはしていない、私の人生かも。
とくに苦難は少なすぎるんでは、と思うこともあります。まあ、真のような苦難は、誰にで降り掛かってくるものじゃないですよね、幸い(笑)

石橋は十分に叩くけれど、でも、最後は誰もわたろうとしない橋を、目をつぶりながら走って渡ってしまい、後から誰もきてくれないぞと、「ち」と、思うことは多いような。でも、これって、そういう性格なのか、それともDNAなのかなあ。

ともあれ、ルーツです。
なんか「無意識がおかしなことをしている」的なことは人生の中何度もありまして、たとえば高校生のとき、唐突にドイツ語を習いたいと言い出したことがあるのです。きっかけすら思い出せないんですけれど。ちゃんと習いにいかせてくれるというのに、思いつきだけでちゃんとやる覚悟がなかったのですぐにやめました。それからもに二度と使わないだろうと思っていたのに、今や人生で不可欠なものになってしまっていて、これってDNAが命じたのかしら?

で、「森の詩 Cantum Silvae」の原作。始めから先祖の出身地だと知っていた訳ではないのです。高校生の時は、先祖が外国人というのすら知りませんでした。なぜ黒い森にだけあんな風に固執したのか、未だに想いだせないのです。でも、これももしかしてDNAの命令だったのかしら? でも、マックスと、ハンス=レギナルドに男姫ジュリアとって、ロクでもないヤツらばかり(笑)いいのかそれで、私のDNA。まあ、いいんです。実際の先祖も、それぞれ変わっていたかもしれないけれど、それ以上ではなかったんでしょうし。

『ドクトル・ジバゴ』実は、ドイツ語吹き替えでしか観たことがありません。たまにテレビでやっているんですよ。あれってノーカット版なのかしら。でも、いい映画ですよね。毎回、涙してしまいます。もっとも、あれを見たせいで「冬のロシアには死んでも行かない」と思うようになってしまいました。

コメントありがとうございました。

2015.09.27 16:09 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
本当に、ドラマチックです^^
今回の旅は、そう言う目的もあったのですね。
ヨーロッパの歴史や地理には疎い私ですが、夕さんの中にそういう血が流れていることは、今までの夕さんの作品や行動や語りの中にちゃんと記されているような気がして、納得です。
自分の作品のキャラたちが、そのことにリンクしているっていうのは、なんとも素敵な事ですね。
嘘から出た真……ではなくて、真から出た物語、なのかも^^
マコトから出たら、にゃ~、だけど(=^・^=)
2015.09.27 23:59 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。いつもの旅行と違って、確固たる目的地があって、「ここでこれを探す」と決めていったのです。まあ、あまりよくはわからなかったのですが。

子供のころから、我が家は、どうもヨーロッパナイズされているという自覚はあったのです。
キリスト教だったり、クラッシック音楽がデフォルトだったり、外国語に関係したことを学ぶ親戚が多いことだったり
よく考えると、曾々祖母の影響がまだ残っていたらしいのですね。
だから、私が国際結婚しても誰も驚かないという素地もあったようです。

で、いつの間にか、キャラも外国キャラが大半でした。
かっこいいキャラではなく「なんだかなあ」キャラばかりなのは、さもあらんですね。
わざとじゃないんですけれど(笑)

マコトからでたニャ〜も、わるくないかも。

コメントありがとうございました。
2015.09.28 20:07 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ふうううむ。
確かにこういう取材のような旅行も大切ですよね。
世界観が広がるというか。
もっともっと細かい描写ができるようになるという。
見聞を広げることはいいことですからね。
どこかとどこかが繋がってくることがいいですね。
(*^-^*)
2015.10.02 12:04 | URL | #- [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

え〜と、今回は取材のつもりで言った訳ではなかったんですが。
でも、やっぱり、目にするものを「使うとしたらこうかな」というような物書き視点で見ていたりしますよね。

それはともかく、先祖の情報もちゃんと繋がってくるといいのですが。
今のところ玉砕中です。

いい加減真面目にドイツ語の手紙書かなきゃ。

コメントありがとうございました。
2015.10.02 20:00 | URL | #9yMhI49k [edit]

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