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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (11)グラナダ、 ザクロの樹

グラナダには二回行きましたが、やはり春先の方がよかったと思いました。超有名観光地に行っておいてなんですが、やはり美しいものは人ごみの中では見たくない、わがままな私なのです。
あらすじと登場人物
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大道芸人たち Artistas callejeros
(11)グラナダ、 ザクロの樹


「日本の方ですよね」
アルハンブラ宮殿の前で稼いで、休憩にペットボトルで水を飲んでいると、後ろから声がかかった。蝶子は何かと思って振り向いた。ずっとキャーキャーいって見ていた日本人観光客二人組だった。

「そうだけど?」
「やっぱり。もう一人の男性が三味線だったから、そうじゃないかと思ったんです。あの、お願いがあるんですけど」
「何?」
「あの、金髪の人と一緒の写真を撮りたいんです」

 稔は吹きだした。蝶子は眉一つ動かさずにドイツ語でヴィルに声をかけた。
「テデスコ。あなたと一緒に写真を撮りたいんですって」

 ヴィルは、これまた眉一つ動かさずに答えた。
「やだね」

 蝶子はにっこりと微笑んで日本人観光客に言った。
「ごめんなさいね。彼は写真に撮られるのが嫌いなんですって。勘弁してあげてくれる?」

 拒否されて悲しそうに未練たっぷりに立ち去る日本人二人を、レネは氣の毒そうに、稔はニヤニヤして、そして蝶子とヴィルは無表情に見送った。
「写真撮られるのが嫌いなのかよ、演劇をやってるくせに」
稔は面白がっていった。

「写真が嫌なんじゃない。パンダみたいに扱われるのは氣に入らん」
稔は大笑いした。レネはそれでも日本の女の子たちが氣の毒そうだった。

「心配しないでいいのよ。いい薬になるわ。そうじゃないと、あの子たち、同じような事をあちこちでやるでしょうから」
蝶子は容赦なかった。

 稔はあらためてヴィルの顔を見た。
「見慣れすぎてあたりまえになっていたけれど、確かに整っているよな。金髪碧眼だし、欠点がなさ過ぎる」
「ヒトラーが大喜びしそうな容姿じゃない? SS(親衛隊)の制服とか着せたら似合いそうよね」
レネはおろおろした。誉めていないどころかケンカを売っているとしか思えない言い草だ。

 ヴィルはぼそっと言った。
「あんただって、典型的なゲイシャ顔じゃないか」

 蝶子と稔は顔を見合わせた。
「そりゃ、誤解だよ。欧米人にはこれがオリエンタルな日本美人の典型かもしれないけれど、お蝶は俺たちにとってはどっちかっていうと渡来系だぜ」

「渡来系ってなんですか?」
「大陸から遷ってきた外国人の子孫みたいな顔ってことよ。目が細くて吊り上がっているからでしょ」

「じゃあ、典型的な日本の女の子ってどんな顔なんですか?」
レネが訊いた。稔はあっさりと答えた。
「さっきいた女の子たちみたいな顔だよ」

 レネは少しがっかりしたようだった。日本に行ったらパピヨンみたいに神秘的できれいな女性がたくさんいると思ったのに。

「あんたは純粋な日本人じゃないのか?」
ヴィルが訊いた。蝶子は切れ長の目を更に細めて言った。
「あなたがドイツ人であるのとおなじ程度には純粋よ。この顔は隔世遺伝の悪戯なの。両親も妹もこんな顔じゃないもの」

「お前、妹がいるんだ」
稔が訊いた。
「ええ、二つ年下でね。まともなの」

「まともって、どういう意味ですか?」
レネが不思議そうに訊いた。

「フルートなんかやりたがらないで、普通に結婚して、孫の顔を両親に見せたって事よ」
「ついでに大道芸人にもならなかったってことか?」
稔の言葉に蝶子は自虐的な高笑いをした。

「あんたがまともでなくてよかったよ」
ヴィルが無表情に言った。三人はそのらしくない感想に耳を疑ったが、蝶子はさらにらしくない最上級の笑顔を見せた。
「ありがとう」


「こんなにたくさん日本人をみたの久しぶりよね」
蝶子は稔に話しかけた。

「そうだな。バルセロナにもいたけれど、こんなに集中していなかったものな。パリは多かったぞ」

「ヤスもパリにいたことがあるんですか?」
レネが訊いた。

「ああ、四年半くらい前さ。シャンゼリゼとかエッフェル塔の下で稼いだな。でも、大道芸を始めたばっかりだったから、まだおどおどしていた」
「僕の職場と近かったわけですね。あの頃、僕は、シャンゼリゼから徒歩五分のクラブで働いていたんですよ」

「ニアミスだったのね。あの当時にもうArtistas callejerosを結成していたかもしれないってことよね」
蝶子が楽しそうに言った。

「それをいうなら、俺たちはもっと早くに会っているじゃないか」
稔は言った。

「どこで?」
レネは不思議そうに訊いた。

「あれ? 言っていなかったっけ? 俺たち大学で同じソルフェージュのクラスにいたんだ。コルシカ・フェリーの上でこいつを見つけた時にすぐにわかったよ。こいつは俺のこと覚えていなかったみたいだけど」


 その不名誉な発言は軽く無視して、蝶子はヴィルに話しかけた。
「テデスコと私もどこかでニアミスしているかもしれないわね。だってアウグスブルグに住んでいたらミュンヘンに来ることもあったでしょう?」
「そうだな」

 ヴィルは短く答えたが、本当はニアミスどころではなかった。蝶子はヴィルの父親の家にいて、逃げ出していなければ近いうちに未来の母親として紹介される予定だったのだから。


 アルハンブラ宮殿だけはどうしても観光したいと言い出したのは蝶子だった。予約制で、時間が来たら集まってツアーとして中に入ることが出来るシステムなので、予約時間の少し前まで稼いでいた。

 その日は終日曇っていたのだが、四人が宮殿内に入ったのと前後して、雲間から光が射しはじめた。アルハンブラ宮殿にはもちろんステンドグラスのようなものはない。しかし、太陽の光の作り出す陰影がなければ、この類い稀な建物の印象はがらりと変わってしまう。真夏のうだるような暑さの中に来るのも悪くないが、その時期にはタンクトップと短パンの旅行者が新宿の繁華街のごとく溢れ、グラナダが観光客ずれしたつまらない街にみえてしまう。オレンジがたわわに実る冬の終わりのこの時期は、そう考えると世界に誇るこの観光地を観るにはベストシーズンと言ってよかった。第一、四十度を超す真夏と較べて過ごしやすい氣候は、大道芸人たちに優しかった。

 王宮の数々のアーチや石柱に施された幾何学模様の漆喰細工は、ため息が出るほど美しかった。周りの観光客たちは必死でシャッターを押していたが、四人はカメラを持っていなかったので、自分の脳裏に焼き付けた。

 色々なところに行く。その思い出は、写真やTシャツにして残しておくことは出来ない。だから無駄な観光などしない、忘れたくないものはその瞬間を記憶に留める。それだけだ。けれど、四人がいつも共にいれば、それは共通の思い出となって残る。何年も経ってから、一緒にここに来たことを語り合える、そういう存在であることが今の四人にはとても大切だった。

 王宮の中で最も大きな『大使の間』と呼ばれる広間は、様々な国の使節の謁見や、儀式が行われた場所だという。天井から壁、下部のタイル、床に至るまでびっしりと細かなアラベスク模様の装飾とコーランの言葉が刻まれていた。そしてその先に行くと、稔ですら日本で写真をみたことのある有名な『ライオンの中庭』を囲んでハーレムが広がる。

「いいなあ。こんなところで、毎日美女に囲まれて過ごしていたんだ」
稔がぽつりと言った。レネは同じ感想を持ったが蝶子の前で言う勇氣がなかったので、黙って小さく頷いた。
 蝶子が笑い出した。
「馬鹿ね。女の数が増えるほど、問題が倍増するのに」
蝶子が二人になったときの状況を想像して、二人は首をすくめた。確かにそれは勘弁してほしいと稔は思った。

 蝶子は噴水の水音に耳を澄ませた。わずかなトレモロ。水に反射する光が遊ぶ。風が緩やかに渡っていく。かつてのハーレムの女たちが見たもの、感じたことに思いを馳せる。彼女たちは平和で幸せな時を過ごしたのだろうか。それとも、主の寵愛をめぐって落ち着かない日々を送っていたのだろうか。私のように逃げ出したものもいるのだろうか。

「ヤス。あとで、『アルハンブラの思い出』を弾いてよ」
稔はまかせとけという顔で頷いた。

 宿に戻る前に、近くの市場に買い出しにいき、ザクロを見つけた。蝶子が嬉しそうに手に取った。
「あら、まだあるのね。秋の果物だからもうないかと思ってたわ」
「これが、おしまいの時期なんでしょうね。せっかくだから買いましょうか」
レネが、オレンジと一緒にしてもらった。ついでに異国情緒たっぷりのアラブ人街の間を楽しみながら歩いていく。


「アンダルシアの中でも特にイスラムの名残を感じることが出来るんですね。イスラム世界に来たみたいです」
レネが言った。

 稔が同意した。
「けっこう近いんだよな、ヨーロッパと近東って。そのうちにそっちにも足を伸ばすか?」

「ここからアフリカも近いぞ」
ヴィルが言った。

「簡単に行けるの?」
蝶子が興味を示した。

「ジブラルタルやアルヘシラスからは、海の向こうにアフリカ大陸が見えるんだ。渡る先はスペイン領のセウタだから船に乗るのに面倒な手続きもない。行くか?」
「行ってみたいわ。あなたたちは、どう思う?」
蝶子はレネと稔にも訊いた。

「賛成!」
稔が即座に言って、多数決の必要票を投じた。もちろんレネも賛成だった。
「セウタからモロッコに入るなら、フランス語ですからね。僕が役に立ちますよ」


その夜、稔は約束通り、『アルハンブラの思い出』を演奏した。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
一旦、ここでコメントを残させていただこうと思います(^^)
えっと…、今、大海は蝶子さんの魔の手に、じゃなくて魅力の虜になっております。
したがって、カルちゃんは私のライバルです。
夕さんの書く女の人って、本当にいいなぁ。色んな物を抱えていながらも、心は自由で、たくましくて、前を向いている。
蝶子さんが(つい、さんをつけてしまう…次から敬意を込めて呼び捨てにします)踊るシーンがとても好き。
仲間に、曲をねだるときの自然さも素敵。
カルちゃんを始めとして男をあしらうスマートさも素敵。
でも、すごく繊細な人なんですよね……
そして、こういうロードムービーみたいな物語運び、舞台になる町の質感、それにさりげなく挿入される曲、流されているようで家族とのつながりも(プラスマイナスはあるけど)どこかに残っていて、そして4人で作っていく思い出があって……
本当に映画を見ているみたいです。
だからでしょうか、すごく神様視点が自然。誰のところへ視点が移動しても、全然違和感がありません。
う~ん、素敵だなぁ。
樋水…の世界も好きだけど、まったく別の味わいでとてもいいです。

ところで、時代は違うことを重々承知の上で、この4人と(あるいは稔と)真をコラボさせたいような気がする大海でした。
真はギターが弾けないので、稔の三味線借ります…って、勝手に……
2013.05.19 16:34 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

おお、今、ここなんですね。もうしばらくすると、多少のけぞる展開に……(笑)
蝶子を呼び捨てしにくかったら、あだ名でどうぞ。一番呼びやすいのは、稔からのあだ名でしょうか。稔ったら敬意と友情を込めて(?)「トカゲ女」だし。

蝶子は、真耶と違ってお育ちはかなりいまいちで、全ての立派な(および、お子様の教育上よろしくない)教育はエッシェンドルフ教授に仕込まれた事になっております。ドミトリーに泊まったり、酒を飲んで大騒ぎしたり、下々ライフが問題ない一方で、ダンスを踊れたり、チェスをやったり、やっていることの範囲が広いのはこの辺の事情によるのですが、これだけの事を仕込ませるために時間がかかり、全体としてのメンバーの年齢が上がる原因になってしまいました。個人的にはメンバー全員の「すれている」度を考えるとこれ以上は若く出来ないのでちょうどいいかなと自分では思っているんですが、このブログの読者の平均年齢からすると、ちょっと「おじさん、おばさん」ばかり出てくる小説になってしまいました(笑)

視点がガンガン変わっている点については、何も考えずに書いているので、彩洋さんに指摘されるまでわかっていませんでした。後から考えると、この視点の切り替わりを利用して、読者に誤解というか錯覚させる「だまし絵」手法をつかっていまして、かなり多くの方がだまされたようです。

「樋水龍神縁起」と違って、縛りが何もなく書いているので、好き勝手をしています。書いている方としては、かなり楽しみましたが、「なんだこりゃ」な事が出てきても、お氣になさらず、スルーしてくださいませ。

> ところで、時代は違うことを重々承知の上で、この4人と(あるいは稔と)真をコラボさせたいような気がする大海でした。
> 真はギターが弾けないので、稔の三味線借ります…って、勝手に……

あ、コラボは大歓迎です。どうぞお好きなように、煮たり焼いたりしていただければ、光栄でございます。稔が何をどうやらかしたか、安田流の設定なんかは「大道芸人たち」のチャプター3の日本編で全貌が明らかになります。彩洋さんから見たら、眼も当てられないような「わかっていない」オンパレードになる可能性もありますが。(ちなみに日本編には「何故こいつらがここに」がいっぱい出てきます。だから稔たちが騒いでいるのは2045年ごろの近未来小説だとわかるのですが、コラボではその辺の矛盾は常に無視しています。私の小説のキャラは異次元の方ともコラボしていますので、ご心配なく)

ご感想をいただき、本当に嬉しいです。ありがとうございました。
2013.05.19 21:01 | URL | #9yMhI49k [edit]

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