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Posted by 八少女 夕

【小説】ファインダーの向こうに(8)ポートレート -3-

中編小説「ファインダーの向こうに」の最終回です。

ようやく自分の本当に撮りたい写真のスタイルで撮影を始めたジョルジア。変わっていっているのは、それだけではありません。ハッピーエンドやバッドエンドというくくりの難しいラストですが、これで本当に終わりです。ご愛読いただきありがとうございました。追記に後書きを置きました。


「ファインダーの向こうに」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




ファインダーの向こうに
(8)ポートレート -3-


 ジョルジアは、《Sunrise Diner》やキャシーの家に通い、たくさん写真を撮った。笑っている顔、腹を立てている顔、拗ねている顔、皮肉を言う顔、美しい立ち姿、変な姿勢の時、赤ん坊を抱きしめる時、夫のボブと抱き合っている時、口論をしている姿。露出とシャッタースピード、それに焦点を変えて幾枚も撮り続けた。フィルムに美しい瞬間だけでなく、生きている彼らの人生が映し出されていく。

 ロサンゼルスに行き、ショーの準備をしているアレッサンドラの姿も撮った。スポットライトを浴びていない彼女の、仕事を離れた時には見せない尖った神経、わずかによぎる不安を映し出すことに成功した。そして、喝采を浴びる彼女の華やかな笑顔、娘といるときの母親としての愛情。

 どれだけ多くの事柄を、瞳のシャッターから追い出してきたのかと、ジョルジアは訝った。全てのモデルには、陰影があった。彼女が今まで好んで撮影し、評価を受けてきた「天使である子供たち」のような、明るく完璧な美は影を潜めた。必ずどこかに醜く悲しいものがある。それはジョルジアの中にだけあるのではなかった。そして、その影が被写体の光の部分をより美しくするように、それを撮っているジョルジア自身の影も、自らの光を感じるようになっていた。

 彼女は、醜い化け物であると同時に、どこにでもいる女という魅力ある生き物でもあった。哀しみに支配されていながら、歓びに胸を躍らせていた。彼女は撮影を楽しんでいた。毎日の新しい発見が嬉しくてたまらなかった。誰からも顧みられぬから、仕方なしに仕事をしているのではなく、努力を認めてほしいから何かを創り出すのでもなく、だだひたすら自分自身でいることを楽しんでいた。かつて、始めて父親のカメラを手にして、その小さな箱の中に映る無限の世界に惹き付けられた、あの頃と同じ情熱を取り戻し、好きなことを仕事にできた幸運を噛み締めていた。

 彼女は、自分が変わりつつあることを自覚していた。一方通行ではなく、喜びだけでもなく、被写体のプラスの感情とマイナスの感情、両方を受け止められるようになっていることを感じていた。作品への批判や否定を予想しても、人ではなく自分の感覚を優先できるようになっていた。それは、自分を信じ、尊重するということだった。

 小さいアパートメントの洗面所。彼女は、鏡の前に立ち、自分の顔を見た。青ざめた肌は変わっていなかったが、瞳に光が入っていた。それに、わずかに口角が上がっていた。ファインダー越しに見つけた、マッテオの口元との相似を見つけて、彼女は嬉しくなった。

 そこにいるのは、もうアレッサンドラ・ダンジェロの惨めな影ではなかった。アレッサンドラが愛して、幸せを願っている、彼女の大切な姉の姿だった。

「あなたを変えるのは、いつだってあなた自身よ」祝福の言葉が甦る。彼女は、妹のスタイリスト、ミッキーに貰ったクリームに、あの授賞式以来、洗面所に置きっぱなしになっていた小さな瓶に、そっと手を伸ばした。

* * *


「へえ。いいな」
久しぶりの打ち合わせで、彼女はずいぶんと厚くなったファイルを取り出して、作品をベンジャミンに見せた。様々な人物像が写っていた。キャシーとその家族、マッテオやアレッサンドラ、それからその撮影の時に撮ることを許してくれた、使用人のハリスやスタイリストのミッキー。姪のアンジェリカとその友達。街の清掃人、《Sunrise Diner》の客たち、公園や海岸で寛ぐ人びと。

 ジョルジアが、こんなに光の扱い方が上手いことを、担当編集者である彼も、氣がついていなかった。明るい色彩の中では、その光と影のコントラストは、主役である色相に紛れて強く主張していなかった。それが、モノクロームの写真の中では主役となり、人びとの心の陰影、そしてそれを見つめるジョルジア自身の心のひだをくっきりと映し出す。

 彼女自身が上手く撮れたと自負している写真になると、ベンジャミンの反応も大きかった。長く時間をかけて、満足げに眺めていた。その反応が、彼女に大きな自信を与えた。新しい写真集。これは大きな賭けだ。結果がどうなるかはわからない。でも、決して後悔しないだろうと思った。

「ねえ。ベン」
「なんだ?」
「今度時間があったら、あなたを撮らせてくれない?」
「……僕を?」
「あなたと、スーザンと、そしてジュリアンと、一緒にいる日常を撮ってみたいの」

 ベンジャミンは、手の間から砂がこぼれていく感覚を味わった。傷つき怯えて、飛ぶことのできなかった、彼が守り、触れずにいつまでも世話をしたいと思っていた鳥は、ゆっくりと翼をはためかせている。

 彼女のファインダーに映れないと残念に思っていたのは、昨日のことのようだった。だが、それは当然だったのだ。彼は十年間もカメラよりも手前にいたのだから。一人では立てない彼女を支えて。一番近くに。

「やっと……だな」
「何が?」
「君が僕をファインダーに入れてくれた」

 ジョルジアは、少し首を傾げてから笑った。その口元にうっすらとルージュが引かれていることに、ベンジャミンははじめて氣がついた。

* * *


 ジョルジアは、暗室の壁の前に立ち、手を伸ばした。触れることがためらわれて、いつも視線で追うだけだった写真。狂おしい想いが昇華されて、愛されないことの苦しみよりも、ただ愛することの歓びが胸にひろがっているのを感じた。

 この写真が全てのきっかけだった。再び生きることへの。人びとと向き合うための。自分自身を愛する道のりへの。

 彼女は、奇妙な形とはいえ、確かに彼女が愛している男に語りかけた。

 いつか、もう一度あなたを撮ってみたい。あなたが愛する人と一緒にいる所を。その眼鏡の奥であなたの瞳が愛情に煌めく瞬間を。あなたがあなたの子供と一緒にいる幸せをかみしめている光景を。あなたの曇りのない幸福を映し出すことができたら、きっと私は生涯に一度も得たことのない愛の昂揚を手にするだろう。私自身が愛されることは永久になくても。

 写真を壁からそっと外し、愛おしげに眺めてから、少しずつ集まりだしているモノクロームの人物像のファイルの一番上に置いて、ファイルを閉じ、大切に鞄の中にしまった。

 それから、暗室の電灯を完全に消し、いつもの通り戸締まりをしてから、我が家に帰るために黄昏の通りをひとり歩いていった。

(初出:2015年12月書き下ろし)

追記



この小説は、もともと「マンハッタンの日本人」シリーズのおまけのような形で構想を始めた作品でした。ブログのお友だちとの競作の過程で、ヒロイン美穂(と私)が「利用しまくったあげくに袖にする」というとんでもない無礼を働くことになってしまったTOM-Fさんのオリキャラ、ジョセフ・クロンカイトと、TOM-Fさんご本人へのお詫び掌編という位置づけです。

でも、単純に若くて綺麗で性格のいい子にジョセフを想わせた所で、なんのお詫びにもなりません。冗談作品にはおちゃらけて返すのもありですが、この場合は論外です。真面目に考えれば考えるほどハマりました。そして、「その結果がなぜこうなる」という作品になってしまいました。

この作品は、「マンハッタンの日本人」の続編ではありません。が、実は、根底に同じテーマが流れています。そして、「マンハッタンの日本人」の中で、本来私が追求したくてうっすらと匂わせていた内容が、前回の謎の「モテモテ」状態でうやむやになってしまったので、こちらでは正面から見据えてきちんと書くことにしました。

大テーマは、私の全ての小説と一緒です。この大テーマについては、何度かこのブログで「ある」ことだけは開示していますが、読者の自由な読み方を制限したくないのであえて何であるかは公表していません。その「○○」が背骨として存在します。

その上で、今回、作品の個別テーマとして取り組んだのが「自己承認欲求」です。主人公ジョルジアの仕事とプライヴェートの両方において、承認欲求の呪縛と否定とのはざまで厄介なことになっているのですが、彼女が自分の内部を直視して、面倒な己の心と向き合い、僅かながらも変わっていく過程をストーリーの骨格に据えました。

彼女を写真家にしたのは、例えば小説家にするよりも「伝わりやすい」と思ったからです(TOM-Fさんをはじめとして、このブログにいらしてくださる方には、写真にも詳しい方が多いので、この設定はボロが出やすく危険だったのですが……)が、「自己承認欲求」の複雑なコンプレックスは、もちろん私自身の人生や仕事、それに小説を書くという行為の中から出てきたものです。「誰にも愛される鮮やかな子供の笑顔の写真」は、一般受けのする小説だと読み替えていただけるとわかりやすいかと思います。何をどんな風に表現するかと、それが受けるのかという問題は、何かを創作する人間にとっては常に悩みどころです。受ける作風を選ぶか、自分の表現したいものを貫くか、それが自分の人生にどのような影響を及ぼすのか、書いてみたかったのはその点でした。

ジョルジアは、これまで私の書いたヒロインの中では、不必要に恵まれた資質を持っています。彼女の妹アレッサンドラを書く時に想定していたのは、ブラジル出身のスーパーモデル、ジゼル・ブンチェンです。ジョルジアは「妹より僅かに劣るけれどほぼそっくり」という設定に照らし合わせると、すっぴんでも相当のルックスです。さらに兄と妹はとんでもない大金持ちなので、たかっていれば生活にも困らないはずです。好きな職業につき、社長や同僚は親切で、しかもその仕事もストーリーの頭では順調に見えています。これだけ「こんなヤツいるか!」な要素を抱えています。このあたりは、「優れた資質を持ちながらそれを活かせていない人間」や「幸せとは何か」を考察するためにあえて設定しました。

「マンハッタンの日本人」のヒロイン美穂は、もっと貧乏で、社会ヒエラルヒーの底辺を彷徨っていました。それにもかかわらず、私の中の「この子かわいそう度」は大して高くありませんでした。どうやら、特定の読者にとっては、相当かわいそうだったようですが、正直にいえば、なぜ美穂があそこまで同情を集めたのか、私は最後まで理解できませんでした。

ジョルジアは、さらに全然「かわいそう」ではありません。彼女が迷い、苦しんでいたのは、身体コンプレックスも含めた外的環境のためではなく、全て彼女の心のあり方に問題があったのです。今回のゴージャス設定は、それを明白にするためでした。

彼女のヒーローは、当初の予定通り、TOM-Fさんのところのジョセフ・クロンカイトです。この物語では、ヒロインは最後までヒーローと知り合うことがありません。一シーンで、手を伸ばせば届く程度までは近づきますが、彼にとってジョルジアは、所詮名前と顔が一致するかもかなり怪しいレベルに「全然知らない誰か」です。このことは、このストーリーの組み立てで、とても大事な約束事でした。

第一に、このストーリーによって、TOM-Fさんの「天文部シリーズ」のストーリーの邪魔をするようなことがあってはならない、というのがありました。唯一、掟破りをしてしまったとしたら、『フォトグラフ・オブ・ザ・イヤー』という謎の賞レースで、彼が特別審査員を務めた、という下りです。そんな仕事するのか、とも思いますが、まあ、このくらいなら許してもらえるかなと勝手に書いてしまいました。発表後にTOM-Fさんから、ありがたくお許しもいただけてホッとしました。

第二に、このストーリーでは、「マンハッタンの日本人」の美穂とは違って、「誰かに救い上げてもらっての大団円」もしくは「振られることで大破局」という終わり方は絶対にしたくなかったからです。ジョルジアは、自分で己の承認欲求や愛情やトラウマと向き合って、自力で負のループから脱出すべきだったのです。

だからこそ、このストーリーには所謂ハッピーエンドもついていません。彼女の仕事とプライヴェートの状態は、ストーリーの始まりと終わりでほとんど同じです。彼女は愛する人から愛されないままで、さらに仕事はかなりのリスクを秘めたまま方向転換して終わっています。「頑張ろう」と思ったくらいで、成功できるほど現実は甘くないでしょう。それでも、ストーリーの終わりには、ジョルジアをより幸福な状態に持ってこれたと思っています。

全ての鍵は、彼女の妹アレッサンドラの口癖「あなたを変えるのは、いつだってあなた自身よ」にあります。ジョルジアは、自分の周りの状況を変えることはできませんが、自らの心を変えることはできたのです。その意味では、このストーリーはハッピーエンドと言えるでしょう。

数ヶ月に渡って連載をしてきましたが、このストーリーとジョルジアを応援してくださった読者の皆様に心からの御礼を申し上げます。そして、何よりも、懲りずにこの作品にも大切なキャラクターを貸してくださったTOM-Fさんの広いお心に感謝いたします。


この作品を通して親しんできたニューヨークの世界と別れるのはちょっと寂しいですが、皆さんに知られてきた多くの脇キャラとともに、またいつの日か、この世界観で作品を書くことを楽しみにしています。長い間ご愛読いただきまして、ありがとうございました。



Babyface - You Are So Beautiful To Me
この作品の裏テーマ曲です。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れ様です。
そして、完結おめでとうございます。

ジョルジア、ほんとうにいい方向に向かっていますね。
わかりやすいハッピーエンドじゃないけど、いい結末だと思います。なにより、ここから何かが始まっていく、という予感があるのが素敵です。
モノクロで、しかも人物を撮るというのは、写真としては敷居が高いと思います。被写体だけでなく、写す側の人間性も出ちゃいますからね。見る方も、人間の持つ「光と影」を否応もなく見せつけられる(いい写真ならば、ですけど)わけで、けして見て楽しいだけの写真じゃない。
写真でも小説でも、趣味でやっている分には、たとえウケなくても、趣味の世界だからとか芸術だから、と言い訳ができるんですが。書きたいものを書いて、それがウケればいちばんいいんですけどね。
ジョルジアの挑戦、応援したいですね。

お話の冒頭では、ジョルジアはこのままじゃいろんな意味で幸せにはなれないよな、と思いました。それがウチの朴念仁との関係のなかでどうなっていくのか、すごく興味がありました。
結果として、ジョルジアの「一歩」を踏み出すきっかけにしていただけたわけで、これはもう望外の喜びです。最後は、憧れとか夢みたいな対象ではなく、ひとりの人間として被写体の仲間入りさせてもらえた、あるいは恋愛よりも大きな愛の対象にしてもらったことに、感激しております。
お詫び作品とおっしゃっていただいていますが、こんなにいい扱いをしていただいて、ほんとうにありがとうございました。
とても楽しく読ませていただきました。

そうそう、「マンハッタンの日本人」シリーズ、なんだかもう懐かしい感じですね。
美穂は、絡みやすいキャラ(設定)な子でしたからね、そこらへんがうけたんじゃないかと思います。
それにしても、作者同士や作品同士の結びつきから、新たな作品が生まれていくっていうのは、ほんとうに楽しいですね。
感謝とお礼を込めて、これからも、よろしくお願いします。
2015.12.23 12:09 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
連載お疲れ様でした~~!!
\(◎o◎)/!

分かりやすいハッピーエンドじゃないところが私には好感でしたね。
ジョルジアはジョルジアらしい終わり方をしていたので、
そこが個人的に好きだったかな。一歩前に進みましたし。

写真を撮るということの意味を感じながら。
この作品をしばらく読んでいました。
ここまで読ませていただきありがとうございます。

改めて連載お疲れ様でした~。
_(._.)_
2015.12.23 23:54 | URL | #- [edit]
says...
とても素敵なラストだと思います。
このお話の前では、ハッピーエンドという言葉は陳腐に聞こえてしまいますね。
エンドではなく、ここからまたジョルジアの新しい日々が始まるという感じがします。
そうなんですよね。眩しいばかりのキラキラしたものよりも、ひとはその奥にひっそりしまわれた陰に惹かれていく。
闇を持った光の方が、より魅力的で、安心できるんですよね。
それを視覚で示すことができるのが、モノクロームの写真なんだろうなあ。
全ての題材が象徴的で深くて、夕さんの作品への愛情や姿勢が伝わってきました。
TOM-Fさん へのキャラへの配慮もとても細やかで、物語を書く上で大切な事を、改めて感じたりもしました。
夕さんの作品に込められたテーマは、人間の生活そのものの中にあるんだなあと感じます。
ファンタジーであれ、現代ものであれ、人間の本質にちゃんと向き合ってるから、リアルなんですよね。

作品の完結、おめでとうございます。
またこの後も、夕さんの作品、楽しみにしていますね^^

あ、仕事納めだったのですね。お疲れ様です。
どうぞゆっくり休んでください。
私はあと4日、働かねば。

そしてメリークリスマス♪
2015.12.23 23:56 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

ジョルジアのこれからを応援していただけてとても嬉しいです。

これを書いたのは、四月から五月だったと思うんですけれど、終わるとあっさり忘れる私にしては、実は未だにその辺にいる珍しいキャラで、自分の中ではかなりお氣にいりになった子でした。

実際には、これでいきなり「白黒人物写真家として名声を勝ち得る」なんてご都合主義な展開はないと思うんですよ。でも、ダメなところで終わるのではなくて、希望を持たせたまま終わってみました。ここからが長いと思うので、中編としてはここが終わりどころですよね。

人間って、いろいろと複雑で、わかったようなことを言いつつ、それも決して嘘ではないのに、それでもどこかでは自己承認をもとめてあがいていると思うんですけれど、その性に向き合うことで、一歩が踏み出せるのかな〜と、ジョルジアに自分を投影しつつ書いていました。ま、私本人は、アマチュアなので、プレッシャーはないんですけれどね。

人間の幸せって、本当に本人の心次第だと思うんです。
おっしゃる通り、登場した頃のジョルジアは、全てに後ろ向きでしたし、動くつもりもなくて幸せからは自ら遠ざかっていましたよね。最後は、冒頭と実はほとんど何も変わっていないんですが、かなり幸せに向かっているようです。

ジョセフ、盗撮されて勝手に懸想されて、なにからなにまで迷惑千万でしたが、彼らしく、知らないところでも人助けをして徳をさらに積んだということでお許しいただけると幸いです。

それに、読みとっていただけてとても嬉しかったのですが、ジョルジアが触れることもできなかったジョセフの写真をキャシーたちの写真と一緒にするところ、少し象徴的に書きました。彼女が自分の位置を変え、自らを愛せるようになったことで、相対的に天上界かブラウン管のむこうかとにかく別世界にいた特別すぎる人から、もっと血肉の通った愛情の対象に変わってきたことを書きたかったのです。ベンの立ち位置も変わってきていますよね。

前回のお詫びに加えて、この作品を特別にしてくれたジョセフと綾乃、そして、快くキャラクターを貸してくださったTOM-Fさんには、何とお礼を申し上げても足りません。本当にありがとうございました。

なんだかんだ言って、キャシーもジョルジアもマッテオもニューヨークの住民ですので、いつかまたそちらの皆様と共演できたら嬉しいなと思っています。

長い間のご愛読と、沢山のご協力、本当にありがとうございました。
2015.12.23 23:57 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

おお、お氣に召して嬉しいです。
人間、何かのきっかけで変わるにしても、人格が変わるほどは変わりませんよね。
ゆっくりと一歩ずつ前に踏み出し、後で考えたら、思ったよりも沢山進んでいた、というのが本来の人生に近いんじゃないかなと思って書いていました。

写真だったりプロだったり、私たちとは違いますが、でも、何かを創り出す人間の想いを感じていただけたら、いう事はありません。

最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。
2015.12.24 00:15 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ちょうど、limeさんとほぼ一緒に完結できて、嬉しかったです。
と言っても私は、年末にぴったり終わるように計算して切り刻んでいたのですが(笑)

そうですね。ジョルジアにとっては、これが終わりではなくて、むしろ始まりなのでしょうね。

そして、キラキラのものもいいし、つかみもいいんでしょうけれど、それだけではなくて影がある方が長く心に残ることもあるのかなと思います。

最初がモノクロで、あとからカラーという書き方も出来たんですが、私の性格としては、モノクロームへ変わる方が好みでした。
マッテオのシーンなど一部ただ面白がるだけで書いた部分もありますが、あちこちに寓意を混ぜたりもしています。
それを感じ取っていただけているのがとても嬉しかったです。

今回は勝手に書きましたので、ジョルジアは、今回ついにジョセフとひと言も話せないままでしたが、もしTOM-Fさんの許可があったらいずれは会話くらいはさせてもらえるといいかなあ、なんて思っています(笑)

追っているテーマが同じなので、いくら量産しても同じような話になりつつあるんですけれど、これからも人間の内面を上手く追えたらいいなあと願っています。来年の準備は全然済んでいないのですが、なんとかなるでしょうか?

そして、はい、仕事納めました。明日も休めたし、来年は新年三が日を休めるので嬉しいです。
limeさん、あとちょっと。頑張ってくださいね!

楽しいクリスマスを!

ご愛読と欠かさぬコメント、ありがとうございました。
2015.12.24 00:29 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ああそうか、ジョルジアにはいろんな事が起こっていますが、これはすべてがまだきっかけの段階なんですね。
でもこれは、いままで閉じ込められていたジョルジアの心に起こった渦のようなものなんだろうなぁ。もう止まらなくて、そしてそのベクトルはきっとジョルジアの望む方向に向かっていくんだろうなと感じます。
負の面も含めて色々な可能性は考えられますが、夕さんの文章からはそっちのベクトルの方を強く感じます。
たしかにジョルジアの進もうとしている方向はマニアックで、万人受けするかどうかは微妙なんですけれど。
でも、これまでのようにヘドロの底に沈んでいては、どこへも行けませんから。
変化については本人も納得できるでしょうし、本人にとってとても素敵なことが起こったんだと思います。生き生きと写真を撮ってますもの。
サキは愛想の無い主人公(特にヒロイン)は大好きですが、多分、顔にクリームをつけ、口元にうっすらとルージュを引いて、ベンをファインダーに入れて、少し首を傾げて笑って、そして例の写真をファイルに戻して、少しずつヘドロの中から舞い上がろうと足掻いているんですよ。
トラウマになっている体のアザだって、何とか受け入れることができる時が来るんじゃないかと思っています。
きっと上手くいくと信じています。
見事な設定と構成、そしてストーリーの展開に唸らされました。
サキにはとても真似できません。
2015.12.24 13:51 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。小説としては最終回ですが、彼女の人生では連続する多くの出来事の一つ、でも、とても大切なターニングポイントの一つでしかないのですね。
サキさんがおっしゃるようにヘドロの底のよどみで、「でも、私はこれでいいの」と動きもしなかったのが、ようやく「動こう。失敗してもいいから」と飛びはじめました。

彼女、元々は写真を撮るのが文句なしに好きだったはずなんですよ。それが、プロになり「なんとか食べていかなきゃ」となって、自分が撮りたいものより売れるタイプのものにシフトしすぎて、自分で何が撮りたいのかわからなくなっていたのですね。それがはっきりわかったので、また生き生きとして写真が撮れるようになったのでしょうね。

ジョルジアは、はじめの構わない少年のようなルックスから、じつはほんの少ししか変わっていません。ベンジャミンがしばらくは目に留めなかったくらいのナチュラルメイクです。まあ、日焼け止めの代わり程度ですから。でも、このメイクは彼女の心境の変化を描写するために敢えて入れました。つまり「誰も私を見ないで」から「私は私。ふつうに幸せになりたい」という変化ですね。表皮母斑やその手術痕などは変えることはできませんが彼女自身がそんな自分でもいいと受け入れたことは喜ばしいし、いつか誰かに丸ごと受け入れてもらうことができたら、その時はコンプレックスを完全に克服することかできるでしょうね。

ほとんどひねりのない直球な構成で、単純すぎてどうかなと思いましたが、お氣に召してとても嬉しいです。
最後までおつき合いくださいまして、感謝しています。

ご愛読とコメント、ありがとうございました。
2015.12.24 21:23 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
『誰からも顧みられぬから、仕方なしに仕事をしているのではなく、努力を認めてほしいから何かを創り出すのでもなく、だだひたすら自分自身でいることを楽しんでいた』……これ、しみじみと感じ入りました。
今の世の中、なかなか思うようになりません。志をもって仕事を選んでやっているつもりだったけれど、やっぱり何か閉塞感があって、どこかで周囲を羨んでいたり、空回りしていたり。どこかで誰かに認めて欲しいと思ってしまうのは人情というものですが、それでは自分が楽しくないってこと、ありますよね。
最近私、何だか自分にあんまり自信が無くなってきて、この歳になったら自信って積み重なっていくものかと思っていたら、そうでもないんだなぁ~としみじみ思うことが沢山あります。仕事面でも、創作でも、日常のちょっとしたことでも。だからジョルジアの後ろ向きな気持ちはよく分かるような気がしました。
そんな中での、小さな一歩はとても重要ですよね。いえ、何よりも気持ちが前向きになることが大事。これ、楽しいなぁって思ってやらないといけないんですよね。あ~、現実の仕事ではほんと、難しいけれど。でも、ジョルジアを見習って私も一歩だけ前に進めるように(新年から?)頑張ろうっと。行きつく先がハッピエンドかどうか、なんて、まだ誰にもわからないことですから……終わってみなければわからないし、人から見たら残念な結果でも、その人にとってはすごく満足かもしれないし。
彼女がひと時ひと時を噛みしめながら、これからの人生を歩いていけますように。

それにしても、これだけのお話を、そもそもTOM-Fさんとジョセフへの贖罪の気持ちから書き始め、見事なお話に仕上げられる夕さんの義理堅さと心意気に感動しました。ほんと、こういう気持ちって大事だなぁって、お話とは別の場所ではありますが、とっても感動。
夕さんの物語の大テーマ、多分私が初めて夕さんの作品(樋水龍神縁起)を拝読して、あ、この書き手さんは私が見ている方向とよく似ているところを(同じじゃないと思うけれど)見ておられると感じてぐっと引きつけられた、その「何か」だと思うのですけれど、やっぱり貫いておられるなぁと思って、それもまたうれしい気がいたしました。
次々と生み出される夕さんの世界、これからも楽しみにしています。
連載、お疲れ様でした!
2015.12.25 23:15 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
うっ…私はいつまでも暗いところにいるような…
なんて思っちゃいけない…

よく有名人の身内が、その人に絡めた商売みたいなのをやっていたりする話を聞きますが
ああいう家族の関係ってどうなっているんだろうなあと…
そんな中、ジョルジアさんは関係なく、自分らしくやりたいことをやれるようになって、それなりには成功もして、兄弟姉妹の仲もよいので、ハッピーエンドに思いました
さらに売れるようになるかはわからないですが、写真はさらに深みを増していきそうですね

あまりにも情熱的なハッピーエンドの話だと
小説の終わったその後で倒産したり離婚したりしていそ…
なんて思っちゃいけない…
2015.12.26 04:29 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは。
遅ればせながら連載完結お疲れ様でした。

ああ、そっか〜、ジョルジアの「現実」って、実は過去と現在とで
そんなに変わってないのね、と夕さんの解説を読んで納得。
それでも引き摺られるように、光のある方向へ導かれていったように
感じられていたのは、ジョルジアの「心」に光が射していたからなんですね。
でもあくまで影は影でいろんなところに多分潜んでいて。

ベンジャミンとの一件、ほろ苦くも「回収」されていたことが個人的にとても嬉しかったです。しかも本筋に絡む形での回収で、さらっとしているんだけれど、象徴的なエピソードだなあと。

「自己承認欲求」ですが、「自己承認欲求」って、内部から湧き出るものであると同時に外部との接触なしには生まれない欲求かとも思うんです。
そういう外部と内部の「バチバチッ」に、創作をする人は(大局的には創作をしない人達でも)、悩まされているのでしょうか。
そこをこう、どう自分の中で料理するのかが大事なのかもしれませんね。
(う、うまい言い方が見つからずすみません)
そしてそれをなし得るのはアレッサンドラが言うように自分自身、自分の心でしかないのですね……

舞台がニューヨークというのも、「自己承認欲求」というテーマと凄く嵌ると思いました。

気になっていたのでラストを今年中に拝読できて本当に良かったです。
素敵な物語をありがとうございました^^


2015.12.26 08:16 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

そうですね。「プライヴェートやそれでは食べていけない生き甲斐をメインに、仕事はお金を得るためだけ」もありですけれど、そうではなくて、「これをライフワークにしたいからその職業を選んだ」という場合に、実はこの作品で書いたような葛藤ってよくあるようなことだと思うのです。

好きなことをやっているだけでは上手くいかない、こんなはずじゃなかったのにって。

100%趣味の創作でも同じですね。まあ、お金を稼ぐ必要はないのでどっちでもいいとは言え、好きなものを書いているはずなのに「認められない」ということで悩んだり不満を抱えてしまったり。

私は、自分にそこそこの挫折があることは、ものを書く上ではそんなに悪いことではないのかなと思うようになってきました。何をやってもダメのドロドロでも読む方は辛いですけれど、その一方で、処女作で認められてデビューして時代の寵児になり億万長者でしかも超美人でみたいな恵まれ方をしている人だったら、こういう屈折した作品を書いても嘘くさくなるんじゃないかなと思うんです。ジョルジアや、ベンや、キャシーや、それに美穂には、いろいろな人が自分を重ねることができるんじゃないかなと、何となく思っています。だから、「なんだかなあ」も財産の一つなのかなと。

ジョルジアが幸せになる道は、結構いっぱいあると思うんですよ。仕事で認められること、もしくは、別の職業に出会うことだってないとは言えませんし、それとも、本当にこの人が自分のと一緒に生きてくれる伴侶だと思えるような誰かと出会うことがあるかもしれないし、養子やらペットやらわかりませんが別の愛情を注ぐ相手と出会うことかもしれないし、もしくは独身兄ちゃんと二人で独身ライフを楽しむのも悪くないし(これはキャラ違う?)どんな形がわかりませんが、きっとこのストーリーのはじめよりは幸せになってほしいなと思います(無責任作者だ)

TOM-Fさんには、本当にお世話になっていて、私がこれだけ好き勝手にコラボで遊ばせていただけるようになったのも、もともとはTOM-Fさんが快く遊んでくださったからなんですよ。なのに、あの暴挙ですから、本当はこれでもお詫びは全然足りていないんですけれど、でも、TOM-Fさん、人間ができていらっしゃいまして……。

私の大テーマ、たしか彩洋さんにだけは、どこかのコメントで書いた記憶があるのでたぶんご存知だと思うんですけれど、あのままを書き続けています。だから、何を書いても必ずどこか暗くなる。これは宿命です。いや、こだわっている訳でもないんですけれど、でてくるお話が必ずそっちに寄ってしまうので、これはもうしかたないのかと。

彩洋さんの書かれていらっしゃるものも、テーマがおありになるんですよね。そのベクトルが違う分、最後に希望を見出す作品群になるのが彩洋さんの作品で、私のは……ええ、ご存知の通りで、お花畑ラストの作品もありますが、救いのないまま突き放す話も多くて、なんですね。この作品は、中間かなあ。まあ、テーマにはとてもふさわしいラストかと。

来年の連載の準備は、実は全くできていなくて、「大道芸人たち」の第二部を途中まで公開した後、短編だけでお茶を濁そうと思っています。ちょっとお休みの年になるかもしれません。「黄金の枷」シリーズを完成させた後、可能なら「森の詩 Cantum Silvae」の執筆に戻ろうかと思っていますけれど、まあ、あまり「書く書く」いわずにのんびりいったほうがいいのかなあと。

そんなこんなですが、また来年もどうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2015.12.26 17:28 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ダメ子さんのところは、中の人と読者の萌えどころがそこにあるから、それでいいのですよ。
そうじゃないとタイトルを変えなくちゃいけなくなっちゃう!

そうそう。ジョルジアが「妹は見た。ダンジェロ兄妹の秘密!」とかやりだしたら、たぶんドロドロになるかと(笑)
マッテオは、変な意味で喜びそうだけれど。

まあ、今のところ大破局は来ていないので、ここで筆を置く方がよいです。
なんか、新しい写真集、売れるような感じしませんし。あ、でも、ダンジェロ兄妹写っていますから別の消費層が買うかも。
握手券とかつけた方がいいんでしょうか。

派手な結婚式をした芸能人、よくすったもんだしていますものね。
大人の世界は、いろいろと複雑みたいです。
ジョルジアのその後は、平穏だといいですねぇ。(人ごとモード)

ご愛読とコメント、ありがとうございました!
2015.12.26 17:54 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。実は、ジョルジアは外側の環境は、ほとんど何も変わっていないんです。
途中で受賞者にはなっていますけれど、それは前の作品への評価で、今からやろうとしていることとはベクトル反対ですし。

でも、外側の環境が幸福とは全く無関係と言うかとそれまた違って、だからこそ彼女は「ウルトラハッピー!」と感じている訳でもないんですね。

ただ一つだけ違うとしたら、彼女の「幸せになろう」という明確な意志があるかないかの違いだと思うんです。

ベンジャミンの想い、ジョルジアは最後まで欠片もわかっていませんけれど、これもよくあることだと思うんですよね。
めぐり合わせなのか、ボタンの掛け違いなのか、とにかく彼が望んでいることが叶わないのは、彼自身が一番よくわかっていて、今の立場で満足していくしかなくて。それもスーザンと結婚するという決断を下したのは彼自身で。
一番の理解者が青い鳥であり王子様ではなかったというのは、彼女にとっても残念かもしれませんが、まあ、人生ってそういうものですよね。
彼はたぶんこれからも、何も言わずにジョルジアのために彼にできることを友人や同僚としてやっていくと思います。

「自己承認欲求」は創作者にとっては永遠のテーマなのかもしれませんね。
例えば、私が子供の頃だったら、ネットなどなくて創作を認めてもらいたければ、周りの友人にカミングアウトして読んでもらうか、そうでなければある種の賞に応募してというようなことしかなかったのです。前者は、興味のある人に読んでもらうのが難しく、後者は認めてもらうのがとても難しく、どっちにしても「無理でしょ」でした。

ネット社会になって、それよりは楽になったものの、その一方で公開せずにいれば味わずにいられたかもしれない苦しみを味わうきっかけにもなったりで、やはり「自己承認欲求」はこじれて面倒なことになる可能性を秘めています。

需要と供給のバランス、それに、心の強さなど、いろいろなことが混じり合っていて、私も含めて多くの人がぐるぐると迷ったり一喜一憂しながら、自分の中の厄介さと折り合っているのかなあなんて思います。

それって、創作しない人も同じで、そりゃ、ブログ小説の拍手数のように数量化することはできませんけれど「あの子は月一ペースで告白されるのに、私はぼっち」とか「私は○○の選抜で選ばれなかった」とか「なぜあいつだけ先に主任になったんだ」とか、いろいろと心に引っかかりながら生きているように思います。

前作の美穂というキャラは、本当に平凡な子なんですけれど、「ニューヨーク在住のOL」というかっこよさを褒めてもらうことで自己承認欲求を満たしていたのが、あっさりリストラされた後も「ニューヨーク在住」にしがみついていました。そういう意味の象徴的な舞台としてニューヨークは本当にわかりやすいですよね。

scriviamo!があるので、連載が変なところで中断しないように毎年考えつつ発表の量を調整しているのです。それで、年内に終わりました。来年のことは、実は何も決まっていないんですが、次の作品もcanariaさんに読んでいただけることを願っています。

ご愛読とコメント、どうもありがとうございました!
2015.12.26 18:51 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
人生のある時期を切り取ったような、素敵なお話でした。
周りにいくつかのきっかけはあるけれども、結局自分の世界は自分で切り開く。
一つ一つのことに気付くか気づかないか、ですかね。

ラストをハピエと見るか見ないかは私次第なのよ。なんちて。
ハピエフェチの私はもちろんハピエ。
この先を想像したくなる、素敵な余韻の残るエンドでした。
ニューヨークに田島が行ったとき、ジョルジアに撮ってもらいたいなあ(余談)
2016.01.08 00:57 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

そう、前から続いていて、これからも続いて行く人生の一ページですよね。
祥吾の物語のような、明らかな成功や収穫はないのですけれど、たとえどんなに小さい一歩であろうと、人に動かしてもらうんじゃなくて自分で踏み出した一歩であることが大切なのですよね。

おお、そうですよね。けいさんはハッピー派。
けいさん家のキャラたちは幸せだなあ。
うちはちょっとかわいそうな子たちが多いけれど、ジョルジアはまあまあですね。
きっと本人もハッピーエンドだと思っている。

ああ、いいですねぇ。
いつかニューヨークでジョルジアと祥吾のツーショット。
それとも、ジョルジアが日本に行くかも?

いつかその時まで。

ご愛読とコメントありがとうございました!
2016.01.08 21:50 | URL | #9yMhI49k [edit]

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