scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】グラスを傾けながら 〜 彼と彼女の幸福論

scriviamo!


scriviamo!の第十二弾です。

大海彩洋さんは、『奇跡を売る店』シリーズの番外編で参加してくださいました。ありがとうございます!


大海彩洋さんの書いてくださった小説『しあわせについて~懺悔の値打ちもない~』

大海彩洋さんは、ライフワークである「真シリーズ」をはじめとして、精密かつ重厚な小説を書かれるブロガーさんです。私と同年代(プラスマイナス一歳ぐらいらしいですね)かつ、ずっと昔から書いていた、途中ブランクがあったというところまでとても似ているんですが、書く内容は「どうしてここまで違う」というものに。たぶん人生の重みと真剣さの違いが作品に出るんでしょうね。こればかりは一朝一夕では追いつけませんし、そんな野望も持っていません。無理無理。

『奇跡を売る店』は「真シリーズ」の別バージョンかつエッセイ「巨石紀行」でもおなじみの天然石の知識を存分に生かされた作品群です。今回は、主人公が勤めている京都のオカマショウパブ『ヴィーナスの溜息』を舞台に、あちらでのおなじみのキャラのみなさんが庚申講にひっかけた懺悔大会(?)と『幸福学』シンポジウムについて語っているのですが、そこにある男性の人生が語られ、うちの毎度食べて飲んでいるだけの二人も登場させていただきました。

この盛りだくさんな作品に、さらにうちの66666Hit記念の企画、お題の単語6個以上を使うという課題にまで挑戦してくださっていて、なんと35ワードコンプリートです。すごっ。本当にありがとうございます。

で、感心している場合ではなく。いやあ、もう慣れましたけれど、今年のscriviamo!のお約束のごとく涙目級超難解課題。ええ、こちらも本当に難しい。

今回は、うちの「生理学教授クリストフ・ヒルシュベルガー&その秘書ヤオトメ・ユウ」を京都にご招待くださりたくさんご馳走してくださったので、もう、そのままこの二人を出すことにしました。そして、彩洋さんの物語の中で語られた「しあわせについて」&「人生の選択」などで真面目にリターン(したつもり)。そして、二つの一見全く関係のない話を、接点もほとんどなく重ねてみました。同じテーマでも今度もやっぱり「私が書くとなぜこうなる」。ううう、彩洋さん、ごめんなさい。今ひとつハートフルラストに落とせないのは、もしかして私の人生観って……。


【参考】この二人のでてくる作品群です。あ、ヤオトメ・ユウは私とは別人キャラです、念のため。
教授の羨む優雅な午後
ヨコハマの奇妙な午後
パリ、イス、ウィーン、ニライカナイ、北海道、そして
君を知ろう、日本を知ろう


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グラスを傾けながら 〜 彼と彼女の幸福論 
——Special thanks to Oomi Sayo san



 いつも後にきっちりと結わえている髪を下ろした彼女の姿は柔らかで、研究室で見るよりずっと年若く見せた。黒い髪に、夜空を思わせる黒い瞳。アルミネは、話す時に少し斜め前を見るように伏し目になり、悲しそうに微笑んだ。

 彼は研究室では一番早く出勤するので、彼女が泣きながらファンデーションを塗っているのを見てしまった。目の周りの青あざ。研究室のすぐ側にある薬局ではそれを隠せるほどの濃いファンデーションを売っている。誰にも言わずに堪えている彼女が心配だった。

 アルミネは、主任教授の秘書だった。若い研究員である彼は、雑用を彼女と一緒にする機会が多く、彼女がアルメニア人であることを知っていた。といっても彼女自身がアルメニアから来たわけでなく、全アルメニア人の六割を占めると言われている「ディアスポラ」つまり迫害を避けて逃げだしてきた国外アルメニア人の出身だった。

 生まれた時からスイスに住んでいるので完璧なスイスドイツ語を話すが、美人が多く天才も多いと言うアルメニア評にふさわしく、美しく賢い、そして優しく穏やかな性格で、彼は好意を持っていた。と言っても、彼女にはパートナーがいることを知っていたので、口説くことはなかったが。

 その日は主任教授に頼まれた資料作成に手間取り、研究室を出るのは二人が最後だったので、彼は断られると予想しながらもアルミネを食事に誘った。けれど彼女は言った。
「ご一緒しようかしら。まっすぐ帰っても、今日は誰もいないし」

 食事をしながら、彼は朝はからずも見てしまった光景について謝った。すると彼女は、伏し目で笑いながら、夫に殴られたことを白状した。

「君が助けを必要とするなら、いつでも役に立ちたい」
彼の言葉に、彼女は首を振った。
「ありがとうございます。でも、いいんです。彼は、手が早いだけ。怒りが収まったら、きっとまた普通の日常に戻れると思います」

 他の友人や家族のバックアップがあるのかと訊くと、彼女は首を振った。彼女が恋に落ちたのはトルコ人だった。不倶戴天の敵といっていい民族の男との恋が、祝福されるはずはなかった。
「友人も家族も失って、彼といるしかいないんです」

「わからないな。君たちの聖なるアララト山を国境の向こうへと持っていったのは彼ではないし、例の大虐殺も彼がしたことではない。でも、痣がつくほど君を殴ったのは彼だろう? 君は、そんな男と幸せになれるのかい。家族にアルメニア共同体に戻れと言うんじゃない。ただ、君自身を大切にしてほしいんだ」

 アルミネは、優しい黒い瞳を少し潤ませて見つめた。
「アルメニアびとは悲しい民族なんです。たぶん、私もその運命から逃れられないんだと思います。そう思いませんか?」

「民族の問題と君の幸せは関係ないだろう? 君は、スイスで育った。スイスの教育を受けて、スイスのものの考え方を常としているはずだ」

「ええ。わかっています。頭では。両親が正しかったとは思いません。私は敵と恋に落ちたのではなく、ひとりの人間と恋愛をしたのだと今でも思っています。でも、私は、アルメニア人なの。頭では理路整然と問題に立ち向かうべきと思うのに、感情が我々は虐げられることに慣れているとため息をついているの。彼と一緒になって、家族と切り離されてから、それをずっと強く感じるようになったんです」


 食事の後に一緒に入った店では、ピアノ弾きが物悲しい曲を静かに弾いていた。それを耳にして彼女は、ひとすじ涙をこぼした。
「どうしたんだ?」
「この曲……アルメニア人の作曲家によるものなんです」
「……なんて言うんだい?」
「アルノ・ババジャニアンの『エレジー』です。ね、やっぱりそうでしょう? 私たちは悲しい民族なんです」

 彼は彼女をフロアに誘い、静かに踊った。僕が君を守ってあげたい、その言葉を言うべきか戸惑っていた。すぐにナイフを持ち出すような、導火線の短い異国の男と争ってでも、この女性の人生を受け止めるべきだろうかと。研究者としての未来に影を落とすことになるかもしれないとも思った。

 もし、この夜が最後になるとわかっていたら、彼はそんな風に躊躇しなかっただろう。彼女は二度と研究室に来ることはなかった。プレパラートに落とす一滴の薬が、細胞を一瞬で無に帰してしまうように、その夜ひとりの女性がいとも簡単に二度と目覚めぬ眠りについた。

 前の日に受けた暴力の影響が、翌晩にあらわれたのか。それとも、トルコ人は二晩続けて彼女を虐げたのか。他の男と食事に行ったことが、彼女に災いしたのか。それとも、彼が希望を与えなかったから、彼女の心が民族共通の悲しみに堪えられなかったのだろうか。

 彼は警察に呼ばれ、彼女から聞いた話を供述した。その間にトルコ人は逃げて、主任教授と彼女の両親が彼女の弔いと、その後の後始末を済ませた。それだけだった。新しい秘書が来て、日常が再開された。トルコ人が捕まったかどうかは、彼には知らされないままだった。

 アルミネの憂いに満ちた美しい幻影は、しばらく彼を苦しめた。だが、それもずいぶん昔のことになった。
 
* * *


「君がこんな洒落た店を知っているとは驚いたね」
クリストフ・ヒルシュベルガー教授は、落ち着いた店内を見回した。

「お褒めいただきありがとうございます。東京には昔住んでいましたからね。洒落たバーのひとつや二つ……って言いたいところですが、実は、適当に入っただけで前から知っていたわけではないんです」

 黒曜石で出来た壁には、星に見えるようにたくさんの小さな電球が埋め込まれていた。カウンターは、客たちの静かな語らいを邪魔しないように低い位置から電灯が照らしていた。

「そうか。たまたまでも、これだけ美味しいつまみの出てくるバーにあたるというのは、君がよほどラッキーなのか、それとも日本のグルメのレベルが高いからなのか」
「おそらく後者でしょう。でも、先生。京都であれだけ食べて、さらに新幹線でも駅弁三つの食べ競べをしたのに、まだそんなにおつまみ頼むんですか。よくお腹壊しませんね」

 ユウはつくづく呆れて、「トロトロ煮込んだビーフシチュー」を嬉々としてつつく教授に白い視線を浴びせたが、彼は全く意に介さなかった。

「ところで、先生。京都の出雲先生とのお話でおっしゃっていた『蚤の市で買った偽物を掘り出し物と信じていること』の件ですけれど、それって本当に幸福なんですか?」
「死ぬまで氣がつかなければね。たいていの人間は、薄々それがまがい物だと氣がついてしまう。それでも払った大金のことを考えると手放せないものなのだよ」

 ユウがそうかなと思って考えていると、教授はバーテンダーに合図して響17年をお替わりした。
「ひとつ例を挙げよう。往きの飛行機で一緒になってしまった、あのアメリカ人のご婦人はどうだね」

 ユウは、腹立たしい記憶を呼び起こされて、教授をひと睨みした。

 三人がけの一番奥に座っていたのは、同じシンポジウムに参加するためにサンフランシスコから来たという女性で、経済学を教える夫は大統領の顧問、本人は料理番組を持つ傍ら生活提案の著作に励み、下の女の子はこども美人コンテストの入賞者、上の子どもはスイスの寄宿学校に入っているという経歴をまくしたてた。

「日本に行く前に、息子に逢ってきたんですの。せっかくなので、半日でしたけれどサン・モリッツでスキーもしてきましたのよ」

 もしかして、これは世間話ではなくて自慢かとユウが訝りはじめた時には、教授は勝手に会話を中断して寝てしまったので、ユウはその女性の話をひとりでひたすら聴く羽目になったのだ。

 そのくせ食事のサービスが始まったらすぐに起きて。ユウがそれを思い出してムッとしていることに全くひるんだ氣配もなく教授は言った。
「フラウ・ヤオトメ。私は君の返事を待っているのだが」
なんなのよ、この人は。

「はあ。アメリカの典型的な勝ち組ですかね。シンポジウムでは『勝ち取る幸せ』ってテーマで最新の著作のアピールしていましたっけ」
「周りの失笑にも臆しないところは、大したものだったがね」

 忙しい日常の合間に、華やかなパーティに顔をだし、ジムに行って汗を流し、精神分析にも通う。新しいスポーツに挑戦するのも好きで、休暇の度にカヤックやロッククライミング、クロスカントリーなどを楽しむと語っていた。彼女は自分は「幸福の塊」であるとユウに断言した。

「そうですか。ご本人は幸せだとおっしゃっていましたから、それがまがい物だとは思っていないんじゃないですか?」
「そうかね。夫は三人目の愛人とのスキャンダルで裁判沙汰になっているし、本人の若いツバメは彼女の会社の経理を誤摩化して高飛び。息子をスイスの寄宿学校に送り込んだのは、少年刑務所送りになるのを避けるための苦肉の策らしいがね。その愛息が寄宿舎の裏庭に大麻を植えて騒ぎになったことも付け加えておこうかね」

「先生、どこからそんな下世話なゴシップを仕入れているんですか」
「言いたくてしかたのない人間というのは、どこにでもいるものだ。幸福に見えるものを他人が持っているのを許せずに、メッキを剥がしたがる輩もね。動じずに、己が幸福を信じ続けるのもかなり精神力が必要だな」

 ユウはちらりと教授を見た。
「先生は、動じないんですね」
「この私がないものをあると思い込むとでも?」

 ないと断言されちゃ……。
「じゃあ、先生は幸福でグリュックリッヒ はないのですか?」
グリュック で人生を計ってどうする。私は『幸福であるグリュックリッヒ 』ではなく『満足しているツーフリーデン 』という言葉を遣うのだよ」

 なるほどね。言葉遊びみたいだけれど、いかにもこの人らしい。

「私の意見では、手に入れられないものを追い続けることは幸せとも充足とも相反している。ところで、君はアンニをどう思うかね」

 アンニというのは、ヒルシュベルガー教授の姉だ。教授と同じ屋根の下の別住宅に住んでいて、ユウがチューリヒに泊らざるを得なくなる時は、いつもアンニの客間に泊めてもらっている。物怖じしない豪快な性格で、泣く子も黙る教授を洟垂れ小僧扱いする人間は、ユウの知る限りこの人ひとりだ。

 教授よりもひと回り以上歳上で、若くして両親をなくした教授の親代わりだったらしい。生涯独身になったのは本人の主義やめぐり合わせもあるかもしれないが、両親も財産もない弟が研究者として独り立ちするまで身を粉にして働き支えていたのも大きいように思えた。そのことが引け目となって、弟もまた独身を貫いているのかは、ユウには判断しかねたが。

「そうですね。彼女は、無駄に何かを追い求めたりしているようには見えません」
「私もそう思うよ。彼女は、例のアメリカ女性がまくしたてていたものは何一つ持っていない。だが、実に満ち足りているのだ。彼女にも悔いや手に入れたくても入れられなかったものはあるだろう。だが、それを思って眉間に皺を寄せるよりは、現在持っているものを実に愉快に楽しむことが出来る。彼女のあり方は、私には理想的に思えるね」

幸福グリュック より充足ツーフリーデンハイト ですか。なるほどねぇ」

あれ? ということは……。
「でも、先生、『幸福学シンポジウム』に出られるからには、このテーマに強い関心がおありだったのでは?」

 ユウの言葉に教授は首を振った。
「特にないが」
「え? だったらどうして……」

「日本とキョウトにはまた来たかったんでね。ウキョウとも久しぶりに逢えたし」
「逢えたしって、メインの目的は、ま、まさか、グルメと和菓子の食べ競べ……」
「何がいけないのかね。私は自分のしたいことは、はっきりわかっているのだよ。すくなくとも今ではね」

 そうやって話しているうちに、学生崩れと思われる青年が入ってきてグランドピアノの前に座り、憂いに満ちたワルツを弾きだした。

「おや、懐かしい曲を……まさか日本で聴く事になろうとは」
教授は、グラスを揺らしながら言った。

「はじめて聴きました。誰のなんて曲ですか?」
ユウが問うと「もの知らずな君らしいね」と口には出さないけれど明らかに語っている目つきで教授はちらっとユウを見た。

「アルメニアの作曲家ババジャニアンの『エレジー』というのだよ」
知る訳ないでしょう、そんなマニアックな。ユウは口の中でもぐもぐと弁解した。

「アルメニア……ですか。旧ソ連の国でしたっけ」
「ノアの方舟が辿りついたと言われるアララト山や、世界で最初にキリスト教を国教にしたことを誇りにしている古い伝統のある民族だが、迫害の歴史があってね。コーカサスには常に紛争があったから。今でも民族の六割は国外に避難したままだ。ソ連から独立した後も戦争に対する制裁がつづいたままで経済的に先行きが見えないので帰国が進まない悲劇の民族なんだよ」

 へえ。コーカサスか。ケフィアの故郷ってことぐらいしか知らないなあ。迫害されていた民族だなんて知らなかったな。
「じゃあ、スイスにもたくさんいるんですか?」
「ロシアやアメリカに較べたら、大した数はいないよ。スイスにいる日本人の10分の1ぐらいだろう。もっともスイス国籍を取得したアルメニア人を入れるともっと多いだろうがね」

「勉強になります。そういう民族だから、こういう悲しいトーンになるんでしょうかね。でも、美しい曲ですね。スイスにいるアルメニア人ですか。創作のネタになりそう。少し調べてみようかなあ」

 教授は「くだらない」と言いたげに、いつもの皮肉に満ちた目つきでユウを一瞥すると、黙ってウィスキーグラスを傾けた。


(初出:2016年2月 書き下ろし)

追記


作中に出てきたババジャニアンの「エレジー」はこんな曲です。


"ELEGY" - ARNO BABADJANIAN - A. NERSISSIAN /1995)
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Comment

says...
哀しいお話しですね。
アルメニア人の話は聞いたことがあります。この間はアララト山が見える国境付近のTV番組も見ました。
運命とはいえ、生まれがこんなにも障害になるのですね。
彼女は誰にも助けを求めなかったのですね。辛いです。
彼女が失われた理由がはっきりと明示されていないのでよけいに考えてしまいます。
彼はどう行動するべきだったのか、なんて分かるはずはないのですが、やっぱり後悔は残ってしまうでしょう。本当に随分昔のことになったんでしょうか?

話の流れから想像するに、彼は若きヒルシュベルガーなんでしょうね。
教授の過去にこんなに哀しい思い出があったんだ。そしてきっとまだそれを引きずっているんだ。そう感じました。
幸福より充足か・・・彼の口から出ると重みがありますね。
もっともユウも知らないことを読者であるサキが知ってしまったからなのですが・・・。
2016.02.24 12:02 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
執筆、お疲れ様でした。

若き日のヒルシュベルガー教授のエピソード、普段の彼からはちょっと想像できないものでした。
アルメニアにせよ、某ジャーナリストの故郷コソボにせよ、日本に生まれ育った私には想像もできない悲劇があったわけで。そういう民族の歴史を、アルミネは自身のアイデンティティだと思い込んでいたのですね。しかも、よりにもよって宿敵の民族の男性をパートナーにするとは。おまけに、DVとか……。ほんとうに、救いがないですね。
アルミネは、「不幸である」という自身の境遇に、ある意味で満足していたというか、幸福になることが怖くて逃げていたのでしょうか。
幸福とは、あらゆるものを得ることなのか、自分は幸せだと思い込めることなのか、はたまた「吾唯足知」ことなのか。
ヒルシュベルガー教授の価値観は、さすかに年齢と経験を重ねた大人のものだなと思います。とはいえ、「充足」では、なかなか幸福だとは思えないもので(煩悩全開)

今回は、ヒルシュベルガー教授の意外な一面を見せていただきました。面白かったです。
2016.02.24 15:25 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

いつものおちゃらけたユウ&教授だけでもよかったのですが、どうもそれだけだと彩洋さんのお話に釣り合わないのでくっつけてみました。

アルメニアの話、けっこう日本でも知られていたのですね。
ユダヤ人の迫害はかなり有名ですけれどアルメニアのディアスポラもあったのを
私は自分がこちらに来るまでほとんど知らなかったので、かなり説明くさく書いてしまいました。

この「彼」が言っているように、本来この民族の問題とカップル間の問題は別なんですけれど、そうやって切り離して冷静に論じられるのも、そういう問題のない安全なところにいるからの思考回路でもあるのですよね。

もしかしたら、本当にその人のパートナーは一日で頭が冷えて翌日は優しくするつもりだったのかもしれませんし、そうでなく更なるDVが起こったのかもしれないし、そこは「彼」には知らされないままです。

このストーリー、いろいろな読み方が出来るようにあえて「いつ」「誰」を書きませんでした。
若き日(八十年代?)のクリストフかもしれないし、でてくる「主任教授」と「新しい秘書」がおなじみの二人かもしれない、それとも「創作のネタにしたユウの作品」という見方も可能、という。まあ、でも、一番最初のがしっくり来る?

もしこれが普段はああであるクリストフでも、55年間ずっと食べ物のことばかり騒いでいるわけではないでしょうから、どこかに真面目な人生もあったという意外さがあったら面白いかなと思って書いていました。

でも、もしこれが彼の過去であったとしても、ずーっとアルミネのことだけを想い続けて独身というわけでもないように思います。曲を聴いて久しぶりに思い出しただけかも。

コメントありがとうございました。
2016.02.24 21:06 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

おお、TOM-Fさんにも断定されてしまった(笑)
そうですよね。サキさんのところのコメ返でも書いたのですが、可能性としては三つくらいを……のつもりでしたが、あ〜、ちょっと無理があるか。

日本にいた頃は、やはりアルメニアやコソボってとても遠かったのですが、こちらにくるとけっこう近いのですよ。
つまり逃げてきたという方やその子孫がそこら辺にいるわけです。

そして「そんなの個人の幸せと関係ないじゃない」というのは、本当に正論なんですがそれでもどこかで人間はバックグラウンドから完全に自由になれない部分もあるようなんですよね。「なぜにそんなに悲しい道を行く」もしくは「せっかくここにいるんだからもっと平和思考になってくれ」という生き方をあえてしてしまう人たちも確かにいるのですね。宗教問題やそれに基づく生活習慣の問題もありますし。

アルミネはたまたま恋に落ちた人間がDV氣質だったかもしれないし、自己憐憫に浸るタイプというといい方は悪いですがわざわざ不幸になる道を突き進んでしまうタイプだった可能性もあります。アルメニア人じゃなくて、日本人にもこういうタイプの生き方をなさる方いますよね。いい悪いではなくて、「幸福論」の1サンプルとしてまずは出してみました。

「幸福論」というと、おっしゃるように本当にいろいろな論じ方があるのですが、クリストフが示しているのはまさに「吾唯足知」のことです。でも、たぶん(もし前半の「彼」が若き日のクリストフだとすると)ユウには言わないけれど、「まがい物だと氣がついても手放せない思い込みの幸福」とはアルミネが夫の元を去らなかった件を念頭に置いているのかもしれません。

もっとも、現在の彼の「充足」は全ての煩悩(酒・食・地位・金・よくわかんないけれどたぶん女もどっかでそこそこ)が満たされている状態ですからねぇ。まったく慎ましくないですよ。ものはいいようです(笑)

「この人はこういう人」という骨格の中に「実はこんな面もあったのでした」というのはけっこう好きなのです。面白がっていただけて「よっしゃ」でございます。

コメントありがとうございました。
2016.02.24 21:26 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
アルメニアのことはよくわからないですが
日本でもDV男から離れられない人も何か虐げられたことがあって
似たようなことを思っているのかもと思いました
DVで施設に保護されても、優しく迎えに来られるとすぐ戻ってしまうんだとか
それが幸せなのか不幸なのか…わかりません
DVなんてけしからん、って言うのも余計なお世話なのかなあと思ったりもします
(私は絶対嫌だけど)

と、買う前に壺を偽物かどうか確かめずにはいられない私も、人のことが言えない不幸体質かもです
結局何も買えないし…
でも、何も持っていないことによる平穏は幸福(ってほどではないけど)にも思えるときもあります
2016.02.26 09:23 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

そうですね。きっとそういう心理は、基本的に万国共通なのかもし思ったりします。
アルミネも、それに現実にそういう行動になってしまう人たちも、暴力を受けるのが好きなわけはないと思うんですよ。
それに暴力をする配偶者(男にしろ女にしろ)は、いくら反省したと口では言っても、絶対にまたやるものだし、被害を受けている方もそれはわかっている。それでもフラフラ戻っていってしまうのは、それでも一緒にいたいと思う何か特別な美点があるか、そうでなければ、別れるという行動に対するパワーがなくて、とりあえず今は大丈夫そうだからとその楽な方に流れてしまうのか、まあ、複合したものだと思います。少なくとも暴力を受けていない間は、不幸ではないのでしょうね。そうじゃなかったらさすがに逃げることを考えるでしょうから。

でも、ダメ子さん、偽物の壺を買わずに済めば、そっちのほうが明確に幸せですよ!
いろいろな人が「どう見ても偽物っぽいけれど、実はものすごく価値があるかもしれないから」とつい買っちゃうのですが、まず偽物ですよね。

平穏って、貴重です。そりゃ、石橋を渡らないと「インディ・ジョーンズ」みたいなドキドキする展開にはならないかもしれませんが。あ、ゲームでBL男子を再転向させるくらいの冒険なら、実害ないので、それでドキドキすればいいのか。

コメントありがとうございました。
2016.02.26 21:47 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
夕さん、素敵なリターン、ありがとうございます!!
でもまず何より、いやいやいや、人生の重みとかそんなもの、大したものはないですよ~。夕さんのお話の方が余程人生を多角的にとらえていて、すごいなぁと、いつも勉強になります。でも……時々ちょっと登場人物たちの人生を突き放して見ている辺りは、似ているかなぁと(お互い、だてに歳をとっていないってことかも?)。

そうそう、私、他の方のコメを見るまで、この前半部分がヒルシュベルガー教授の若かりし日とは思わずに読んでいました。いや、むしろ、ぐるぐるしたというべきかしら。前半の最後の方で、主任教授と新しい秘書、というのが出てきて、お、これはヒルシュベルガー教授の教室員の誰かのお話だったのかしら? と思ってみたり。
でも、テーマ曲の被りを見て、あれ? 実は教授の若かりし日? とか思ったりもして、惑っていたけれど、これはきっと夕さんの作戦だな、と思いました。どうとも取れる、という書き方で、読み手に「余地」を与えたというのか。
どっちに考えてもいいかなぁと思ったけれど、流れ的にはやはり「若かりし頃」のほうがかっこいい? 教授にもこんな過去があったのか! って、しみじみしたいし……(読者願望)

そして……「幸福論」といいつつも単に「美味いものを食って現在に満足していたらそれでいいじゃない」「ロマンスを求めるのもいいけれど、今の自分がそんなに満たされていないって思う理由は何? 足元をみなさいよ」的なイメージで書いたお話、続きを引き取って「幸せってなんだっけ?」話をしていただいてありがとうございました(^^) そうそう、いったい何のシンポジウムだよ(そんなのあるわけない)、こんなものにやってくる連中はよほどの暇人か、頭のネジが多少飛んでいるに違いないって、右京をダシにして書いていたのですが、教授なら冷やかしで乗ってくれるかもって思ったのでした(もちろん、メインは美食巡りで)。お付き合いいただき、ありがとうございました。

DVは……絶対ダメ、民族の問題とは別って、うん、思います。もっとも、前半のお話も、結局何がどうなってってのははっきりと書かれていないので、想像の余地が大、なのですけれど、彼女は自分が虐げられることに理由を探しているみたいで切ないですよね。自分が悪いんだって思わせられるってのがDV被害者の一番の「被害」かもしれません。体もだけれど、何より心が追い詰められちゃう。
うちの時々DV男は……ダメです。うん、大いにダメですが、あれは離れない方が一番悪いと思っています。一般のDVの話では加害者が悪いけれど、あいつらに限って言うと、被害者側の方がストーカー的でもあるし。……余計な話でした。でもこうして、自分ちのキャラたちの人生を少し突き放しちゃうのが(愛は籠めてる)夕さんとの共通点かも・……

何より、東京に行ってもまだ美味しいものにありついている教授とユウがいいですね。そうそう、自分たちは満たされていると分かっている人のところには「美味しいもの」の方から寄ってくるんですよ。
笑う門には福来る。名格言、です。
で、私が一番にやっとしたのは、スキャンダルに妙に詳しい教授(^^) いや、このおっチャン、遊んでるな、というのが何とも私の中のツボです。
楽しく拝読いたしました。ありがとうございました!!!
2016.02.27 00:15 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
本当に、こういう掌編を読ませていただくと、夕さんはなぜ職業物書きじゃないのかと、不思議に思います。大海さんの物語から、テーマだけ上手く抜き取って、こんな素敵なお話を返してしまうんだから。
この才能、埋もれさすのはもったいないなあ><

あの美しいアルメニア人の抱える歴史的な悲哀。この曲にもにじみ出ているようで。
少し前、まさにこのアルメニア人の母子と、彼女たちを巻き込むサスペンスミステリーを読み終えた所なので、すごくタイムリーでした。日本人にはなかなか分からない民族の歴史が、理屈じゃなく彼女らの血の中に生き続けているんでしょうね。

で、最初に気になった「彼」。まさか教授だったなんて・・・。
いろんな悲しい想いをお持ちだったのですね。(いや、完璧能天気だとは思ってないですが><)

でも博士の『幸福論』ならぬ『満足論』これは納得です。
他人から見たら幸福には思えないような日々でも、本人が満足していれば、それでいいのですよね。
教授、今回かなりポイント上がりました!(今までどうだったんだ!)


余談ですが、この『エレジー』を聴きながら、私の好きな高村先生の『神の火』の中の一節を思い出しました。
敵から身を隠す旧ソビエトの青年と、日本の元スパイの男の、手紙のやり取りなんですが。

---『世界中の悲しい歌が みな美しい旋律を持っているのは不思議なことです。』
---『そうだね。そして、美しい歌がみな悲しいのはなぜだろう。』

死を予感させる状況で、クラッシックの曲の話を静かに送り合うこの優しい時間が……何とも素敵で。
あ、脱線しちゃいましたが。

悲しく美しい曲には弱いです><
夕さんのお話の余韻にも似て。

素敵な掌編でした^^








2016.02.27 02:13 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

うう。まずなによりも、徹夜なさっているようなウルトラお忙しい時に、無理に読ませてしまったようで、すみません!
週末はゆっくりなされるのでしょうか。

そして、もうね。最近特に【雨】読んでいる時に「私この人生の時間、何してきたんだろう。十年前にこういうの書いている同世代いるというのに」と、つくづく思いますよ。髪型とかファッションとか、そういうものは「お。いいな」と簡単に取り入れられますけれど、創作だけはどうしようもありませんね。人生の積み重ねが全てですから。二次創作ですらそうですけれど、一次創作はなおさらです。でも、彩洋さんの参加作品や、この作品のテーマとも関わりますけれど、人の才能や人生の重みと自分のそれを比較して悲愴になるより持てるもので満足する方がいいと思うので「ま、いっか」です。マコト的に(笑)

それと、自分である程度はのめり込み入り込んで書いていても、どこかに「でも、こいつ酔っているよね」などと、他の人がどう思うかについても俯瞰してみるのは、けっこう大切なことだと思うんです。確かにそういう書き方は、創作したての頃(どんな昔なんだ)は出来なかったので、歳とるのも悪いことばかりじゃないですよね。

で、この作品についてですけれど。
実は、最初は前半と後半の順番を逆にするつもりだったのです。そうすると、「ユウのでまかせ小説」説も、もう少し増えたのかなと、今にしてみれば思います。もうひとつの説「主任教授がヒルシュベルガー」、それに「前半と後半は全く関係ない」説も可能ですが、まあ、この二つはきっと誰も信じないでしょう(笑)

私の中では、前半のエピソードは80年代です。というのは、この作曲家がもう少しポピュラーよりの音楽も作っているんですが、これが見事に80年代の音色なんです。「エレジー」は80年代っぽさがないので、現在日本のバーで演奏されても特に違和感もなく、それっぽいんですけれど。でも、この辺は私のイメージの話で、読み手としてはどう読むのも自由です。でも、圧倒的に「彼=クリストフ」説で読まれているみたいだなあ。どっちにしようかなあと思いつつ書きましたが、こうなったらそういうことにするか。(超適当)

出雲右京先生にしろ、クリストフにしろ、どう考えても『幸福論』をまじめに学術として解明しようなんてことは考えそうもないタイプですよね。面白がって集まっちゃえ、というのが似合います。

この話、ものすごくわかりにくい構造をしているのですけど、前半の話だけでも「DVは確かに不幸だけれど、不幸だけとは外からはわからない」という考え方もありますし、反対に「男がいりゃあいいって問題じゃない」という話でもあるかもしれません。「彼」の中途半端な優しさは何かの役に立ったのかという問題もあれば、所属する集団全体と幸福の問題という命題もあります。それに後半の「わかりやすい目に見える幸福バロメータと金メッキ」の問題や、ヒルシュベルガー姉弟のそれぞれの人生と幸福の問題、さらには、「そんなことはどうでもいいんだ、平和に美味しい食事を食べている食いしん坊コンビでいいじゃん」も。

人生って、いろいろなことが何層にも重なっているので、「完全なる幸福」も「とことん不幸」もありえないと思うんですよ。まあ、この世には「とことん不幸」に近い悲惨な生涯を強制されている人たちもいますが、少なくとも日本やスイスでごく普通に生活しているレベルの平和と自由を持つ人たちは、歓びも悲しみもあるなかで「こんなもんでしょ」と生きているという方が自然かなと思います。

真が「DV男から逃れられてラッキー」と指輪を嬉々として書留で送る代わりに、「逢いたいのに逢えない」とぐるぐるしている模様、たぶん「家庭内暴力から被害者を救う会」の立場から見ると「かわいそうにそこまで支配されて」とか「あなたはまだわかっていない、この世には他にもっといいヤツがいる」とか、そういうことなんでしょうけれど、真だって暴力を振るわれることが快感だから執着するのではないのですよね。それに、本当のサド侯爵タイプは別として、暴力を振るう方で痛めつけること自体が好きというのはけっこう少ないように思います。だから、許せというのでは全くないですが、パートナー内での問題というのは逃げ場のない親子間の暴力と違って、もっと複雑な要因が絡んでいるように思います。本人同士にしかわからない、そういう他のない問題かなと思います。

で、また戻りますけれど、過去に何があろうと、何かを引きずっていようと、それでも人間は満足して生きられるというのも書いてみたかった点です。何があろうとも、日本の食事とお酒は間違いなく美味しいですよね(笑)それに、強烈な嫌味もいえるし、下世話なスキャンダルもちゃっかり集められる。歳とるのも悪くないじゃないと、若い人たちに思わせることが出来るのなら、それこそが幸せな人生なのかもなと思ったりして書いておりました。

煙に巻いたみたいなわかりにくい返掌編でしたが、面白がっていただけて安心しました。

素晴らしい作品と、コメントありがとうございました!

2016.02.27 15:43 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

ええっと、limeさん、それはおだてすぎてす。
この作品も頑張って悩みましたが、悩みすぎて空中分解の感が……。

そして、limeさんもつい最近アルメニア人のお話に触れたところだったのですね。
意外とよく語られる件なのかなあ。
同様に迫害された民族っていろいろといるんですけれど、アルメニア人以外は私の中でどうも別なファクターの記号化されていて使いにくかったのです。特にユダヤ人やムスリムを使うと、現在のご時世何となくヤバい感じがしますし、チベットなどもちょっと書くのに勇氣がいる。タミールの問題なんかも、テロ要素なども含まれて微妙なので、一番差し障りのなさそうなアルメニアを使ってみました。

実は、ここでははっきりとは書かなかったのですが、こちらに住んでいて民族の根底に流れるどうしようもない悲しさのようなものって、例えばドイツ語系スイス人には根本的には感じ取れないんじゃないかと思うことがあるのです。アルミネが言ったような考え方は「彼」には言葉としては理解できても同じようには感じられないというのか。例えば日本人が満開の桜の下で感じる「もののあはれ」とか「桜の下には……」なんていう感情、ドイツ語系スイス人に言ってもわからない、むしろ「こんなに花が散ると庭掃除はどうしているんだ」みたいに実際的な話になってしまうんです。

このストーリーでは「彼」がクリストフだとは最後まで書かずにぼかしていますが、でも、クリストフも実際的で食いしん坊で能天氣な部分と、「それなりになんかはあったよ」な部分を持っています(笑)そして、この「彼」もいつもアルミネのことを考えているわけではなく……。人生はそんなものかなと。

て、これは個人的に思うんですけれど「これをもっているから、私はしあわせ」というような単純な物差しで断言なさる方は、「金メッキ」的なことが多く、むしろ「そこそこ満ち足りている」「文句はないよ」というひとたちがずっと幸福そうな顔をしているように思います。人生、いろいろあって当然ですものね。

そして、美しい曲が悲しい旋律を持っているというのは、本当ですね。
単純に楽しい旋律もいいのですが、本当に心に残る美しさには、いつもどこか悲しさもしくは哀しさが漂っているように思います。

そうか。今度帰国したら『神の火』読んでみようかな〜。俄然興味がわいてきましたよ。

コメントありがとうございました!
2016.02.27 16:10 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
グラスを傾けるときに思い出すことがある。
みたいな感じでこのお話の構成が前後逆だったかもしれないパターンも納得します。

夕さんが引き出さなかったら、彼の思いでも出てこなかったでしょうね。
これは誰かに話すものではなくむしろ自分だけのものとして心に留めておく方が良い思い出・・・?
色々な経験と出来事が人をつくっていくんだなあとなんかしみじみとしてしまいました。

私も自分のしたいことははっきりとわかっている。
でも、したいとできるの狭間があるんだ・・・えーん(T^T)
満足に至るまでにはまだまだ精進しなくてはと(-_-;)

色々な側面をギュッとまとめた夕さんのお話には毎回脱帽です。
この一つのお話できっと何時間でも話せる、そんな感じです。
scriviamo!終わっちゃうの、寂しいなあ~
2016.03.01 13:06 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

コメ返が遅くなってすみませんでした!

普段、食べることと飲むことしかしていないような誰かさんですが、55年も生きてくれば、そりゃいろいろあるよね、みたいな話でした(笑)
かといって、別に語る必要もなく、黙ってグラスを傾ける、みたいな。

えへへ。わたしもしたいことと出来ることの狭間、ありますねぇ。
かなりハードルを下げても、です。
まあ、ダラダラはダメかもしれませんが、私は小さな満足を重ねてのんきに暮らすのもいいかな〜と。
(志低い?)
きっとクリストフは、もうちょっと志高いかと。

scriviamo!、楽しみにしていただけると、やり甲斐Maxでございます。
あと二つ大物が残っております。
頑張るぞ〜。

コメントありがとうございました。
2016.03.02 20:30 | URL | #9yMhI49k [edit]

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