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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】カフェの午後 - 彼は耳を傾ける

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

scriviamo!


scriviamo!の第十四弾です。山西 左紀さんは今年二つ目の参加として、ローマ&ポルト&神戸陣営シリーズ(いつの間にか競作で話が進むことになったシリーズの1つ)の続きにあたるお話を書いてくださいました。ありがとうございます!

山西 左紀さんの書いてくださった『絵夢の素敵な日常(初めての音) Augsburgその後』
山西 左紀さんの関連する小説
絵夢の素敵な日常(10)Promenade
絵夢の素敵な日常(12)Porto Expresso
絵夢の素敵な日常(初めての音)Porto Expresso2
Promenade 2
初めての音 Porto Expresso3
絵夢の素敵な日常(初めての音)Augsburg


「ローマ&ポルト&神戸陣営」は今年はほとんど進まなかったのですが、サキさんは66666Hit作品に、この作品と頑張って二つも進めてくださっています。

全くこのシリーズをご存じない方のために少し解説すると、この「ローマ&ポルト&神戸陣営」にはうちの「黄金の枷」サキさんの「絵夢の素敵な日常」大海彩洋さんの「真シリーズ(いきなり最終章)」のメンバーたちがヨーロッパのあちこちに出没してコラボしています。「黄金の枷」の設定は複雑怪奇ですが無理して本編を読む必要はなく、氣になる方は「あらすじと登場人物」をご覧下さい。このコラボで重要になっているのは、本編ではほとんどチョイ役のジョゼという青年です。もともとサキさんのとコラボのために作ったキャラです。他に、マヌエル・ロドリゲスというお氣楽キャラが「ローマ&ポルト&神戸陣営」ではよく出てきますが、今回は「神父見習い」というひと言以外は全く出てきません。「ローマ&ポルト&神戸陣営」の掌編は「黄金の枷・外伝」カテゴリーで読む事が出来ます。ただ、今回の作品にはジョゼ関係の必要な情報が全部入っていますので、読まなくても大丈夫です。

さて、今回サキさんが書いてくださったのは、「大道芸人たち Artistas callejeros」のサブキャラ、ヤスミンで、彼女はアウグスブルグで絵夢に逢い、さらにはミクと演出家ハンス・ガイステルの会話にちゃっかり聞き耳を立てています。というわけでこちらは、ポルト(本編ではPの街と言っていますが、この「ローマ&ポルト&神戸陣営」ではポルトと言いきってしまっています)に舞台を移し、こちらでも誰かさんが聴き耳を立てています。話しているのは、「黄金の枷」重要キャラと、やはり「大道芸人たち Artistas callejeros」のサブキャラ。以前サキさんがヤスミンを出してくださったお話で、お返しはやっぱりこの人の登場にした事があるのですが、それを踏襲しています。

サキさんは、とっとと話を進めてほしかったようですが、まだまだ引っ張ります。っていうか、この続きは今月末にロケハンに行ってからの方がいいかな~と。ちなみに本編(続編)の誰かさんに関わる情報もちょいと書いています。


【参考】
小説・黄金の枷 外伝
「Infante 323 黄金の枷」Infante 323 黄金の枷


「scriviamo! 2015」について
「scriviamo! 2015」の作品を全部読む
「scriviamo! 2014」の作品を全部読む
「scriviamo! 2013」の作品を全部読む



黄金の枷・外伝
カフェの午後 - 彼は耳を傾ける
——Special thanks to Yamanishi Saki san


 白いぱりっとした上着をきちんとひっぱってから、ぴかぴかに磨かれたガラスケースを開けて、中からチョコレートケーキを取り出した。ジョゼはそれをタウニー・ポートワインの30年ものを飲んでいる紳士の座っている一番奥のテーブルに運んだ。
「大変お待たせいたしました」

「おお、これは美味しそうだ。どうもありがとう」
 発音からスペイン人だとわかるその紳士は、丁寧に礼を言った。ジョゼは、ずいぶん目の大きい人だなと思ったが、もちろんそんな様子は見せなかった。

 ジョゼは、Pの街で一番有名なカフェと言っていい「マジェスティック・カフェ」のウェイターとして働いている。1921年創業のこのカフェは、アール・ヌーボーの豪華絢爛な装飾で有名で、その美しさから世界中の観光客が押し寄せるので、母国語だけでなく外国語が出来なくては勤まらない。ジョゼは英語はもちろん、スペイン語も問題なく話せるだけでなく、子供の頃にスイスに住んでいたことがありドイツ語も自由に話せるので職場で重宝されていた。

マジェスティック・カフェ


「こちらでございます」
振り向くと、黒いスーツを着た彼の上司が女性客を案内してきた。このカフェの壁の色に近い落ち着いたすもも色ワンピースと揃いのボレロを着こなしていた。ペイズリー模様が織り込まれたそのスーツは、春らしい鮮やかさながらも決して軽すぎず、彼女の高貴な美しさによく似合っていた。ジョゼは、はっとした。彼女に見憶えがあったからだ。

 彼のテーブルに座っていた、目の大きいスペイン人はさっと立ち上がり、その女性の差し出した手の甲に口づけをした。
「ドンナ・アントニア。またあなたにお逢いできてこれほどうれしいことはありません」

 黒髪の麗人は、艶やかに微笑んで奥の席に座った。革のソファの落ち着いた黒に近い焦げ茶色が、彼女の背筋を伸ばした優美な佇まいを引き立てる。
「遠いところ、足をお運びいただいてありがとうございます、コルタドさん」

 上司に「頼むぞ」と目配せをされて、この二人がVIPであることのわかったジョゼは、完璧なサービスをしてみせると心に誓って身震いをしてから恭しく言った。
「いらっしゃいませ。ただ今、メニューをお持ちいたします」
二人の客は、頷いてから、会話を始めた。

「二年ぶりでしょうか。いつお逢いしても月下美人の花のごとく香わしくお美しい。仕事の旅がこれほど嬉しいことは稀なことです」
「まあ、相変わらずお上手ですこと。お元氣そうで何よりです。お噂は耳にしていますわ。事業の方も、芸術振興会の方も絶好調だそうですね」

「おかげさまで。いつまでも活躍していてほしかった偉大なる星が沈むこともありますが、新しく宵の明星のごとく輝く才能もあります。それを見出し支援することが出来るのは私の何よりの歓びです。そして、同じ志お持ちになられているあなたのように素晴らしい方と会い、若き芸術家たちとの橋渡しができることも」

 麗人は無言で微笑んだ。どう考えても、目の大きい紳士の方がはるかに歳上だと思われるのに全く物怖じしない態度で、ジョゼは感心しながら見とれていた。ドンナ・アントニアか。相当に金持ちのようだとは考えていたけれど、そうか、貴族かなにかなんだな。彼は心の中で呟いた。

 彼女は、チョコレートケーキを嬉々として食べているコルタド氏に微笑んだが、自身はコーヒーしか頼まなかった。それもエスプレッソをブラックで。

 彼女は、ずいぶん前に立て続けにこのカフェに来たことがあった。その理由は、なんとジョゼにある伝言をするためだった。彼女からチップとともにそっと手渡された封筒に、幼なじみマイア・フェレイラからの秘密の依頼が入っていたのだ。彼は、何が何だか全くわからぬままに頼まれたことをやり、そのお礼としてこれまで一度も履いたことがないほど素晴らしい靴を作ってもらった。いま履いている黒い靴だ。

「それで、お願いした件は……」
アントニアは、つややかな髪を結い上げた形のいい頭を少し傾げて訊いた。コルタド氏は、大きく頷くと鞄からCDを取り出した。
「こちらがバルセロナ管弦楽団のチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番で、こちらがスイスロマンド管弦楽団によるメンデルスゾーンのバイオリン・コンチェルトです」

「まあ、もう二つもご用意くださったのですね。素晴らしいわ。ありがとうございます。録音していただくの、大変だったでしょう?」
「そうですね。世界に名だたるオーケストラと指揮者にソリストなしのカラオケを録音していただくのですからね。なんに使うのか、皆知りたがります。でも、ご安心ください。あなたのお名前を悟られるようなヘマはいたしておりません」
「心から感謝いたします。かかった費用はすぐにお支払いします。それに、あなたが理事を務めていらっしゃる芸術振興会にいつもの倍の寄付をさせていただきたいと思います」
アントニアは、真剣な面持ちで礼を言うと、CDを大切にハンドバッグにしまった。

「私が全く興味を持たなかったかと言えば嘘になります」
コルタド氏は誰もが引き込まれてしまうような、人懐っこい笑顔を見せた。アントニアはわずかに笑った。
「もし可能ならば、生のオーケストラをバックに演奏したいと願い続けている人のため。それ以上は、私が言わずとももうご存知でしょう?」

 コルタド氏は、意味有りげな顔をした。
「表向きは何の情報もありませんが、私の懇意にしているセビーリャのジプシーたちはこの街に住む特別な一族のことを話してくれますので」

 アントニアは、全く何も言わなかった。肯定も否定もしなかった。それから突然話題を変えた。
「それで。新たに見つけた才能のことを話してください。場合によっては、寄付をまた増やしてもいいのですから」

「そうですね。例えば、私が大変懇意にしている四人組の大道芸人たちがいます。でも、彼らのことは、私が個人的に支援しているだけですがね。ああ、そうだ。この街出身の素晴らしい才能が国際デビューしたことはご存知ですか」
「どこで?」
「ドイツです。ミュンヘンの、例の演出家ハンス・ガイステルが見いだしたようで。彼女の名前が少し特殊だったので、もしかしたらあなたのご一族なのかと思ったのですが」
「なんと言う名前ですか」
「ミク・エストレーラ」

 ジョゼはぎょっとして、思わず二人をしっかりと見てしまった。幼なじみで且つ想い人であるミクの名前をここで聞くとは! ミクは、正確にはこの街の出身者ではない。日本で生まれ育った日本人だ。ティーンエイジャーだった頃、母親を失いこの街に住んでいた祖母のメイコ・エストレーラに引き取られて引越してきたのだ。ジョゼは、その頃からの友達だった。

 ミクはその透明な歌声を見出されて、ソプラノ歌手としてのキャリアを歩み始めていた。ドイツのアウグスブルグで『ヴォツェック』のヒロインであるマリー役で素晴らしい成功をおさめたことは聞いていた。もちろん彼がアウグスブルグに行ったわけではないけれど、彼女の歌声が素晴らしいのは子供の頃からずっと聴いているから知っている。

 大学に進み、この街を離れるまでは単純に歌うのが好きな綺麗な姉貴だった。(ミクは6歳も歳上なのだ!)大学在学中に、テクニックとか曲の解釈とか、ジョゼにはよくわからない内容に心を悩ませ、迷い、それに打ち勝って単純に美しいだけではない深みのある歌い方をするようになった。

 夢を追っているミクは輝いていたし、ジョゼも心から応援していたが、彼女の夢が1つずつ叶う度にこの街に帰ってくる間隔が長くなり、さらには手の届かない空の星のような存在に変わっていってしまうように感じられて心穏やかではなくなった。

 そうだ、エストレーラ 。彼女の苗字がなんだって? この女性の一族? まさか!

 アントニアは、クスッと笑った。それから首を振った。
「私たちの一族でエストレーラ という苗字を持つものはおりません」

 コルタド氏はアントニアが左の手首にしている金の指輪を眺めて「そうですか」と納得していない様子で呟いた。彼女は、婉然と微笑んだ。

星を持つOs Portadores da Estrela のと、Estrela であるのは違うのですよ。私たちの家名はどこにでもいるような目立たないものに限られているのです。誰もがその存在に氣がつかないように」

 それから何かを考え込むように遠くを見てから、コルタド氏に視線を戻して優しく微笑んだ。

「才能があり功名心を持つ人は、星など持たぬ方がいいのです。世界へ飛び立ち、自由に名をなすことができるのですから。《星のある子供たち》Os Portadores da Estrela は、あなたもご存知のように、この街に埋没し、世間に知られずにひっそりと生き抜くべき存在なのです」

「あなたも……?」
コルタド氏は、これまでに見たことのあるどの女優にも負けぬほど美しく、どの王族にも引けを取らず品をもつ麗人を見つめた。彼女は顔色一つ変えずに「私も」と答えた。

 そして、二人を凝視しているジョゼに視線を移すと、謎めいた笑みを見せた。彼は客の会話に聞き耳を立てるどころか、完全に注目して聴いてしまっていたことに思い至り、真っ赤になって頭を下げた。

「それで、あなたはそのエストレーラ嬢の後ろ盾になるおつもりなのですか」
アントニアは、コルタド氏に視線を戻した。

「いいえ。そうしたいのは山々ですが、彼女にはもう立派な後ろ盾がいるのですよ。ヴィンデミアトリックス家をご存知ですか」
「ええ。もちろん」
「かのドンナ・エム・ヴィンデミアトリックスが、彼女を応援しているのですよ。それに、どうやらイタリアのヴォルテラ家も絡んでいるようです。あなたが絡んでいないとしたら、どうやってそんな大物とばかり知り合いになれるのか、私にはさっぱりわかりませんね」

 絵夢ヴィンデミアトリックス! またしても知っている名前が飛び出してきたので、ジョゼの心臓はドキドキと高鳴った。絵夢は日本の高名な財閥令嬢で、ミクと同じ日にジョゼが知り合った、長い付き合いの友達だ。

 ミクがポリープで歌手生命の存続を疑われた時に、イタリアの名医を紹介してくれたのも絵夢だった。ついでに、メイコのところに来ている神父見習いの紹介でヴァチカンとつながりのあるすごい家も助けてくれたって、言っていたよな。ともかく、彼らのバックアップの甲斐あって、手術は大成功、彼女はまた歌えることになったんだ。ジョゼはわずかに微笑んだ。

 僕はその事情を全部知っています。言いたくてしかたないのを必死で堪えつつ、ジョゼは綺麗に食べ終えたチョコレートケーキの皿をコルタド氏の前から下げた。

 その時に、アントニアの視線が彼の靴を追っていることに氣がついた。彼は、そっと足を前に踏み出し、彼の宝物である靴を彼女に見せてからもう一度頭を下げた。この靴のことも、それから彼女がマイアの件で彼に伝言を依頼したことも、彼女は知られたくないことを知っていたので、ジョゼはあくまで何も知らない振りをした。アントニアは満足したように頷いた。

 コルタド氏は二人の様子にはまったく目を留めずに、話を続けた。
「来月、またこの街に参ります。その時は、もうひとつのご依頼である『ます五重奏』の方も持ってこれるはずです」
「何とお礼を申し上げていいのかわかりませんわ」

「あなたにまたお逢いできるのですから、毎週でも来たいものです」
コルタド氏が言うと、アントニアは微笑んだ。
「私がいつまで、こうした役目を果たせるかわかりませんわ」

「なんですって。ドンナ・マヌエラからお役目を引き継がれてから、まださほど経っていないではないですか」
「ええ。でも、ようやく本来私のしている役目を果たすべき者が決まりましたの。まだこの仕事には慣れていませんので、しばらくは私が代わりを務めますが」

「それは、ご一族に大きな慶事があったということでしょうか」
「ええ。その通りです」
「なんと。心からお祝い申し上げます。ドン・アルフォンソにどうぞよろしくお伝えください」
「必ず。ご健康と、そしてあなたのご事業のますますのご発展を祈っていると、彼からの伝言を受けていますわ」

「これはもったいないお言葉です。私の方からも心からの尊敬をお伝えください」

 コルタド氏は立ち上がって、アントニアに手を差し出した。その手に美しい手のひらを預けて優雅に立ち上がると、彼女は水色の瞳を輝かせながら微笑んだ。
「バルセロナへお帰りですか?」

「いえ、せっかくここまで来ましたのでひとつ商談をするためコインブラへと参ります。そのためにレンタカーを借りました。そして可能でしたら、少し足を伸ばしてアヴェイロにも行くつもりです。《ポルトガルのヴェニス》と呼ばれているそうですね」
「そうですか。よいご滞在を。またお逢いするのを楽しみにしています」

 二人が去った後に、テーブルを片付けると、コルタド氏の座っていた席に、多過ぎるチップとともに料金が置いてあった。ジョゼは、ミクが帰って来たら「姉貴のことを噂していた人がいたよ」と話そうと思った。

 ミクがまた歌えるようになるまで三ヶ月かかるとメイコは言っていた。その静養期間に彼女はしばらくこの街に戻ってくるとも。

 彼は、つい先日格安で中古のTOYOTA AYGOを手に入れた。小さい車だが小回りがきき丈夫でよく走る。アヴェイロか。そんなに遠くないよな。

 彼女が帰って来たら、ドライブに誘おう。ここしばらく話せなかったいろいろな事を話そう。そして、出来たらもう小さな弟代わりではなくて、友達でもなくて、それよりもずっと大切に思っていると、今度こそ伝えたいと思った。

 街には春のそよ風が心地よく吹いていた。

(初出:2016年3月 書き下ろし)

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