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Posted by 八少女 夕

メメント・モリ

お陰様で火曜日に当ブログは77777Hitを達成しました。いつもお越し下さる皆様のお陰です。本当にありがとうございます。いただいたリクエストは順番に執筆していきます。それぞれお待たせすることになりますが、納得のいくものを書きたいと思いますのでお待ちいただけると嬉しいです。

さて今日は、先日発表した『夜のサーカスと黄色い羽 - Featuring「物書きエスの気まぐれプロット」』で出てきた少々ブキミな納骨堂について解説してみます。

この記事、一度予約投稿していたんですが、シャレにならないことが起こったので、しばらく公表を見合わせていました。というわけで小説の発表からは大分時間が経っています。


納骨堂

モデルにしたのは、コモ湖畔ではなく、イタリア語圏スイスのポスキアーボという街にある納骨堂です。街のど真ん中にこういうものがあるのですね。

中にある頭蓋骨はすべて本物です。もちろん最近亡くなった方の頭蓋骨はありません。

ヨーロッパには、遺体の一部が誰でも見える状態でずっと置いてあることがわりと多いように思います。よくあるのが聖遺物という形で、教会に置いてある骨などですけれど、その他に教会の地下に行くと、壁にぎっしり頭蓋骨などというのも。

でも、日本にいるときほど「怖い」「びっくり」という感覚はないように思います。夜にこの納骨堂の前を通っても、そんなに怖くないんです。不思議な事に。風土の違いかなあと思います。

絵画にも、花やフルーツの静物画に混じって、ぽんと頭蓋骨が置かれている事があります。「メメント・モリ(死を想え)」というラテン語で表現されるように、「自分もいつか死ぬ事を忘れるな」と現世の享楽を戒めたり、貧富の差など死の前では意味がない事などを我々に意識させるようにする伝統があるようです。

華やかな街の広場にこういうものがポンと置かれ、ドアには大鎌をもった死神やら髑髏の絵が書いてあるのは、明らかに生活をする人びとに「メメント・モリ」と告げているんだなと思います。それでも、人びとはパスタやピッツァとともに美味しいワインを飲んで楽しんでいます。

そして、私もかなり慣れっこになっています。この写真、全く躊躇せずに撮ってサイズ縮小してアップしてしまいましたし。



関連して一つ音楽を。サン・サーンスの「動物の謝肉祭」です。このテーマだと普通は同じ作曲家の「死の舞踏」をイメージすると思うんですけれど、私のイメージはそれをさらに元ネタとしたこの「動物の謝肉祭」の第12曲「化石」(15:15あたり)のおちゃらけたイメージなのです。シロフォンで骨がカタカタ言うあたりの軽さが、アントネッラの作品でパレードに使った骸骨たちのイメージです。
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Comment

says...
そういえば、そちらでは聖遺物の概念がありますからね。
日本じゃそいうものはないですからね。
遺骨は聖遺物の概念に入るのかな?

納骨堂というのも日本ではなあまり見ないですよね。
文化の違いなんでしょうね。。。
2016.06.18 08:53 | URL | #- [edit]
says...

納骨堂の遺骨は聖遺物ではないですね。
聖遺物は聖人の(のものと信じられている)遺品や遺骨でたいてい教会内部の側廊やチャペルなどにガラスに入っています。
この手のものはたいてい「奇跡を起こした」というようなエピソードがあります。

一方、普通の遺骨はそのまま埋められることもあり、掘り返すと出てきてしまったりするのですが、かなり粗雑に扱われていますね。

「あの世」に対する考え方も、こういう違いの出る遠因なのかなと思っています。

コメントありがとうございました。
2016.06.18 18:26 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
やっぱり不気味さの方が勝ってしまいますね。自然と目を背けます。
こういう物を作る神経はやっぱり理解できないのかも知れません。とても興味はありますけれど・・・。
戦国時代は同じように殺し合いを続けてきた民族の子孫のはずなのにどうしてでしょう?頭蓋骨の杯で祝い酒をした、とかの話もありますし。
やはり争い事の無かった江戸時代の影響っていうものが残っているのでしょうか?じゃぁ第二次大戦の影響はどう?高温多湿で遺体の腐敗が早いから嫌がる、すなわち怖がる?とか、考え始めるとよく分からなくなります。


2016.06.19 03:56 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんにちは。

ははぁ、あれはこんな感じだったですね。
想像以上に頭蓋骨でびっくりしました!
何となく現実離れした雰囲気で、映画の一部を見ている気分。
動物の骨はともかく、頭蓋骨を見る機会なんてなかなかないですしね。
本当にこんなものがあるのですね……。

夜に通りかかっても怖くないというのは驚きですね!
不気味な雰囲気とかはないのが意外です。
それとも夕さんがあまり怖がりでないだけ?

確かに、絵画でも自然な感じに頭蓋骨があったりしますよね。
文化の違い、面白いなぁ。
2016.06.19 10:10 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

私は生まれて初めて大英博物館のミイラの展示室に行った時に「ええ!」と思いました。
日本人も含めて世界各国からの観光客が、「へぇ〜」と眺めてパシャパシャ写真を撮っているんですけれど、はっきり言うとどなたかのご遺体な訳ですよ。

でも、なんでしょうかね。いつの間にか慣れてしまったように思います。
数年後にエジプトに行った時には、それを上回る数のミイラ、こちらは埃にまみれて展示されていましたし、ヨーロッパ各国の教会でも「聖遺物」という形で亡くなられた方が生々しく飾られていたりするのです。頭蓋骨は、骨ですから、それらに較べたらますます怖くないのですよね。

実は、夜道を歩くと幽霊が出そうというような感覚も、日本では起こりますがヨーロッパだと全く起こりません。
こういう納骨堂の横を歩いてもです。
私は、これは湿度の違いじゃないかと思うんですけれど、どうでしょう。

血が流れていたり、ホラー映画のようなおどろおどろしい姿で目の前に出てこられたら怖いんですが、カラッカラに乾いて骨だけになってしまうと、そこまで怖くないのです、私の場合。
そういえば、日本では柳の下に行くと何となく怖かったのですが、こちらの柳では全く怖くないです。
「(日本タイプの幽霊は)でてきっこない」と思うからなのでしょうか。

これは更なる考察が必要かなと思っています。

コメントありがとうございました。
2016.06.19 18:22 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ。
頭蓋骨ぎっしり。
それなのになぜ扉にまでそんな絵を描くって感じなんですよ。

この手のもの、実はあまり珍しくないのです。
不思議な感覚ですよね。

実は私は人並み以上に怖いものが苦手で、遊園地のお化け屋敷とか、ホラー映画とか本当に行きたくないのです。
なのに、この頭蓋骨オンパレードは全然怖くないのですよ。
不思議だなと自分でも思いますけれど。
でも、この納骨堂を怖がっている人、ひとりも見たことがありませんから
きっと本当に怖くないのかも。

絵画の寓意(アレゴリー)では、お約束のように頭蓋骨があったりしますよね。
面白いなと思います。

コメントありがとうございました。
2016.06.19 18:34 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
普段は「常に死を忘れるな」って言いながら、シャレにならないことが起きると言っちゃいけなくなる
ってのも本当は何だか変な気がするんだけど…
と言ってもわざわざ皆が不快になることをして嫌われるのもよくないですね…

普通に骨が見れるのはびっくりです
ってことは冒険小説で迷った人のドクロを見つけるシーンも、そちらの人達はそこまで怖くないんでしょうか?

あっ、でも私は国内で即身仏を見に行ったことがありますです
2016.06.20 08:44 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

「メメント・モリ」と言っているのはヨーロッパ人で、何かと「不謹慎だ」と騒ぐのは日本人ですからねぇ。
文化が違うんですよね、きっと。

迷った人のドクロが自分の知り合いだった場合には驚愕して怖がるでしょうが
何百年も前の人のドクロはそんなに怖がらないような……。

即身仏!
メチャクチャ怖いじゃないですか!
あ、違った。とてもありがたいことです。なむなむ。

コメントありがとうございました。
2016.06.20 21:10 | URL | #9yMhI49k [edit]

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