scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】その色鮮やかなひと口を -4 - 

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

scriviamo!


scriviamo!の第四弾です。

ココうささんは、二句の夏の俳句で参加してくださいました。ありがとうございます!


ココうささんの書いてくださった俳句

独り占めしたき眼や椎若葉   あさこ

砂山を崩しこつそり手をつなぐ   あさこ


この二句の著作権はココうささん(あさこさん)にあります。無断転載ならびに転用は固くお断りします。


ココうささんは、以前素晴らしい詩や俳句、揮毫を発表なさっていらっしゃいましたが、現在はブログをお持ちではありません。でも、今でもこのブログを訪ねてくださり、さらに今年もscriviamo!に参加してくださいました。実生活と違って、ブログ上でのお付き合いは連絡先を知らない限り簡単に途切れてしまいますが、こうして絆を持ち続けて行こうと思っていただけること、本当に嬉しいです。

今年のために選んでくださったのは、ココうささんの先生も推す素晴らしい作品で大切になさっている二句です。今回も、もともとココうささんの作品から生まれてきたコンビ、怜子とルドヴィコでお応えします。

今回、はじめて舞台が島根県であることが本文中に明記されています。それに二人の苗字も初のお目見え。二人の関係も少しずつ進んでいます。


特に読まなくても通じると思いますが、同シリーズへのリンクをつけておきます。そろそろカテゴリーにしょうかなあ。
その色鮮やかなひと口を
その色鮮やかなひと口を -2 - ~ Featuring「海に落ちる雨」
その色鮮やかなひと口を -3 -


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その色鮮やかなひと口を -4 - 
Inspired from 2 Haikus by Asako-San
——Special thanks to Kokousa san


 海の向こうに、白い雲が一つだけぽっかりと浮かんでいた。透き通るように深く青い海水。神在祭の前夜には八百万の神々が渡ってくる神秘的な海原も、夏の今はまるで別の世界のようだ。底抜けに明るいビーチ。そして、ほとんど誰もいなかった。

 ルドヴィコは、北イタリアの出身だ。夏になると、家族とアドリア海の方へ海水浴に出かけていた。海は夏にしか見た事がなかったので、冬の日本海を初めて見た時には、その厳しい様相に驚いたらしい。けれど、彼の美意識からすると、騒がしい夏の海水浴場よりも、冷たくて厳しく拒否されたようにも感じる冬の砂浜の方が好ましいらしい。

 怜子は、海水浴場として登録されていないために地元民だけが楽しめるこのビーチを知っていたが、今までルドヴィコにそれを言ったことがなかった。それは、別に後ろめたいことでもないのだけれど、ある思い出が影響しているからだった。

 鳥取との県境に近いこの街に怜子は二年ほど暮らしたことがある。引越魔の異名をとった父親は、島根県内のほぼ全ての市と郡を制覇して、今は山口県との県境に住んでいる。ここに住んだのは怜子が小学校六年生の時だった。

 友達とは早晩お別れをするものだと思っていたので、あまり親しい関係を作ろうとしなかった。だから、この近辺に親しい友達はいない。年賀状のやりとりすらない。憶えている子はひとりだけ。それも断片的な記憶のみ。博くん、今どうしているんだろう。

「怜子さん?」
ルドヴィコの声で我に返った。バスを降りてからひと言も話さなかったから、不思議に思ったのかもしれない。

「何だか久しぶりで変な感じなの。十年くらい来ていなかったから」
赤茶けた屋根の民家は、子供の頃と全く変わらない。ここは、時間の流れがゆったりとしている。降りたバス停は、学校に行く時にいつも使った。隣のバス停から乗ってくる少年はこの地区で唯一の同級生だった。

 その山根博という少年と、学校でどんな話をしたか、バスの中でどんな態度だったのかも、怜子は憶えていなかった。憶えているのは、この砂浜での夏休みの午後。

 怜子は、一人で砂の城を作っていた。城と言っても、台形に煙突に酷似した塔がついた程度の情けない形で、「これはなんだと思う」と問えば、禅問答になるような酷い代物だった。

 もう崩して帰ろうかと思っていた時に、博がやってきたのだ。
「あれ。渡辺、何やっているんだ?」

 怜子は、出来の悪い砂の城を見られて赤くなったが、博は面白がってその改築を申し出てくれたのだ。彼には怜子よりずっと才能があり、しばらくするとシンデレラ城とまではいかないが、誰が見ても城とはっきりわかるようになった。

 上手くできると、楽しくなり、時間の経つのも忘れて二人は城を大きくしていった。途中でトンネルを掘っている時に、砂山の中で二人の手が触れた。怜子は手を引っ込めようとしたけれど、博はさっとその手を握った。夕陽が砂の城を染めはじめていた。

 怜子は、びっくりしてその手を振りほどくと、そのまま逃げていった。
「渡辺!」
博の声は、しばらく耳に残っていた。怜子は二度とこの海辺にいかなかった。そして、その夏休みが終わる前に父親がまた引越すと宣言して、妙にホッとした。

 そのことは、誰にも言わなかった。今にしてみれば、大したことではない。それに、ものすごく嫌だったわけでもないのだ。友達以上、初恋未満、そんな感じ。「ごめんね」も「さようなら」も言えなかった。

「あれ……。もしかして、渡辺じゃないか?」
声に現実に戻って振り向くと、紺のポロシャツを着た半ズボンの青年が、両手にいくつもの魚の干物を持って立っていた。

 えええ。本物に逢ってしまった……。怜子は、紛れもない山根博の登場に動揺した。一方、博の方は、特に氣まずそうな様子は皆無で、明るい笑顔だった。隣のルドヴィコにも「は、ハロー」と明らかに慣れていなさそうな英語を使おうとした。

 ルドヴィコは「こんにちは」と目をつぶっていたら外国人とはわからないようなNHK標準語の発音で返して、怜子に「おともだち?」と訊いた。

「うん。昔の同級生、山根博くん」
そう怜子が紹介すると、ルドヴィコは、さっと右手をだした。
「はじめまして、ルドヴィコ・マセットです。イタリアで生まれましたが、日本に移住して和菓子職人をしています」

「はじめまして。すげーな。日本語、ペラッペラだ」
博は右手を麻の半ズボンできれいにしてから手を差し出した。

「博くん、今もここに住んでいるの?」
「ああ。そこの山根屋って民宿やっている。よかったら寄っていくか。スイカと麦茶、あるぞ」

 山根屋は海辺に面していて、縁側に座ると白い砂浜と海に反射する陽の光が目に眩しかった。蝉の声が波の音にかき消されている。潮風が優しく吹いて心地よかった。

 怜子は、ずっと心に引っかかっていた少年との氣まずい別れが、なんでもなかったことに安心して少し浮かれていた。懐かしそうに中学生の時の話をする二人を、ルドヴィコはほとんど口を挟まずに聴いていた。麦茶のグラスについた水滴が流れ落ちていく。

「あ。前にここでやったスイカの種を飛ばす競争しようか」
「ええ? あれから一度もやっていないもの、もうできないかも」
「そんなわけないだろ、あんなに上手かったんだしさ。あ、ルドヴィコさんも、一緒にどうですか?」

 ルドヴィコ、スイカの種、飛ばせるのかな。だって、いつも飲み込んじゃうし。怜子は、ヨーロッパの人間はスイカの種を出さずに食べてしまうことを、ルドヴィコと知り合ってから知ったのだ。

 案の定、ルドヴィコはスイカの種を飛ばすことはなかった。会話は完璧にわかっているはずなのに、ほとんど話さなくていつもと違ったので、怜子は少し不安になった。
「ルドヴィコ、ここ暑すぎる? 大丈夫?」

 博が「あ」と言って、扇風機を用意しようとしてくれたが、「そうじゃありません。大丈夫です」と言うと、縁側から立ち上がって目の前の広がる海と同じ色の瞳を細めた。

* * *


「怜子さん、すみません」
帰りのバスの中で、ルドヴィコがいきなり謝ったので、怜子は驚いた。

「何のこと?」
「せっかく久しぶりに友達とあったのに。本当はもっとゆっくり話をしたかったんじゃありませんか」
「ううん。そんな心配しないで。それに、私の方こそ、なにかルドヴィコが不快に思うことをしちゃった?」

 彼は首を振った。それから、しばらく黙っていたが、青い瞳をむけてから口を開いた。
「怜子さんじゃ、ありません。僕の方です。僕は、志多備神社に行った時のことを考えていたんです」

 怜子は、首を傾げた。志多備神社に行ったのは、五月の終わりだった。日本一と言われるスダジイがあることで有名な神社だ。

 九本の枝を周囲に張り、幹周り11.4m、樹高18mにもなる巨樹は、樹齢300年以上と言われている。45mにもなる稲藁で作った大蛇が巻き付けてあり、その堂々たる姿は神の一柱がここにもいると納得させる存在感だ。

 本当にたった300年なのか、本当は千年以上の長い時を見つめてきたのではないかと錯覚してしまうような佇まいで、苔むしてねじれた太い枝の一つひとつに、力強い重みと苦悶にも思える表情を深く刻んでいた。

 二人は滴る緑の中で、椎の独特の香りに雨の季節を感じつつ、神聖な存在と黙って対峙していた。

 そこに一人の外国人女性がやってきた。ルドヴィコが漢字も読めるようだとわかると、そばかすの多い顔をほころばせて早口で話しかけた。それからしばらく二人は巨樹について話していた。ついでにその話が別のことにも至ったようだというのは、怜子でもわかったが、そもそも二人が何語で話しているのかすら彼女にはよくわからなかった。

「スペインの女性ですよ。僕はイタリア語で、彼女はスペイン語で話したのですが、それで何となく通じてしまいます。正確に伝えなくてはならないところは、お互いに英語を使いますけれど」

「何を訊かれたの?」
「いろいろですが、最終的には日本人にとっての『神』という存在についてです。彼女をはじめとするたいていの欧米人には巨樹が『神』として崇められるということが、わからないのです。複数の神を同時に崇めるということもね。おそらく、僕も完全に『わかっている』わけではない、たんに文化の違いとして理解しているだけなのかもしれませんね」

 怜子は、胸の奥が痛くなるのを感じた。

 ルドヴィコは、平均的日本人よりもずっと日本の伝統や文化に詳しく、かつそれを尊重している。だから、彼は日本に、ひいては自分にとても近いと思っていたのだ。けれど、彼が「完全にはわからない」と告げた言葉で、怜子は彼が急にあの見ず知らずの金髪女性の方に行ってしまったように感じた。

 自分の努力や意志では決して越えられない壁があると氣づくとき、人はその無力さに傷つく。スダジイの脇から顔を見せた蜻蛉の薄羽色の若葉が風に揺られているのを見ながら、怜子は「その人と話すのをやめて。ここで二人で一緒に樹を見ようよ」と心の中で呟いた。でも、その感情、怜子がつまらない嫉妬だと自嘲した感情は、ルドヴィコには悟られていなかったはずだった。

「あの時の、あの女の人との会話のこと? でも、どうしてルドヴィコが私に謝るの?」

「あの時、怜子さんは悲しそうでした。僕は、なぜ悲しく感じたりするのだろう、怜子さんは僕をよく知っているのにと思ったんです」

 怜子は、また驚いた。私の心の中、ルドヴィコに、全部バレていたんだ。彼は続けた。
「でも、それは、傲った考え方だと、ようやく今日わかったんです。博さんと怜子さんはたった二年一緒にいただけで、その後十年も会っていなかった。それなのに、彼の方がずっと怜子さんのことをよく知っているように感じて、僕はガラスの敷居で区切られたように感じてしまったのです」

 怜子は、ただ彼の言葉を黙って聴いていた。
「怜子さんが、トイレに行った時、博さんが僕に言いました。怜子さんはとても素敵な人で、初恋の人だったって。その怜子さんが僕と幸せそうでとても嬉しいと言っていました」
「……」

「その時に、僕は、博さんという存在に嫉妬していたのではなくて、もっと大きい文化の違いにつまづいていたんだとはっきり認識したのです。そして怜子さんもあのスペイン女性に嫉妬したんじゃなくて、同じことで傷ついていたのだと、そこでようやく思い至ったのです」

 怜子は、彼にそう言われて初めて自分の中にあった悲しい感情の正体が分かった。そうか、そうだったんだ。

「僕は、同じ文化で育ったこなかったことに起因するいつも存在している不安を見落としていました。それをしっかりと見据えることなしに、お互いを尊重する努力をできるはずなんかありませんよね。だから、怜子さんに謝らなくてはいけないと思ったのです」

「謝ることなんかないよ、ルドヴィコ。あなたの言いたいこと、とてもよくわかるし、正しいと思う。でも、私のことを一番わかっているのは、ルドヴィコだよ。たとえ、生まれた場所がどれほど離れていて、お互いにまだ理解できない文化の違いがどれほどたくさんあってもだよ」

 ルドヴィコは、青い瞳の輝く目を細めて微笑んだ。怜子は、小さく続けた。
「だからね、ルドヴィコ……あの、こうしても、いい?」

 そういって彼女は、ルドヴィコの大きな手にそっと触れた。彼は、その手をしっかりと握り返してきた。

 怜子には、はっきりとわかった。友達以上、恋未満だったのは同じでも、博とルドヴィコにはもうはっきりとした違いがあった。怜子は、ルドヴィコと手をつなぎたかったし、離したくないと思った。そして、彼もそう思っていてくれることを心から嬉しく思った。

 バスを降りるまで、二人はずっとそうやって手を握っていた。運転手や数少ない他の乗客からは見えないようにこっそりと、でも、大きな安堵と幸せに包まれた時間だった。


(初出:2016年1月 書き下ろし)

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