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Posted by 八少女 夕

【小説】終焉の予感

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

「十二ヶ月の歌」の十一月分です。

「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。十一月はAdeleの「Skyfall」を基にした作品です。これはご存知ですよね? 同名の007映画の主題歌だった、あの曲です。

ボンド・ガールって、使い捨てですよね。この作品の出発点は、もちろんこの曲の歌詞なのですが、それに加えて「一作限りで使い捨ての存在の心はどんなものだろう」でした。一緒にいるヒーローは、ショーン・コネリーでも、ハリソン・フォードでも、お好きなイメージでどうぞ。


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終焉の予感
Inspired from Inspired from “Skyfall” by Adele

「見ろよ。あれだ」
夕闇の中、彼は森に囲まれた廃墟に見える建物を指差した。猛烈な湿度のジャングル、体中から吹き出した汗が不快だった。どんな動きをするのも億劫になるが、眼の前の男はそんなそぶりは全く見せず機敏に動き、そのがっしりした背中に疲れの片鱗すら見せなかった。彼の差し出した双眼鏡を覗くと、蔓植物にぎっしりと覆われた今にも崩れそうな石造りが目に入る。ゆっくりと動かしていくと、ここに辿りつくまでに何度か目にした特徴のある文様が塔に浮かび上がっていた。間違えようがなかった。あれがゴールだ。私は大きくため息をついた。

 時間は迫っていた。地球に逆さに置かれた砂時計にはもうわずかの砂しか残っていない。この密林に多くのチームを送り込んだ組織にとって、私は最後の希望だった。そして、隣に確かな存在感を持って立っているこの男もまた、彼の組織、いえ、彼の生まれた大陸にとっての唯一の希望だった。

 私たちほど強い信頼と絆で結ばれたチームはなかった。お互いにはっきりとわかっている。どちらが欠けても目的に達することはできない。多くの優れた仲間たちが失敗したのはそのためだったのだから。彼はこのジャングルのことを知り尽くしていた。現地の人間を自由に利用し、類いまれな知恵と体力で、私に不足しているそれを補うことができた。あの夜も、100%の湿度と猛獣の徘徊するあの危険地帯を全く意識のない私を背負って通り抜けたのだ。彼にはどうしても私が必要だったから。

 ここに来るまで何度もぶつかった古代遺跡での暗号解読、それを即座に誰との通信もせずに、コンピュータすら使わずにできるのは世界中で私だけだった。

 私は子供の頃から落ち着きのないダメな人間だと皆に蔑まれていた。普通の学校に行くのも無理だろうと言われていた。両親は私を施設に入れようと考えていた。でも、難易度の高いクイズを容易に解く姿に教師が目を止め、政府の役人がテストにやってきてからすべてが変わった。暗算が正確でコンピュータよりも速いことがわかり、暗号解読のエキスパートとして秘密の訓練を施された。

 政府はたぶんあの当時から私をここへ送り込むことを想定していたのだろう。この星の汚染が進み人類が住めなくなると想定される期限は当時は200年後だった。あの隕石さえ落ちてこなければ。あれですべてが変わってしまった。人類には突如として時間がなくなった。世界の各国と連携協力して全人類を救済する余裕もなくなった。現代科学が用意した最高の浄化システムは、全ての大陸を覆えるほど大きい範囲に届かない。そして、そのシステムを動かすことのできる唯一の知られた永久エネルギー源は、このジャングルに眠る太古の遺産たった一つだけだった。

 《聖杯》と呼ばれるそれは、もちろんキリストの血を受けた盃などではない。それはただのコードネームにすぎない。奇妙なことに、多くの機関が「それ」に同じコードネームをつけた。だから、この男もそれを《聖杯》と呼ぶ。

 私には多くの仲間がいた。そしてそれよりもずっと多くの敵がいた。この男もその敵の一人だった。お互いを出し抜くために、戦いながらこの地を目指した。そして、私の仲間は全て力つきてしまった。私には助けが必要だった。暗号解読には長けていても、体力と戦闘能力の訓練が不十分なまま時間切れで出発を余儀なくされた。この私の体力と知識だけではどうしてもここへは辿りつけないことはわかりきっていた。だから、私は彼の提案に乗った。二人の目的は一つ、ここに来ること。その同じ目的のために彼のことを100%信頼することができた。まだもう少しは信じていられる。

「明日、夜明け前に出発すれば午前中には着くな。いよいよだ」
彼はこちらを見ると笑った。

 明日。では、今夜は私の最後の夜になるのかもしれない。

 いつも通りに野宿の準備をする男の背を私の目は追った。野生動物に対するカムフラージュ。もっと恐ろしいのは同じ目的を持ってやってくる人間。そちらの方はもうほとんど残っていないけれど。水を浄化し、火をおこす。食べられる果物や草を集め、捕まえた小動物とともに調理する。鼠の仲間だけれど、初めての時に感じた嫌悪感は全くなくなっている。慣れてしまえば肉は肉だ。仕事の分担に言葉はいらない。そう、長年のパートナーのごとく。食事が済んだあとは星を眺め、お互いの国での言い伝えを語りあう。

 最後に宿屋で寝たのは一週間前だった。そこに辿りつくまで、お互いの素性を偽り旅行中の夫婦を装った。私たちはいくつものパスポートを用意していたので、トランプをするように役割を決めた。スペイン語訛りで夫婦喧嘩をしている演技をしたり、オーストラリアからの能天氣なハネムーン客の振りをしたり、ずいぶんと楽しんだ。彼は夫婦としてダブルベッドで眠る時に本能に逆らったりはしなかった。お互いに無防備に体をさらけ出したとしても寝首をかかれることなどはないのだ。《聖杯》を手にするまでは。

 野宿の時には体を重ねるようなことはしない。欲望に流されてしまい危険に対する瞬発力がなくなるようなことは命取りだからだ。それでも、今夜だけは抱いてくれたらどんなにいいだろうと思う。たとえ彼にとっては欲望の処理でしかないとしても、私にとっては人生の最後の喜びになるのだろうから。

 ここに辿りつきたくはなかった。《聖杯》を永久に探していたかった。同じ目的のために協力しあい、同じ道をゆき、そして共に眠った。居心地がよく心から安心することができた。彼は強く、ウィットに富み、臨機応変で、優しかった。右側のこめかみ近くの髪が出会った頃よりもはるかに白くなってきている。左手の薬指に着いていた指輪の痕は強い陽射しに焼かれて見えなくなっていた。私だけが知っている男の人生のひと時。明日の夜には、誰も知らなくなること。

 《聖杯》は一つだ。どちらかの大陸に行く。もう一つの大陸は次の正月を迎えることもなく死に絶えるだろう。《聖杯》を持ち帰れなかったものは絶望と怒りにさらされて終末の日を待たずに抹殺されるだろう。だから、彼が私の予想していることを実行してもしなくても同じなのだ。

 明日、《聖杯》を手にしてあの砦を出た瞬間から、私は彼にとってただの足手まといとなる。放っておけば寝首を掻くかもしれないもっとも危険な存在になる。だから、最初にやるべきことは私を殺すことだろう。彼の大陸の数十億の人間を救うために、完全に正当化される罪だ。私も彼から《聖杯》を奪わなくてはならない。けれど、私にはできない。そもそも彼がいなければこのジャングルから出られないけれど、それは本質的な問題ではない。家族や同僚、何十億の人びと、その全ての命がかかっていても私はこの男に刃を向けることはできない。私の故郷と組織はもうとっくに負けているのだ。

 私が暗号を解かなければ、《聖杯》は永久に太古の知恵に守られ続けるだろう。そうなれば、彼の故郷も彼自身も死に向かうだろう。私は人類にとっての希望でもある。

 私は《聖杯》を守っている最後の暗号を解き、彼の手にそれを渡すだろう。それが私の死刑宣告になる。その瞬間が近づいてきている。だから、今夜、もう一度抱きしめてほしいと思う。周りを欺き夫婦のふりをするためではなく、責任の重圧から逃れるためでもなく、ただ、生まれてきてよかったと思えるように。

「すごい星だな」
天の川を見上げて彼は言った。私はそっと彼の横に座り、同じ角度で空を見上げた。
「世界が終わりかけているなんて、信じられないわね」
そういうと、彼はそっと肩を抱いてくれた。

 流れ星がいくつも通り過ぎる。この人が無事に帰れますように。声に出したつもりはなかったが、肩にかけられた腕に力が込められた。
「大丈夫、帰れるさ。俺たちが出会ったあのバーで、もう一度テキーラで乾杯しよう」

 私は少し驚いて彼の横顔を見つめた。それから黙って彼の肩に頭を載せた。嘘でも構わない。まだ夢を見続けることができる。今は少なくともこの男の恋人でいられる。星は次から次へと流れていった。私は夜が明けないことを願った。

(初出:2013年10月 書き下ろし)


追記

で、動画を貼付けておきますね。


ADELE - Skyfall
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