scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (1)バルセロナ、祝い酒 -2-

かなりのブランクがあったにもかかわらず、「第二部」を開始してすぐに再びみなさんに受け入れてもらったのを感じ、とても嬉しく思っています。

さて、今回は二つに切った「バルセロナ、祝い酒」の二回目です。ロマンティックのカケラもないプロポーズにもかかわらず、結婚式のことで盛り上がっていた仲間たちにヴィルは水を差します。「ばか騒ぎはどうでもいいが、手続きはすぐに始めたい」と。


「大道芸人たち 第二部」をはじめから読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(1)バルセロナ、祝い酒 -2-


「なぜそんなに急ぐのよ」
蝶子には訳が分からなかった。

「親父はまだあんたに未練があるんだ。あれだけの人前で釘を刺されたから、そんなに簡単には行動を起こさないはずだが、いつ氣が変わって訴訟準備を再開するとも限らない。その前にこっちの法的手続きを成立させてしまうんだ」

「訴訟って何の?」
「婚約不履行のだよ。幸いあんたは金目のものは何も持ち出してこなかったらしいから、金品では争えないだろうが、五年間の滞在費やレッスン代で争われる可能性もある。あれだけ法曹界に知り合いがいて財界にも影響力がある親父だ。訴訟に持ち込まれたらあんたに勝ち目はない。あいつはたぶん和解と婚約履行を狙っているんだろうから、出鼻をくじく方がいい。息子と結婚した女とはどうやっても結婚できないし、その女相手に訴訟を起こすのは世間の笑い者だからな」

「それで、結婚するっていいだしたの?」
蝶子は少しだけがっかりしたようだった。確かに重要な理由ではあったし、急ぐのも無理はないが、あまりロマンティックではない。

 その蝶子の反応を見て、ヴィルはやむを得ず、言いたくなかったことを口にした。
「それだけじゃない。もし、また何かあった時に、結婚していれば離れずに済むだろう」

 それを聞いて蝶子は嬉しそうにヴィルに抱きついた。照れているヴィルを見るのはかなり稀だった。稔とレネ、カルロスとイネスもまた笑って祝いの準備を始めた。

 酒を買いにいくと言って席を立った稔とレネに、蝶子は言った。
「ねえ。結婚式の後のパーティって、みんなダンス踊るのよ。だから、二人とも意中の女性にパートナーになってくださいってお願いを早めにしておいてよ」

 レネと稔は顔を見合わせた。
「ヤスミン、頼んだら、パートナーになってくれるかなあ」
レネはもじもじと下を見た。

 稔は笑った。
「大丈夫だろ。イヤだといっても、あっちから押し掛けてくるって」

「ヤスもよ。もうパートナーは心に決めているんでしょう」
蝶子が畳み掛けた。

 それで蝶子の策略にようやく氣がついた稔は、腹を立ててふくれっ面をした。
「おい、ギョロ目。イネスさんに特別ボーナス出してくれよ。マリサのパーティ用のドレス新調しなくちゃいけないだろうから」

 イネスは大喜びで稔にキスをして、カルロスも嬉しそうに頷きながら稔の頭を小突いた。

* * *


「蝶子なの? 久しぶりね。どうしたの。電話なんて珍しい」
懐かしい真耶の声がする。

「ごめんね。真耶。急いで訊きたいことがあるのよ。あなたと結城さんが少なくとも四日間まとめて休める一番早いスケジュールを教えてほしいの」

「どうして?」
「バルセロナまで呼びつけるからよ」

「何のために?」
「私の結婚式」
「ええ~っ? 本当に? おめでとう。で、お相手は?」

「それがね。私、結局、フォン・エッシェンドルフって人と結婚することになっちゃった」
「え……」
「大丈夫。真耶が心配するような相手じゃないから。いま、代わるわ」

 頭の中が疑問符でいっぱいになっている真耶の耳に、聞き慣れた声が飛び込んで来た。
「ハロー、真耶。元氣か」

「ヴィルさん? あなたなの? まあ、よかったわ。おめでとう。でも、どういうこと? フォン・エッシェンドルフって……」

「そのことについては、拓人に訊いてくれ。それより、スケジュールのことだが、できるだけ早く確認してほしい。外野が話をどんどん大きくするんでね。さっさと済ませないととてつもない大事になってしまう」
そう言うと、ヴィルは受話器を蝶子に戻した。

「そういうわけで、真耶、わかり次第報せてね。挙式の日取りはそれに合わせるから。それと、申し訳ないんだけれど、また私の戸籍謄本をはじめとする書類がいるみたいなの。明日にはエクスプレスで委任状を送るから、そっちもお願いしていいかしら」

「もちろんよ。まあ、蝶子ったら、本当に心臓に悪いことばかりする人ね。でも、おめでとう。楽しみにしているわね」

 電話を切ってから、蝶子はヴィルに詰め寄った。
「どういうこと? 結城さんに訊いてくれってのは」

「あいつ、俺のことを知っていたんだ。でも、本当に真耶にまで黙っていてくれたみたいだな」
「なんですって?」

「いつまでも隠しておくなと忠告された。俺はあいつに恩を感じているんだ。そうでなかったら未だに黙ったままでいたかもしれない」
「呆れた。結城さんたら、どうして私に言ってくれなかったのかしら」
関連記事 (Category: 小説・大道芸人たち 2)
  0 trackback
Category : 小説・大道芸人たち 2

Comment

says...
更新、お疲れ様です。

意外と真面目というか、ちゃんとした理由があったんですね。
こういう「実務」的なことって、小説とかだと無視や軽視されがちですけど、実際にはありえることですよね。
というより、じつはあとの理由の方が、メインなのかな? ヴィルったら、どんな顔して言ったんだろう(笑)

さて、誤解?も解けたことだし、いよいよどんちゃん騒ぎの準備ですね。
真耶や拓人も加えての、オールスター・パーティ。どんなことになるのか、すごく楽しみです。
まさかオフ会とか……さすがに、それはないか(笑)
2016.05.11 09:08 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
あ、サキは何となく予想してました。エッシェンドルフ教授の影を何となく感じていましたから。
でも、ヴィル、とうとう本音を漏らしましたね。良かったです。こうでなくっちゃ。-1-だけではちょっとムカッとしてましたけど、ここまで読んで納得です。
蝶子が抱きついたのも嬉しいです。ヴィルの顔見てみたいなぁ。
そしてなんと大サービス、レネとヤスミン、稔とマリサ、ちゃんと進んでいるのですね。パーティーが楽しみです。

真耶が驚く様子は楽しかったですが、拓人の配慮が蝶子に伝わったことも良かったと思います。
籍は先に入れるんですよね?余計なお世話ですけど、やっぱり心配です。
2016.05.11 11:39 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

ヴィルは理屈っぽいですからね。
理由もなく結婚しようなんていいません(笑)
この話は、第一部で回収しきれなかった所を拾っているのでもあるんです。
あれで教授が引っ込むかという話ですね。

でも、実は、第二部のメインの話にも繋がっている所なのです。
「こうだから、こうした。それが次のこれに繋がり……」ってやつですね。
単なる「恋物語のハッピーエンド」的な話ではないです。
(だから一部とは切り離されていたりします)

あ〜、とはいえ、この総出演ケッコン祭、しばし続きます。
いろいろとツッコミどころ満載ですので、お楽しみいただければと思います。

お、オフ会?
誰か来てくれます?

コメントありがとうございました。
2016.05.11 19:44 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

あはは。
ヴィルね、この人は表現に問題大アリの人なんで(笑)
蝶子もそうか。二人ができた時もああだったしなあ。

そう、ヤスミンとマリサ、立ち位置は違いますが、第二部では二人ともとても重要なキャラクターになっています。
まずはパーティでの集合からお楽しみください。

真耶と拓人も、まあ、第一部ぐらいの頻度で出てくることになります。
ヴィルは拓人をかなり信頼している様子。

籍を入れるのは、最優先事項ですよ。
日本とこちらの結婚事情の違いも、入っています。
次回は、まず日本でいう「籍を入れる」の部分になります。
でも、これを読んだらヴィルが「なんで教会挙式も、やんなきゃいけないんだ」とうんざりしているのが納得できるかも。

コメントありがとうございました。
2016.05.11 19:52 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ああ〜、そちら関係の事情からか!
と納得。
一部と二部を切り離された事情とかも、うんうんと
すごい納得しましたよ。
一部の延長線上でこうした実務的な話をするよりは
パートを改めてからの問題提起……
のほうが読者的にも心に優しい気が(笑)
せっかくだから一部では浸っていたいですもの。

そうですよね、教授も人の子、いきなり
「はいそうですか」って納得できるわけないですよね。
第一部、第二部と物語的には区切られているけれど
人の心はずっと続いているのですものね。

そして教授の件、第二部のメインに繋がっていく……
というのがとっても気になります。
結構な暗雲の予感が……動画の「上書き」発言が
よぎったけどこれはまた別件かな……?

いろいろ気になりますが、
まずは次週のパーティー集合を
楽しみにさせていただきたく思います!
2016.05.12 04:09 | URL | #- [edit]
says...
重要だけれどもロマンチックじゃない。
脳の違いを如実に表現していると思います^^
だけどだけど、ロマンに行きたいじゃん~^^

真耶に電話でのあたし結婚するの報告は衝撃だったでしょう。
あれやこれやの準備にこれから忙しくなりそうですね。
結婚って、当人同士だけでなく、まわりのみんなも幸せにしてくれるのが良いですよね。
この二人は特に、っていうのもありますけれど。
気の知れたゲストに囲まれたダンスパーティーも楽しみ。
レネカップル、稔カップルの個性も楽しみ^^
2016.05.12 11:19 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

はい、その事情からでした。ヴィルに限って理由もなく「結婚しよう」なんて言ったりしません(笑)

なんか思うんですけれど、第一部って、あれはあれで完成していて、「その先なんかいらない」と思う部分もあるんですよ。
「大道芸人たち Artistas callejeros」を好きでいてくださる方たちのために、あそこで終わらせた方がいい、みたいな想いもありました。

で、第二部は、なんだろう。蛇足なんだけれど、えっと、実は、こっちの方が私の小説のデフォルトなんです。
同じキャラクターたちがいる話ですから、そんなに違いはわからないと思うんですけれど、なんか、ずっと発表するのをためらっていたのはこの辺にもあったりして。もったいないほど、みなさんに構っていただいた小説と四人組なので……。

そして、ええと、動画のあのセリフ?
あはははは、なんのことかな〜(白々しい)
まあ、いろいろですよ、いろいろ。

ともかくは、浮かれたケッコン祭をお楽しみいただければと思います。

コメントありがとうございました。
2016.05.12 19:33 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。
まあ、もともと今どきのドイツの人たち、特に男性は「教会での結婚式〜? けっ」って人も多いんですけれど、ヴィルはさらに無茶苦茶です。蝶子はなんだかんだ言って、普通の日本人ですしね。このプロポーズにはがっかりでしょう(笑)

真耶は、ぎょっとしたでしょうね。
だいたい、前後の説明なさすぎだし。
「エッシェンドルフって人」なんて言われたら、ねぇ。

で、オーストラリアはどうなのかなあ。
披露宴で、新郎新婦、こっちみたいにダンスしますかね。

しないこともあるんですけれど、することもあるって感じかなあこちらは。
でも、このお話では、普通よりもオオゴトにしてありますので、わりと本格的なダンスパーティになっています。
まあ、結婚式も大聖堂だし(笑)

そして、踊れない人(約一名)が、大変なんですよ。

でも、次回は、お役所の話です。

コメントありがとうございました。
2016.05.12 19:40 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
そういう事情もありそうですよね。でもあのお父ちゃん、相変わらず蝶子を狙っているのか。すでにこの時点で、息子の恋人になっているのに懸想したら、天下の笑いものだけど、それでも手に入れる満足感の方が大事だったりするのかな。まぁ、蝶子はそういう魅力がある女なんだけど……それとも単なる腹いせ? 器が小さいのかも?
少なくとも、ヴィルがそんなふうに心配するようなオッチャンなわけですよね。実は私、好き嫌いとは別の次元で、この手のオッチャンには興味津々です……小説的に美味しいですよね。吉良上野介といっしょ?

とは言え、TOM-Fさんと同意見で、実はあれこれ言っていたら踏ん切りがつかないから、とりあえずこんな事務的事情にかこつけてプロポーズしたのかなぁ、なんて。ヴィルらしいといえばヴィルらしいですよね。
そして、今回、稔がいい感じにカミングアウト?しましたね。うしし……(え? みんな知ってたけど?)
みんなが大団円、って話にはならないんだろうけれど、其々がそれぞれの恋に向かって進めそうですね。
でもこれが物語の始めってことは「そうは問屋が卸さない」って話ですよね。 ほのぼので始まったけれど、波乱も感じさせる今後の展開に期待します(*^_^*)

あ。拓人。そうか、意外に律儀な奴ですものね。
2016.05.14 01:10 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
色々蝶子のためを思っての行動なのに、ヴィルったら、説明不足なんだから。
蝶子はこれからも、一喜一憂する日々になりそうですね。
まあ、そこが彼らしいところでもあるんだろうけど。

でも真耶への電話のいたずらは、もしかしたらその反動?(笑)
そんなセンスのいい冗談、言ってみたいなあ。(絶対そんな機会ないし)

真耶と拓人もお祝いに参加してくれそうだし、もう少しお祝いムードは続きそうですね^^
2016.05.14 07:07 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
結婚には確かに戸籍手続きになりますからね。
謄本とか色々必要になるのか。。。
私も結婚してないですからね。
そういうのは疎いですね。。。
勉強になります。
2016.05.14 14:07 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

これ、結局は第一部と第二部の発表の間があきすぎていることが原因でわかりにくいと思うんですけれど、この日はあの第一部の再会の日の翌日なのですよ。

ヴィルは第一部で父親の家にいたときの話をしているんですね。もちろん当時は他の三人たちとはまったく連絡がとれなかったので訴訟云々のことは伝えられていませんし。

それに、この作品の読者は、あのパーティでの出来事がヴィルの演技だとわかっていますが、教授にはどれが真実なのか知る手段はないんですよ。しかもヴィルは「蝶子を愛している」と父親に言ったことは一度もないんです。指輪がお揃いだっただけで。パーティのあと、ヴィルがどこにいったかも「あの三人と一緒かも」とは思っているでしょうが、稔の激怒ぶりが真に迫っていたので(演技じゃなかったし)、本当の所はよくわかっていないと思います。

まあ、そんなことはさておき、実をいうと、ヴィルに限らずこちらの人たちってそんなに「愛しているからプロポーズ」って言う感覚はないんですよ。結婚しないまま子供作っている人たちもいっぱいいますし。だからあれこれの事情がなかったら生涯プロポーズしなかったと思います(笑)

そして問屋は、ええと、まあね。
最初から最後までこんな浮かれた話だったら、ちゃぶ台ひっくり返したくなるでしょう(笑)
どこがどうでどうなのかは、まだまだ先のお楽しみということで。

拓人は、あの人の件は、ただ楽しんでください。女の敵だけれど、読者には無害なヤツですから。

コメントありがとうございました。
2016.05.14 17:50 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ヴィルってこういうやつですよね。
「こいつにロマンティックを期待してもダメだ」と蝶子が諦めるしかないかも(笑)

真耶に「エッシェンドルフさんだよ」というのは……
言ってみたいっていわれても(笑)
まずは、父子それぞれと婚約しないと。
そのシチュエーションにもっていくのは、こわいです。
あ、苗字だけ同じ人を選べばいいのか(よくない)

チャプター1のほとんどは浮かれたお祭り騒ぎです。
安心して楽しんでいただけると、いいなあ。

コメントありがとうございました。
2016.05.14 17:56 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

日本で日本人と結婚する場合と、国際結婚では手続きが少し異なります。
まあ、国際結婚の方が面倒くさいです。
基本は、外国でちゃんと婚姻が成立したら、それを知らせればいいだけなのですが、必要な書類がいろいろとあって。

役所での籍の入れ方も、日本は紙切れ1枚ですが、こちらは結婚式みたいな儀式もあるんですよ。
次回はそれも含めた描写になります。
また読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2016.05.14 18:39 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:https://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/1269-24d9b6bb