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Posted by 八少女 夕

【小説】夏、花火の宵

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。



今日発表するのは、読み切り短編集「四季のまつり」の第二回、夏の話で「花火」を題材にした掌編です。

というところまでは、ずっと前に決まっていたんですが、最初に出来た作品はあまりにも地味なのでボツりました。ですが、この作品で、canariaさんの主催するwebアンソロジー季刊誌「carat!(カラット)」に参加するつもりなので、書かないで放置は出来ません。

二つ目挑戦しました。最初のよりはいいかなと思ったんですが、「黄金の枷」の外伝にしてしまったので、本編を読んでいない人は、あの特殊設定の山には全くついていけないという現実を思い出しました。「四季のまつり」だけならいいけれど、「carat!」でそれはないわ、とこれもボツ。考えてから書けばいいものを。

三度目の正直。今度も外伝ですが、まあ、「ファインダーの向こうに」は読んでいなくても特に問題のある設定はないので、これで押し通すことにしました。canariaさん、ごめんなさい。でも、もう締切間近ですし、これで許してくださいまし。




夏、花火の宵

 7月4日、独立記念日。この日を心待ちにしていたのは、ハドソン川沿いに集まって花火が上がるのを今かと待っている観客だけではない。

 マンハッタンのパークアベニュー、32階建ビルの最上階で開催されるパーティに招待された人たちも同じだ。華やかで朗らかな魅力ある成功者、マッテオ・ダンジェロのペントハウスで独立記念日を祝うのは、ある種の人びとにとっては自慢すべきステイタスであり、また、彼の妻の座を狙う女性軍にとっては輝かしい未来への前進であった。

 パーティールームに用意された巨大なスクリーンには、ハドソン川で打ち上げられる花火の中継が映し出されることになっている。子供を肩車した一般人に視界を遮られつつ屋外で花火を鑑賞するより、ルイ・ロデレールのシャンパンを傾けながら女優や銀行家たちと上品な歓声を上げる方が自分にふさわしい。参加者たちの多くはそう考えていた。

 楽しく談笑しながら、客の間をまわっているマッテオ・ダンジェロ自身は、しかしながら、今年はこの日が彼主催のパーティでなければどんなに良かったかと思っていた。もし、この日に予定が何もなかったならば、彼はイタリア産の軽いスプマンテを持って、ロングビーチに住む妹を訪ねたことだろう。

 彼の大切な妹、取り巻きの女性たちの言葉を引用するならば「その価値もないくせにミスター・ダンジェロに溺愛されている」ジョルジアは、毎年一番最初に独立記念日の招待状を手にするにも関わらず、一度も姿を現さなかった。
「だって、兄さん。私はあなたのビジネスやロマンスの邪魔はしたくないの。それに、ああいうパーティは私には場違いだわ」

 例年ならば、この日ジョルジアと逢えなくとも、また別の日に食事に誘えばいいと思っていた。だが、今年は、出来ることなら彼女と一緒に花火を見てやりたい。彼は、客たちににこやかな笑顔を向けたままで、半年前の光景に想いを馳せた。

 それは、スイスのサン・モリッツでのことだった。もう一人の妹、アレッサンドラの結婚披露宴の直後で、引き続き滞在している招待客たちと一緒に大晦日を迎えていた。クルム・ホテルの豪華なダンスホールには、新郎の親戚である貴族たち、某国の元首や総理大臣、ハリウッドスター、そうした人びとに混じって参列を許された富豪たちとその妻たちが華やかに年の瀬を楽しんでいた。

 マッテオは、世界中のVIPが集まる厳戒態勢の結婚式の総監督的役割をこなしていたので、この日でようやく重責から解放されることを喜んでいた。

 三度目の結婚とはいえ、永遠の愛を誓ったばかりの妹の幸せに溢れた様子は、疲れと緊張を忘れさせてくれた。美しく立派なカップルの幸福に満ちた様相は、招待客たちに伝染して、ダンスホールは華やいだ幸福感で満ちていた。そして、夜は更けていよいよ新年へのカウントダウンが始まると、人びとはシャンパンのグラスを片手にそれぞれのパートナーとその瞬間を待った。

「ハッピー・ニュー・イヤー!」
グラスの重なる音、新しいシャンパンの開く音、人びとのキス。そして、大きな花火が開放的な窓ガラスの向こうに広がり、感嘆の声があちこちからあがった。楽団はウィンナ・ワルツを演奏し、人びとは新年を祝った。

 マッテオは、多くの人と乾杯しながら、まだ新年を祝っていないジョルジアの姿を探した。

 彼女は、ダンスホールではなく、その外側のバルコニーになった回廊に一人で立っていた。ガラスで覆われているので寒くはないが、熱氣のこもるダンスホールに較べると涼しい。

 ドアが閉まり、楽団の音と楽しくはしゃぐ人びとの声が聞こえなくなると、まるで別の世界に来たかのように、寂しくなった。マッテオは、華やかな世界に背を向けて夜に佇む妹の背中に、ブルー・ノート・ジャズを感じた。

 幸せに酔っているアレッサンドラの前では決して見せない遣る瀬なさ。華やかな世界に馴染めない居たたまれなさ。そして、手にすることが出来ないものを想う苦しみ。どうしてやることも出来ない妹の寂しい姿に彼の心は締め付けられた。

「ジョルジア、ハッピー・ニュー・イヤー」
五分以上経ってようやく声を掛けると、彼女は振り向いた。彼女は泣いてはいなかった。苦しんでいる表情もしていなかった。微かに笑うと「ハッピー・ニュー・イヤー、マッテオ兄さん」と返した。彼は、妹を抱きしめた。

* * *


「あら、ジョルジア。いらっしゃい」
キャシーは入って来たジョルジアを歓迎した。

《Sunrise Diner》は独立記念日だからといって休みではないので、キャシーはテレビをつけて花火を楽しもうと待っている。もっとも、常連客で店はそこそこ埋まっているので、のんびりと花火を眺めている時間はなさそうだ。

 サンフランシスコから遊びに来ている元同僚の美穂、この春からほぼ毎日やってきては居座っている英国人クライヴとその従業員クレアが同じテーブルに座っていた。彼らは、椅子を動かして彼女の場所を作った。

 ジョルジアは感謝してその席に収まった。

「いいタイミングで来たわね。ちょうど花火が始まるところよ。何を飲む?」
キャシーが訊き、ジョルジアはグラスワインの赤を頼んだ。

「今、話をしていたんですよ。花火の時にはどんな音楽が似合うのかってね」
クライヴが自分の店から持ち込んだボーンチャイナで紅茶を飲みながら口火を切った。

「ほら、ハドソン川の花火だと、ミリタリーバンドによる吹奏楽と合唱じゃない? でも、国によって違うらしいのよね、いろいろと」
キャシーが説明する。

 隣の席にいた常連でオーストリア人のフェレーナが口をだした。
「私は、『美しき青きドナウ』だって思うわ。とくに、新年の花火はやっぱりウィンナ・ワルツじゃないと」

 ジョルジアは、そういえばサン・モリッツの新年の花火でもウィンナ・ワルツを演奏していたなと思い出し頷いた。

「僕の意見は誰にも賛同してもらえないと思うけれど」
そう言って話しだしたのは、フェレーナの連れのスイス人ステファン。
「8月1日のスイスの建国記念日は、花火を見ながら野外クラッシックコンサートってことが多くて、スイスの建国記念日のコンサートだとロッシーニの『ウィリアム・テル』が定番なんだよね。だから花火というとどうもあれが……」

「いや、やはりベルリンではなんといっても『第九』だよ。東西統一の記念祭を思い出すから」
マルクスがドイツ人らしい断乎とした口調で主張する。

 クライヴも負けていなかった。
「いや、花火と言ったらなんといってもエルガーの『威風堂々』ですよ。毎年『プロムス』の最終夜で演奏されますし」

「それに、『ルール・ブリタニア』と『ジェルサレム』でしょ」
と、クレアが彼の愛国主義を茶化した。 

「日本はどうなの?」
キャシーに訊かれて美穂は首を傾げた。
「う~ん、どうかな。花火大会で曲はかかるけれど、あまり特徴のない映画音楽みたいなものかしら。そもそも、花火の方がすごくてどんな曲がかかっているかなんてほとんど考えたこともなかったし、まさかこんなに国によって違うものだとは思わなかったわ」

 ジョルジアの前に赤ワインのグラスを置いて、キャシーは訊いた。
「あなたにとっては? ジョルジア」

 そうね、と微笑んでから彼女は《Sunrise Diner》の店内を見回した。
「ここでかけている曲、かな」

 キャシーは、「え」といった。有線放送をかけているが、夜は少し賑やかなボサノヴァ風ジャズが多い。花火って感じじゃないなあ。
「どうして?」

「私、これまでわざわざ花火を観る習慣がなかったの。だから、特にかかる曲のイメージはもっていないの。でも、ここの曲、いま、映っている花火とけっこう合っているわよ」
そう言って、テレビの花火に目を細めるとワインを飲んだ。

 彼女は去年の秋から冬にかけて、キャシーとその家族が写真のモデルになって撮影していた頃と較べてリラックスしている。ここでかかっているボサノヴァ風ジャズみたいに。それと同時に、少しずつではあるが、ウルトラ個性的な常連たちに馴染んで来た。

 いつも一人カウンターに座ってテレビのニュース番組を観ているか音楽に耳を傾けているだけだったのが、呼ばれると彼らのテーブルに移ってきて一緒に時間を過ごすようになっていた。

 時間をかけて重い鎧を脱いで、剣を身から離すことが出来るようになって来たのかな。それとも、この間のアフリカ旅行で何か特別な経験でもしたのかな。

 客たちは、次々上がる花火の映像に歓声を上げて、それぞれの日々の苦労や腹立ちを忘れて楽しんでいる。一年に一度の浮かれた祭りの宵。

 どこで観るのも自由。どんなこだわりがあっても構わない。大切なことはみんなでワイワイ楽しく観ることだものね。

 店の有線放送の『ワン・ノート・サンバ』に合わせて打ち上げられる花火か。うん、本当に悪くない。キャシーもまた、サンバのような軽快な足取りで、次々入る新しい注文を華麗にさばいていった。


(初出:2016年6月 書き下ろし)


追記



「carat!」は読み切りを前提としているので、敢えて読む必要はないのですが、一応、今回の話も既存のシリーズの外伝になっています。興味のある方はどうぞ。

「ファインダーの向こうに」
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「ニューヨークの異邦人たち」
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