FC2ブログ

scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (13)セビリヤ、 蛇 - 1 -

はじめに謝っておきます。長いので三分割しました。三日連続でアップしますので、ご面倒ですがよろしくお願いします。セビリヤはオレンジの実る温暖な土地。四人はカルロスの別荘で勝手にくつろいでいます。

あらすじと登場人物
FC2小説で読む


大道芸人たち Artistas callejeros
(13)セビリヤ、 蛇  前編


カルロスの別荘はセビリヤの繁華街から近いものの、静かな一角にあった。四人は、言われた通りに、それぞれの部屋を決め、そこに一週間ほど滞在することにした。ドミトリーに泊まる時にはなかなかできない、昼間は稼ぎ、夜は騒ぐバルセロナ式生活パターンをここでも続けることができるのは有り難かった。

ドアが開いた。最初に目を向けたのはヴィルだった。それから他の三人も騒ぐのをやめてドアの方を見た。女が立っていた。ただの女ではない。ものすごい美女だった。緩やかにウェーブする豊かな黒髪を派手なスカーフで留めている。小さい顔の中で、すぐに目がいくのは、緑色のギラギラした瞳だった。それに真っ赤に縁取られた薄く形のいい唇に、完璧な弓形の眉。女優も真っ青の美人だ。スカーフと同じ絹の多彩なドレスをまとい、真っ赤なハイヒールは九センチだろう。

「¿Quiénes son ustedes?」
スペイン語で言われても、答えられる人間はいない。それを察して、女は英語に切り替えた。
「あなたたち、いったい誰?」

「コルタドさんの許可をもらって滞在しているものですが」
稔が答えた。

「ああ、そうなの。カルロス、私が時々使うって言っていなかった?」
女は言った。

「いいえ。何も聞いていませんが」
一番ドアの近くにいた蝶子が立ち上がって言った。急に空氣が変わった。二人の女が一瞬にしてお互いに反感を持ったのを、男三人は感じ取った。

「げ。ハブとマングース……」
稔はつい日本語でつぶやいて、振り向いた蝶子に睨まれた。

女は蝶子を無視して、その横を通り抜け、ぽーっとしているレネの前まで来るとにっこりと笑って手を差し出した。
「私は、エスメラルダ。私のことはカルロスに訊いて。今夜はここに泊まるから」

レネは反射的にその手に口づけをしてしまい、蝶子の視線を避けてうつむいた。エスメラルダは同じことをヴィルにもさせようとしたが、ドイツ人は女の美しさに全く感銘を受けた様子を見せずに無表情のまま頷いただけだった。当ての外れた女は、さらに勝手の違いそうな稔には、自分の神通力を試そうとはしなかった。

エスメラルダは、カップボードから、バカラのグラスを取ってくると、レネに微笑みかけた。蝶子の冷たい視線に戸惑いながらも、レネはおとなしくリオハのティントをそのグラスに注いだ。

「ありがとう」
一息に飲み干すとグラスをその場に置いて、冷やかすように蝶子を見ながら、香水の匂いをまき散らしてエスメラルダは居間を出て行った。そして、階段を上がると慣れた様子で奥の部屋に入っていった。

稔はにやにやと笑った。蝶子はきっとなって言った。
「何が面白いのよ」
「お前とあの女の戦い。実に興味深い」

「なによ。ブラン・ベックったら鼻の下伸ばしちゃって」
レネは赤くなって頭をかいた。

「このまま騒ぎ続けていいのか?」
ヴィルが言った。稔は、電話を取った。
「何かあったら、電話しろってギョロ目が言ったんだ。してみるか」


「えっ。エスメラルダが、そこに……」
電話の向こうでカルロスが絶句した。

「鍵を開けて普通に入ってきて、慣れた様子で部屋に行ったし、あんたとも親しげだったから特に断らなかったけど、まずかったのか?」
稔は困惑した。

「いや、本来はそんな簡単に出入りされちゃ困るんですが、まあ、今夜追い出すというのも剣呑なんで……。どちらにしても私は明日そちらに向かう予定ですから、朝に会ったらそう伝えてください。それを聞いたら逃げ出すかもしれないな」
カルロスは言った。

「なあ、ギョロ目、あれ、誰なんだ? あんたの親戚?」
稔が畳み掛けた。

「離婚した妻ですよ」
カルロスが答えた。

電話を切った稔にそれを聞かされた三人も絶句した。あれが、イネスさんの言っていた「結婚にはもうこりごり」か……。

「氣を遣う必要はないそうだ。好きなだけ騒ぎ続けろってさ」
稔はそういったが、なんとなくその夜の四人は静かになった。とはいえ、いつも通り真夜中まで飲んでいたが。


四人が朝食を食べていると、水色の透け透けのナイトガウンを着たまま、さも眠そうにエスメラルダが降りてきた。

「あんな遅くまで起きていたのに、もう起きたわけ?」
ちょうど胸の谷間が見えるようなポーズをして、赤くなるレネの隣に座ると、妖艶に笑いかけて
「私にもコーヒーをいれてくれる?」

ニヤニヤ笑う稔と冷たい蝶子の視線を避けるようにしながら、レネは美女の言うままにコーヒーをカップに注ぎ、さらに言われていないのに皿やカトラリーまで用意してやった。

「それで。あなたの名前を教えてくれないの?」
エスメラルダはレネが自分の魔力の支配から逃れないようにその瞳を捉えて言った。
「レネです」

「それから、お友達の名前は?」
「俺は稔だ。こっちが蝶子で、そっちはヴィル」
これ以上、かわいそうなレネが蝶子に睨まれないように、稔が助け舟を出した。

「あんた、ギョロ目の別れた奥さんなんだって?あいつに会いにきたのか?」
エスメラルダはけたけた笑った。
「ギョロ目ですって。あなたいい度胸しているわね。いいえ。私は彼に会いにきたわけじゃないわ。彼はバルセロナでしょ。私はセビリヤに来る時にはいつもここに泊まるっていうだけ。でも、彼が私に会いたいなら、別に会ってあげてもいいのよ。結局のところ、彼はまだ私に夢中みたいだから」

それから、ヴィルの方に向き直り、まさにエメラルドのように瞳を輝かせて言った。
「それで、あなたたちは何者なの?どうして、カルロスの別荘に泊まっているわけ?」

ヴィルは稔とレネが感心するほどの完全な無表情のまま短く返答した。
「俺たちは大道芸人のグループで、よくセニョール・コルタドの世話になっているんだ」

いつもと様子が違う。エスメラルダはイライラした。普段ならエスメラルダが登場するだけで、場にいる男のほぼ全員が彼女を求めて競争を始めるのだ。そして、エスメラルダはその場を自分の自由に操れるはずだった。いつも通りにいくのは、このひょろ長いフランス人だけじゃない。何を言ってもにやにやしているだけの日本人男と、この私と田舎のおばさんの違いもわからないみたいなこのドイツ人、それにだんだん得意げな顔に変わってきた腹の立つ日本女。なんでカルロスがこんな奴らの世話なんかしているのかしら。

「そろそろ時間よ」
蝶子が計ったらマイナス五十度ぐらいじゃないかと思われる冷たさで言って、皿をシンクに運び出した。

ヴィルは黙って自分とレネの使った皿をシンクに運び、蝶子の洗っていく皿を隣で拭き、稔はそれを棚にしまった。それから三人は出かける準備を済ませた。レネは自分も席を立とうとするのだが、その度にエスメラルダに話しかけられて、機を逸していた。

世話のかかるヤツだな。稔がテーブルに行って、レネを羽交い締めにして立たせながら言った。
「悪いな。俺たちこれから仕事なんだ。お楽しみは、前のダンナとやってくれ。直にここに来るらしいから」
「なんですって?」

稔はレネを押し出すように玄関に向かわせるとにやりと笑いながら食堂の扉を閉めた。


「ブラン・ベック、あなたったら本当に美女に弱いんだから」
蝶子はすでに怒っているというよりは呆れていた。レネは少々恥じて、不可抗力だということを立証するために稔とヴィルを見た。

ヴィルはエスメラルダに目や鼻が付いていたかも覚えていないといわんばかりだったので、稔の方に助けを求めるように言った。
「ヤスは、なんともないんですか? あの目に見つめられても」

稔は首を振って言った。
「ありゃあ、女としては、俺の一番苦手なタイプだ。お蝶どころじゃないよ」

「トカゲよりひどいのか」
ヴィルが珍しく楽しそうに訊いた。といっても、三人以外にはいつもの無表情にしか見えない程度の違いだったが。

「ありゃ、コブラだ」
稔の返事を聞いて蝶子は吹き出した。それから不思議そうにヴィルに訊いた。
「テデスコはどうなの?」

「何が」
「あの女よ」

「美人だし、セクシーだな。ベッドで楽しむにはやぶさかではないな」
「えっ。そう思っているようには見えなかったぞ」
稔がいうと、他の二人も頷いた。

ヴィルは肩をすくめた。
「あの女は、俺たちを支配しようとしていた。俺はそういうことをされるのが嫌いなんだ」

「なるほどね。あの女はゲルマン人へのアプローチ方法を変えるべきだな」
稔が笑った。

蝶子はヴィルに敬意を持った。支配に屈しない、それは蝶子ができなかったことだった。五年もの間、自分を支配し続けたエッシェンドルフ教授に対するたった一つの反抗は、彼のもとから失踪することだった。はじめから、きっぱりと教授を拒否できていれば、もっと早くに自由でいられたかもしれないのに。もちろん蝶子は知らなかった。ヴィル自身が人生の大半を教授に支配され、やはり蝶子と同じ方法で自由になったことなど。結局のところ蝶子のエスメラルダに対する激しい反感と、ヴィルの彼女に対する冷たい拒否は同じ根からきているのだった。
関連記事 (Category: 小説・大道芸人たち)
  0 trackback
Category : 小説・大道芸人たち
Tag : 小説 連載小説

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:https://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/142-524011e8