FC2ブログ

scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (14)カルモナ、白い午後 -2-

真夏のアンダルシアの光はとても強く、真っ白い壁の街はその光をさらに強烈に旅びとの心に刻みます。午睡を楽しむ街の家のパティオを覗き込むと、アラブ風のタイルと南国の植物に囲まれて凊やかな噴水が見えます。これ、王宮の話ではなく、カルモナのただの一般民家のことです。異国情緒を楽しみたい方にはおすすめの街ですよ。

さて、二回に分けたカルモナの章の後編です。


あらすじと登場人物
このブログではじめからまとめて読む
FC2小説で読む


大道芸人たち Artistas callejeros
(14)カルモナ、白い午後  後編


「二人は遅いわね。もう一杯頼もうかな。テデスコ、あなたは?」
空になったティント・デ・ベラーノのグラスを振りながら蝶子が訊いた。
 ヴィルは黙って自分の空になったセルベッサのグラスを示した。蝶子は肩をすくめるとウェイトレスを呼び、二人分のお替わりを注文した。

「さ。私は書き終えたから、ひと言書いてちょうだい」
蝶子は、便せんをヴィルに渡した。

「一足早い春を楽しんでいる」
そう書き添えた。蝶子が覗き込んでいった。
「テデスコって、まさにドイツ人っていう字を書くのよね。きっちりとして、読みやすい、カリグラフィのお手本みたい」

「あんたの字の方がきれいだ」
「ドイツで仕込まれたのよ。汚い字は人生の面汚しだって」
蝶子はせせら笑うように言った。親父のいいそうな事だ。ヴィルは思った。

 ヴィルの字も父親に強制された結果だった。ロッコ氏が感心した蝶子とヴィルの身のこなしも、偏執狂的と言ってもいいほどの完璧主義のエッシェンドルフ教授の厳しい教育の成果だった。もちろん二人の奏でる音楽も。蝶子とヴィルはどちらも教授の自慢の作品だった。ヴィルは幼少の頃から父親の美意識を叩き込まれて育った。どれほど反発し、憎むようになっても、同じ音楽を愛するように、女に対しても同じ理想をどこかに持っていたのかもしれない。よりにもよってなぜこの女なんだ。世界中にはこんなに女がいるのに。

 ヴィルには三つものハンデがあった。一つははじめての経験でどう感情表現していいか、まったくわからないことだった。舞台の演技とは全く違う。セックスだけが目的で行きずりの女を誘うのともわけが違う。二つ目のハンデは蝶子がArtistas callejerosの仲間は恋愛除外に指定している事だった。こんなに近くにいるのに。そして三つ目は、自分が誰だか明らかに出来ない事情だった。さっさとこんな馬鹿げた感情は摘み取ってしまわなくては、ヴィルはそう思っていた。しかし、それと反対に心は動いた。


「おい、ブラン・ベック。いい本が買えたのか」
「ええ。なんとロルカのフランス語対訳本があったんですよ。セビリヤにはなかったから期待していなかったんですけれど」

 稔はレネがコブラ女の呪縛から放たれたことを感じてほっとしていた。基本的にこの手の呪縛からの解放には物理的な距離が大きな助けとなるのだ。ひとまず安心だな。だが、稔はArtistas callejerosの潜在的なリーダーとして、もう一つの呪縛には同じ解決策を適用できないことを感じていた。

 稔は、かなり先に見えているバルに座っている蝶子とヴィルを見て腕を組んだ。蝶子が何か紙を覗き込んでいるのだが、ヴィルはその蝶子を見つめていた。

「おい。どう思う」
稔は顎で二人を指して言った。

「どうって、あの二人のことですか」
レネは答えに困った。

「テデスコだよ。やばいよな」
「やばいって、何がですか」
「トカゲ女にはまったらしい」

 レネは多少ふくれっ面で抗議した。
「僕だって、パビヨンをずっと好きだったのに、ヤスはなんでテデスコだけ心配するんですか」

 稔は笑った。
「そうだっけな。でも、お前はいいんだよ。だって、トカゲ女だけじゃなくて、あっちにもこっちにも惚れて、黙って思い詰めているわけじゃないじゃないか」

 そういわれてみれば、その通りだった。

「でも、テデスコだって『外泊』とかしていたじゃないですか」
「それだよ」
稔は再び考え込むような顔になった。

「あいつ、『外泊』しなくなっちゃったじゃないか。相当マジになりかけているってことだろ」
「そんなに心配することなんですか? パピヨンが素敵なのは事実だし、別にいいと思うんですけれど」

 稔は少し黙った。
 あれはアルヘシラスに向かうバスの中だった。グラナダで遅くまで飲んでいて、朝が早かったので、蝶子はバスの中で眠っていた。誰が誰の隣に座るなどということは誰も氣にしていない。その日は稔が蝶子の隣だった。深く眠りに落ちて、蝶子は稔にもたれかかった。

 口をきかなければ、こいつかわいいじゃん。稔はそう思った。けれど、次第に重くなってきた。特に肩甲骨の上に重みをかけられると痛い。

「ちょいと、ごめんよ」
そういいながら、稔は蝶子の頭を少し動かした。それが日本語だったので、深い眠りから戻ってこなかった蝶子は自然に日本語で寝ぼけた。

「やめてよ。眠いの」
 そういって、こんどは稔の腕に顔を埋めてしまった。おい。トカゲ女。誰がそんなことしていいって言った。そのときに蝶子の日本語の声でこちらを振り向いたヴィルと目が合った。

 ヴィルはいつもの無表情だった。けれど、その乏しい表情から正確な喜怒哀楽を読み取る能力のある稔は、ヴィルの心の痛みを即座に感じ取った。いや、こいつが寝ぼけているだけで、俺とトカゲ女は全くなんでもないから。稔は目で必死に訴えたが、ヴィルは何も言わずに目をそらした。げ。こいつマジかよ。稔はそのときにヴィルが蝶子に魅かれていることを知ったのだ。こんなやつ、やめた方がいいって。稔は思った。けれど、人の心が止められないことぐらい、稔にはよくわかっていた。

「テデスコはお前と違って、想いを外に出せないだろう。クールに見えるけれど、そうとうの情熱家なのは音を聴けばわかる。ああやって黙っていると、どんどんはまると思うんだけどなあ」

「テデスコは口や表情には出さなくても、ちゃんと想いを外に出していますよ」
レネが言った。

「ん?」
「ピアノ、すごくロマンティックに弾くじゃないですか」
「それだよ。この間のピアソラ。あんなに苦しい音を出されたんじゃ、こっちが持たないじゃないか」
関連記事 (Category: 小説・大道芸人たち)
  1 trackback
Category : 小説・大道芸人たち
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
こんにちは!

ここまで、読み進みました(笑)
四人ともそれぞれの思いがあって、今後の展開も気になります。
\(^o^)/
2012.05.23 19:27 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは!
読んで下さってありがとうございます。
ちょうど「本題」の一つに入った所です。
まだまだ続きますが、どうぞおつき合いください!
そちらにも、またお邪魔しますね〜。
2012.05.23 21:57 | URL | #- [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する