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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】その色鮮やかなひと口を -6 - 

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第九弾です。今年もあさこさんが俳句で参加してくださいました。夏の二句です。ありがとうございます!

あさこさんの書いてくださった俳句

ストローは人待つ道具遠花火  あさこ
 
短夜の夢点々と置いて来し  あさこ


この二句の著作権はあさこさん(ココうささん)にあります。無断転載ならびに転用は固くお断りします。


あさこさんは、ココうささんというハンドルネームで、以前素晴らしい詩や俳句、揮毫を発表なさっていらっしゃいましたが、現在はブログをお持ちではありません。六年の間に交流のなくなってしまった方も多いネット上のお付き合いですが、この「scriviamo!」を通してこうしてあさこさんとおつきあいが続いていることは本当に嬉しいです。

今年寄せていただいた俳句は、夏の情景がぱあっと目の前に浮かぶ素敵な二句。私は夏生まれなので、夏にたいするノスタルジーがとても強いのです。こんなに言葉を尽くしてもうまく書き表せない私ですが、ああ、俳句って偉大だなあ……。

というわけで、一年間放置した例の二人をココうささんの俳句で動かさせていただきました。島根県松江市で和菓子職人になったイタリア人ルドヴィコと店でバイトをしている大学生怜子のストーリーです。去年の話で、婚約して怜子の卒業後も引き続き「石倉六角堂」で働くことまで決まりましたが、今回は舞台がいつもと全く違っています。


【参考】この話をご存じない方のために同シリーズへのリンクをつけておきます。
その色鮮やかなひと口を

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その色鮮やかなひと口を -6 - 
Inspired from 2 Haikus by Asako-San
——Special thanks to Kokousa san


 随分陽が高いなあと、怜子は見上げた。もう九時なのにまだ明るい。日本ではまだ梅雨が明けていないのに、一足早く夏を楽しんでいる。

 初めての海外旅行が、まさか婚約者の両親への挨拶になるとは思わなかった。イタリア語を完璧にしてから行こうと思っていたけれど、そんな事を言っていたら、永久に行けないということに氣がついた。

 こちらについてからも、ルドヴィコがネイティヴらしくなんでもやってくれるので、怜子は「ボンジョルノ(こんにちは)」と「グラツィエ(ありがとう)」くらいしか口にしていなかった。まだちゃんと答えられないけれど、でも、どんな話をしているかぐらいはなんとなくわかるようになったのだ。私ってすごい……じゃなくて、ルドヴィコの特訓がよかったってことかな。

 ここは北イタリア、トリノに近い小さな町だ。教会と、その前の広場を中心に、なんて事のないお店がいくつかあるだけ。今日は、六月二十四日、トリノ市の守護聖人サン・ジョバンニのお祭りで、日中にルドヴィコと一緒に屋台巡りなどをしたのだけれど、あまりの人手に二人とも疲れてしまったので、早々に退散して宿をとったこの町に戻ってきたのだ。

 見るもの全てが珍しかった。教会があって、石畳と石づくりの家があって、道行く人がみな外国人で、看板もメニューもみなアルファベット。お茶も、ご飯も、お蕎麦もない世界に自分がいるのが不思議だった。もっと不思議なのは、ルドヴィコがもともとこの世界に属していたということだった。

 明日は、いよいよルドヴィコの両親の住む村へ行く。氣に入ってもらえるかなあ。まともに会話もできない嫁ってありなのかな。飛行機の中でまだくよくよしている怜子にルドヴィコは言った。
「心配ありませんよ。僕は三人兄弟の末っ子ですが、二人の兄もイタリア語を話せない外国人と結婚していますから、彼らは慣れています」

 ええっ。一つの家族に三組も国際結婚があるの? 怜子は仰天した。そういえば、お兄さんたちの話はあまり訊いたことなかったな。
「お兄さん達にも会える?」
「残念ながら、今回は無理ですね。一人はシチリア、もう一人はカナダに住んでいますから」

「へえ。お母さん達、寂しがっているんじゃない? 息子が三人とも遠くで」
「そうですね。でも、もう諦めたんじゃないでしょうか。全然帰ってこないのに慣れていたので、婚約者を連れて会いに行くと言ったら驚いてとても喜んでいましたよ」

 よし、頑張ってイタリア語で話しかけるぞ! その時はそう思ったけれど、実際に着いて周りのイタリア人達の流れるようなイタリア語を聞いていたら、ちゃんと会話できる自信はまったくなくなった。まあ、いいか、努力だけ認めてもらえれば。

 それでも、馴染みの深い言葉もあった。エスプレッソ、ピッツァ、パスタ、ジェラート。あ、食べ物ばっかり。手許にある黒い缶に黄色と白い字で「レモンソーダ」と書いてある。わかりやすくて、なんだか安心する。これなら注文するときにも間違えっこないし。

 ルドヴィコが、レンタカーを受け取りに行く間、怜子は宿に備え付けのバルのテラスに座って待っていた。

 宿の太ったおばさんが「大丈夫?」という感じでこちらを氣にしてくれるので、大丈夫とジェスチャーで答えた。初めての海外だって、三十分くらい、一人でいられるよ。大ぶりのグラスに、自分で缶からレモンソーダを注ぐと、シャワシャワと音がする。缶はキンキンに冷えて汗をかいている。缶とお揃いなのか黒いストロー。日本のものより短くて太いんだね。

 怜子は、ストローをグラスの上の淵まで持ってきて、ソーダを伝わせる。透明で綺麗だな。ルドヴィコの見せてくれた光景は、彼女の想像していたイタリアとは少し違っていた。確かに人々は陽氣だけれど、別に常にハイテンションでいるわけではない。街並も赤や黄色や緑の壁がないわけではないけれど、どちらかというと落ち着いた肌色や煉瓦色で占められている。

 街の中心に教会と広場があって、人々が普通に生活している。ここはエンターテーメントの舞台ではなくて、人々が普通に生活する場なんだなと思った。

 ちょっといいなと思うのは、小脇に花を抱えて歩く帽子を被った男性や、女性と買い物をしながら当然のように重いものを持ったりドアをさっと開けてあげる男性の姿。どれもまったく嫌味なく、ごく普通の行為のようだった。

 ルドヴィコも前からそうだった。怜子に対してだけでなく、勤め先である「石倉六角堂」で石倉夫人をはじめとして女性従業員に対してとても自然にレディーファーストの振る舞いをする。見るからに外国人なので、皆そういうものだと思っているけれど、日本人男性だったら「キザな人だなあ」と感じるかもしれないと怜子は思っていた。こういうことを女の私でも思うから、日本では男性が女性に全部の荷物をもたせたまま手ぶらで歩いたりもするのかもしれないなと思った。別に男性に全部もたせたいとは思わないけれど、半分くらい持ってもらいたいこともあるものね。

 日本との違いは他にもある。例えば、日本でルドヴィコと二人で歩いていると、初めて会う人は皆少し慌てて英語で話さなくてはいけないのかとドキドキしたり、「どうして日本に来たんですか」と訊いたりする。でも、こちらでは明らかに外国人の怜子の存在に驚いたり、慌てたりする人はいない。まず発する言葉はイタリア語。つい先ほども、座っていると道を訊いてきた人がいた。どうやっても地元民には見えないはずなのに。

 見ていると、色の黒い人や、アジア人もたくさん歩いている。ここはトリノと違って観光客はそんなに来ない何もない町だから、歩いている人達はきっとここに住んでいるか仕事をしているのだろう。

 ルドヴィコとの旅は、怜子が考えていた海外旅行のあり方とも違っていた。昨日着いたばかりだけれど、ミラノにいたのに凱旋門もドゥオモも見ていないし、ショッピングもしなかった。名所の説明を聴きながらカメラのシャッターを切るような行動は何もしていなかった。

 そうではなくて、人と会って、話して、笑って、別れる。そんな旅なのだ。

 ミラノの空港には、ルドヴィコの親友ロメオとその恋人の珠理が迎えにきてくれた。この二人は、去年の梅の時期に松江にルドヴィコを訪ねてきて、その時に怜子も知り合ったのだ。

「いつか二人でミラノに遊びにきてね」
そう言われた時に、そんなことが実現するとは想像もしていなかった。それなのに、十六ヶ月経った今、怜子はルドヴィコの婚約者として再会したのだ。

 昨夜は、ロメオと珠理の住んでいるアパートメントに泊めてもらったのだが、昔ながらの建物を利用した天井の高い素敵な部屋だった。怜子が日本で馴染んでいるものよりも少し高いテーブル。どっしりとした木枠の大きな窓、年代もののオーブンや暖炉があることにも驚いた。照明デザイナーである珠理にふさわしく間接照明で構成された柔らかい明かりの部屋。まるでインテリア雑誌で見るような光景だなと思った。

 そういえば、蛍光灯は一つもなかった。ボタンひとつで水の出るトイレ、ワイヤレスの自動掃除機、電子レンジといった文明の利器もまったく見当たらなかった。トイレと簡単なシャワーのある洗面所にはボタン一つでお風呂が沸くシステムなんてない。そもそもバスタブがなかった。

 むしろ、そういうボタン一つで何かが整うシステムは無粋で必要としていないようだった。

 二人は、昼間のように明るい室内よりも、ろうそくの光で楽しむ夕べを大切にしていた。キッチンを箒で掃き一緒に掃除をしていた。三分で食事をしたいときはトマトやモツァレラとパンだけで食事をし、そうでないときはオーブンに入れた料理がじっくりと調理されるのを待つ間に色々な話をするのだと言った。

 それは、いま見ているこの町の佇まいに似ていた。特別なエンターテーメントは何もなく、観光客が押し寄せるような名所もなく、ただ、人々がゆったりと心地よく暮らしているように見える。知り合い同士が立ち寄っては、グラスワインと小さなおつまみだけを前に、おしゃべりと笑いで夏の長い一日の残りを楽しんでいる。特別なものが何もないことが、いや、敢えて持たないことが、このなんでもない町を詩的にしているようだ。

 ルドヴィコが、松江の古い民家を借りて住んでいることも、それと同じなのかもしれない。プラスチック製のものを使いたがらないこと、家では和服に着替えて墨書きをしたためたりすること、美しい日本語にこだわって話したがること、四季の移り変わりや日本の伝統を大切にして、不便さよりも筋の通った美しい暮らしを優先させること。それらが、この数日で怜子が印象づけられた物事と繋がっているように感じた。

 遠くで花火の音が聞こえ出した。トリノのお祭りで打ち上げているのだろう。まだ空が明るくて、花火大会を楽しむ感じではない。

 花火もトリノの街の観光も、怜子にとってもいつのまにか重要ではなくなっていた。だれでも知っている光景を、観光案内書と同じアングルで撮ることに時間を費やしても、ずっと拙い写真を持ち帰ることしかできない。昨日からルドヴィコと一緒にしたことは、観光案内の後追いではできない特別な経験だった。一つ一つをその場でじっくり楽しみたい。ミラノで、この町で、彼の両親の住む村で。

「怜子さん、お待たせしました」
声のした右側を見ると、ルドヴィコが歩いて来た。

「あれ。いつ来たの? 見ていたのに、全然わからなかった」
「裏側からパーキングに入りましたから」

 彼は、すっと彼女の横の席に座った。怜子が楽しそうに眺めている視界を遮らないように。とても心遣いの行き届いた人なのだと、彼女はいつも感心する。

「おや。花火がはじまりましたね」
彼が、顔をトリノの方向に向けて行った。
「うん。まだ明るいのにね。でも、ようやく暮れてきたね」
「サン・ジョバンニのお祭りは夏至祭のようなものですから。そろそろ九時半ですよ」

 もっとも日が長い季節であることに加えて、ヨーロッパではサマータイムを採用していて本来の時間から一時間ずれているので、日没がこんなに遅くなるのだ。日が暮れると急に寒くなるから、風邪を引かないようにしなくちゃ。怜子はカーディガンを着た。

「怜子さん、花火を見たかったんじゃありませんか? 車がありますから、今から行ってもいいのですよ」
ルドヴィコは、訊いた。人混みが苦手な彼のために、怜子が遠慮したのかと心配しているのだ。

「ううん。いいの。あのね。観光やお祭りみたいな特別なものじゃなくて、こうやって、なんでもない宵をのんびりと過ごすのがいいなあって、いま思っていたところだったの」

 怜子がそういうと、彼はにっこりと笑った。彼女は、この笑顔を生涯見続けるのだと嬉しくなった。これから向かう両親の住む村で、その次に見せてもらう北イタリアのどこかで、そして、日本に戻って二人の暮らす街で、一つ一つの思い出を作っていくのだと思った。

(初出:2012年2月 書き下ろし)
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Category : scriviamo! 2018
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
執筆、お疲れ様でした。

松江のお二人、すこしずつですが着実に前に進んでいるのが、いいですね。
そして今回はイタリア行きですか。
怜子の感慨、弾丸ツアラーのワタシとしては、うむうと唸ることばかり。もはや時間の流れ方がちがう、そういう気がしますねぇ。ときにはそういう旅もしてみたいとは思います(遠い目)

どちらが豊かなのか、というような比較は野暮というものですが、この二人はきっと、ゆっくりと穏やかな人生を送っていくんだろうなぁ。松江という街は、そういう時間が流れているような気もしますし(島根県押し)

あら、照明デザイナーの彼女とは、そういう繋がりがありましたか。
蝶子もそうですけど、日本人男子はしっかりしないと、素敵な女性がどんどん海外に行っちゃうぞ!

p.s.お忙しいようですね。ご無理はなさいませんように。
2018.02.09 14:40 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

実は、去年イタリア行きまでやろうかと思ってやめたのですよ。
盛り込みすぎると長くなるだけなので。
で、今年いただいた俳句が丁度うまくイタリアに合わせられそうだったので
無理やり連れて行ってしまいました。

怜子、海外どころか山陰からも出たことがない人で、よくわかっていないのでこの旅でもいいのだと思います。
反対に自分でシャキシャキとパリやミラノなどに行き慣れているタイプだと「なんだ、この旅」と喧嘩のもとになるかも。
この二人、そういう意味でも破れ鍋に綴じ蓋です。

私は、連れ合いと行くときは、かなりこの二人みたいな旅で、一人でまたは友人と行くときは都会の観光も楽しみますよ。
まあ、よる歳波に逆らえないので弾丸ツアーはしないかも。ロンドンージュネーヴ日帰りなんて死んでもしませんよ(笑)

そして、そうなんですよ。
松江は一応県庁所在地なんですけれど、あそこの時間の流れ方はちょっと違いますよね。
あそこで幸せに生きている二人だからこそ、こういう旅も幸せなんだと思います。
ああ、また島根に行きたくなってきた。

そして、「ロメオとジュリエッタ」の二人は、前にこのシリーズで出していたんですよ。
「まあ、誰も憶えていないだろうなあ」と思いつつ出演させたんですが、そういえばサキさんは憶えていて突っ込んでくださいましたっけ。
で、その繋がりで今回も名前を出してみました。

そのうちに、また本人たちの話もまた書くかもしれません。

海外流出の件。
えーと、私の作品、そういえば海外流出多いですよね。
ほら、でも、イズミちゃんとか(笑)

ご心配おかけしてすみません。
現在、たまっている最後の作品まできています。
今週で何とかできるといいですけれど。

コメントありがとうございました。
2018.02.09 21:11 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
怜子、ついにルドヴィコの両親に挨拶ですね。
しかもイタリアどころか海外旅行が初めてなんだ。
サキ(エス)もそうでしたがドキドキものですよ。目的が目的ですからなおさらでしょう。
でも、優しいルドヴィコと一緒にイタリアの田舎町でゆったりと・・・。
幸せそうだなぁ。でもいかにも日本人、という感じです。
ルドヴィコにとってかつて日本がそうであったように、怜子にとって今イタリアは異世界としてしか感じられないのでしょう。
時を経れば、ルドヴィコと同じように第2の故郷として馴染んで行けるようになるのでしょうか?
形は違っているようですが、日本人が進歩という名の下に、便利さに紛れて置き忘れてきた感覚がここでは生きているようです。
怜子もとっくに忘れてしまったこういう感覚を、フッと取り戻したのでしょう。それに怜子は日本人の中でも、けっこうこっちよりかも。

何でも無い欧州の村で流れていく素敵な時間でした。
こういう旅も良いと思うのですが、サキにはちょっと難しいですね。
ルドヴィコのような人も居ないし・・・。
通訳をしてくれる恋人って良いなぁ。

海外流出ですか?
確かに、夕さんやけいさんを始め大損害ですよ。

あ、そうそう、怜子の初々しさ、アルマクがミラクの両親に会いに行った時とはえらい違いですよ。
2018.02.11 12:13 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

怜子は海外旅行どころか、山陰の外も初めてという感じです。京都の大学院の受験はしませんでしたし。
海外に行くのはドキドキ……もしくは、ご挨拶の方に氣をとられて海外の方はあまり考えていないかも。

ルドヴィコは日本で生きて行くつもり満々なので、怜子がイタリアを第二の故郷と思うほど馴染むことはないような(笑)
でも、彼女にとっての海外旅行のあり方は、きっとこの初めての旅行がデフォルトになるでしょうね。
彼女はあまりシャキシャキとしたタイプでもないので、こういうのがいいんじゃないでしょうか。
こういうタイプの日本人じゃないと、きっとルドヴィコとはやっていけないようにも思います。
あまり強調していないけれど、ルドヴィコはけっこう面倒臭いタイプだし(笑)

通訳をしてくれる恋人ですけれど、そりゃ「いたらいいな」でしょうが、やはりあまり頼らない方がいいと思います。
まあ、最終的には頼るってのはありですけど、何でもかんでもその人任せというのは対等な関係とはいえませんし。
恋人がいれば、かなりのスピードで外国語は上手くなりますから、きっと怜子の方もそのうちに義父母とちょっとくらいは話せるようになるでしょう。

怜子とアルマクじゃ違って当然ですよ。
あちらは宇宙の宝みたいな存在じゃないですか。
そういえば、うちの世界に、そういうすごい存在っていないなあ。

海外流出?
まあ、けいさんが海外へ行かれたのは日本にとって流出と言っていいですが、私はねぇ。ははははは(力ない笑いだなあ)

コメントありがとうございました。
2018.02.11 19:39 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
この二人って、夕さん物語の中では相当珍しく、あんまりグルグルしてないような気がするのですが。途切れ途切れの短編だから、そう思えるのかなぁ? もちろん、国際結婚ですから少しくらいの逡巡はあったように思うけれどグルグル度が低い! と思ったりして。二人ともシャイだけれど、ぐるぐるはしない、と。
多分、ふたりともすごく素直なんですよね。まっすぐ何かを見ているというのか。それって、もしかすると、土地柄のあるのかなぁ。あまり気の散る場所がない……
そうそう、イタリア人も日本人も、どの国の人も、みんなやっぱり個々人なのですよね。性質は本当に個人の問題だけれど、レディファーストみたいな習慣というのは育った世界に長年積み重ねられてきたものがあるんですよね。そこが日本人がまねしようにもまねできないもの、きっと逆もあるんだろうなぁ。
着実に前に進んでいる二人。
言葉から紡がれた物語、幸せな二人を満喫しました(*^_^*)

2018.02.12 11:40 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんわ!
私までイタリアに連れて行ってもらったみたいな感覚で読みました。そろそろ次回は結婚かなー、それとも試練が待ち受けているのか。パートナーという形もありますしね。いずれにしろ和菓子屋を切り盛りしていく二人を見守っていきたいと思います。いつも命を吹き込んでくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いします。では!
2018.02.12 12:40 | URL | #- [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

怜子は、あまりこだわりも考えもないタイプなんですよね。
だからこだわりの塊のルドヴィコとうまくいくというか「そういうものなのかな?」的に受け入れてしまうんだと思います。
普通は「そうはいっても、こんな風には暮らせそうもないし」と思うところを自然に「こういうのもいいなあ」と。

氣が散らないというのは大事だと思います。それにルドヴィコは松江で生きて行くつもりなので、怜子は背伸びをする必要がなく安心して居られるのですよね。これをいきなりイタリア移住するといわれたら、もちろんぐるぐるすると思いますよ。

レディファーストに代表されるそれぞれの文化は、理解はできるけれど、簡単には根付かないでしょうね。
日本の文化をすごいと思っても海外では真似できない部分もありますし。
まあ、国際カップルというのは、そういうことを確認しつつ、受け入れつつ、試行錯誤しつつやっていくものなのかなと思ったりしています。

この二人は一年に一度しか書かない割に着実に進んでいますね。
ココうささんの俳句のおかげですね。

コメントありがとうございました。
2018.02.12 22:46 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ストローの句は大丈夫かなと思ったのですが、「点々と」の方の解釈は大丈夫かしらと不安になって書きました。
間違っていたらごめんなさい!

松江で花火を見せてもいいかなと思ったのですけれど、ストローの句を読んでいたら、どうしてもレモンソーダを飲ませたくなってしまいました。

結婚式は、松江で着物を着て!
というイメージはありますけれど、あまり急がずに楽しく書いて行きたいですね。
来年はどんな俳句をいただけるのかなと、今から楽しみにしています。

今年も素晴らしい俳句でのご参加、ありがとうございました!
2018.02.12 22:53 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
わ〜前回のお話、わたしがお休みしている間に掲載されていたものだった。
この機会に前作を拝読できてよかったです^^

さてさて、今回はご挨拶に!
着々と二人の仲は進んでますね。
ここでは比較文化が少し語られてますね。
怜子の視点は一般的な日本人女性の感覚と近くて
一々頷きながら読み進めさせていただきました。

夕さんも前文で感嘆の溜息をついておられますが、
俳句の切り口の鋭さって本当に目を見張るものがありますよね。
言葉を重ねていく小説とはある意味対極にある俳句ですが、
その対極にあるものが見事に融和していてこれもある意味
国際結婚に近いものがあるな〜なんて思いました。

>短夜の夢点々と

もうこの句でも情景が浮かぶようですが、夕さんがさらに
それに物語性と前後関係を加味されてこのような風景に。

そういえば夕さんもこう、ご旅行をされるときは、こうした
何気ない町にじっくり滞在されるスタイルを好まれるとのことでしたが、
ご旅行のスタイルにしても夕さんの書かれる文章にしても
夕さんは本当に「何気ない光景」からいろいろなものを見つめるのが
お上手ですよね。わたしはついつい派手なもの、分かりやすいものに
目を向けがちなので、夕さんのお話しを読んでいると本当に発見が
多いんですよ。
わたしの言葉が拙なすぎて全然伝えきれないのが歯がゆいのですが、
旅行を通して、怜子さんのルドヴィコを心から信頼している様子まで一緒に伝わってきて、優しく深〜い読後感に浸るわたしなのでした。
2018.02.13 03:26 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

この話、年に一度しか進んでいないのですよね。
この時期に、ココうささんが俳句を作ってくださるので進む話です。
でも、一年中連載している誰かさんたちよりも、よっぽどサクサク進むのはなぜ(笑)

書き出した頃は、婚約するなんて夢にも思わなかったのですが、ルドの両親に挨拶っていうか、顔合わせに来ることになりました。
国際カップルなので、比較文化は外せませんね。
もっとも、怜子よりルドのほうがずっと日本文化への造詣も深かったりして。

二人共、高度な日本文化の話をしてしまうと、読者も私もついていけなくなりますが、怜子がわりと普通レベルに降ろしてくれるので書きやすいですね。

ココうささんの俳句は、主宰の方がお選びになるくらい素晴らしいので、この短い中で光景がぱっと浮かび上がるのですよね。
だらだら書いては「ううむ伝わらん」とやっている私とは大違いで、言葉に対する感受性はもっと磨かねばと、毎年思っています。

表現方法は違いますけれど、毎年のコラボ、一つの世界になっていたらいいなと思っています。

さて、旅行スタイルですけれど、連れ合いと行くときは、正にこんな感じの旅です。
彼は観光やショッピングがあまり好きではないので、田舎でぼーっとして、人々と知り合いになってというのがほとんどなのですね。
でも、私は都会で買い物をしたり美術館や建物を見たりもそれなりに好きなので、やつを放置して都会の旅にも行きます。
どちらも好き。もっとも最近は、都会でも無理はしなくなりました。

私の作品傾向、「なんだよ。これ、なにも起こらないじゃん」は、最近どんどんひどくなっているように思います。
なんか、ちまたに溢れている、週に一度ペースで転生したり、地球を救ったりしている世界に対して、若干意固地になっているんじゃないかと思います。スーパーイケメンや超能力者や世界の救世主でなくても物語は進む、みたいなこだわりが強くなっているんですが、冷静に考えると「それ、面白いのか? 面白いわけないよな」と(笑)

そんな中でも、ルドは少し滑稽なくらい日本オタクな設定ですかね。平坦になりすぎるのを避けるために、そのあたりをもう少し強調して行こうかなと思っています。で、大好きな松江の町で二人とその周りの人達の物語がゆったりと進んだらいいなあと思っています。

またこの二人を応援していただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2018.02.13 22:11 | URL | #9yMhI49k [edit]

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