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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】樋水龍神縁起 東国放浪記 望粥の鍋

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第六弾です。もぐらさんは、オリジナル作品の朗読で参加してくださいました。ありがとうございます!

もぐらさんの朗読してくださった作品『割れた土鍋』

もぐらさんは、オリジナル作品、青空文庫に入っている作品、そして創作ブロガーさんたちの作品を朗読して発表する活動をなさっているブロガーさんです。お一人、もしくはお二人で作品を朗読なさるのですが、会話文や地の文を見事に読み分けていらっしゃるのには、いつも感心しています。

今年もオリジナルの「貧乏神」シリーズでご参加くださいました。日本の民話をアレンジなさった素敵な作品です。聴き終わるとほっこりするとてもいいお話です。

で、お返しですけれど、去年と同じく「樋水龍神縁起 東国放浪記」の話で行くことにしました。他のものにしても良かったのですが、せっかくの土鍋と小豆粥の話を使いたくて。ただし、貧乏神の話を続けるのは無理があったので、今回は窮鬼(貧乏神)の話題は出して居ません。そのかわりに、前回の窮鬼の件を受けて、春昌が少し特別な神様のことについて語るシーンを挟みました。で、ちょっと暗いです。すみません。

それに、こんどこそ短くしようと思ったんですけれど……。千字くらいは減っていますが、もぐらさん、本当にごめんなさい!


【参考】
「樋水龍神縁起 東国放浪記」をまとめて読む 「樋水龍神縁起 東国放浪記」
樋水の媛巫女

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樋水龍神縁起 東国放浪記 望粥の鍋
——Special thanks to Mogura-san


 歳が明けた。出雲国いずものくにを離れてから幾度めの年越しであったことか。次郎はもう数えるのをやめていた。どこで年越しをしても、人は新しい年の安寧と幸を願う。それが叶えられることもあるし、そうでないこともある。それでも、新年にはやはり同じ願いを持つ。次郎も同じであった。だが、彼の主人がそれを願っているのか、彼にはわからなかった。

 この旅には行く末がなかった。主人は出雲国とみやこから落ちてゆくのみ、彼を待つ地はない。彷徨う運命さだめに終わりもなかった。

 谷は雪が深く出立がかなわぬので、数日逗留している百姓の家に今宵も引き続き泊めてもらう他はないようだった。今日は十五日「もちの日」で小さな祠のある井戸の傍で村人たちが大きな焚き火を用意して望粥もちがゆを炊くのだと聞いていた。

「春昌様」
「どうした、次郎」
「村の衆が困っているようでございます。望粥を炊くのに使っている大きな土鍋が水漏れするとか、このまま炊いたら割れてしまうのではないかと……小正月に鍋が割れるようなことがあってはならないと」

 春昌は、次郎と共に井戸の側へ行った。村の衆がガヤガヤと騒いでいたが、百姓の家に都の陰陽師が逗留していることは伝わっていたので、だれもが敬意を表して道を開けた。

 彼は村長の息子に言った。
「こちらに見せてごらんなさい」

 男は素直にその非常に大きな土鍋を持って来た。見れば底にわずかにひびが入っているが、さほど大きくはなかった。

 春昌は薄紙に不思議な文様の霊符を一筆で書き鍋底に置くと、小さな声でまじないを呟いた。それから霊符を取り、焚き火で燃やした。
「これでよい。次にここではなく誰ぞかの家の竃で、少しずつでよいので二度ほど米を炊きなさい。火にかける前に外側の底が濡れていないかだけをよく確かめるように」

 二人が逗留している家の娘が言われたままに二回ほど米を炊くと、誠に鍋の水漏れはしなくなった。次郎はたいそう驚いた。

 そうしている間に、夕刻が迫って大鍋は再び祠のところへ運ばれ、村の若衆たちが大量の粥を炊き出した。

 この村には僧もいなければ修験者もいない。例年は祠に粥を供えて新年の祈念を行う村長が、今年は安達様にしていただきたいと伏して願ったので、大祓詞おおはらえのことばを奏上して新年の村の安寧と福を祈念した。

 こうして清められ神に供えられた後に、望粥は村人たちに配られた。赤く色づいた小豆粥を春昌と次郎も受け取った。

 次郎は、小豆と米だけであることに驚いた。正月の望の日には小豆だけではなく粟、黍、胡麻など七種の穀物を入れて炊くものだと思っていたから。彼が郎等として仕えていたのは奥出雲の由緒ある神社であったので、仕える者たちも当然のごとく延喜式に則った望粥を口にしていたのだ。七種の入っていない望粥は食べたことがなかったので、彼は少し不安になった。

「小豆と米だけでよろしいのでしょうか」
次郎が小声で訊くと、春昌はやはり小声で答えた。
「この村人たちを見るがよい。おそらく何十年も小豆と米だけで無病息災を祈ってきたのだ。それでも神はその願いを叶えているではないか。大切なのは祈る心だ。形式ではない」

 次郎は、その言葉に安堵して、粥を口にした。彼は樋水龍王神社で彼が日々食していたものが贅沢だと思ったことはなかった。だが、春昌との旅で、多くの民の生活を目の当たりにし、それまでの生活が恵まれていたのだと知った。延喜式に則った生活など、多くの民はできない。それでも、民は風雪や飢饉や疫病に耐え、安寧と福を願い、生き続けている。それは多くの人々に踏まれつつも道に育つ野の花のような強さだった。

 やがて、村の若い男衆たちの一人が、土鍋のところに置いてあった粥かき棒を手に取った。そして、固まって粥を食べつつ話している娘たちのうちの一人の後に回り、パンと粥かき棒で腰を打った。

「きゃあ!」
娘は飛び上がり、それを見て若いものたちは笑った。それから、粥かき棒は他の若い衆の手に渡り、また別の娘の腰が狙われた。娘たちは痛いので打たれないように、後ろを氣にしているが、その隙をついて娘の腰を打つことに若い衆たちは夢中になっていた。

「あれは何をしているのでございますか」
次郎が百姓に問うと、老いた男は楽しそうに答えた。
「望粥を炊いた粥かき棒で、娘の後を打つとよい子が生まれるのですよ」

 次郎はそのような話は今迄聞いたこともなかった。地方によっておのおの信じられていることは違うものだ。なるほどと見ていると、その内に娘の腰だけではなく若い衆同士でも打ち合っている。正月の終わりの楽しい遊びでもあるのだろう。

 その夜、次郎は春昌に祠で行った神事について訊いた。春昌が旅の途上で民に請われて行う神事や祓いは、樋水龍王神社の御巫みかんなぎ瑠璃媛のしていた清祓きよはらえや神事と同じこともあったが、まったく違うものもあった。

「今日のは、媛の行ったものと変わりなかったであろう」
「さようでございますね。大祓詞を久しぶりに耳にいたしました」
それから、少し言葉を切った。訊いていいのか戸惑った。

「春昌様」
「なんだ、次郎」
「大祓詞のあとに宣われたのは、なんでございますか」

 春昌は、次郎を頼もしそうに眺めた。
「氣がついたのか。さすが媛巫女に長らくお仕えしていた郎等だな」
「ありがとう存じます」
「媛巫女が宣われたのを聞いたことはないか」
「一度だけございます。重く患われた皇子様をお癒しになられた時に」

 春昌は頷いた。
「あれは天津祝詞太祝詞事あまつのりとのふとのりとごとだ。格式の高い神社と禁裏にのみ伝わる秘儀」
「そのような特別な秘儀を、このような村で」
次郎は腰を抜かさんばかりに驚いた。

「彼らには普通の祝詞との違いはわかるまい。そなたもそうであろうが、一度や二度耳にしただけでは憶えられぬのだ」
「さほどにこの村には穢れがあったのでこざいますか」

 春昌は僅かの間、答えずに瞼を閉じた。
「禊を必要としているのは、この地や村人ではない」
次郎は、はっとした。

 春昌は瞼を開けた。その瞳は優しい光を宿していた。
「次郎。禍津日神まがついのかみとはどのような神であるか知っているか」
「黄泉から戻られた伊邪那岐尊が禊を行って穢れを祓ったときに、その穢れから生まれた神様だと伺いました。また、この神がもたらす禍を直すために生まれたのが直毘神なおびのかみであると」

 春昌は頷いた。
「それでは、なぜそのように災いをもたらす存在が神として崇められているのか」
次郎は首を傾げた。そのような疑問を持ったことがなかった。

「禍津日神そのものが悪や穢れをもたらすではない。我々が日々の暮らしの中で、災いや穢れに接すると、怒り、憎しみ、それに対して荒ぶる心が起きる。この心の動きこそ禍津日神の分霊によるものなのだ。そして、心の安寧のために、荒ぶった心を鎮めるのに直毘神の助けが必要なのだ。禊や祓いは、その直毘神の役割を助ける。民は直毘神を必要としつづけているから、祓えや禊が必要になる。媛のように穢れなく、鎮め清める力をお持ちのお方も」

「春昌様」
「己の荒魂あらみたまをすら鎮めることのできぬ私が、民や大地の禊をするとは笑止の極みだが、世話になった民の無病息災を願い、豊饒を願うことくらいは龍王さまもお許しくださるであろう」

 次郎は、遠くを眺める主人の横顔をじっと見つめた。自分は、稀代の御巫にお仕えしていたが多くを学ばなかった。そして、旅の途上で同じものを見ても、この主人の半分もこの世やかの世の理りを感じてはいないのだと。だが、だからこそ、彼の心は主人のそれほど痛まずにいるのだ。同様に神の国の深淵など何も知らずに、娘の腰を打って笑ったり、鍋のひび割れを心配している民の一人である方が、生きやすいのかもしれない。

 不意に思い出した。
「ところで、あの土鍋の水漏れを塞いだのは、なんという呪法なのでございますか」

 春昌は笑った。
「あれは呪法ではない。ただの繕いだ。土鍋のわずかなひびは、米を炊くことで塞がるのだ」

(初出:2018年1月 書き下ろし)

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