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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】君と過ごす素敵な朝

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

今日は「十二ヶ月の情景」二月分をお送りします。毎月ある情景を切り取った形で掌編を作っています。三月以降は、みなさまからのリクエストに基づき作品を書いていきます。まだリクエスト枠が三つ残っていますので、まだの方でご希望があればこちらからぞうぞ。


月刊・Stella ステルラ 2、3月号参加 連載小説 stella white12
「月刊Stella」は小説、イラスト、詩等で参加するWEB月刊誌です。上のタグをクリックすると最新号に飛びます。


今日の小説は、ユズキさんの30000Hit記念キリ番リクエストに応募して描いていただいたイラストに合わせて書いてみました。

レネ&ヤスミン by ユズキさん
このイラストの著作権はユズキさんにあります。無断転用は固くお断りします。

お願いしたのは「大道芸人たち Artistas callejeros」の主人公の一人レネとその恋人のヤスミンです。せっかくなので、この幸せな情景は幸せな日に合わせて発表したくなりました。

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【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は当ブログで連載している長編小説です。第一部は完結済みで、第二部のチャプター1を公開しています。興味のある方は下のリンクからどうぞ


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あらすじと登場人物




大道芸人たち・外伝
君と過ごす素敵な朝


 柔らかい光が窓から差し込むようになった。外を歩くにはまだ分厚いコートが必要だけれど、昼の長さは日に日に増えてきて、春が近づいていることを知らせてくれる。

 昨夜の狂騒が嘘のように静かな朝、いつもよりもゆったりとした時間を過ごすことができてヤスミンは嬉しかった。

 昨夜は、『肥えた火曜日マルディ・グラ』だった。ヤスミンはフランス語にはあまり造詣が深くないけれど、この言葉だけはフランス語でいうほうがしっくりくる。ましてや、彼女と一緒にその騒がしい宵を共に過ごしたレネはフランス人だ。

 今日は『灰の水曜日』。ヤスミンが子供の頃に行った教会の礼拝では、灰を信者の額につけて「人は灰から生まれて灰に帰る」と聖職者に言われた。この儀式はカトリックはどこでも、プロテスタントでもルター派などではやるらしいが、ティーンになってからは教会に全然通わなくなったヤスミンは、あまり儀式に興味はなかった。わかっていることは、キリスト教では本来、この日から復活祭前の四十日間の潔斎が始まることだ。「本来」というのは、今どき四十日間、肉をまったく口にしないドイツ人には滅多に会えないからだ。

 でも、「それだけ長い間、節制をしいられるならその前に飲んで食べて騒ごう」という趣旨で生まれた祝祭『謝肉祭ファスナハト』は、未だにしっかりと根付いていて、その最終日である昨夜は、街のあちこちでとんでもないどんちゃん騒ぎが繰り広げられたのだ。
 
 『謝肉祭ファスナハト』は、十一月に始まる。つまり、クリスマス前からだ。仮装をして社会風刺のコントや歌やバンド演奏の繰り広げられる舞台を観に行く人達がいる。ここ数週間は、あちこちで仮装したパレードがあった。沿道にはビールやグリューワインやカリーヴルストの屋台が立った。

 石畳を音を立てて歩き回り、飲んで食べて騒ぐ宵。冬の憂鬱を吹き飛ばすいつもの楽しみだけれど、今年は格別楽しかった。レネが来ていたから。

 レネは、以前よりはミュンヘンにいることが多くなったとはいえ、この時期にドイツにいることは少なかった。なんといってもドイツの冬は大道芸には厳しすぎるのだ。彼は、南フランスのブドウ農家の息子で、家業を手伝う時期以外は、仲間とヨーロッパ中を旅する生活をしている。

 レネと出会ったのは、一年ほど前だ。彼女は美容師として働く傍ら、劇団『カーター・マレーシュ』のボランティアをしていて、元団員のヴィルを父親の元から逃す協力を依頼してきた彼らと意氣投合したのだ。

 そのヴィルは結局亡くなった父親の跡を継いだので、大道芸人の仲間たち《Artistas callejeros》はミュンヘンの館に滞在することが多くなった。そういう時には、レネは必ずヤスミンの住むアウグスブルグに寄って一緒に時間を過ごしてくれる。二人が会える機会はたくさんないけれど、その分、密度の濃い実りある時間を過ごしていた。
 
 ヤスミンが目を覚ましたのは、よく通る犬の鳴き声が響いたからだ。夢の中で、彼女はそれをレネの歌声に似ていると思った。彼は大道芸やステージの時以外は、恥ずかしがって滅多に歌わないのだが、子供の時から教会の聖歌隊に加わっていたとかで、とても明るい素敵なテノールなのだ。

 起き上がって、ぼんやりと「ああ、あれはハチだ」と思った。この一週間、旅行に出かけた友人から預かっている飼い犬だ。それから、不意に思い出した。今朝はハチだけでなく、レネも一緒にいることを。あら、彼はどこ?

「しっ。静かに。ヤスミンが起きてしまうよ」
レネは、覚えたてのドイツ語で犬に語りかけていた。キッチンに入っていこうとしていたヤスミンは、彼の優しさと尻尾をふって応えるハチの愛らしさに嬉しくなって微笑んだ。
「おはよう、レネ。おはよう、ハチ」

 ハチは思い切り尻尾を振って見せたが、レネの顔もそれに劣らず喜びに満ちていた。残念ながらフランス人には振る尻尾がなかったのだが。
「おはよう。ヤスミン。すぐに朝ごはんができるよ」

「いい匂いね。朝食を作ってもらうなんてなん年ぶりかしら」
煎りたてのコーヒーと卵料理の湯氣、それに焼きたてのパンの香ばしさ。

「君の口に合うといいな。あ、コーヒーは熱いから、氣をつけて。君はブラックだったよね」
レネは二つのマグカップを持ってきた。自分の分は砂糖とミルクがたっぷり入っている。ヤスミンが不思議に思う事の一つに、レネは甘いものに目がないのだが、全く太らないのだ。どうなっているんだろう。

「あ、フォークが出てないね。ごめん、ちょっと待ってて」
そう言うレネに彼女は言った。
「フォークなんてなくて大丈夫よ。パンに挟んじゃうもの。それより冷めないうちに食べましょう」

 レネは「うん」と言ってちらっとあと一つしかない椅子を眺めた。その視線を追ってヤスミンは思わず吹き出した。いつの間にかハチが椅子に座っているのだ。

「ダメよ、ハチ。レネがいない時は、特別にそこに座ってもいけれど、今は遠慮して。そこはレネの特等席なんだから」
ヤスミンに言われて、ハチは大人しく降りた。レネは嬉しくなった。ヤスミンのホームの特等席に座れているのだ。

「ハチって、変わった名前だね」
彼は、犬を見つめた。賢しこそうな中型犬だ。

「日本の名前みたいよ。どういう意味なのかわからないけれど。飼い主は、しばらく日本で暮らしていて、去年こちらに帰ってきたの。それで、向こうで飼っていた犬と別れたくなかったから連れてきたんですって。とっても飼い主に忠実な賢い種類らしいわ」
「へえ。そうなんだ。パピヨンに意味を訊いておくよ。僕、犬は大好きなんだ。アビニヨンの両親の家でもずっと犬を飼っていたからね」

「自分で飼いたいと思う?」
ヤスミンは訊いた。
「飼えるものならね。今の生活だと難しいけれど」
彼は肩をすくめた。

「私も犬は好きよ。でも、こんな街中のアパートメントじゃダメよね。広い庭があって、犬が走り回れるような環境のところに住んでみたいなあ」

 レネの頭の中では、実家の葡萄園の広い敷地をヤスミンとハチが駆け回っている。完全なる希望的観測による光景だ。

 その妄想のために彼がしばらく黙っていたので、彼女はその間に窓際に目を移した。置かれた花瓶にピンクのチューリップの花束が活けられている。あれ? 昨日まではなかったのに、どこから来たの?
「これ、どうしたの?」

 レネは、我に返った。そして、彼女が花のことを言っているのがわかると、嬉しそうに笑った。
「さっきパンと一緒に買ってきたんだ。今日はどうしても君に贈りたかったから」

「今日?」
彼女は首をかしげた。昨夜が『肥えた火曜日マルディ・グラ』だから今日は四旬節の始まり。『灰の水曜日』に花? あっ!
「やだ。今日は二月十四日だったわ」

 ローマの時代にまでその起源を遡る恋人たちの誓いの日なのだ。ヤスミンはすっかり忘れていたけれど。
「その通り! 『聖ヴァレンタイン・デー』、おめでとう」
「ありがとう。レネ。この日にあなたといられるのって、本当にラッキーよね」

彼は、恥ずかしそうに言った。
「君に会える時は、いつも聖ヴァレンタイン・デーみたいな氣がするけれどね」

「そういう風に言ってくれるレネ、大好きよ!」
ヤスミンは、彼の頬にキスをした。

 真っ赤になっている彼をみて、ハチは「ワン!」と日本風に吠えて、尻尾を振った。

(初出:2018年2月 書き下ろし)

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