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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】未来の弾き手のために

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。


scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第十五弾、最後の作品です。大海彩洋さんは、『ピアニスト慎一』シリーズ作品で参加してくださいました。ありがとうございます!

彩洋さんの書いてくださった短編 『【ピアニスト・慎一シリーズ】 What a Wonderful World』

大海彩洋さんは、ライフワークである「真シリーズ」をはじめとして、精密かつ重厚な小説を書かれるブロガーさんです。とてもお忙しくて、特に今年は予期せぬ事態があったにもかかわらず、睡眠時間を削っても、妥協しないすばらしい作品を書いてくださいました。

ピアニスト相川慎一のでてくるお話は、彩洋さんの書いていらっしゃる壮大な大河ドラマの一つなのですけれど、ブログを通してのお付き合いで発表のきっかけというのか、そう言ったご縁が多いせいか、私が特に注目しているシリーズでもあるのです。クラッシック音楽の素人一ファンとして、このシリーズに書かれる音楽の話は本当に興味が尽きませんし、私にはこんなに書けないけれどその分音楽を読む楽しみをいつも与えてくれる物語です。

今回は、その慎一の人生のターニングポイントとも言える一シーンをバルセロナを舞台に書いてくださったのですが、その背景にうちのチャラチャラした面々がちゃっかりと注目を浴びていて、申し訳ないやら、何やってんだあんたたち、という状態でした。ま、みんな仕事しているからいいのか。

お返しは、舞台をウィーンに移して書いてみました。ほら、リアルの私が先週そこから帰って来たばかりだし、それにお借りするあるキャラクターの本拠地ですから。そして、ご指名なので、うちの六人全員を無理やり登場させました。今回は、仕事しているのは一人だけです。最もチャラい奴だけが働いているのって(笑)

今日どうしても発表したかったのは、本日が彩洋さんのお誕生日だから。Happy Birthday, 彩洋さん。創作にも、リアルライフにも実り多くて幸せな一年になりますように!


【参考】
「大道芸人たち Artistas callejeros」を読む「大道芸人たち Artistas callejeros」第一部(完結)
あらすじと登場人物

「大道芸人たち 第二部」をはじめから読む「大道芸人たち Artistas callejeros」第二部
あらすじと登場人物


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大道芸人たち・外伝
未来の弾き手のために
——Special thanks to Oomi Sayo san


 あまり高い席は用意しないでくれと釘を刺されていたので、どんな服装でくるのかと思ったが、杞憂だったな。結城拓人はドイツ人のスーツ姿を見て思った。蝶ネクタイではないが、紺のスーツの生地は一目でわかる上質さで、仕立て具合を見れば明らかにオーダーメードだとわかる。

 拓人が招聘されてウィーンのコンツェルトハウスで演奏することになったのは、ヨーゼフ・マルクスの『ロマンティックピアノ協奏曲』だった。ウィーンで何世紀にも渡り内外の名だたる大作曲家たちが活躍したためか、祖国ですら存在をあまり知られなくなったオーストリアの作曲家の作品だ。客を集めにくい作曲家の作品であるだけではなく、ピアニストに驚異的なテクニックを要求するために、この作品が演奏されることは滅多にない。拓人にとっても初めての挑戦だった。

 かなり図太い神経を持つと自他共に認める彼ですら、この数カ月は胃が痛くなる様な思いをしたが、その甲斐あってまずまずと言っていい演奏をすることができた。普段、日本で当然のように受ける取り巻きたちからの熱烈な喝采と違い、下手な演奏には容赦ないウィーンっ子たちからアンコールを要求されたのだ。彼にとっては枕を高くして眠ることのできる成功だった。

 彼の親しい友人であるドイツ人、エッシェンドルフ男爵が今日この場に来て聴いてくれたのは、彼の精神状態を心配して力付けようとしたわけではない。そうしようとしてくれたのは、彼の再従妹はとこである園城真耶とドイツ人の三人の仲間たちで、彼らはもうホールを出て後で落ち合う予定のワインケラーへと向かっている。三人はドレスコードに悩まされるのが嫌なので、カテゴリー6の席を希望した。

 真耶と共にカテゴリー2の席に座り、さらにわざわざ終演後に拓人とともにロビーで待ち合わせたのはヴィルだけだったが、それはどうしても紹介して欲しい人がいたからだ。

「すまないな、拓人。無理を言って」
「別に無理でもないさ。僕にできるのは引き合わせることだけ。引き受けてもらえるかどうかはわからないんだから。でも、噂で聞いたほど難しい男ではないと思うけれどな。まあ、氣軽に頼めるとはいえないけれど。今回の調律をしてくれたのは、僕の音楽をお氣に召したわけではないと思うから」

「というと?」
「忘れられたオーストリアの作曲家の名作に再びスポットを当てる手伝いをしたいという男氣がひとつだろうな。そして、もう一つの幸運は僕が日本人ピアニストだったってことかな。彼はある日本人ピアニストの才能に惚れ込んでいて、その縁でハードルを一つ低くしてもらえたってわけだ。おかげで、こちらは『あのシュナイダー氏に調律してもらえる幸運』をお守りに本番に臨めたってわけだ」

「なんの慰めにもならないな。俺はドイツ人だ。しかもまともなピアニストですらない」
そうヴィルが言うと、拓人は魅力的に笑いながら言った。
「だが、お前には父上の遺言という切り札があるじゃないか。ダメ元で頼んでみろよ」

 そう話している間に、への字口をした老人が姿を見せた。かろうじて背広といってもいい上着を身に付けているが、シャンデリアの輝くホールでは多少場違いに見えた。だが、そんなことはおそらく誰も氣にしないだろう。その険しい顔を見ると、すれ違うものは自分が悪いことをしている心持ちになり、目をそらしてしまう。

 拓人はヴィルの腕を取り、急いで彼の方に歩いて行った。
「シュナイダーさん! 今日の演奏を素晴らしいものにしてくださった喜びは、言いつくせません。なんとお礼を言っていいのか」

 拓人の謝辞を遮るように老人は手を眼の前にあげた。「お世辞なぞたくさん、さっさと用を言え」とでもいいたげに。拓人は肩をすくめて、ヴィルを示した。
「ご紹介します。友人のアーデルベルト・フォン・エッシェンドルフ男爵です。先日亡くなったミュンヘンのエッシェンドルフ教授の子息です」

 老人はじっとヴィルを眺めた。ドイツ人は、愛想のいい拓人と違いほとんど無表情だった。まっすぐに老人を見て、敬意のこもった声で「はじめまして」と言った。シュナイダー老人は十分に観察をすると口を開いた。
「父上の若い頃に似ているな。ピアノを弾く息子のことは聴いていたよ。だが、音楽はやめたんだろう。もう俺の調律は必要なくなったと父上は連絡してきたが」

 それでは、父親があのベーゼンドルファーの調律をもうこの男には頼まなくなったのは、彼が音楽をやめてあの館に足を踏み入れなくなってからなのか。父親は、彼を抱きしめることもなく、共に夢を語ることもなかった。だが、彼のために可能な全ての手を尽くしてバックアップしようとしていたのだ。

 急死した父親に代り、先祖代々の領地と館と爵位を引き継いだヴィルは、かつて彼が知っていた音とは違う音を出すベーゼンドルファーを元の状態にしたかった。父親が秘書であるマイヤーホフに残していた指示の一つが、長らく連絡の取れない状態になっている著名な調律師を探し出すことだった。

 ウィーンのコンツェルトハウスで演奏することになった拓人と電話で話していた時に、無理だと諦めていた調律師が仕事を引き受けてくれたという話題になった。それが件のシュナイダー氏だと知ったヴィルはすぐにここにくることを決めていた。

「その通りです。私は父の元を離れて生きるつもりでした。そして実際に何年もあのピアノに触れませんでした。今、私が触れるあのピアノは、もはや私が何よりも愛したエッシェンドルフのピアノとは違う存在になってしまっている。亡くなる直前まで父もずっとあなたを探していた。あなたが今日の調律をすると聞き、飛んで来ました。もう一度あのピアノを蘇らせていただけないだろうか」

 老人は首を振った。
「諦めてくれ。こっちはこの歳だ。残された時間はさほどない。その時間の全てを捧げたいと思う弾き手のためにしか調律はしない。ましてや弾かないピアノのためにミュンヘンまで行くような時間はない」

 拓人は思わず口を挟んだ。
「シュナイダーさん、彼はピアノをやめてはいません。コンサートピアニストではありませんが……」

 ヴィルは、その拓人を制した。
「いや、拓人。シュナイダーさんは正しい。あのベーゼンドルファーは、ふさわしい弾き手を持っていない。かつてこの方に調律してもらっていたこと自体がおこがましかったんだ」

 老人は、拓人に訊いた。
「お前さんは、この男の腕をどう思う」
「彼は、僕の音楽の同志です。表現する世界と方法は違いますが、同じものを目指していると断言できる数少ない音楽家の一人だと思っています」
拓人は迷わずに答えた。ヴィルは少し驚いた。拓人がそこまで認めてくれているとは知らなかったから。

 老人は「ふん」と言った。それからもう一つの問いを発した。
「この男の耳はどうだ」

 拓人は怪訝な顔をした。
「耳ですか? 確かだと思っていますが、なぜですか」

 老人は、ヴィルをじっと見つめて口を開いた。
「この世には、最高の腕を持つ弾き手がいる。そして、最高傑作である楽器がある。残念ながらその二つが同時に存在することは稀だ。あのベーゼンドルファーは、金持のサロンの飾りであるべきではない。あんたは父上の跡を継いで、あの楽器と有り余る金を手にした。もし、あんたの手に余っているのなら、俺はあんたに聞いて欲しいことがある」

* * *
 

 拓人と真耶が滞在しているホテルから五十メートルほど先に、そのワインケラーはある。どっしりとした表構えの店は十七世紀の創業で、地下へ降りて行く階段の手すりなどにも時代を感じる。暖かい照明とガヤガヤとした混み方は、天井が高くて豪華絢爛なコンツェルトハウスの堅苦しい様式美とは打って変わり、落ち着き楽しい。

「ようやく来たのね。もう結構飲んじゃったわよ」
蝶子が、奥の席から手を振った。隣に座る真耶はあっさりとしたワンピースに着替えていた。そうすることでめずらしくブレザーと開襟のシャツを着ている稔やレネとほぼ同じレベルの服装になっていた。拓人はホテルで急いで着替えて来たので、やはり砕けている。ヴィルは上着を椅子にかけてネクタイを外した。

「まず乾杯しなくちゃ。大成功、おめでとう!」
拓人は、仲間と次々とグラスを重ね、ビールを一口飲むとようやく緊張が解けて笑顔になった。

「海外でのコンチェルト、初めてじゃないんだろう? いつもと違うのか?」
稔が不思議そうに訊いた。

「確かにすごい曲だけど、結城さんは普段リストもラフマニノフも楽々と弾いているから、そんなにピリピリすることがあるなんて意外よね。例の後援会のおばさま方が付いてくるのはいつものことだろうけれど、真耶まで応援に来るのって珍しくない?」
蝶子も続けた。

「だって、こんなに青くなって練習している拓人、もう何年も見たことなかったんだもの。マルクスのコンチェルトは日本ではまずやらないし、どうしても本番を聴きたくなって。どちらにしてもミュンヘンでの休暇は決まっていたし、ちょうどいいじゃない?」
真耶はニッコリと笑った。

「う。確かに余裕はなかったな。準備は十分にしてきたのに、先週の始めに通しで弾いた時に途中で真っ白になって、死ぬかと思った」
拓人は、ビールをぐいっと飲んだ。

「デートも全部断ったって、本当?」
蝶子が面白そうに訊いたので、拓人は真耶を睨んだ。

「本当のことでしょう」
「デートどころじゃなかったからね。あんなに大変な曲なのに、問題はそうは聴こえないってことなんだ」

 レネは不思議そうに言った。
「どうしてですか。僕はピアノのことは素人ですけれど、見ているだけでわかりましたよ。ものすごくテクニックを必要とされるんだろうなって。そう思わない人がいるんでしょうか」

 稔がハーブ塩のかかったフライドポテトをつつきながら言った。
「あの豪華絢爛なオーケストレーションがわかり易すぎるのかなあ」
「どういうこと?」

「ベートーヴェンやチャイコフスキーだといかにもクラッシックって感じがするけれど、今日のはなんだか映画音楽みたいに軽やかに思えるメロディでさ」
「ああ、そうか。たしかに聴いていて心地いいメロディが多かったですね」

「弾いている方は、難関の連続で、心地いいどころじゃないか」
ヴィルは二杯目のビールを飲んでいる。

 拓人は大きく頷いた。
「しかも、作曲家が知られていないとなると、演奏会をしても客が入るか心配だろう。ますます誰も弾きたがらなくなって、ほとんど演奏されることがいない。いい曲なのに残念だよな」

「じゃあ、敢えてそのとんでもない挑戦をした拓人に、もう一度乾杯!」
六人はグラスを合わせて笑いながら立ち上がった。
「『ロマンティックピアノ協奏曲』を世に広める、拓人と未来の弾き手たちのために!」

 座って飲みながら蝶子がヴィルに訊いた。
「そういえば、もう一つのトライはどうなったの?」

「断られたよ」
ヴィルは肩をすくめた。
「ダメだったんですか?」
レネが驚きの声を出した。

「完全に断られたわけじゃないだろう」
拓人が言った。
「どういうこと?」
四人は拓人とヴィルを代わる代わる見た。

「一度エッシェンドルフに来てくれるそうだ」
「じゃあ、断られていないんじゃない」
真耶は首をかしげる。

「彼の下で学んだことのある若い調律師を連れてくるそうだ。そして、俺が納得したら、今後彼に頼んで欲しいと言われた」
「本人じゃなくて?」

「一度だけの調律ではなくて、しょっちゅうすることになるだろうから。その調律師はバーゼルに住んでいるので、ウィーンよりは近い。シュナイダー氏のように有名ではないから定期的に来てもらうことができる」
「シュナイダーさんと正反対で、若くてチャラチャラした性格らしいけれど、腕は彼が保証するというくらいだから確かなんだろうと思うよ」

「でも、どうして定期的に調律が必要だなんていうの? そりゃ、一度っきりというわけにはいかないけれど……」
蝶子は首を傾げた。

 ヴィルと拓人は顔を見合わせて頷いた。それからヴィルが口を開いた。
「あのサロンとベーゼンドルファーを、才能があるけれど機会の少ない音楽家たちに解放していこうと思うんだ」

「へえ……」
四人は、グラスを置いて二人の顔を見た。拓人が肩をすくめた。

「シュナイダーさんは、ヴィルに弾き手としてだけでなく、後援者としての役割を期待していると言っていた。今は、以前ほどクラッシック音楽に理解のある後援者がたくさんいるわけではないし、各種奨学金制度もサロン的な役割まではしてくれないからな」

 拓人の言葉にヴィルは頷いた。

「俺が、エッシェンドルフを継ごうと思った理由の一つが、あんたたちの音楽を道端の小遣い稼ぎだけで終わらせたくないことだと言っただろう。あの館を中心にこれまでとは違う活動をするなら、少し範囲を広げていろいろな音楽家たちをバックアップすることも悪くないんじゃないかと思ったんだ。あんたたちはどう思う?」

「賛成よ。あのサロンなら、室内楽の演奏会も問題なくできるわ」
蝶子が言った。

「そういうのの手伝いをするっていうことなら、穀潰しの俺らも、あそこにいる間になんかの役に立つかもしれないよな」
稔の言葉にレネも大きく頷いた。

 真耶がすかさず続けた。
「機会があったら、私たちも混ぜてもらいましょうよ、拓人」
「そうだな。悪くない。休暇がてらに滞在して、何か一緒に弾いたりしてさ」

「休暇といえば、今回、結城さんもエッシェンドルフに来ればいいのに」
蝶子が言うと、拓人は残念そうに答えた。
「そうしたいのは山々だけれど、来週の頭から大阪公演なんだ。ちくしょう、いいなあ、真耶。マネージメントに文句いってやる。なんで僕だけこんなに働かされるんだ」

 一同は楽しく笑った。ウィーンの古いワインケラーで旧交を温める若い仲間たちは、自らとまだ見ぬ未来の若い音楽家のために、熱い夢を語りつつ何度もグラスを重ねた。

(初出:2018年3月 書き下ろし)


追記


拓人が弾いたという設定のマルクスのロマンティックピアノ協奏曲は、こんな曲です。
この曲を見つけた時には驚愕しました。華やかで、なんだか少し浮ついていて、さらに実は超難解だというあたり、こんなに結城拓人のイメージに近い曲が偶然見つかるなんて超ラッキー。そんな事を考えている私はそうとうイタい作者だという自覚くらいはありますよ。

Joseph Marx - Romantic Piano Concerto in E-major (1920)


そして、聴きまくるために私がiTunesストアにて購入したのはこちらです。マルカンドレ・アムランの名演ですよ。これが家にいて14フランで買える世の中っていいですねー。お店で探したらどんなに大変か……。本当はヨーゼフ・マルクスの『ロマンティックピアノ協奏曲』だけ買いたかったのですが、敵もさる者で、この三曲はアルバムごとじゃないと買えませんでした(笑)
Korngold & Marx: Piano Concertos
Korngold & Marx: Piano Concertos
Marc-André Hamelin, BBC Scottish Symphony Orchestra
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