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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】あの時とおなじ美しい海

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

scriviamo!


「scriviamo! 2018」の第十二弾です。TOM-Fさんは、『天文部シリーズ』とうちの「ニューヨークの異邦人たち」シリーズのコラボ作品で参加してくださいました。ありがとうございます!

TOM-Fさんの書いてくださった 『この星空の向こうに Sign05.ライラ・ハープスター』 

TOM-Fさんは、胸キュンのツイッター小説、日本古代史からハイファンタジーまで 幅広い小説を書かれるブログのお友だちです。現在メインで連載なさっているのは、フィジックス・エンターテイメント『エヴェレットの世界』。ロー・ファンタジー大作『フェアリーテイルズ・オブ・エーデルワイス』と、ハートフルな『この星空の向こうに』の両方の登場人物が集合し、物理学の世界でただならぬ何か(?)が起こるお話。スタートしたばかりですが、既に目の離せない展開で続きが待ち遠しいです。

今回コラボで書いていただいたのは、その『エヴェレットの世界』の主役の一人でもある綾乃が案内役となって『天文部シリーズ』のもう一人のヒロインである詩織とある絵のオリジンを探してニューヨークのロングアイランドを訪れるという美しくて哀しいお話。で、最後に絵を置いていってくださったのが、うちの「郷愁の丘」でヒロインジョルジアが入り浸っている《Sunrise Diner》という大衆食堂です。

さて、お返しですが、その絵と絵を描いたケン・リィアン氏をお借りしました。TOM-Fさんに設定を教えていただいたのですが、この方は日本人でTOM-Fさんの作品に既にでてきている辛い過去を持つ男性です。従って、絵に描かれている女性は、そのお話に出てくる亡くなった女性ではないかと思いつつ、この話を書かせていただきました。

こちらで登場するのは「郷愁の丘」の前作「ファインダーの向こうに」で初登場した、ヒロイン・ジョルジアの身内です。彼女の家族は、あの強烈な兄ちゃんだけではないのですよ(笑)


【参考】
「ファインダーの向こうに」を読む「ファインダーの向こうに」を読む
あらすじと登場人物

郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物

「ニューヨークの異邦人たち」
「ニューヨークの異邦人たち」


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あの時とおなじ美しい海 - Featuring「この星空の向こうに」
——Special thanks to TOM-F-san


 キャデラックの運転手バートンがドアを開けてくれた。彼女は礼を言って降りてから、迎えにきてほしい時間を告げた。晴れ渡った空の明るい日差しが心地いい午後だった。大きな濃いサングラスを外して、彼女は《Sunrise Diner》という看板のかかったダイナーを仰いだ。

「まあ、ここだったんだわ」

 ロングビーチに来たのは本当に久しぶりだった。彼女自身がニューヨークに住んでいたのはもう十年以上前のことだったし、姉のジョルジアと会うのはいつもマンハッタンの洒落た店にしていた。

 姉の借りているアパートメントを訪れたのは、おそらく彼女がここに引っ越してからの数カ月だけだ。アレッサンドラは今とは別の意味で多忙を極めていたけれど、それでも足繁く様子を見に行かなくてはならないほど、姉のことが心配だった。当時ジョルジアは精神的に参っていて、世界からも背を向けようとしていた。それでも再び生きて行くために必死でもがいていて、アレッサンドラはそんな姉を助けたかった。

 その姉も十年以上の時を経て、ようやくトラウマとその後遺症であった世捨て人のような生活から抜け出しかけているらしい。兄からの報告ではボーイフレンドと言ってもいい人と出会ったようだ。アレッサンドラは、氣掛かりが少ないだけで、同じこのロングビーチの光景もここまで明るく見えるのかと驚いた。

 彼女は、一般にはアレッサンドラ・ダンジェロの名前で知られている。一年ほど前までは、「世界でもっとも稼ぐスーパーモデル五人のうちの一人」であったが、今年からはその称号は返上するだろう。彼女の人氣に陰りがでたからというわけではない。昨年末に三度目の結婚をした相手がドイツの名のある貴族であるためモデルとしての仕事の多くをセーブすることになったのだ。

 今の彼女は、ロサンゼルスの自宅と、ドイツにある夫の城、それにスイスのサンモリッツにある別荘の三箇所を往復する生活をしていた。その合間に慌ただしくマンハッタンに来る時はいつも兄マッテオのペントハウスに滞在する。可能な限り両親や姉のジョルジアと会う時間も作る。いつも遠く離れている彼女が、大切な家族との絆を保つために絶対に惜しまない手間だ。

 そして、愛する家族のためにはどんな小さな事でも迅速に行動に移す。それは尊敬してやまない兄から学んだことで、彼女の信念にもなっていた。そのために彼女は、見ず知らずの大衆食堂の存続の危機を回避するべくこうして出向いたのだ。

 ロングアイランドは、時々ひどいハリケーンに襲われる。そのため、州の条例でこの場所にある建物は建て替え時に、同時に地盤を高くする工事をしなくてはならない。そうすることにより最終的に、この地域全体を高台にあるような状況にするためだ。もちろん州からの助成金は出る。が、その支払いまでには長くて官僚的なやりとりと、役所との強力なコネクションが絶対的に必要だった。ハリケーンの被害者でも、復興プロジェクトでの申請のやりとりに嫌氣がさして、この地に住むのを諦めてしまった人がたくさんいた。

《Sunrise Diner》は、前回のハリケーン被害を受けたわけではなかったので、復興プロジェクトの方には申請できない。つまり緊急性の低い助成金申請だ。だが、オーナーが比較的リーズナブルな値段で購入したこのダイナーは、既にかなり老朽化が進み、手を入れないわけにはいかなくなっていた。

 地盤の工事まで含めると、彼が許容できる費用を32万ドルほど上回っているため、オーナーはむしろ店を閉めることを選びたいといいだしていた。その話を聞いて、従業員や常連たちは途方に暮れた。特に、ジョルジアが一番仲良くしているウェイトレスのキャシーは義父母の協力を得て子育てをしつつ勤めているので、マンハッタンの別の店に通うのは難しい。常連たちも仲のいいキャシーや溜まり場を失うのは嫌だった。

 アレッサンドラは、貧しい漁師の娘として生まれたので、多くの人にとって32万ドルという金額が意味するものが何かはよくわかっていた。今の彼女にとって、32万ドルは大した金額ではなかった。ずっと1000万ドルもの年収を稼ぎ続けてきたし、税金やその他の理由で簡単に出て行ってしまう金もあまりにも多かった。しかも、手許に残ったものもほとんど使い切れないほどなので、何か必要なことが身近にあれば喜んで使いたかった。

 彼女には去年まで三人の別の会社に所属する会計士が付いていた。そうしないと会計士自身による横領を防ぐことができないのだ。今回の結婚でまた一人会計士が増えることになった。ヨーロッパの財産の管理をしてもらう必要ができたからだ。彼女自身は、自分がどれだけの財産を持っているのか、一体何に投資しているのか、正確に把握することをすでに諦めていた。先日サインした新しい仕事の契約だけで、彼女と娘が贅沢しても十年くらいはなんともないくらいの金額が入ってくる。彼女の目下の悩みは、どんなに金があってもそれを使う時間がないことなのだ。

 人付き合いが苦手な姉が心地いいと感じられる数少ない場所の存続は、アレッサンドラにとっても重大な関心ごとで、解決に是非とも協力したかった。だから、さっそくオーナーに連絡を取り、面会の約束を取り付けたのだ。

 さて、そういうわけで住所を頼りにやってきた《Sunrise Diner》であるが、実際にたどり着いて彼女は驚いた。その店を知っていたからだ。正確にいうと、別の外装と他の名前だった頃このダイナーに入ったことがあった。寂れて大して魅力も特徴もない店だったが、テラス席の前に広がる光景が素晴らしくそれは今と同じだった。

 彼女の想いは十一年前に向かった。

* * *


 《Sunrise impression》って、ダイナーの名前っぽくないわね。そう思いながら、アレッサンドラは疲れて落ち込んでいることを悟られないように、ことさら背筋をのばし優雅な動作でその店の中に入った。

 海を臨む外のテラスには何組かのカップルが座っていたが、店の中には一人のアジア人の男がいるだけだった。何か食べようかと思ったけれど、この店はハズレだったのかしら。

 アレッサンドラは、この店から五分くらいのところに住む姉のジョルジアを訪ねた帰りだった。ジョルジアがロングビーチに引っ越すと聞いて、アレッサンドラはなぜそれを許したのかと兄マッテオに詰め寄った。人間不信と精神的なトラウマを引きずっている姉を一人暮らしさせるのは早すぎると思ったのだ。

 彼女は身体的特徴を原因に好きな男に拒否されてから、ショックで精神的安定を失った。対人不安と人間不信、そして、過呼吸の発作が何度か起きたため、兄マッテオが彼のペントハウスに連れて行き療養をさせていた。

「ジョルジアが自分でまた一人で暮らしたいと言ったんだ。尊重してやらないと」
「でも、また発作が起きたらどうするの」

「過呼吸の発作は、もう三ヶ月起きていないし、あのアパートメントの大家は僕の知り合いだから、何かあったらすぐに連絡してくれることになっている。彼女が心配でそばで見守りたいのは僕だって同じだけれど、例のベンジャミン・ハドソンの言うことにも一理あると思うぜ」

「ハドソンって、彼女の会社の編集者だったかしら」
「ああ、そうだ」

「あの人がなんて言ったの?」
「ジョルジアは、社会との繋がりを断つべきではないって。少しずつでもいいから、日常に戻って、世界がそれほどひどいところではないと、肌で感じない限り本当の意味では立ち直れないって」

 それはそうかもしれない。実際に、彼女は少しずつ日常に戻り、生活はできるようになっている。アレッサンドラが訪ねて行くと、得意のイタリア料理でもてなしてくれるし、ごく普通の話題にものってくる。《アルファ・フォト・プレス》に通って、素材辞典に使う静物の写真を撮っている。

 でも、彼女が元のようになることは、そんなに簡単ではないようだ。彼女は、マンハッタンの知り合いとの連絡を一切絶っていた。表情には精氣がなく、人生の楽しみや希望なども一切捨て去ってしまったようだった。泣いたり不平を言ったりしてくれれば、対処のし方もあるのだが、それすらもなかった。姉は、もう二度と傷つかなくて済むように、分厚い鎧を何重にも着込んで、世界からの刺激を遮断しているようだった。

 ジョルジアを訪ねた帰りは、とても疲弊した。彼女を救うことのできない自分が情けなかった。姉をここまで傷つけた男を憎いと思ったけれど、その男に報復をしても、たぶん何も変わらないのだ。

 それだけではない。姉を傷つけた原因は、アレッサンドラ自身にもあることを、自分で分かっていた。アレッサンドラにとってジョルジアは大好きな姉で大切な存在なのに、周りの人びとは常に二人を比較して、ジョルジアのことを「あのアレッサンドラ・ダンジェロに似ているけれど、同じではない存在」と扱った。あの男もそうだった。

 それでも、アレッサンドラもまた他の存在にはなれないのだ。彼女は、疲れていても悲しくても背筋をのばし、完璧な女神「アレッサンドラ・ダンジェロ」として前を向いて行くしかない。そう、たとえハズレのダイナーの片隅に座ることになっても。

「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
生活に疲れたような抑揚のない声でウェイトレスが言った。
「そうね。せっかくロングアイランドに来たんだし……ロングアイランド・アイスティーをいただけるかしら」

 手持ち無沙汰になった彼女は店を見回して、アジア人の男と目が合った。どちらかというと小柄なタイプで、 白のバンドカラーシャツとデニムを着崩していた。非常に痩せて肌色もあまり良くないが、元々そういう体質なのか、それとも健康を崩しているのかはよくわからなかった。柔和な顔つきではあるが、どこかジョルジアに似た雰囲氣を纏っていた。人生を、もしくは世界を諦めてしまったような目をしている。

 男の手許に目がいった。それは小さめのスケッチブックで、彼女が入ってくるまでそこに何かを描いていたようだった。

「絵を描くのね。見ても構わないかしら?」
アレッサンドラが訊くと、男は「どうぞ」と言った。だが、立ち上がって彼女に見せに来ようとはしなかった。それで彼女は立ち上がった。極彩色のフレアスカートが広がりハイヒールの立てる音が少し大きく響く。この寂れたダイナーでは、彼女の全てが場違いに思えた。

「ああ、ここの海を描いているのね」
アレッサンドラは、その絵に感嘆した。光り輝く海面、対岸を表した優しい緑の色使い。それになんともいえない懐かしい想い。彼は頷いた。

「とても素敵だけれど、このテーブルと椅子には誰も座っていないのね。あそこにはカップルが座っているのに」
彼女は、思ったままを口にしてからしまったと思った。男は、先程よりもずっと暗い顔をして俯いていた。ジョルジアが見せる表情と同じだ。彼女もまた人物を撮ることができないままだ。それはつまり、人と向き合うことがつらいということなのだろう。

「ごめんなさい。余計なことを言ったわ」
そういうと、そのアジア人は不思議そうに彼女を見た。それから表情を和らげて首を振った。
「いや、君は正しいし、とても鋭いね。俺は……人物を描く事ができないんだ」

 アレッサンドラはウェイトレスに目で合図をして、席をアジア人の男のななめ前に移ることを報せた。そのウェイトレスは、紅茶に見えるけれど本当はラムやジンやテキーラなどでできた非常に強いカクテルを彼女の前に置いた。

 男は驚いたように彼女を見た。
「強いんだね」

 アレッサンドラは笑った。
「そうよ。私はお酒に強いの。それだけでなく『図太いボールド』の。あなたは、姉と一緒ね。芸術家はみな『繊細フラジール』だわ」
「『勇敢なボールド』の対義語は『意氣地なしのミーク』だろう。そして、その形容は俺にはぴったりだ」

「私はそうは思わないわ。本当に『おとなしいミーク』な人は、そのことを氣に病んだりしないものよ。自嘲は、何かを変えたいと思う自分の中の抵抗だわ。私もよくするからわかるの」
「君が? どういう人か知らないけれど、自信に満ちていてなんでも持っているように見えるよ」

 アレッサンドラは面食らった。彼女はまだ二十一歳だったが、既に超有名人だった。自分のことを知らない若い男に会ったのは久しぶりだった。それにしても男の評価は確かだった。彼女は自信に満ちているし、結婚と子供を除けば、必要だと思うもののほぼ全てを手にしていた。

「そうね。でも、自嘲するだけでなく、実際に何かを変える努力をして来たのよ。これからもそうするつもりだわ」

 男はふっと笑った。
「そう言い切れる君がうらやましいな。だが、どんなに努力しても、決して変えることのできない事もあるんだ」

 アレッサンドラは、じっと男を見つめた。ジョルジアのことを考えた。彼女も努力を惜しんだわけではない。彼女にはどうする事もできない理由で、心に傷を受ける事になったのだ。

「わかるわ。でも、だからこそ、誰もが自分にできることで前に進んで行くしかないんじゃないかしら。そして、周りの人間は、本人がそうやって進んで行くのを見守るしかないんだわ」
 
* * *


 アレッサンドラは、十一年前と同じように背筋をのばし、ドアをあけて《Sunrise Diner》へと入って行った。

「いらっしゃいませ……。あ! あなたは、ミズ・ダンジェロ! はじめまして。ジョルジアとお待ち合わせですか」
「あなたがキャシー・ウィリアムズさんね。はじめまして、アレッサンドラと呼んでね。ジョルジアじゃなくて、この店のオーナーに連絡したの。少し早くついたみたいね。せっかくだからロングアイランド・アイスティーを再びいただこうかしら」

 キャシーは不思議そうに首を傾げた。
「私のいない時に、もうここにいらっしゃいました?」
「ええ。でも、ずっと昔のことよ。前のお店の時ね」

 キャシーは笑った。彼女がカクテルを用意している間に、アレッサンドラは店を見回した。ただ援助をすると言っても、オーナーも簡単に32万ドルは受け取れないだろう。だとしたら、ここにある何かを買い取る形にしたほうがいい。でも、大衆食堂って、そんなに価値のありそうなもの、何もないのよね。

 ふと、カウンターの奥にピンで一枚の絵が刺さっているのが目に留まった。
「あの絵……」

 キャシーは不思議そうに見た。
「この絵のこと?」

 それは、あの時にあのアジア人が描いていた絵に見えた。
「ええ。まあ、あの人完成させたのね。いいえ、違うわ、きっと描き直したのね。女の人が描いてあるから」
「この絵を描いた人、知っているんですか?!」
キャシーは、絵を外してカウンターに持ってきた。

「ええ。間違いないと思うわ。あの時に見た鮮烈な印象そのまま……いいえ、でも、全てのタッチが少し優しくなっているわね。この人のこと、とても大切に想いながら描いたのね」

「これ、あなたを描いたわけじゃないんですか?」
キャシーが訊くと、アレッサンドラは笑った。

「まさか。でも、このロングアイランド・アイスティーだけは、あの時私が飲んでいたもののことを思い出しながら描いたんじゃないかしら。この女の人は、きっとあの時に言っていた描くことのできなかった人よ。彼もまた、ジョルジアと同じように、ゆっくりと前に歩いたのね」

 アレッサンドラは、微笑みながら心に決めた。この絵を買うことにしよう。そして、こんなピンなんかじゃなくて、ちゃんとした額縁に収めて、このダイナーのもっと目立つところに飾ってもらおう。

 彼女は、自分の思いつきに満足して、オーナーの到着を待ちながらロングアイランド・アイスティーを飲んだ。


(初出:2018年2月 書き下ろし)

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