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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】郷愁の丘(12)先は見えないけれど -1-

「scriviamo!」のために中断した「郷愁の丘」の連載を再開します。もう、忘れられてしまったかもしれませんが。

グレッグのニューヨーク滞在は晩秋で、十二月に発表した外伝「クリスマスの贈り物」はちょうどクリスマスの時期の話でしたが、あれから時が過ぎて、リアルで春になっているように、このストーリーもほぼ何も変らないまま春になっています。そうなんです、この二人それまでと同じ様に文通しているだけで、全然進んでいないんです。

一度に公開してしまっても良かったんですが、いちおう二つに切りました。


郷愁の丘「郷愁の丘」を読む
あらすじと登場人物




郷愁の丘(12)先は見えないけれど - 1 -

「遅くなったわ、ごめんなさいね。ベン、ずいぶん待った?」
ジョルジアはクイーンズタウンのこじんまりとした店の地下に急いで入ってきた。

 赤みがかったグレーのショート丈のトレンチコートは、ベンジャミンが初めて見るものだった。もう春なのだ。いつの頃からか、ジョルジアはここ十年間で見なかったような服装をするようになった。デニムやTシャツなどの動きやすくカジュアルな服を身につけているのは以前と同じなのだが、その形や柄に違いが表れている。

 今日も、コートの下から現れたのは、以前は決して見なかった伸縮性のある厚手のTシャツで、春らしいスモモ色に抽象化された草花のイラストが描かれている。痩せてはいるが女性らしい彼女の身体のラインを目にして、ベンジャミンはドキリとした。

 言われないと氣がつかないほどの薄化粧をするようになったのは、今から一年ほど前、彼女が賞をとった頃だ。作風を変えはじめたのも同じ頃だが、彼女が知り合ったこともない男に恋をしたことが、彼女が変わろうとするきっかけになったのは間違いない。

 だが、その後もしばらく変わらなかった、まるで少年のようだった服装が変わりだしたのがいつだったか、ベンジャミンにはわからない。彼女の服装の多くは、トップモデルである妹のお下がりなので、無頓着の割には流行からは大きく外れない。その一方で、彼女は多くの候補の中でもらう服を自分で選んでいた。その選択に変化が現れたとしても、はじめは流行が変わっただけだと認識していたので、彼女自身の心境の変化から選択が変わっていることに思い至ったのはずっと後だったのだ。

 ベンジャミンは、昨秋に学会のためにニューヨークを訪れたケニアの学者のことを考えた。ジョルジアのファンかあまり親しくない知り合いのように控えめに登場したその男が、会社に来ていると知ると、ジョルジアは何もかも放り出して飛んできた。そして、彼の滞在中、時間の許す限り彼に付き添っていた。

 その半年前に行ったケニア旅行以来、彼女とその男が文通していたことを、そのときベンジャミンは初めて知ったのだ。そして、文通は今でも続いているらしい。その二人の関係が、彼女の服装や動作の変化に影響しているかどうか、彼にはわからなかった。いや、そうなのだろうと思い、それが彼女のためには好ましい変化であると理解しつつも、素直に喜べない自分を嫌悪していた。

 ここは、ベンジャミンが懇意にしている店で、コンクリートうちっぱなしの壁には白地に赤を基調とした現代アートが飾ってあり、そのモダンさと家庭的な懐かしい味の料理が対照的な店だった。

 ジョルジアとベンジャミンがオフィス以外で会うことはあまりなかったが、今日はマンハッタンで撮影が長引いたので、オフィスで予定していた打ち合わせができなかったので、明日からの撮影旅行で必要な書類を手渡すために、急遽ここで逢うことにしたのだった。

「そんなに待っていないよ。ビール一杯くらいだ」
「とても急いだんだけれど、地下鉄がしばらく停まっていたの。こんなことなら車で動けばよかったわ」

 ベンジャミンは笑った。
「この時間だったら間違いなく渋滞につかまっているよ。君が今日は車で行かないでいてくれて助かったってところかな」

「スーザンが待っているんでしょう」
「あまり早く帰ったら、彼女は反対に何があったのかと心配するさ。とにかく注文しろよ。どうせ撮影に夢中になってまともにランチもとっていないんだろう?」

 ジョルジアは肩をすくめて、赤ワインとチキンサラダや野菜の煮込みなどを注文した。それから、書類を受け取るとバッグに大切にしまい、今後の予定について少し打ち合わせをした。

「それと、この街路樹の素材写真だけれど、この日程だと時季が早くてあまりいい色が出ないわよ」
「そうだな。発売はまだ先だから、少し待つか。もう一度行ってもらうことになるけれど、いつがいいかな。そういえば秋に休暇が入っていたよな。海外に行くのか?」

「まだ決めていないけれど、イタリアにいこうかなと思っているの」
「イタリア?」
「ええ。祖父母の故郷。向こうの親戚を訪ねてみようかと思っているの。ウンブリア平原も撮ってみたかったし」

「そうか。じゃあ、その前に契約更新になるかな。実は、社長からそろそろ君に打診しておいてほしいって言われたんだけれど」
「何を? 何か変えたいって?」

「君はずいぶん有名になってきただろう。引き抜かれたら大変だと心配みたいでさ。いつもの一年契約じゃなくて、五年契約を結びたいみたいなんだ。ちょっと聞いたところ悪くない条件だと思ったよ。今やってもらっている素材事典や月刊誌の撮影はなくして、君の作品に集中できる体制を整える。報酬は今と同じだけれども、拘束時間がずっと減るから実質的にはかなりのアップになるし、これまで以上に外で撮影しても経費も問題なく請求できる。どうだ?」

「悪くないけれど、更新時期が迫っているわけでもないのになぜわざわざ予め打診するの?」
そうジョルジアが訊くと、彼はコホンとひとつ咳をした。
「引き抜き対策だから、契約解除がちょっと面倒なんだ。違約金が高く設定されていてね。君を引き抜こうとするヤツに『こんなに払えるか』と思わせるような額ってことだけれど。で、この契約が君の人生設計の邪魔になると悪いと思ってさ」

「どういう意味?」
「つまり、この契約のために人生プランを変更せざるを得なくなると困るだろう?」

 ジョルジアは、ワイングラスを置くと、両手を組んでじっとベンジャミンの瞳を見た。
「私が会社を辞めたがっているって、そう思っているの?」

「その、君がケニアに移住するんじゃないかと……」
「そんな予定はないわよ」
「そうか?」

 ベンジャミンが全く信じていないようだったので、ジョルジアは居心地が悪くなった。
「あなたは、何か誤解しているようだけれど……」
「誤解って? でも、スコット博士がいた一週間、ずっと一緒だっただろう? パーティにもパートナーとして出席していたみたいだし」
「あれは、マッテオと援助の件で話があったから……」

 そこまで言って、ジョルジアは古くからのよき友人であるベンジャミンには、隠しきれないと思ってため息をついた。

「本当はね。自分でもとても混乱しているの。今の私たちの関係は、間違いなくただの友人なんだけれど、彼が私にとってどういう意味を持つ人なのか、自分でもわからないの」
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
郷愁の丘、ようやく再開ですね。
時間は過ぎてるようだけど、やっぱり二人の間に進展は無かったか(笑)
いや、物語の外で恋を燃え上がらせられても寂しいけど><

ベンジャミンの心配は、あながち大きくはずれてはいないと思うけど、正面からそう言われたら、やっぱりジョルジアも困惑しますよね。
そうです、とも、違います、とも言えないし。
彼女の中ではいったい、今どれくらいの位置に居るんだろう。あとはお互いどちらかが踏み出すだけのような気もするんだけど(。-_-。)
2018.03.27 11:37 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

limeさんからのコメントで氣がつきました。予約投稿の日にち、一日間違えて早かった(笑)
読んでいただいてありがとうございます。

進展、全然ありませんでした。
もう少ししているかと思いきや……。

ベンジャミンの見方は、おそらく周りがみんなそう思っている……に、近いんでしょうね。
本人たちだけ、何やってんだ。

でも、そうなんですよ。自分に当てはめてみたら、やはりそう考えると思いますが、ただのお友達状態なのに移住もへったくれもないですよね。

彼女は正直な感情を、この後に語ってくれます。
「なるほどね」なのか「ふざけんな」とちゃぶ台ひっくり返したくなるか、読者の方によりけりかなあ。
まあ、私の他の小説と同様、ジョルジアは決して「理想のヒロイン」ではないので、全然高潔ではないのですよね。

どちらかが踏み出せば、簡単に話は終わる……私もそう思います。
本当に何やってんだ……。
ただ、このどうでもいい展開をいつまでも書き連ねたりはしませんので、ご安心ください(笑)

コメントありがとうございました。
2018.03.27 21:09 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
先は見えないけれど、先には向かっていくんですよね。
ケニアに移住、良いじゃないですか。
ケニア在住のフォトグラファーが会社にいるのもユニーク。
ま、先のことは今は置いといて。

相手がベンジャミンだから話すジョルジアの本心(?)が気になります。
ジョルジア自身が自分のことをきちんと理解していないと、先には進めないのでしょうから。
インタビュアー・ベン(?)に期待(?)
2018.03.28 01:03 | URL | #- [edit]
says...
更新、お疲れさまでした。

うん、久しぶりですね。もっとも、私はscriviamo!でロングアイランドをうろついてましたので、間が空いたという感じはないんですけとね。

さて、リアルでもお話しの中でもそれなりに時間がたって、またここから動き始めるという感じですね。
ジョルジアのちょっとした変化が、なにかを予感させていますが、当の本人の反応はあまりぱっとしませんね。もっとも、さっくりと決断されてケニアに行かれてしまっても、それはそれで物足りないんですけどね(笑)
ベンジャミン、ジョルジアに気を利かせていますが、彼女はさてどんな心境なのか。そのあたりのカミングアウトと、契約更新の件がなんらかのターニングポイントになるのか。
そして、イタリア旅行! 来ましたねぇ。あのお手紙に書いてあった、アレですよね?

うへへ、次話が楽しみです。
2018.03.28 15:55 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうですね。見えていようといまいと、先に進むしかないんですよね。
ケニア移住に関しては。どっかのワンワンやシマウマたちの思惑ほどちゃっちゃとは進まないような感じもしますが、いろいろな方が関係しているような。ベンは「できれば、しないでほしいけれど」かなあ。

ベン相手に、自分がどう思っているのかを話すことで、少し内面の整理がされていくのかなあと思います。
ベンも編集者ですからね。
的確に訊きだしますよ。
ジョルジアの幸せを真面目に考えている人ですし、ご期待くださいませ。

コメントありがとうございました。
2018.03.28 20:52 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ。連載をストップしたのは11月末でしたから、かなり久しぶり。
その後も、外伝で周囲をちょろちょろと触っていましたが、ようやく再開。でも、全然進んでいませんでした(笑)

ジョルジアにしろ、シマウマ学者にしろ、論理で「ああだ、こうだ」と言っている人たちは、一向に進んでいかないのですけれど、周りの人間が目にしているものからは、明らかに変化が出ていますよね。
前回のアレッサンドラの語りでも、マッテオ兄ちゃんは、アレッサンドラに「ジョルジアにさ、ボーイフレンドに近い存在ができたんだよ!」なんて報告していたみたいですし、キャシーも「ふ〜ん」ってな感じで二人を見ているし、もちろんベンから見ても「間違いなさそうだ」なんですよね。

契約更新は、この話題にするために出てきた題材ですけれど、まあ、最終的にジョルジア、五年契約するみたいです。いいのか、それで(笑)

イタリア旅行、よく憶えていてくださいましたね。
そのイタリア旅行です。あの外伝を書いたときには、もうここまで書いてあったのですよ。

でも、イタリア旅行、秋なんだな〜。そこまで、こんな状態です。

コメントありがとうございました。
2018.03.28 21:02 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
郷愁の丘の更新だ!やった!待ってました♪
って……なんと、あれから何も進展が無い!?
服のチョイスが変わっただけ!?w
いやいや、それがこの二人らしいよなぁ……とも思うようになったのですが……笑

ともあれ、この物語の雰囲気にぴったりの静かな立ち上がりですね^^
続きを心待ちにしてます!

イタリアでなにかあるんだろうか……
2018.03.29 13:37 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよね。毎年、年始めはいつも「scriviamo!」一色で、連載はガバッと間が空いてしまうんですよ。
待っていていただけて嬉しい。

で、あれから何も動いていないんですよ。
ジョルジアもジョルジアですが、グレッグもグレッグ。
まあ、お互いに、興味深くて楽しい付き合いをしているようですが。

今は春なんですけれど、イタリア旅行に行こうとしているのは秋です。
前に「最後の晩餐」という外伝を発表していて、そこに書いたんですけれど、ジョルジアはグレッグを旅行に誘っています。
でも、イタリアで何かあるのかと訊かれたら……どうでしょうねー。

コメントありがとうございました。
2018.03.29 21:07 | URL | #- [edit]
says...
いや〜相変わらず進展のないお二人ですけれど、
それが逆に待たされた読者的にはすっと入っていけて
よいです(笑)再開と同時に突然グレッグが「好きだ!」って迎えに
きたら「おいおいどうしたんだ博士!!」って逆に心配になりますからね。

冗談はさておき、本当に再開嬉しいです。
で、ベン視点っていうのが心憎いな〜って思ったのはわたしだけ?
だってこの流れからいくと、ジョルジアの恋話(といってよいだろう……)
のインタビュアーになりそうですから、ベンが少なからずジョルジアを意識していることを知っている読者としてはにまにましちゃうんです。あ、でも、そういう意味で誰よりもジョルジアのことを理解していて、かつ彼女の幸せを願っているからこそのこの役回りなのかもしれませんね。それに、彼女が収まるところに収まったほうがベンも(心理的に)ふんぎりがつくのかもしれないですし……

ジョルジアの服装の描写や契約更新についても、彼女自身の心境の変化や立場の
変化が少しずつ表れてきてますね。
カットソーって、シルエットや素材が違うだけでずいぶん印象かわりますよね。
彼女のフォトグラファーとしてのキャリアアップも見られてこちらも
喜ばしいことです。
でもそれがグレッグとの関係に影響してくることまでは考えが及ばなかったので、そういえば二人が収まるところに収まった暁には、住む場所はどうするんだろう? って考えがよぎりました。

さてさて、ベンは彼女の「ぐるぐる」にどう切り込んでくれるのでしょうか。
二人だけでは中々進まないだけに、ここでの彼の進言はありがたいですね、読者的にも(笑)
2018.04.02 02:37 | URL | #- [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

あはははは。
「好きだ!」って迎えに?
ないない。(断言)
マッテオなら南極だろうが、赤道直下だろうが、速攻で行きそうですが、反対にあの人の場合は、翌週には別の女を口説いているかも。

そうそう。なんでベンジャミンがジョルジアの恋バナの相談に乗るんだって話ですよ。
しかも、彼の想いは全然わかっていないジョルジアだし。

ベンジャミンも、なんだかんだ言いながら「離婚して、フリーになって迫ろう」なんてことはなく「まいっか、うるさいし、二人目作っちゃえ」な状態だから、こんななんですけれど。
思うんですけれど、こういう関係って、割とあると思うんですよ。で、ここでジョルジア役の女性がまんざらでもないと、ただの不倫になるような。なんて夢のないことを考えているから、皆さん私の小説には萌えないのか。

グレッグとジョルジアの住むところですか?
それ以前のでっかい問題が横たわっていますけれど、まあ、仮に同居することになるとして、某シマウマ研究者はニューヨークには住まないんじゃないかなー。
ほら、ニューヨークには、野生のシマウマいなさそうだし。
(あたりまえ)

さて、実は、ジョルジアは人生のターニングポイントで、ことごとくベンジャミンの助言に従ってきているのです。
今週発表分で、彼が何を言うのか、ご期待くださいませ(笑)

コメントありがとうございました。
2018.04.02 17:37 | URL | #9yMhI49k [edit]

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