FC2ブログ

scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (7)ミュンヘン、事務局 -4-

四回に分けたラストです。

無理矢理読ませて置いて、こんなことを書くのは申し訳ないのですが、長編小説を連載していると、どうしてもあまり面白くないパートというのが出てきてしまいます。この章もそんな部分の一つです。内容的には、後ほど重要な展開に必要なファクターが結構入っているし、もともとの「こんな設定あり得ないでしょ」を少し「現実でもあるかな」と錯覚していただくための記述がたくさん入っているのですが、どうしても「だからなんなの?」と思ってしまうような内容になります。すみません。

さて、今回は前回の続き、「蝶子はここエッシェンドルフでは家事などをしてはならない。あくまで男爵夫人でいなくてはならない。それは世間的な建前の話だけでなかった。稔がこのことを理解したのは、例の葬儀の後の相続ならびにヴィザの再取得などで四人が一ヶ月近く滞在したときの事だった」という記述の説明からです。


「大道芸人たち 第二部」をはじめから読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(7)ミュンヘン、事務局 -4-


 冬で外ではあまり稼げなかった事もあり、ブラブラしているのに飽きた稔はヴィルに車の練習をしたいと頼んだ。日本ではよく運転していたが、ミュンヘンでドイツの免許を取得すればヨーロッパ中のどこに行っても運転できる。

 ヴィルは運転手のトーマスに指導を頼んだ。仮免許運転者には横で指導する同乗者が必要なのだ。稔は言葉の壁も乗り越えて、かなりすばやくヨーロッパでの運転ルールを覚え、免許を手にした。

 蝶子が車のいる買い物が必要になったときなどに、一緒に運転していくと申し出たが、ヴィルは首を振った。
「ここではだめだ。運転はトーマスの仕事だ」
「なんでだよ。トーマスを顎で使うのはお蝶だって氣が引けるだろ」

「そうであってもだ。いいか、トーマスは運転手として雇われているんだ。仕事にプライドを持ってね。俺だって、そこまで行くなら自分で運転した方がいい。だが、そんなことをしたらトーマスが暇を持て余す事になる。給料さえ払っていればそれでいいって問題じゃないんだ」

 稔は納得した。ただでさえ、ヴィルがいないときはトーマスには本来の仕事がなく、マイヤーホフやマリアンたちを必要な所に送迎するか、他の事をして過ごしていた。

 館には多くの使用人たちが、それぞれの仕事を持っていた。稔や蝶子が何もかも自分で出来るとしても、それに手を出す事で他の使用人たちの領分を侵す事になる。だから蝶子もここでは炊事や洗濯などをしてはいけないのだった。

 蝶子は、「家事は必要ない」という稔の示唆を理解していたが、敢えてその事には触れなかった。その代わりにちゃかして笑った。
「メンバーを叱咤して皿洗いをさせる能力もあるわよね」

 その一方で、稔はマリサの事を考えていた。

 マリサはマリアンと同じような立場のイネスの娘でありながら、この話を聞いても自分がマリアンに家事を習いたいなどとは決して言わないであろう。

 イネスは父親のいないマリサに不自由な思いはさせたくないと、カルロスのもとで身を粉にして働きながらマリサを簿記の学校に通わせたのだ。

 マリサは同級生の様に子守りのバイトもした事がなければ、家事手伝いもした事がなかった。

 彼女は怠惰な娘ではなかった。言われた事には素直に従うまじめさもあった。けれども、どこか受け身だった。蝶子のように豪奢な館での暮らしから一足飛びに大道芸人になるような度胸と強さもなければ、ヤスミンの自分に必要な事を吸収しようとする貪欲な機敏もなかった。

 稔はマリサのはかなげで素直な所が好きだったが、弱く他力本願な性格を物足りなくも思っていた。

 今までつき合った、多くの女の子がそういうタイプだった。それに対峙していたのは、永らく遠藤陽子だった。陽子は何もかも自分の腕でつかみ取った。三味線の腕前も、クラスで一番だった成績も、書道での一等賞も、近所のおじさんおばさんの評判も。

 ずっと男だけが独占していた、高校の生徒会長の座も、陽子はほれぼれする選挙演説と周到な根回しで勝ち取った。そんな多忙な年のバレンタインデーに陽子が焼いてきたチョコレートケーキは、稔が当時つき合っていた沢口美代の持ってきた特徴のないチョコレートクッキーの数倍美味しかった。

 陽子は本質的には稔のつき合ったどの女よりも尊敬を持てる、好ましい存在だった。けれど、稔はそれを認める訳にいかなかったので、苦々しく思っていた。

 陽子のとげとげしい口調と、強い光を宿す負けず嫌いな瞳を思い出す。蝶子のカラッとした冷たさと違い、陽子には粘着質の冷たさがあった。いや、むしろ、陽子の心は熱く燃えていたのかもしれない。なぜ自分と恋仲になりたがったのだろうと、稔は思った。お蝶と築き上げてきたような色恋抜きの堅い友情、それをあいつと結べたなら俺は生涯あいつといい関係でいられたのに。

「今度は、そっちが考え込んじゃっているわけね」
蝶子の声で稔は我に返った。

 頭を振ると、話題を変えた。
「再来週は、バルセロナだよな。俺、少し三味線を練習して来る。『銀の時計仕掛け人形』やるんだろ?」

 蝶子はうんざりした顔をした。
「また、あれをやるの? グエル公園の常連たちに見つかると、一時も休めなくなるんだもの、嫌になっちゃうわ」
「いいじゃないか。男爵夫人生活でなまった体もしゃきっとするぞ」
関連記事 (Category: 小説・大道芸人たち 2)
  0 trackback
Category : 小説・大道芸人たち 2
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
久しぶりの一番乗り!(なんかうれしい)

人に使われる仕事であっても、そこにはプロとしてのプライドがあるんですよね。それに、その仕事を誰かがしちゃったら、その人にとっての「仕事」がなくなるわけで……これはお給金をもらえなくなる可能性があるってことになるんだと、私も以前海外旅行中に言われたことがありました。簡単な例だと、ホテルで「荷物は自分で運べるからいいです」ってのはダメ、運べたとしても運んでもらうようにしなさい、それが彼らの仕事だからってな身近な例も含めて。
日本人って割と何でも自分でしちゃう系なので(現代っ子は分かりませんが、少なくとも私ら以前の世代は)、よほどのお偉いさんでなければ誰かにしてもらうことに慣れていなくて、ついつい自分でやってしまう。これって仕事でもあるんだよなぁ。人に任せられない(ちょっと話がずれちゃった)。だから稔の感じ方って分かるなぁ。いちいち車出してもらうよう頼むのって気が引けるだろって。これは気が引けちゃだめなのね。

そして。稔のタイプの話がなんか面白い。陽子、ちょっと懐かしい。そうでしたね~、押せ押せタイプ、稔はダメなんですよね。素直で付いてきてくれる系の子が好き。でもそんなマリサに物足りなく思うときもあるってのが、まぁ、男ってほんとに、って思いました。これって日本人の男にあるあるのような気もします。あ、男性読者さんに怒られそう。もちろん、例外もありますよ! うん!
しかも、この期に及んで友情がどうとか言ってるし。ほんと、女心が分かってないなぁ。でもまぁ、それが稔のいいところでもあるし。この下りで、ちょっと稔の恋の行方が心配になったのでした。もちろん、マリサと上手くいくとは思うけれど、ちょっと物足りなさも感じるあたりに何かトラブルの根が?

バルセロナでは『銀の時計仕掛け人形』やるのですね~。それもの楽しみ(^^)
2018.08.08 12:00 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
更新、お疲れ様でした。

たしかにヨーロッパに行くと、ホテルの従業員の仕事が細分されていますよね。日本の旅館でもそうですけど、部屋まで荷物を運んでもらう(とくに女性従業員に重い荷物を持ってもらう)のは、どうにも気が引けます。思えばそれも仕事でしているわけで、そういうサービスも宿泊料に入っているのですから、素直に享受すればいいんですよね。
とはいえ、「自分のことは自分でしなさい」と教えられて育った身としては、ドラガオンやエッシェンドルフでの生活は、かえって窮屈に感じそう。
まあ、家事だけでなく、いろんなことに「男爵夫人らしさ」が求められるのでしょうから、蝶子が「面倒くさいわ!」とならなければいいんですけどね。

ははあ、稔は友人ならともかく、恋人にするには大人しくついてきてくれる女性がいいんですね。まあそこは好みの問題だからとやかく言いませんけど、でも消極的なのは物足りないって、そんなに都合がいい相手はなかなかいないと思うんですがね。大海彩洋さんも仰っているとおり、これで一悶着なければいいんですが。
2018.08.08 17:02 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

お。彩洋さん、もしかして夏休みですか?
怒濤のお仕事が、一息ついてゆっくりできているなら、嬉しいです。

さて、そうそう、ヨーロッパでは、例えば部屋係などは本当に収入が少なくて、チップなどを惜しんではいけないと聞いたことがあります。
スイスは、ちゃんと給料もらっているので、本当にいいサービスをしてもらった時や、心付けとして払いたいという時だけでいいのですけれど。

で、給料だけの問題でもなくて、ただブラブラしているだけというのもなかなかつらいものがあるので、やはり無駄に人の仕事を取ると怨まれるかもしれませんよね。

日本人は反対に『こんなことをさせたら相手に悪い』というような心遣いが好まれるので、つい違う方に氣を遣ってしまうのかも。
もちろん顎で使うような態度は、どこでも感じ悪いのですけれど。

さて、稔ですけれど、この人の業みたいなものですね。
第一部の時(主に外伝だけれど)から、この片鱗は出ていましたけれど、好きになるタイプはいつも同じ、でも長続きしないのです。物足りないから。
学習して、別なタイプと付き合えばいいのに、そういうのには触手が動かないのですね。
わりと、そういうタイプの女性ばかり追う男性もいるようですが、上手くいけばそれはそれでいいんですけれどねー。

と、トラブル? な、なんのことかなー(笑)

コメントありがとうございました。
2018.08.08 20:50 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ええとですね。
日本の旅館などの場合は、いろいろなサービスも値段に入っていますが、ヨーロッパの場合は、国によってはポーターや清掃係などはチップで生計を立てていたりもするので、宿泊料に込みだと思って何も渡さないと怨まれたりします。スイスはちゃんと給料もらっているので大丈夫ですけれど。

蝶子は化けるのが上手いので、大道芸しながら羽を伸ばし、館ではバッチリマダムしていると思います。
そこがまたヨーゼフなどの反感を買う原因だったりして(笑)

そして、稔の女の好みはちょっと面倒くさいです。とにかく大人しいタイプ、儚そうなタイプじゃないと好きにならないくせに、それだと物足りなくなって長続きしないのですよ。少なくともこれまでは。

え、一悶着? どうしてそんなことあると思うんですか〜。(棒読み)

コメントありがとうございました。
2018.08.08 20:58 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
まあ、運転手は運転手の本分がありますからねえ。
そこは崩してはいけないような気がしますよね。
今でも、日本の相撲取りは車を運転してはいけないのと同じですね。
ちょっと違うかもしれないけど。。。
運転すると事故の危険性もあって。
それを主に負わせるわけにはいかない的な考え方があるのかな。
どこの国でも。
2018.08.10 09:40 | URL | #- [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

相撲取りって車の運転してはいけないんですか。
初めて知りました。
勉強になるなあ。

このお話の中で取り上げられている例ですが、要するに、能力はあっても無駄に人の仕事を取り上げてはいけないってことですよね。
車に限らず、例えば、大工が営業している横で、DIYが得意だからといって、周り中の家の家具をただで作って回ったりすると、大工の営業妨害になるというようなかんじでしょうか。

ま、よそでは好きなだけ運転すればいいわけですが。

コメントありがとうございました。


2018.08.10 23:00 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
仕事の件、納得出来ました。
そしてそういう配慮も必要だと思います。
配慮というか、なんだかもう掟みたいな感じですね。
不思議なことに、そういう配慮の塊みたいな日本人の方が、かえって気をきかせたつもりで他人の仕事を奪ってしまったりしそうです。

マリサの性格、サキのスペイン人のイメージとしてはあり得ません。
人間ですからいろんなタイプがあってあたりまえなんですけれど・・・。
どこか受け身で儚げ・・・男性としてはグッとくることもあるんでしょうけど、稔は物足りなさも感じているのですね。フ~ン、そうなんだ。

人間って実に様々ですね。
面白かったです。
2018.08.11 09:38 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

夏バテはいかがですか。まだご無理なさらないでくださいね。

こういうお金持ちワールドみたいな話もそうですけれど、基本としてどんな職業の人に対しても、まだどんな仕事に対しても、敬意をもって行動しなくてはならないって、私は30歳くらいでようやく学んだように思います。

仕事って、お金をもらって何かを成し遂げることなので、仕事をさせないのも良くないし、払わないのも良くない。
そして、仕事をすべき時間に、自分のわがままでそれをさせないようにする(自分のために時間をつかわせる)ことも良くない。
いつもそういうわけにはいかないかもしれませんが、少なくとも「してもらって当然。身内だし!」みたいな態度はよくないと思うようになりました。

その一方で、たとえある場面では上司であったり、男爵夫人であったりしても、それをどこでも強要するのもダメだと思うんですよね。
旅に出てArtistas callejerosとしている時には、ヴィルや稔は運転するし、蝶子も皿洗い当番や買い出し当番もするのが同然で、それをしなくなったらこの関係は終わってしまうでしょうね。

さて、マリサの設定は、確かにイメージ的にはスペイン人っぽくないかもしれませんが、スペインにもいろいろなひとがいるんですよ。
同様に、イタリア人なのに無口なロメオというキャラクターを登場させたことがありますが、「●●なのに、らしくない」はストーリーのはじまりにしやすいかもしれません。そもそも、マリサに稔がロックオンしたのは、とってもスペインっぽくないキャラクターで好みのど真ん中だったからですしね。

そう、稔は、こういう「なに言うとんねん」な感覚を持っています。これ、第一部からずっと彼の抱えている業です。
だから可愛い子ちゃんとのお付き合いは、長続きしないし。
しかも陽子の影は、これまでも、これからも、ずっと稔につきまといます。

コメントありがとうございました。
2018.08.11 19:19 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
昔友達とご飯を食べにいったとき、帰り際、
ウェイトレスさんが取りやすいように
空になった食器を脇に重ねて置いていたら友達に
「仕事を取ったらだめだよ」と注意されたことがありました。
へぇ、そんな考えもあるんだ、とひどく驚いたことを思い出しました。
わたしのこの場合は蝶子さんとは規模も意味合いも全然小さいけれど、
ヴィル様の家みたいなところだとその辺がもっとはっきりした形で
突きつけられるんだな、って思いました。逆をいうと、「男爵夫人」として
振る舞うことが蝶子さんのお仕事(務め)なのかなって思いました。
とはいえ、蝶子さんはからっとしてるので、この辺もおいおい慣れていくんだろうなと
安心している自分もいます。

代わりにといったらなんですが今回は稔がちょびっとぐるぐるしてましたね。
そっか、稔……
でも分かる気はします。女性の、優しい男性がいいけど頼りないのは嫌、っていうのと
一緒かもしれませんね。

儚げで守ってあげたくなるということと、能動的であるということは
どうしても相反する要素だから、ここを両方備えた女性というのは
なかなか難しいのでは。
この、「物足りなく」なるのが稔の稔たる所以でもあり、夕さんが「業」と表現する所以なのかな。
この「業」がマリサとの関係に影を落とすような気がしないでもないのですが
夕さんが棒読みだったりごにょごにょなさっていたので、ここはあまり突っ込まず、
おとなしく続きをお待ちすることにします笑
最後、「グエル公園」が、ちょっと懐かしいとか思ったりしました。
2018.08.14 06:22 | URL | #- [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

あ〜、重ねてあげるくらいはもんだいないとおもいますけれどね。
例えば、ホテルに連泊する時、「掃除はいらないから」と親切のつもりで断ったら、後で怨まれたなんてことはあるかもしれません。

蝶子は「やらなくていい」と言われたら、全然やらないかと。あの人、ああいう性格ですし(笑)
むしろ、レネなんかがオロオロするかも。

稔は、考え込んじゃいましたね。
人間って、しょーもないところがあって、無い物ねだりなのですよね。

男も女も、好みを突き詰めると「そんなヤツ、いねーよ!」と石が飛んでくるような都合のいい願いを持っているのかも。
稔は、人当たりが悪くないので、彼女が途切れたことはあまりないくらい、彼女をゲットするのに困ったことはないようですが、実は全然長続きしないんですよ。特に今は、すぐに旅立っちゃうし(笑)

今後の展開について、あまりペラペラしゃべると、この先読む楽しみがなくなるかと思いますので、控えますけれど、そもそも私の小説はミステリーじゃないので、展開がバレても全然問題ないです。

グエル公園の話は、第一部以来ですものね。
もっとも、わりと最近コラボで書いていただいたこともありましたっけ。

コメントありがとうございました。
2018.08.14 21:59 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:https://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/1597-76b95118