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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (11)セビリア、弦の響き -1-

さて、『La fiesta de los artistas callejeros』が終わり、四人はまた旅に出ています。滞在先はセビリアです。事情があって、初めての滞在以来足を踏み入れていなかったこの街に、再びやってくることになりました。

私自身はセビリアには三度ほど行っています。大きな街で、数日ではとても見て回れないのですが、実はあまり長く滞在したことがありません。ここから三十キロほど離れたカルモナには合計で数週間滞在しているのですけれど。

いずれにしてもアンダルシアは異国情緒にあふれる所です。Artistas callejerosの四人にとっても重要な場所になっているようです。皆さんお忘れになっていると思うので付け加えておきますが、今回出てくるマリア=ニエヴェスという女性は、第一部で出てきたヒターナ(ジプシー)です。四人のパトロンであるカルロスの精神的よりどころでもある魔女みたいなお婆さんですね。

この章は少し長いので三回に分けています。


「大道芸人たち 第二部」をはじめから読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(11)セビリア、弦の響き -1-


 マリア=ニエヴェスのタブラオ『el sonido』で、ミゲルと一緒に弾きまくったので、稔はすっかりフラメンコの光と影に染まっていた。あまりに強く叩いたので、表板が壊れるかと思った。そろそろフラメンコ用に別のギターを用意すべきかもしれない。

「顔つきが変わっていますよ」
レネが、こわごわと覗き込み、その様子を見て蝶子が笑った。

「放っておきなさいよ。そのうちにセビリアでなくてもフラメンコ・モードに瞬時に入れるようになれば、戻ってくるのも簡単になるわよ」
そういって、バッグを探ると家の鍵を取り出してドアを開けた。カルロスのセビリアの別荘に来るのも久しぶりだった。

 セビリアに再び行きたいと言い出したのはレネだった。カルロスの前妻、あのエスメラルダとの事を氣にして、他の三人はあれからセビリアで稼ごうと言うのを控えていた。

 稔がフィエスタの待ち時間に思い出したかのように『ベサメ・ムーチョ』をミゲルに習ったように弾いていると、ヴィルが手拍子を取り出した。蝶子はやはり、あの時のマリア=ニエヴェスの踊りをまぶたの裏に描きつつ、ゆっくりと腕を伸ばしていった。蝶子の優雅な動きは、周りの人々の関心を買い、ヴィルに合わせて手拍子を叩きだすスペイン人たちが現われた。稔の『ベサメ・ムーチョ』は『セビリジャーナス』に変わった。観客の中から何人もの男や女たちが輪の中に入ってきて、みんなで踊りだした。レネはその様子をヤスミンの手を握りながらじっと見ていた。

 フィエスタが終わり、次の行き先をどうしようかという話になった時に、一番に口を切ったのがレネだった。
「セビリアに行きたくありませんか」

「行きたいのか?」
稔がぎょっとしたように訊いた。

「僕、もう大丈夫だと思います。もし、みんなが行きたいなら、僕もまた行ってみたいです」
そういって『ベサメ・ムーチョ』を呑氣に歌いだしたのだ。

 他の三人はほぼ同時に人差し指を挙げ、賛成の意志を示し、あまりにもそれが同時だったのでおかしくて笑い出した。それが決定だった。四人はセビリアを目指したのだ。

 稔はずっとセビリアに来たかった。というよりは、再びマリア=ニエヴェスのタブラオに来たかった。

 スペインにいる事が多くなるほどに、フラメンコの響きが稔の中に居座り始めた。不思議な事に、スペインを一歩出るとその存在はカーテンが揚がるように消えてしまう。けれど、再び国境を越えて周りがスペイン語を話すようになり、バルに通い詰めると、妙に落ち着かなくなる。

 それは八月の最後の週になっているのにまだ宿題に手を付けていない小学生のような、後ろめたい感覚だった。あの音を自分のものにしなくてはならない、ミゲルが弾いて聴かせた、あの晩、わずかにつかみ取れそうで、翌日には掻き消えてしまっていた、あの音を。

「セビリアにいる間、俺は毎晩あそこに通うから」
バンの中で、ハンドルを切りながら稔は宣言した。

「あそこの酒は美味かったからな」
後部座席からヴィルが短く答えた。一緒について来るという意味だ。

「だけど、ギョロ目の別荘で飲むより高くつくぜ」
「だから、朝寝坊は禁止よ。昼間にたくさん稼がなくっちゃ」
蝶子が助手席であでやかに笑った。

「イダルゴの恩人のお店の経営に貢献するんだから、ちょっとは恩返しになりますよね」
レネも言った。

 実際に恩返しになっているかは、はなはだ心もとなかった。というのは、マリア=ニエヴェスは明らかに普通の客の四分の一程度の代金しか請求しなかったからだ。

 もっとも稔は二日目になるともうずっと舞台でミゲルと一緒に弾き続ける事を要求された。また、人手が足りなくなると、他の三人はウェイター、ウェイトレスとして使われた。

 そのうちにレネは奥に引っ込んで、タパス作りを手伝いだした。イネスにつきまとって台所に入り浸っていたのが役に立ったらしい。

 蝶子は魅力的に微笑んで男性客たちに追加注文を促した。ヴィルは普段の無表情が嘘のように甘い言葉を遣うジゴロ風の男を演じ、年配の女性客たちから予定よりも高い酒やつまみを上手に注文させた。

 マリア=ニエヴェスは満足そうに頷いた。なかなか役に立つ連中だこと。
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Category : 小説・大道芸人たち 2
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

稔は、フラメンコにだいぶご執心のようですね。
彼のアーティストとしての琴線に触れるんだろうなぁ。ヴァイオリンもそうですけど、ジプシー風の演奏って、なんともいえない情熱というか情念というか、そういうものが湧いてきますよね。
蝶子は気軽に言っていますけど、踏み込みすぎると戻ってこれなくなりそうな深遠な気配もあって、ちょっと心配です。

ただ、このメンバー、店にとってはほんとにいい連中ですよね。安く飲み食いしてもらっても、じゅうぶん元がとれそう。マリア、ほくほくですね。

最近はブログのお友達の皆さんが揃ってスペインやポルトガルにお出でになるので、指をくわえて見ているばかりの私としては羨ましい限り。ほんと、一度は行ってみたいなぁ。

次話も楽しみです。
2018.10.10 11:08 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうですね。この稔のフラメンコギターへの執着については、本編ではうるさいので細かく解説しないのですけれど、「郷愁 - Su patria que ya no existe」という外伝でヴィルにしっかり解説させました。これって、彼の生き方の矛盾というか、内部で分裂してしまっている部分の象徴なんですよね。

蝶子は、いつも適当なんですよ(笑)ま、「心配しても本人じゃなきゃ、どうしようもないのよ」という至極もっともな考え方に則って、テキトーなんですけれど。

マリア=ニエヴェスにとっては、カルロスは身内扱い。だから四人もついでに身内扱いです。人使いも荒いんですけれど。
四人は適材適所でさっさと働きますので、大酒を飲んでもちゃんと元がとれるでしょう。
他の客から、たくさん搾り取っています(笑)

そういえば、左紀さんも彩洋さんもスペインにいらしたばかりですよね。
私はもう十年以上行っていない(サンチアゴ・デ・コンポステラを除く)のですけれど、そのうちにまた行きたいですね。
なんか、ポルトに通い詰めていて、休暇が残っていない……。

今度、スペインでオフ会でもしますか。あ、オリキャラ派遣でもいいですが(笑)

コメントありがとうございました。
2018.10.10 20:43 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
稔の演奏に合わせて踊りだすところなんて沖縄の人々を思い浮かべますが、同じ情熱的であってもスペインの方が少し重めに感じてしまうのはサキだけなのでしょうか?
人間にとって音楽と踊りというのは不可欠であり不可分なんでしょうね。
稔が引き込まれていく理由は忘れてしまいましたが、稔は芸術家ですから、そのこと自体はわかるような気がしています。(外伝を読み返す必要がありますね)
サキもフラメンコ(観光用ですが)を見ましたが、とにかくすごいエネルギーと、なんというか妖しさです。うかつには触れないようなものを感じました。
稔にどんな変化が起こるのか、楽しみにしています。

え?スペインでオフ会?面白そうですね。
乗っちゃおうかな?
2018.10.11 11:37 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
なんとなくね。
思いますよね。
大道芸にしても、スポーツにしても。
同じことなんだと思いますけど。
「私は世界で通用するのか?」
・・・ってことを。
芸がある人は海外に出るだけで挑戦したくなる。
・・・そういう心理もあるのかなあ・・・って感じました。
2018.10.11 13:22 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

台風のたびに涼しくなるのでしょうけれど、今年のように大変な台風は、もう来ないで欲しいですよね。

さて、フラメンコには、盆踊り感覚の舞踊もあるのですけれど、そうであっても少し重いというか独特の暗さや苦しさのようなものが伴っていますよね。
スペインの歴史とも関係があるのでしょうが、他にはなかなかない民俗なのかなと思います。
音楽や踊りだけでなく、例えば闘牛のような文化、建築、ひいては、人々の性分なども近隣諸国と大きく違うように感じます。

さて、サキさん、スペインでのオリキャラのオフ会に前向きですね!
二年以上前から予告されているオフ会の方もあるので、どうするかはあれですけれど、リアルオフ会でちょっと相談してきますね。ご希望があったら先さんに伝えておいてくださいね!

コメントありがとうございました。
2018.10.11 22:29 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

そうですね。
まあ、世界で通用するような秀でた人たちというのは、本当に限られていて
それぞれの人は、普通に生きていくので精一杯だと思うんですよね。
大道芸にしろ、それ以外の金稼ぎにしろ。
その中で、自己表現を求めるというか、存在の証明を探してもがく、そんな小市民的な人間を
私は書いていますね。

たぶん、海外とか、日本とか関係なく。

コメントありがとうございました。
2018.10.11 22:35 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
「郷愁 - Su patria que ya no existe」
と一緒に読ませていただきました。
こちらの作品が発表された当時ブログをお休みしていたので
今回初めて読ませていただく形になったのですが、
なんだか稔という人に対しての理解が深まった……ような気がします。
マリサに対してもそうですが、彼は対局の矛盾を内部に
抱えた人なのですね。
明るくお調子者というイメージが強い彼ですが
同じ明るい者同士でも、レネが甘いこしあんをはさんだ見た目にも分かりやすいスイーツだとしたら、(居場所を手放さなかった人)
稔は一見甘くておいしそうで実は食べてみると以外に苦いといったような
渋柿のような人だと思いました。(居場所を手放しつつ望郷を抱えている人)(変な例えですみません)
こちらでこの言葉を出していいのか迷いましたが、「ドゥエンデ」というのですね。
英語に訳すのは難しいとのヴィル様の言でしたが、日本語に訳すのは
もっと難しいのかな、と感じました。
思えば、彼が元々抱えていた女性に対する感じ方の矛盾も、
元々からあったドゥエンデが正体だったのかもしれませんね。当時は気づいていなかっただけで。

副題を見る限り、三話に分けた今回のエピソードは稔にスポットが当たっていくことになるのでしょうか?
フラメンコに触れることは稔にとっていいことであるとも思うのですが、
と同時に彼の矛盾を増大させる結果にならないかちょっと心配になってしまいました。
って考えすぎかな?
ジロゴなヴィル様が見れて嬉しかったです。
2018.10.14 06:57 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

外伝も読んでいただき、ありがとうございました。

唐突ですけれど、canariaさんは戦隊ものだと、どの色のレンジャーに夢中になりましたか?
(「戦隊ものなんて、「けっ」だったなんてこともあるかもしれませんが)

私は断然「青」シンパでして、これまで物語の主人公などを設定する時には、「青」タイプばかりを書いていたのですよ。
でも、稔は、かなり「赤」タイプなんですね。
なんですけれど、完全な「赤」ではないってことなんですよね。「赤」が苦手な作者が「赤」を書いていると、そうなるのかなと考えたりします。

ちなみにこの話では「青」タイプのヴィルも、典型的な「青」ではないです。
あ、レネは「緑」タイプかな。

第一部は蝶子に関するエピソードがメインで話が進んだんですけれど、第二部は今回に限らず、わりと稔よりなのです。
もちろんそれだけではないのですけれど。いちおう四人が主人公なので。

第一部の日本行きで母親と再会した時点で、彼の問題は解決したかのように見えている、というか、第一部の雰囲氣が好きな人は、そこで読むのをやめた方がいいかもと思っているんですけれど、あそこでは、あれで一件落着風にわざと書いたのですけれど、彼の根本的な問題は、彼の失踪という行動にあるのではなくて、彼の内面にあるのですね。だからそれはずっと抱えていかなくてはいけないものなのでしょうね。

というわけで、フラメンコギターを弾こうが弾くまいが、本質的な問題には関係ないのですけれど、でも、その表現によって、普段は表面に見えていないものが、わかりやすい形で出てくるのだと思います。

次回は、もう少し「稔中心」っぽいエピソードになります(笑)

ヴィルは、役者なので演技となると何でもやります。普段から少しはなんとかせいって、思いますよね。

コメントありがとうございました。
2018.10.14 18:43 | URL | #9yMhI49k [edit]

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