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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (11)セビリア、弦の響き -2-

三回に分けた二回目です。

今回登場するキャラクターのことは、第一部を読んでいないとわからないかもしれません。安田(旧姓遠藤)陽子は、稔の幼なじみです。そして、稔失踪の直接の原因となった女性といっても構いません。稔は、彼女と結婚したくなくて逃げ出してしまったのです。その後、彼女は稔の弟、優と結婚して三味線安田流を支えていくことになります。

しかし、陽子の稔への執着はあっさりと消えたわけではなかったようです。


「大道芸人たち 第二部」をはじめから読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(11)セビリア、弦の響き -2-


 カルロスの別荘に帰り着いたのは午前二時だった。
「じゃあ、明日は少しゆっくりめに、九時にここを出られるようにしましょう」
蝶子があくびをしながら言うと、レネも頷いて階段を上がりだした。

 ドアに鍵を掛けて、ヴィルも蝶子の入っていった部屋に向かおうとした時に、電話が鳴った。カルロスだった。
「マリア=ニエヴェスが十五分前に出たと言ったから、今ならまだ寝ていないと思ってね」

「何かあったのか? こんな時間に」
「ドンナ・真耶がヤスくんに早急に連絡を取りたいそうです。時差の問題があるから、明日の晩まで待たない方がいいかと思ってね。電話をするように伝えてください」
「わかった。礼を言うよ」

 ヴィルは電話を切ると、まだ上の空の稔を呼び止めた。
「真耶があんたに早急に連絡を取りたいそうだ。これが携帯電話の番号だと」

「俺に? なんだろう」
稔はメモの電話番号を見つめて首を傾げた。

「義理の妹さんが、私の不在中に、ものすごい剣幕で電話をかけてきたらしいの。佐和さんが出て、どうしても安田くんに連絡したいからと伝言を受けたらしいんだけど、なんて言っていいのかわからないでしょ。それでドン・カルロスのところにかけたら、みんなはセビリアに行っちゃったっていうから、本当にどうしようかと思ったわ」

「陽子のやつ、お前の密着取材番組、観たのか……。ごめん、迷惑かけて。明日にでも、安田の家にかけるよ。もし、またかけてきたら、俺から連絡するって言ってくれ」

「わかったわ、こちらこそ、ごめんね。あの番組のせいで見つかっちゃったのね」
「いいんだ。そろそろ、潮時だったんだろ」

 電話を切ると、複雑な心境で稔は部屋に戻った。連絡して何を話せばいいんだろう。今さら、なんで大騒ぎするんだよ。義理の妹。つまり、優と首尾よく結婚したんだな。

 翌朝、稔が他のメンバーが朝食を用意している間に電話をかけると、他の三人は目を見合わせて黙った。蝶子の真ん前でかけるということは、秘密にしたい訳ではないらしい。

「あ、俺だ、稔」
そういうとしばらく稔は沈黙した。電話の向こうで誰かが騒いでいるらしい。

「そうだ。ヨーロッパからかけている。陽子と話したいんだ」
稔の言葉に、蝶子は仰天した。遠藤陽子! 噂の元婚約者じゃないの。

 しばらく待たされた後に、稔の耳に陽子の声が飛び込んできた。
「稔? 本当に稔なの?」

「そうだよ。俺と連絡を取りたいと園城真耶にかみついたのはお前だろ」
「……。かみついたって、ひどい言いようじゃない。あなた何やっているのよ。いつの間にかスペインの大道芸人のお祭の事務局長なんかになっちゃって」

「それが言いたくて、園城に電話したのかよ」
「違うわ。全然違うわ」
陽子は激しく言った。

 稔は不思議な氣持ちでいた。遠藤陽子の声だった。かつては自分の家族ほどに近かった幼なじみの、何でも話し合い、ケンカをし、三味線を合わせては競い合った陽子の声だった。二つの受話器は一万キロメートルも離れている。それは今の二人の境遇の遠さをも意味していた。

「園城真耶の番組で稔を見たと家元に、いえ、お義母様に言ったらちっとも驚かなかったのよ。理由を訊いたら、園城真耶を通して弦を稔に送った事があるって、平氣な顔でおっしゃるじゃない。あんまりだわ。なぜ、私に隠すの」

「隠していた訳じゃないだろう。単に言うほどの事じゃなかっただけだ。それより、今さらだけど、おめでとう。優と結婚したんだってな」
聞き耳を立てていた蝶子は目を丸くした。

 稔は陽子が息を飲む音をはっきりと耳にした。
「そうよ。ありがとう。私、もう遠藤陽子じゃないの。安田陽子よ。稔の義理の妹なの。だから、稔が逃げている理由はもうないのよ。なぜいつまでもそっちにいるのよ、しかも……」

 含みのある陽子の震えた声に、稔は心穏やかでなく答えた。
「しかも、なんだよ」

「何故なの? フルート科の四条蝶子とつき合っていたなんて! 私は少なくともいつも稔に対して正直だったわ。稔が誰と恋愛しようと邪魔した事なんて一度もなかったじゃない! それなのに、私を十年以上も騙していたなんて、信じられない!」

 稔は陽子の論理展開に呆れて、しばらく返事も出来なかった。
「俺がいつお蝶とつき合ったんだよ! わけのわかんない事言うなよ」

 蝶子は、椅子の上でずっこけた。会話のまったくわかっていないレネとヴィルは困ったように顔を見合わせた。

「いいか、俺はお前に隠れてこそこそ誰かとつき合った事なんかない。大学時代にはお蝶とはほとんど話した事もないよっ。その証拠にあのトカゲ女、コルシカであった時に俺の顔を覚えていなかったんだぜ!」

 ずいぶん根に持つじゃない。蝶子はどっちらけという顔をした。

 陽子は、稔の剣幕を聴いて、どうやら自分の怒りが誤解だったと悟ったらしかった。
「……。ごめんなさい。だって、ショックだったんだもの。私と婚約していたのに、四条蝶子と逃避行したんだと思ったから」

「ったく、お前なあ、あの番組観たんなら、わかってんだろ。お蝶は仲間の別の男と結婚してんだよっ。俺がその前にお蝶と恋仲だったら、そんな複雑なメンバーの中にいつまでもいる訳ないだろう。第一、お蝶は俺のタイプの女じゃない。俺の事、もう少しわかってると思っていたよ」

「わかっていると思っていたのよ。だけど、全部違ったんだと思ったら、黙っていられなくって。それで氣がついたら園城真耶の家に電話していたの」
陽子は悲しそうに言った。

「なら、もういいだろう。切るぞ。優やお袋によろしくな。お前も、元氣で頑張れよ。安田流をしょって立つんだからな」
「稔! 何言っているのよ。安田流の家元になるのはあなたでしょう。いつ帰ってくるのよ」
「俺は帰らない。俺はもう安田流の人間じゃないんだ」
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

あ、やっぱり、あの密着取材番組、見られちゃってたんですね。
まあ、そうなりますよね。
そうか、知らぬは陽子だけ、状態でしたか。それはショックだろうし、複雑な心境だろうなぁ。
陽子はまだ稔に気がある、というか、自分が蝶子に負けたという悔しさがあったんでしょうね。誤解でしかないわけで、稔としてはそれを否定するのに夢中で、まあ言いたい放題。あとで怒られても知らないぞ(笑)
それは置くとして、ラストの稔の言葉、PVにも出てたやつですね。三味線やギターは弾き続けるけど、それは安田流ではない。もう、帰る場所はないということですよね。重いなぁ。以前の「scriviamo!」でヴィルが言っていた、稔のドゥエンデが、という話に繋がっていく感じですね。

次話も楽しみにしています。
2018.10.17 09:16 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ。見られちゃっていました。
それも、稔としては一番厄介な相手に。

稔の母親、周子としては、あまり余計なことは言わない方がいいと思って、真耶を介在して弦を送ったことなどは黙っていたわけですが、陽子としては聞き捨てなりませんでした。それに蝶子とデキていたと思ったら、噴火しちゃいました。

稔が蝶子のことをトカゲ扱いしているのはいつものことだし、まあ、大丈夫です(笑)

そして、ラストの台詞は、そうです。あそこでも使ったものですね。
陽子は、まだ諦めませんので、稔は類似の台詞を何度も言わされることになります。
この稔の宙ぶらりん状態、おっしゃるとおり結構重いんです。ま、今年はそれほど重い所には行かないままですけれど。

コメントありがとうございました。
2018.10.17 22:21 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
わあ、陽子さんに見られちゃってたんですね。
それにしても、けっこう強烈な性格。稔が逃げ出してしまうのも分かるような……。
そして、弟と結婚してしまうとか……。稔にしてもこれはショックなんじゃないかなあ。
私だったら、すごく嫌だなあ><

そして、蝶子への流れ弾ww
この時の蝶子の顔が、すごく鮮明に目に浮かんで、笑ってしまいました。
蝶子、大人だなあ~。
2018.10.19 00:13 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
うわあ。愛と憎しみのトラブルだぁ。
(;´д`)

ううむ。
妥協しないといけないところは妥協しないといけないし、
妥協しちゃダメなところは妥協してはダメなんですよね。
じゃないと、未練と後悔が溢れ出てしまうということですね。

こういう生き方もある意味勉強になります。
(´д`|||)
2018.10.19 04:41 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。一番観られたくない人に(笑)

陽子は、強烈な性格です。っていうか、押しすぎですよね。しかも、弟と結婚した理由も、結構「おいおい」なんですよね……。
でも、稔は彼女にかなり好意を持っているんです。女としてではなくて、友として、ですけれど。
おそらく日本にいた時代は、稔にとっては一番の親友的存在だったはずです。
「私が一番稔のことをわかっている」という陽子の自負は、思い込みではなくて実際にそうだったのだと思います。

稔自身は、ただの一度も彼女と結婚したいと思ったことがないのです。
第一部で出てきたエピソードでは、優との結婚の話を聞いて、稔は仰天すると同時に少しほっとしています。
一つは、自分が逃げ出してしまった事への後ろめたさ、それに彼女に恥をかかせたことへの罪悪感、それになんだかんだ言って幸せになってくれれば嬉しい、などという想いが混じっていたと思います。

蝶子は、まあ、他人事ですから笑っていますね。
トカゲ扱いされるのも慣れたものですし。

コメントありがとうございました。
2018.10.19 22:15 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

まあ、この件に関しては、100%、稔が悪いんですよ。
結婚する約束で、お金を受け取ったあげく逃げ出してしまったんですから。
一応、全額返済しましたけれど、恥をかかせたのは消えませんし。

もっとも人生って、「きっとああなるから、これはしない方がいい」なんて考え方では進みませんよね。
なんてメッセージも入っている物語でした。

コメントありがとうございました。
2018.10.19 22:28 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
わぁ、前回コメント欄で仰られていたように
本当に稔にスポットが当たっていますね!
そして密着取材の懸念ですが、こう繋がりましたか><
しかも一番見られてはいけない人に。
でも稔、どこかで覚悟していたような口調にも聞こえますね。
きっとどこかで「そろそろけりをつけないと」って思っていたのかもですね。

陽子のせりふ「スペインの大道芸人のお祭の事務局長なんかになっちゃって」
に棘を感じました。大道芸を揶揄してるようにも聞こえるし。この時点では蝶子と付き合っていた、って誤解していたでしょうしそれもあったのでしょうね。
顔が見えないので基本的に会話だけのやり取りなんですが、冒頭の陽子の「……。」だったり息を飲むシーンに陽子の複雑な気持ちを見た気がしました。しかもまだ伝えたいことの半分も伝えきってない感じがします。今回は稔が一方的に打ち切っちゃったようですが……

陽子は友として最高だけど女として見れない。
マリサは女として見れるんだけど一方で(性格的なところで)物足りなさを
感じることもある。

複雑です。
電話口からも垣間うかがえる陽子のこういった強さが「女」方面に振り切れるとちょっと勘弁、って感じでしょうか。ううん、それだけじゃないのですよね。

それに、ラストの陽子のせりふ、「何言っているのよ。安田流の家元になるのはあなたでしょう。」
を見て、ああ、この二人は難しい、といよいよ感じてしまいました。陽子、最大の理解者であると同時に稔にとっての最大のアンチテーゼのような気もしたからです。

ラストはどう着地するのか、三回に切った次週、楽しみにしております。
2018.10.21 06:45 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ。そもそも稔はこの人と安田流から逃げてきたわけでして。その陽子がばっちり見ていました。

稔自身は、第一部で日本に行った時から、もう半分「居場所が分かってもいいか」という感じではいるんですね。
だから、真耶の番組に関しても「まずい」という反応ではなかったわけです。
でも、面倒なことに……くらいは思っています。

陽子にとって、稔は安田流の中心、そして自分の隣にいるべき存在だというのが前から変わらぬ想いです。
だから「大道芸人のことなんてやめて、さっさと帰ってこい」という想いが台詞のあちこちからにじみ出ています。
稔自身が、安田流の跡継ぎ的立場であったことも、陽子との親しい関係も「もう終わったこと」と感じているのと対照的です。

陽子は、才能があって努力かなだけでなく、とても頭のいい女性です。
稔がどういう人間で、自分を好きになってくれないということもわかっているんですね。
それで一度は、お金で縛れるものならとトライしたこともあるのですが、それで失踪されてしまったので別の方法を選びました。
今回の台詞にもちらっと表れていますけれど、「もう追って困らせたりしないから、安心して帰ってこい」ということなんですね。

外伝でかなり手の内を見せたように、稔自身も二つに大きく揺れているんですよ。
彼は流派の長としての立場そのものには、なんの未練もないのですが、三味線奏者としての自分や、育った浅草や家族や仲間との絆に対する想いがなくなったわけではないのです。それでいながら、浅草にもとどまれないし、おそらく「好みのカワイ子ちゃん」にもとどまることが出来ないジプシーの魂を持っているわけです。

たぶん、陽子と一緒になったのならば「わかったわよ、好きなだけ放浪してきなさい。私が家は守って置くから」とドーンと送り出してくれるんでしょうが、稔は陽子じゃいやなんですよ。だめじゃん。

まあ、そんなこんな稔の内部矛盾が実は第二部のテーマだったりします。

この後も続けて読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2018.10.21 16:00 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
1000キロ離れた2人の会話かぁ。素敵ですねぇ。
陽子の勘違いも面白かったですが、自分が優と結婚したら問題が無くなって、稔が戻ってこれると考えていたところも面白いです。
彼女の妙な優しさというか、安田流を思う心が現れているというか、なんだろう?陽子の複雑な気持ちを垣間見たように思います。
誤解は解けたようですが、別の異味で稔を諦めるつもりはないのかな。
まだまだ登場の機会がありそうですね。
マリサの存在がわかった時なんか、陽子はどんな反応をするんだろう。
今から楽しみです。

“ヴィルも蝶子の入っていった部屋に向かおうとした時”あ、そうか、2人は夫婦だったんだなぁ、なんて改めて思ったのでした。
2018.10.22 11:45 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
お久しぶりです^^ まとめ読み~^^
少しづつ物語が積みあがっていますね。

さて。
ヨーロッパからかけている、から距離感ありますねえ。
物理的にも精神的にも離れてしまっているのに、思いだけが克服できないのでしょうかね。
これは時が解決する、という単純なものではなさそう?

皆それぞれに背負っているのもがあって、それと向かい合いながら前に進む。
あれこれをクリアにしていくには行程を踏まなくては、ですかね。
(クリアになっていくのか?)
まだまだ旅は始まったばかり、という感じ。
今後、意外なご対面とかあったりするのかな。
次回も楽しみです^^
2018.10.22 14:12 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。
無事のご復帰、おめでとうございます!

そう言えば、前作で「陽子と優のお話が読みたい」とリクエストをもらったことがあります。
その方は、「稔から受けた傷を癒やしてくれたのが優で、その真実の愛に目覚めるまでを読みたい」という思いでおっしゃってくださったようなのですが、陽子が優のブロポーズを受けた理由は、それほど純粋なものではなかったので、とても困った記憶があります。

彼女は、稔を諦めるつもりは0です。
もちろん、弟の嫁になった以上、稔の奥さんになろうと狙っているわけではありませんが、それでも稔を取り戻すことには執念のようなものすら感じますね。

あ、まだ陽子はばっちり出てきますよ! ご期待ください。(期待していないって……)

そして、そうです。個室のある宿泊施設に泊まる時は、蝶子とヴィルは同じ部屋に泊まります。シングルよりダブルやツインは一人頭だと割安ですし、人様の家に泊めてもらう時も、個別に部屋を用意させるとシーツ替えなどの負担が増えて迷惑ですから。それに、たまには二人きりになりたいでしょ、いつもドミトリーで雑魚寝だと(笑)

コメントありがとうございました。
2018.10.22 22:13 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

お忙しい所、まとめ読みありがとうございます!

けいさんは、よくおわかりになるかと思うんですけれど、しばらく離れていると、久しぶりに接触する日本の知人友人との間に、ものすごく距離を感じることがありませんか。

稔の中ではかなりの部分でフェードアウトに向かいつつある部分、色が消えてなくなっていきそう、という所を、陽子の方ではまだまだばっちり原色で強く思っていたようです。

この問題は、電話一本などでは片付きません(笑)
この後も時々出てきます。稔という人を語る上では、外せないエピソードになっていくはずです。

次回出てきたらチェックしてくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2018.10.22 22:18 | URL | #9yMhI49k [edit]

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