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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 2 (12)東京、羊は安らかに -2-

二回に分けた後半です。

蝶子は、きつい性格のため在学中はかなり孤立していたようです。稔はもちろん、今では親友となっている真耶とも、ほとんど口をきいたことがなかった状態で、一人でレッスンに明け暮れていました。

陽子から見た稔の話から、いつの間にか拓人や真耶から見た蝶子のことに飛んでいますが、あとから陽子の回想に戻ってきます。こういう書き方、セオリー破りなんだろうなあ……。すみません。


「大道芸人たち 第二部」をはじめから読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




大道芸人たち Artistas callejeros 第二部
(12)東京、羊は安らかに -2-


 蝶子はしばらく黙った。それから頷いた。
「ええ。具体的な問題があって平和に草を食むって心持ちじゃないんです」

「その問題、これからお茶でもしながら、打ち明けてみない?」
女たらしの顔に早変わりした拓人を見て、蝶子は失望したようにため息をついた。

「申し訳ありませんが、その時間はないんです。この後はバイトに行かなくちゃいけないんで」
「そうかい。明日は?」
「明日は授業の後はレッスンで、その後にバイトです。バイトのない時は練習したいし、どちらにしても結城さんの氣まぐれにおつき合いする時間はありませんわ。残念ながら」

「バイトとレッスンだけに明け暮れているって噂は本当なんだな。じゃあ、いまここで君の問題とやらを言ってみろよ。僕に出来る事があれば協力するからさ」

 蝶子は拓人の意を測りかね、細い目をさらに細めた。けれど、失うものは何もないと思ったので、素直に口を開いた。

「どなたか、勉強になるからとこの曲の伴奏を引き受けてくださるようなピアノ科の方をご存知ありませんか? 来月の前期発表会の出演者に選ばれたんですが、頼んであった同級生にやめられてしまって」

「伴奏者が投げ出したのか?」
「あんまり練習してこないんで文句を言ったんですが、ちょっと強く言い過ぎてしまったみたいで……」

 拓人はカラカラと笑った。蝶子がきつく言い放つ様子が目に見えるようだった。

「他の同級生は誰も空いていないんだ?」
「やめた子と仲がいいんです。もともと、私はあまりよく思われていないようで一年生ではだれも引き受けてくれる人がいません。でも、上級生に伴奏を頼むなんて、氣を悪くされるんじゃないかと思って。お礼を払えればいいんですけれど、そんな余裕はありませんし」

 蝶子は悔しさに顔を赤らめながら言った。拓人は笑って言った。
「前期発表会は、僕も出演するんだ。こっちは午前の部だけど、君は一年生だから午後だろう?空いているから、僕が弾くよ」

 蝶子は目を瞠って言った。
「結城さんが発表会でフルートの伴奏? 氣は確かですか? 結城さんは既にデビューしているコンサートピアニストじゃないですか!」

「でも、勉強は続けないとね。スケジュールをすり合わせよう。君も忙しいみたいだからね。リハする時間はあまりないぞ。授業の合間にもやったほうがいいだろう」

「本当にいいんですか?」
「もちろん。お茶するよりもお互いの事が早くわかるしさ。僕には一石二鳥だ。そのかわり学芸会レベルの演奏をするなよ」

 蝶子ははじめてにっこりと笑った。艶やかで魅力的な笑顔だった。本当に美人だよな、拓人は思った。

* * *


「あら。カンタータ二百八番。珍しいものを弾いているのね」
園城の家を訪れて真耶の父親を待っている間に拓人がピアノに向かっていると、帰ってきた真耶がサロンに入ってきた。

「前期発表会で急遽弾く事になってね」
拓人が答えると真耶は面白そうに近寄ってきた。

「もしかして四条さんの伴奏? 彼女、拓人に頼んできたの?」
「どっちかというと、僕の方が押し掛けで引き受けたんだ」

 それを聞いて真耶はケラケラと笑った。
「いいことをしたわ。ちょっと氣の毒だったのよね。四条さんが怒るのも無理がないほどひどい伴奏だったのに、あの子たちって本当に感じ悪いんだもの。拓人が伴奏するって聞いたら死ぬほど悔しがるわよ」

 拓人はふと顔を上げて真耶を見た。
「お前、四条蝶子と仲がいいのか?」

「仲がいいとか悪いとかいうほど親しくしていないの。でも、うちの学年でまともな音を出すのって彼女の他には数人しかいないのよ。彼女が氣にいったの?」

「ああ、美人だし。だけど、デートする時間はないんだそうだ。レッスンとバイトで手一杯なんだってさ」

「たしかお家に反対されていて、学費もレッスン代も生活費もみな自力でなんとかしなくちゃいけないらしいわ。才能があるだけじゃなくて、その逆境だからよけい頑張るのかもしれないわね。きっといい音楽家になると思うわ。私も負けないように頑張らなくちゃ」

* * *


 真耶は、リハーサルのために車で上野に向かっていた。カーラジオからは、バッハのカンタータ二百八番が流れていた。もう十五年近く前になる、大学一年の秋の事を懐かしく思い出しながら微笑んだ。あの頃は、蝶子のことはほとんど知らなかった。こんなに後になって、遠く離れていながら自分にとって唯一といえるほど近い存在になるなど、どうして予想できただろう。

 あの発表会の日、蝶子は拓人の伴奏でカンタータを見事に吹き、聴衆の喝采を浴びた。それにも関わらず、蝶子のたたずまいは寂しげだった。

 心の休まらぬ終わりのない戦いの日々、心を預けられる友人も仲間もなく、恵まれて怠惰な同級生たちに対するいらだちを隠す事も出来ず、孤立していた。真耶はそんな蝶子に対して、氣の毒に思いつつもどうすることもできなかった。

 けれど、今ではまったく違っている。ヴィル、レネ、そして安田稔。あの三人が周りで彼女の平和を形作っている。その平和に真耶は心から感謝したい氣持ちだった。

* * *


 ラジオからのカンタータ二百八番を聴きながら、陽子の心は乱れていた。

 あの時、私は四条蝶子を哀れに思った。あの人には友達もなく、音楽を続ける事への応援もなく、未来もないように見えた。

 あの時、私の未来はバラ色に見えていた。お父さんは私が三味線に精進する事をとても喜んだ。私の側にはいつも稔がいた。つまらない女の子たちを追い回す事の虚しさに氣づけは、稔は必ず私と生きる事を選んでくれると信じていた。

 けれど、十五年経ってみたら、私はここで一人で三味線を弾いている。稔が帰ってきてくれるのをひたすら待ちながら。

 稔。私は、あなたが帰って来るのが苦にならないように、ありとあらゆる環境を整えているの。だから、帰ってきて。お願い、帰ってきて。
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Category : 小説・大道芸人たち 2
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れ様でした。
旅行(?)中であり、しかもご多忙なのに、ちゃんと更新をアップされる……見習わなくては(今度は、やるやる詐欺w)
セオリー破りとか、気にしちゃいけません。面白ければいいんです、はい。

蝶子が音楽に潜ませていた「狼」は、なんと自分自身でしたか。
うん、たしかに、周囲の学生たちとの間では、孤独にならざるを得ないですね。自分の力だけで、結果を出さなければならない。ぬるいことをやっているわけには、いかないんですからね。
蝶子のよき理解者というか協力者が拓人だったというのも、さもありなんという感じです。このデュオの演奏、音楽はもちろん、ビジュアルの面でも抜群だったんじゃないかな。

そして、学生時代の孤立から様々な出来事を経て伴侶や仲間を得た蝶子と、稔にひたすらこだわりつづけている陽子との対比が見事です。
それにしても、陽子の稔への思いは深いですね。稔の弟との結婚が、安田流を継いで安田の家に入ることだけが目的なのではなく、稔が帰ってきやすい心理的な状況を整えることも狙いなのだとしたら、さすがにちょっとやりすぎなんじゃないのかなぁ。もしそれが狙いで、しかもそのことが稔に勘付かれたら、余計に遠ざかるような気がします。

なんか、この先の波乱が楽しみ、もとい気がかりです。
次話以降も、とお~っても楽しみにしていますので、どんどん更新なさってくださいね。なんなら、週に二回になっても、良くってよ(笑)
2018.11.14 08:07 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。
予約投稿したのを忘れていました。orz

いや、今回は視点があまりにもぐるぐる。

さて、そうだったのです。蝶子は自分でやっかいな事をやって、参っていました。
拓人は美人には親切かも。ビジュアルはよかったかも。二人とも性格はああですが。

蝶子は現在に生きていますが、陽子はずっと稔との日々にこだわっています。優は半分理解した上で結婚したのですが、時間と共に自分が兄に代われると思っているかも。稔はもっと逃げますよね。怖いもの。

この火だね、まだ引きずります。

週に二話なんて無理です。ストックがなくなるし。

コメントありがとうございました。
2018.11.14 13:55 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
蝶子の才能はやはり光っていたんですね。
拓人の目にとまって伴奏を引き受けてもらえるなんてラッキーですよね。
ま、これでますます同級生の僻みを受けることになるのかもしれませんが、ここまで来たら蝶子はあまり気にしないかもしれませんね。
素直な感想としては、伴奏を断った彼女やハミ子にした同級生たちに対して、いい気味・・・という感情を持っちゃいました(単純)。
真耶や陽子にも蝶子の光は届いていたようですが、蝶子は陽子の事を全く覚えていない様子。
蝶子の学校生活には、学科が違う人にまで関心を持つ余裕は無かったということなのでしょう。

サキには陽子の気持ちがよく分かりません。
三味線、しかも安田流に全てを捧げているようにも見えますが、これって稔への思いとはまた別の感情なんでしょうか?
優とはどんな感情で夫婦をやってるんでしょう?
帰ってきてと言われても・・・的な状態になってないのかな?
稔の気持ちの方が少しわかるような気がしました。
でもまだ陽子を嫌いな人リストに入れるのはやめておこうと思います。
2018.11.15 11:40 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
おはようございます。
ああ、キーボードって素晴らしい。

蝶子は天才的な才能があったと言うよりは、多分誰よりも死に物狂いだったと思います。
後ろ盾もないし、後もないし、それにあの性格なので、絶対に誰にも負けないと誓っていたかと。

拓人は、女にはあまねく甘いですが、音楽な関しては意外に真摯なので、喜んで協力したでしょうね。結局ナンパは成功していませんが。
ほかの人たちに妬まれても、蝶子は鼻で笑うでしょう。

ちなみに蝶子が稔や陽子をはじめいろいろな人の顔と名前を覚えないのは、おそらく興味がないからだと思います。
真耶や拓人のことは憶えていますし。
実は、人の顔と名前を憶えないところだけ、蝶子と私には共通点があります。
オフ会でお目にかかった方はたった一度で二年ぶりでもちゃんと憶えていましたが、中学や高校で一緒だった人の大半が思い出せません。
一度、渋谷で再会して、まるっきり思い出せず失望させたことがあります。まずい。

陽子は共感を得にくいキャラかもしれませんね。
優と結婚したのは、恋愛対象が変わったからではないことは間違いないです。
この人、徹頭徹尾、稔のことしか考えていないのです。
優は、そのことを知っていてプロポーズしましたが、いずれは自分を見てくれるだろうと思っていた節があります。
ただ、夫婦というのは、惚れた腫れただけではないので、一緒にいることでかつての関係とは違うものになってくることも確かです。

楽器と演奏に対する思いは、稔への執着とはまた別です。
彼女もとてつもない情熱をもって芸に向かっています。
この人もキツい人なので、自分にも他人にも厳しいです。

稔については、陽子はおそらく誰よりも彼を理解しています。
頭のいい人なので、自分が彼好みではないこともわかっているんですが、それでも諦めずに追ってしまう。で、ますます稔は逃げる。

好きな人、嫌いな人は、それぞれお好みですが、私のキャラはどれも善玉悪玉だけではないので、好きな人から嫌いな人への大変換は普通にあり得ますねぇ。主役級でも同じですね。逆はどうなんだろうなあ。嫌いから好きは、難しいかもしれませんね。

コメントありがとうございました。
2018.11.16 01:24 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
あぁぁ、こうやって陽子の想いに帰結していくのですね。
構成もあいまって蝶子さんと陽子との対比が見事です。

蝶子さんですが、今も昔も基本的に勝気なことに変わりはないんだけれど
大学生の頃はなんていうかそこに余裕のなさが加わって
ひりひりするものを感じました。
でも彼女の場合、それが一種の魅力につながっていたんじゃないかとも
思います。
美人なのに苦労人で寂しげに演奏するなんて、拓人じゃなくても
男性は放っておけなくなるんじゃないかなぁ、って思いました。

さて陽子ですが、彼女も稔同様、複雑な心理を抱えたキャラですよね。
でもなんかわかる気もするんです。
きっと陽子さんは優のことが「大事じゃない」なんてことはないんですよね。
夫婦って単純な惚れた腫れただけじゃはかれないから、そこには
二人にしか分からない繋がりがあるんだと思うんです。
でも一方で「夫婦」ってくくりを抜けたとき妻側(ここでいうと陽子)の
心の中だけでうずまいている問題というものがあって、それが彼女にとって「稔」なんじゃないかなぁ、と思いました。
うまく言葉でいいあらわせなくて歯がゆいのですが、そういった夫婦の複雑さが
興味深いなあと。
それがこの物語の主題ではないとは思うのですが、優側の気持ちを想像すると
また違った表情が見えてくるのかなぁ、と思ったりしました^^
2018.11.19 16:15 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

新旧の稔のそばにいる女って感じでしょうか。恋人のような立場ではないけれど、それよりもずっと近い、みたいな。

蝶子の大学時代は、もうああいう性格ではありましたが、もっと八方塞がりだったかもしれませんね。
もちろん彼女は拓人や真耶のようにプロの演奏者として成功したことはないんですが、それに匹敵するほどの実力をつけたのは教授にひいきされるようになった後で、その頃からいろいろな面での自信もつけていますよね。今は態度のでかい大道芸人ですが。

ま、拓人は、基本的によほど難ありでなければ一通り口説くんですよ(笑)

陽子の心の中では未だに稔オンリーなんですけれど、実際に夫婦になって暮らしている優のことは、恋愛感情を持たなかった分、かなり早くからちゃんと家族になりつつあると思うんですよね。それに加えて、彼女の中には頼りない夫に安田流のことは任せられない、稔が帰ってくるまでは自分が支えなければと、そんな思いも持っています。

優は、陽子が稔を追っかけ回していたのをずっと見ていて知っていますし、それでも、「お嫁さんになってほしい」と頼んだという裏エピソードがあります。その優の思いも、陽子の今回の思いも、それぞれに私の個人テーマにつながっているというわけです。

ま、そこまで書いていると収拾がつかなくなるので、このストーリーにおける優はあくまでモブキャラに終始しています。

コメントありがとうございました。
2018.11.20 16:18 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
少し曖昧だったキャラたちの関係性が、過去の話によってちゃんと理解できて、お得感いっぱいの2話でした。

出会った当時の拓人や真耶から見た蝶子、というのも、新鮮で面白かったです。拓人はやっぱり一番のナンパキャラですね。でもなんか、憎めない。
音楽に関してはとてもまじめで真摯というギャップがいいんですよね。

陽子の想いというか、執着はいまもなお強いみたいですね。
結婚してるんちゃうんか……と、ツッコみたくなるのですが、だからこそ、この人の尋常じゃない愛が感じられます。これ、陽子さん視点の話にしたら、けっこうドロドロとした愛憎劇になってしまいそうですね……。
私もサキさんと同じで、陽子の執着の感情は理解できないんですが、これからどう変化していくのか、はたまたこじれていくのか、その辺もちょっと楽しみに見守っていきたいです。
2018.11.21 02:25 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは。

先日は、どうもありがとうございました!!

さて、ずっと本人たちだけの視点で書くのもありなのですけれど、そうすると主観によって偏るかなあと思って、あえて今回はいろいろな主観をずらして書いてみました。真耶や拓人にとっての稔と蝶子の存在と、陽子にとっての稔と蝶子の存在は、同じ大学の同窓生でありながらずいぶんと変わっているようです。

拓人のナンパキャラは、変わりませんねー。とりあえず口説いてみているようです。でも、音楽に対してだけはかなり真面目なようですね。

陽子の行動や考え方は、やはり少し特殊ですよね。
ま、普通の人は、自分を捨てて失踪した男の弟とは結婚しないと思いますし。この人、稔への執着、ずーっと続きます。そして、そのことがこの後のストーリーに、ちょっとだけ影響を及ぼします。

また読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。


2018.11.21 05:12 | URL | #9yMhI49k [edit]

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