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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】鈴に導かれて

「十二ヶ月の歌」の二月分です。「scriviamo!」開催中なんですが、いただいた作品へのお返しが全て終わっている(追記:昨夜サキさんから新たに一ついただきました)ので、こちらを発表しておくことにしました。三月分も書かないとまずいなあ。

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「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。二月はユーミンの“ BLIZZARD”にインスパイアされて書いた作品です。これは歌詞も動画も省略しました。ご存じない方は、検索すればいくらでも出てきますので……。

原曲はみなさんご存じのように、冬の定番ラブソングで、かなり胸キュンなユーミンワールドです。この曲が効果的に使われた映画もありましたし。なのですが、私の作品では全く別の使い方をしてあります。昔からちょっと思っていたんですよね。「これって、胸キュンっていうか、かなり怖い状況じゃないかな」って。一つ間違えば遭難じゃないですか。


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鈴に導かれて
Inspired from “BLIZZARD” by 松任谷由実

 思った通り、天候は変わってくれた。朝は晴れていたから、彼女は疑いもしなかっただろう。全て計算通りだとは。

 和馬はストックにつけた鈴を響くように鳴らした。かなり遠くから、答えるように鈴の音が聞こえてきた。辺りは、もうほとんど視界が消え去っている。横殴りの吹雪、もちろん誰もいない。あの時とそっくり同じだ。だが、恐怖と不安に震えていた、あの時の俺とは違う。さあ、来い、恭子。お前の人生の終着点へ。

 間もなく起こる妻の事故死が、彼に多額の生命保険金を約束してくれるはずだった。彼は、泣きながら説明するだろう。「天候が変わったので急いで下山しようとしたのですが、吹雪いていてコースを外れたことに氣がつきませんでした。視界がほとんどなかったので、彼女はあの岩が見えなかったのだと思います」

 その岩には、いま彼がもたれかかっている。千恵子が命を落としたのも、この岩に激突したからだった。もちろん、あの時は俺は何もしていない。吹雪になったのも偶然だった。

 あの事故があったのは、十年以上前だ。千恵子は、和馬の同窓生だった。二人が付き合っていることは、ほとんど誰も知らなかった。卒業後は東京で暮らすつもりだったし、田舎娘と小さくまとまるつもりは全くなかった。妊娠しているかもしれないと言われた時にはぞっとしたが、今は刺激をせずにまだ早すぎるからなどと言いくるめて中絶させようと思っていた。

 山は寒いし、スポーツをすることで、もしかしたら流産するかもしれないと考えたのは事実だ。だが、彼女をスキーに誘ったことにそれ以上の意図はなかった。今日とは全く違う。

 コースを外れたのもいつものことだった。和馬と千恵子は、子供の頃からこの山に通い詰めていたので、スキー客の来ない急斜面をいくつも知っていた。天候が変わりそうだったので、早く降りた方がいいからと、近道をしようといいだしたのは千恵子の方だった。

「降ってきちゃったね。やばいかな」
「急いだ方がいいよな」
「そうだよね。ねえ、ユーミンの歌みたいに鈴つけてよ。せっかくだもん。ほら、上の売店で買ったお守りの鈴」

 姿は見えなくても、ストックにつけた鈴の音を頼りに後を追う、そんな歌詞だったように思う。和馬は「追いかけられる」ことにうんざりしたが、そんな様子は見せずに鈴をストックにつけて滑り出した。

 彼女を、待つつもりはなかった。とにかく早く麓へ着きたかった。後ろから響く鈴の音がだんだんと小さくなり、彼は少しほっとした。何があろうとも、あいつから逃れなくては。結婚なんてことになるのは死んでもごめんだからな。俺の輝かしい人生は始まったばかりだというのに。

 自分のつけている鈴の音が、うるさかった。千恵子につけられたことも腹立たしかった。それをつけている限り、彼女から逃れられないとすら感じられたので、投げ捨てようと思い立ち止まった。

 そして、ぎょっとした。白い吹雪の煙幕に隠されてほとんど見えていなかったが、すぐ近くに大きな岩があった。こんなのにうっかり激突していたら死んでいたな。

 そう思いながらグローブを外して鈴を取り除こうとした。手がかじかんで、うまく外せない。鈴は大きく鳴った。呼応するように、鈴の音が近づいてきた。

「えっ?」
突然、視界に現れた千恵子が、そのまま岩に激突した。

 動かなくなった千恵子をそのままにして、和馬はその場を後にした。その時は逃げることしか考えていなかった。いろいろな責任から、失うものから、恐怖から。吹雪は、和馬がその場にいた痕跡を全て消してくれた。

 千恵子の遺体が見つかり、彼は同窓生として何食わぬ顔で葬儀に出かけた。彼女がなぜ一人であの雪山にいたのか、誰もしらなかったこと、妊娠もしていなければ、事件性も疑われていなかったことに安堵した。そして、あの日のことは、ずっと胸の内に秘めたまま、故郷を離れ東京で生きてきた。

 それが、この岩だ。

 和馬は、ことさら手を振り鈴を鳴らした。恭子、お前には悪いが、あの保険金がないと俺はもうにっちもさっちも行かないんだよ。そのために、大人しくて頭の回らない、お前みたいな退屈な女と結婚したんだからな。千恵子の事故は忘れたことがない。あれに俺が関係していたことは誰も知らない。だから、あれにヒントをもらったなんて誰にも証明できないだろう。完全犯罪。させてもらうぜ。

 彼は、結婚したばかりの妻を言いくるめ、保険をかけた。初めての年末年始を夫の生家で過ごすのもごく自然だ。そして、子供の頃から行き慣れたスキー場へ案内する。偶然・・ 天候が崩れる。視界の悪い中、下山して一人だけ事故に遭う。なんて悲劇。

 呼応する鈴の音が大きくなった。こだまして、二つも三つもあるように聞こえる。おかしいな。あの時は聞こえてすぐに千恵子がぶつかったのに。

 鈴の音だけが響いていたかと思うと、不意にあの時の千恵子の来ていたのと同じ黄色いスキーウェアが見えた。まさか! 恭子はピンクのスキーウェアなのに。

「いったでしょう? ユーミンの歌みたいにしようって。ブリザードは世界を包み、時間と距離も消してくれるのよ。二人を閉ざしてくれるの……」

 千恵子! まさか、幽霊が? 俺は、お前を殺そうとしたわけじゃないんだ。お前が勝手に死んだんだろう。やめろ、俺にとり憑くのはお門違いだ。

 和馬は、慌てて立ち上がり必死に逃げた。滅茶苦茶にストックを動かしとにかく麓へ急いだ。手元のストックについた鈴が大きく鳴る。焦りながら、そちらを見た一瞬、前方から注意がそれた。前をもう一度見た時には、迫り来る大きな岩は、もう目と鼻の先だった。

* * *


 夫の事故死から半年が経ち、恭子は久しぶりに友人との食事に出かけた。若くして未亡人になってしまった彼女の肩を抱いて、力づけようとした。

「スキー場で吹雪に遭うなんて本当に大変だったよね。でも、恭子が無事に下山できて本当によかったよ」
「前方は、ぜんぜん見えなかったんだけれどね。でも、ずっと彼のストックにつけていた鈴の音を頼りに進んでいたの。氣が付いたら麓のリフト乗り場にいたのよ」

「え。でも、ご主人が亡くなったところって……」
「そうなの。麓じゃなかったし、コースも外れたところだったの。でも、私はずっと鈴の音を頼りに下山したのよ。きっと私のために、亡くなった後も案内をしてくれたんじゃないかって、今でも思っているの」

 彼女は、そっと白いハンカチで目頭を押さえた。
「彼が、こんな風に亡くなるなんて、想像もしていなかったけれど、でも、まるでわかっていたみたいに、彼は私のためにいろいろしてくれていたの」

「たとえば?」
「例えば、生命保険。結婚したばかりだし、まだ若いからいらないんじゃないのって私は言ったんだけれど、彼がどうしてもって言って、お互いを受取人にした保険金に加入したの。おかげで、私は路頭に迷わずにすんだのよね」

「そうか。そのご主人を悲しませないためにも、恭子、早く立ち直ってね。あなたは若いんだし、人生はまだまだ続いていくんだから」
「うん。ありがとう、力づけてくれて。いつまでもメソメソはしていたら、彼も成仏できないものね。私、頑張るね」

 恭子は、あれからお守り代わりに常に身につけているキーホルダーの鈴を振って微笑んだ。

(初出:2019年2月 書き下ろし)
関連記事 (Category: 短編小説集・十二ヶ月の歌 2)
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Category : 短編小説集・十二ヶ月の歌 2
Tag : 小説 読み切り小説 月刊・Stella

Comment

says...
執筆、お疲れさまでした。

懐かしいなぁ、BLIZZARD。聞きながらよくスキーに行きましたよ。ええ、あのイントロが流れると、一気に気分が盛り上がるんですよね。なにせ、あの映画世代ですから(年齢層モロバレw)

たしかに、実際にスキー場で吹雪に見舞われると、あんなロマンチックな気分にはとうていなれなくて、早くレストハウスとかに逃げ込みたくなります。ましてや、山頂や林間なんかのロングコースを滑走中だと、遭難とまではいいませんが、かなりヤバい気分にはなります。
ちらちら降っている分には、ほんと、歌の通りなんですけどね。

さて、稀にみる鬼畜な和馬の末路には、一片の同情もありません。因果応報を絵にかいたような結末は、八少女夕さんの持論のとおりですね。
千恵子のは完全な事故ですので、発見者は救護活動をする義務がですね……(以下略) 千恵子は、もしかしたら自分の身に起きたことがまだわかっていなくて、あの辺をさまよっていたんじゃないですかねぇ(ガクブル) ほんとに、和馬についていきたかっただけなんだろうし。
恭子を助けようとまで思ったかどうかはわかりませんが、千恵子もこれで行くべきところに行けたんじゃないですかね。

そういえば、もう長いことスキーに行っていません。うん、雪のあるうちに、一回行っておくか。
2019.02.18 23:31 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
このお話はホラー系ですが、ちょっと触ればミステリーにもなりそうに思います。
和馬には、犯人として罰をうけてもらうということで・・・。
あ、もう罰は受けちゃってますけどね。

サキはこの「BLIZZARD」を知りませんでした。ユーミンの歌は大概知っていると思ってNET検索して聞いてみたのですが、あれれ?覚えがありませんでした。
素敵な曲なので、この曲からこのストーリーを発想されるとは、ちょっと驚きです。

それにしても和馬、身勝手な奴ですね。読めば読むほど酷い奴です。
因果応報というか、同情は全然沸きませんね。
千恵子は鈴をつけることを提案したり、完全に和馬を信頼している様子なのに、本当に可愛そうです。

でもこれ、恭子殺しが上手くいっていたとしても、10年前に同じような事故があったことを疑う刑事さんか誰かが出てきそうな気がするんですよね。
そして、和馬を追い詰めていくんですよ。
あ、余計な想像でした。

恭子が悲しみを乗り越えて幸せそうなのが救いですが、恭子のしたたかさまでを感じてしまったのはサキの読みすぎでしょうね。

いつもと少し色の違う物語。楽しませていただきました。
2019.02.19 12:23 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

なつかしいですよね。スキーといったら、冬といったら、この曲だった時代もあったなあ。あはははは。

で、昔は雪そのものをよく知らなかったので、あまり怖いとは思わなかったのですけれど、最近大変な大雪で「これ、通勤で遭難しそうなんですけれど」に悩まされたりすると、「雪山でブリザードって、動くな、山小屋に居ろ!」と思ってしまうようになりました。

さて、この話、いくらでも現実主義者の説明はつくというか「罪悪感が見せた幻でしょ」とか、「鈴の音がどっかでこだましただけでしょ」とか「偶然でしょ」なんてことも言えそうです。

また、本当に千恵子のことがバレていなかったのか、恭子がそこまで何もわかっていなかったのか、その辺も藪の中です。そういえば借金はどうしたんだとか。

しかし、まあ、一番素直に受け止めて、TOM−Fさんのように千恵子が大好きな和馬を連れて二人だけの世界へ行った、というのが一番収まりがいいかもしれませんね。

さて、こちらもそろそろ春の氣配です。二十年近くスキー場から15分の所に住んで、未だにスキーしに行っていない私でした。ははははは。

コメントありがとうございました。
2019.02.19 22:45 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

う。そ、そうですか。やはり若い世代は、この大ヒットですら知らないということがあるんだなあ。歳を感じる。(遠い目)

さて、そうですねぇ。
ミステリー的な話にも出来そうですが、残念ながら現場での証拠が残らないんですよね。

それと、私がこの話を思いついたきっかけというか、一番脳内に点滅していた思いというのは「雪山をなめるな」なんですよね。
上手く利用すれば完全犯罪に出来るとか、自分だけ上手く切り抜けられるとか、その手のおごりに「そうは問屋が……」って話を書いてみたかったのですね。

恭子の視点でのモノローグがないので、恭子が実際に何を思っているかは藪の中です。
もしかしたら出し抜いたのは恭子の方だったのかもしれないし、和馬が馬鹿にしていたことも全くわからないおめでたいまでの純朴な女性かもしれない。千恵子を知っていて復讐した、なんて展開もありえますけれど。

ま、そもそもユーミンの歌とはかなりかけ離れていますが、この「十二ヶ月の●●」シリーズのバラエティの一つとして、異色の話にもトライしてみました。

コメントありがとうございました。

2019.02.19 22:54 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ユーミンの曲は大抵知ってるつもりだったのですが、
サキさん同様、この「BLIZZARD」は知りませんでした。
以前、偶然ユーミン特集の番組見てたのですが、
ユーミンファンの方いわく、ユーミンは歌うときに余計な感情を込めない、
のだそうで、だから歌の世界にすんなり入っていけるのだそうです。
とか、ユーミンは中学生くらいのときに、教会のパイプオルガンの音が
自分の体の中に「降って」きたそうで、そう言われてみるとユーミンの声って
パイプオルガンぽいよなぁ、と。
そして何より歌詞ですが、ユーミンの歌って基本的にストーリー性があって
いろんな解釈ができる、ってところも特徴だと思います。
この「BLIZZARD」も、歌詞を見てきたのですが、
この歌、歌詞だけ見てる分には冬のラブソング、と受け取れるのですが、
そこにユーミンの歌声が乗るとちょっと不気味な感じに聞こえる
不思議な歌だなあと思いました。

和馬は、夕さんのキャラにしては珍しく真性の鬼畜さんですが、
保険金目当てに人間をコントロールしたつもりが、それよりもっと大きな相手、
自然にしてやられた、って感じですね。
雪山を舐めるな、がテーマの一つでもあるそうですが、確かに雪山って
人間がコントロールしようと思うと碌でもない目に合う気がします……
そういう意味で、このお話はちょっとスカッとする感じもしました。

夕さん的に、千恵子の幽霊がこういう結果を導いた、という感じではないと思うのですが、でも鬼気迫る描写も相まって、ホラー小説としても秀逸な感じがしました。
雪山(と女性の情念)は怖いですね。
2019.02.25 03:15 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

あ、そうなんですね。
私は自分がスキーに行かないので、分かっていなかったのですが、スキー場に行けばエンドレスでかかっているんだと思っていました(笑)

ユーミンの曲、歌詞は、いろいろな視点のものがあって、物語としてみるととてもバラエティに富んでいますよね。
いろいろな物語がすぐに頭の中で展開し、しかも、どれだけ時間が経っても、未だに納得できる内容のものが多くてすごいなと思います。
昔は歌い方が少し苦手だったんですけれど、最近は、氣にならなくなりましたね。
一人の時に、ドライブで聴いています。メチャクチャ定番な使い方(笑)

さて、この名曲でこんな発想をするのはいかがなものかと思いましたが、トキメキのラブストーリーにしても、なんか面白くないかなと思って。だってユーミンそのままになってしまいますし。

こちらでも「自然をなめてひどい目に遭う」方、けっこういるんですよ。
神罰が与えられたとか、そういうつもりで書いたわけではないですが、反対にこれで完全犯罪が成立したらいくら何でも後味が悪すぎますよね。

ちなみに、完全犯罪なんてしようとしていない時でも、通勤途中のブリザードは真面目に怖いです。

コメントありがとうございました。
2019.02.25 20:31 | URL | #9yMhI49k [edit]

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