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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(2)はじめての夜と朝 - 2 -

「霧の彼方から」の続きです。三回に切った「はじめての夜と朝」の二回目です。

R指定と書いたものの、そうでない部分に記述が集中しているので、結局今回も出てこない……。出てきても大したことはないので、来週にあまり期待されると困るのですが。きっかり三等分できず、今回は少し長いです。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(2)はじめての夜と朝 - 2 -

 息ができない。苦しい。助けて。

 シャワールームのドアノブをつかもうとしている時に、扉の向こうに走ってくる音が聞こえた。グレッグだ。

「ジョルジア、ジョルジア。どうしたんだ。大丈夫なのか。問題があるなら、ここを開けてくれ」

 彼女はなんとか半分立ち上がると、ドアノブを必死で回し、自分でドアを開けた。彼は、助けを求めて倒れかかってきた彼女を受け止めた。

 彼女の呼吸困難で硬直した様相と同時に、脇腹の広範囲な痣に彼はショックを受けた。

「どうした。火傷をしたのか」
シャワーが熱すぎたと思ったらしい。もちろん温度は特に熱すぎはしなかった。

 その痣の色は強烈で、その大半にボコボコとした丘のような部分があるためにグロテスクではあるが、出血したり爛れて炎症を起こしているような類いのものではない。

 彼女の明らかにおかしい様相がその肌のせいでないことを彼はすぐに理解した。それはもっと内的な苦痛のようで、息苦しさに怯え、筋肉を硬直させて、彼にしがみついていた。

 彼は直に、彼女が過呼吸の状態に陥っていることを見て取った。息ができなくて苦しいので死ぬかもしれないと恐怖からパニックに陥りとにかく吸おうとしている。そのために浅く引きつけるように呼吸することになり余計に吸えなくなる。

「落ち着いて。ゆっくり息をすれば大丈夫だから」
彼は、座り込んだ彼女をしっかりと抱えて、彼女が不安を消せるように力強く言った。

 彼女は、頷いた。過呼吸になったのは初めてではないので、どうすべきかは頭ではわかっているのだ。

 彼は、手を伸ばしてシャワーを止めると、彼女の背中をさすりながら一緒にゆっくり息を吐くリズムをとった。彼女は、それに合わせようとした。初めは難しかったが、やがて同じリズムになってきた。

 数分後には彼女の発作は治まった。彼女はまだひどく震え、グレッグのびしょ濡れになったシャツにしがみついている。

 彼は彼女を助け起こし、浴室から出る時にバスタオルで彼女を包んで、まずリビングのソファに座らせた。それからバスローブを持ってくるとそれを着せて、バスタオルで濡れた髪や顔を優しく拭いてから、抱き上げて客間のベッドに連れて行き、寝かせてシーツをかけた。

* * *


 彼女はぐったりとして、瞳を閉じた。

 彼が連れてきたのは、一年半前に初めて《郷愁の丘》に来た時にずっと滞在した、見慣れた部屋だった。あの時、この部屋のドアは、彼の想いを知っていたジョルジアにとって、彼の存在を遮断し身の安全を保障したが、今度はその反対だと感じた。

 きっとこれでおしまいだ。彼は、私を今迄と同じようにただの友人として滞在させ、何もなかったことにするのだろう。泣いてはいけないと自分に言いきかせた。彼に罪悪感を植え付けることになり、フェアではないから。

 彼に痣の事を黙ったまま愛してもらおうと企んだ報いだ。あんな形で、電灯の下で肌を彼に見せることになるなんて。あの発作は十年以上起こさなかったのに。

「落ち着いたかい」
「ええ」

 瞼を開けると彼は、濡れたシャツの上から、タオルで上半身を拭いていた。心配そうに覗き込む瞳が見えた。

「パニック障害の呼吸困難なの。もう治ったと思っていたのに」
ジョルジアは告げた。

「苦しかっただろう。寄宿学校時代の同級生が同じ発作を何回か起こした。それですぐに過呼吸の症状だとわかった。彼の件がなかったら対処方法がわからずにオロオロしただけだったろうな」
「自分でも、ゆっくり呼吸しなくてはいけないと知っているんだけれど、パニックに陥っているとできなくなるの。助けてくれて、本当にありがとう」

 彼の優しいいたわりは、苦しみと絶望でささくれ立った彼女の神経を落ち着かせていった。かつて彼女を罵倒して追い出した男と同じものを目にしたのに、グレッグの表情や声色には恐怖や怒りは全く感じられなかった。
「もし君が一人で眠るのが怖いならば、今晩はずっとここに控えていてもいい」

「無理しないで。大丈夫だと思うから。うんざりさせてしまって、ごめんなさい」
「何の事を言っている?」

 また不安と悲しみが押し寄せてきた。シーツに顔を埋めてようやく答えた。
「何度も話そうと思ったんだけれど、勇氣がなかったの。ごめんなさい。初めからちゃんと醜い化け物だと言っていたら、あなたは私なんか好きにならなかったでしょうし、こんなに長く苦しむこともなかったのよね」

 グレッグは、心底驚いた様子ですぐ近くに座ると、とても真剣な顔で訊いた。
「あの肌のことか? まさか。誰がそんな事を?」

 ジョルジアは、顔を上げることができた。これまでと変わらない優しい瞳が見つめていた。彼女は小さい声で答えた。
「十年以上前に、初めて付き合った人と夜を過ごすことになって……。その人は悲鳴をあげたわ。そして、こんな化け物を愛せる男なんかいないって」

「そんなひどい事を」
「私は、自分では子供の頃から見慣れていたから、そこまでおぞましく見えるとは思わなかったの」

 彼は首を振った。
「痛々しいとは思ったけれど、醜いとは思わなかったよ。本当だ」

「でも、そう言われて嫌われて、どうしていいかわからなくなってしまったの。その事を思い出す度にさっきみたいに息が出来なくなって、しばらくクリニックに入院したわ。退院してからもずっと人前に出られなかった。ずいぶんよくなって、今は仕事もできているし、普通の生活はできるようになったの。でも、もう誰かにこれを見せることは二度とないと思っていた。恋もしないはずだったのに」

 彼は、ようやく理解した。パニック症候群の引き金となったのは受けた心の傷で、素肌を見せる不安から今夜再びフラッシュバックを起こしたのだと。彼は、そっとジョルジアの頬に手を添えた。
「今でもその男が恋しい? その男に愛してもらえないと君は救われないのかい」

 彼女は、首を振った。涙が頬を伝わった。
「いいえ。ジョンのことは、もう何も。嫌われていたって、構わないの。ただ、好きな人に、あなたに、こんな体でも愛してもらえたらいいのにと願っていた。でも、生理的に受け付けないものはどうしようもないって、わかっているの。冷めてしまっても当然だと思うわ」
「そうじゃない。僕は、体調の悪い君に無理をさせたくないだけだ。君が望むなら、もちろんすぐにでも……」

 そういうと、顔を近づけてきて先程よりも情熱的に口づけした。ジョルジアは、恐る恐る彼の髪と顎髭に指を絡ませてそれに応えた。彼はベッドに上がってこようとして、動きを止めた。服から水が滴っていた。

 ジョルジアが不安な様子で見つめると、それを打ち消すように口角を上げて言った。
「僕もシャワーを浴びてくる。待っていてくれ」

 彼女は、ホッとしたまま瞳を閉じると、彼が部屋から出て行く音を聴いた。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

どさくさ紛れにカミウグアウト、というのは前回の流れから予想していましたが……いやあ、グレッグ、すっごいグッジョブじゃないですか。

ジョルジアのパニック障害のシーン、緊迫感がありました。それにじつに冷静かつ的確に対処しただけでなく、彼女のトラウマに対するケアも上出来。あんなふうに接してもらえたら、ジョルジアのトラウマも解消していくでしょうね。
失礼ながら、やればできる子だったんだな、と再認識。

そして落ち着くべきところに落ち着く、というところでお預けなんですね。うう。
前回の八少女夕さんのコメントで、ジョルジアがアレなのはわかりましたけど、さてグレッグはどうでしたっけ? あたふたしてないし、せっかちでもないところを見ると、経験者かな?

次話、いよいよなR18展開、楽しみにしています。
2019.04.17 08:31 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
よかった!!!
でもジョルジア、卑屈になってるなぁ。
グレッグがそんなことぐらいで態度を変えたりするはずはないのに・・・。
でもこれは読者だから言えることで、当人にとってはそう考えざるを得ない相当の理由があるんですよね。
でも思い描いていた通りの展開でした。
シャワーヘッドの音のおかげでで一気に難関は突破できましたね。怪我の功名というか、こんなことでもないとずっとウジウジしたまま友人として滞在、なんて悪夢のようなことが実際に起こりそうな雰囲気でしたもの。
でもさすがにグレッグ、やるときはやります。それも自然に。態度や台詞の端々にまで思いやりや愛情があって、とても素敵でした。
生物学者ですからジョルジアのような酷い痣にも冷静な視線を向けられるということもあるんでしょうけれど、それよりもグレッグの人間性の賜物ですね。
惚れちゃうじゃないですか。

ところでグレッグ帰ってきますよね?(まだ夕さんを信用していない)

2019.04.17 11:22 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

頑張っていますよね。っていうか、人類は他に近くにいないので、ここで役に立たなかったら関係は終わりでしょう。
魔法を使ったり、敵をバタバタなぎ倒すような活躍は無理なタイプですけれど、少なくともジョルジアはこれで救われたみたいだからいいのでしょう、きっと。

で、ジョルジアはどさくさで説明せずにすみました。こんなの台詞でやったらまたえらく退屈なシーンになりますからね。

そして、次回こそ本当にR18ですけれど、本当に期待しないでくださいね。
とにかくみなさんのところのシーンがすごいから、「この程度でR18とかいうんじゃない!」と怒られそうだ……。

で、グレッグの経験値ですか?
どう思います?
それこそ、経験なさそうですよね〜。
詳しくは、この作品を読んでくださいねー。(と、宣伝する)

コメントありがとうございました。
2019.04.17 18:56 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

世の中にはいろいろな人がいて、誰もが同じ反応をするわけではないのですけど、ジョルジアは最初がああで、それからずっと殻にこもっていましたので、まあ、二度目がこうでよかったってことですかね。

正直言って、R18シーンそのものよりも、コンプレックスの克服の方が重要だったのでこういう展開になりましたけれど、そうでなければあいかわらず「何もなし」で数年間なんてこともあったかも。

さて、グレッグはおそらく世界中のほとんどの女性にとっては「いい人だけれど、私は遠慮する」だと思うのですけれど、ジョルジアにとっては好きになる理由があるということですよね。そして、そういう人だからこそ、彼女が「二度と恋はしないし、この肌も見せない」という決心から例外を作ることが出来たのだと思います。

そして。ええ? ここで帰ってこないという展開ですか? そりゃ彼の得意技は「にげる」ですけれど、ここで発動するのはどんなもんでしょうか(笑)

コメントありがとうございました。
2019.04.17 20:37 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
人って面倒くさい生き物で。
良いことがあっても、悪いことがあっても、
それがストレスになりますからね。
その辺から過呼吸にもなるし。
女性だとホルモンバランスや自律神経失調からなることもありますからね。
私はなったことはないですけど。。。
苦しいのは間違いないですね。。。
( 一一)
2019.04.23 13:09 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

そうですね。
心と体は繋がっていて、なんでもかんでも論理的に制御できるようなものではないし、
反対に身体が健康でないと、精神を健康に保つのもなかなか大変ですよね。
トラウマのある場合は、それを制御するのはたやすくないでしょうね。

生きているといろいろあります。

コメントありがとうございました。
2019.04.23 21:30 | URL | #9yMhI49k [edit]

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