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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

まもなく一年

今年になってまだ数週間しか経っていないような錯覚に陥っていますが、もう間もなく五月が終わります。

献花

昨年五月の終わりの日、突然の母の訃報にショックを受けつつ日本行きの荷造りをしたのですが、あれからもう一年なのですね。

親離れができていなかった私にとって、母の死は天地がひっくり返るくらいの大きなショックでしたが、そうした心理的なものだけでなく、手続きや身辺整理という意味でもスイスに移住した頃と同じかそれよりも大きな変化を伴った一年でした。

この間、日本には母の葬儀も含めて二度行きました。そして、その間二度ベルンの日本大使館に行き、あれこれ手続きをして、姉と相談しながら母の遺品を整理し、日本に放置していた私物とともにスイスにいろいろと送りました。

そんなあれこれをこなし、さらにはずっと欠かさなかった週に一度の母との電話がなくなって、自分と日本をつなげていた小さな糸のようなものが、どんどんとほどけてなくなってきているように思います。

私は日本生まれの日本人ですから、その根本が変わるわけではないのですけれど、結婚した時になくなった住民票や印鑑証明、その後にできたマイナンバーをもらえない存在であること、それに銀行に登録している住所、さまざまな会員証に使っていた実家の住所や電話番号を変えなくてはならなくなったこと、等々の物理的実質的な結びつきがどんどんとなくなっているのですよね。

それに、日本に帰る度に、昔馴染んでいた物が次々となくなり、変わってしまい、懐かしい風景や故郷といえる存在が少なくなっています。まあ、これだけ時間が経てば、それは自然なことなのですけれど。

日本の通販でいろいろと買い物をして、届けてもらうのは姉になりましたが、買うのはどうしてもこちらでは入手できなくて困る物だけにする努力を始めました。

同じMade in Japanもしくは日本のブランドでも、ヨーロッパで入手できる物も多くなってきました。三月にイギリスに行った時には、日本で買いそびれた無印良品やユニクロの製品を買いました。日本よりも割高ではありましたが、でも、送料を考えたらそんなに悪い買い物ではなかったです。最近チューリヒにも無印良品ができたらしいので、いずれはそこでどうしても欲しいものを買うかもしれません。

日本で買い込んでいた食品も、本当に必要な物の大半は割高ですがスイスでも入手できるか、代用品を自分で作ることができることがわかってきました。

そんなわけで、今後はもしかするとこれまでよりもずっと長い間隔を開けて日本に帰ることになるのかなあと思っています。いや、もしかしたら次回は「行く」になるのかなあと感じています。

それでも自分はまだ精神的な日本人なのだと思う拠り所は、日々こうして日本語で何かを綴っている活動です。ますますコウモリ化していく自分の立ち位置に戸惑っていますが、小説にしろエッセイ的な文にしろ、こういう特異な存在であることもある種の利点だと前向きに受け止めて、書き続けていこうと思っています。
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says...
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2019.05.26 12:53 | | # [edit]
says...
お心遣い、ありがとうございます。身に染みます。

学校や職場で知り合った人たちと違って、もともとの出会いがネット上というのは面白くて、実際にどこにいても遠さ近さがあまり変わらないというのはあると思うんですよ。例えば、元の職場の知り合いなどだと、去る者日々疎しというか、物理的距離が親しさの距離になり得るんですけれど、ネット上の知り合いは時差があるくらいで、物理的な距離はあまり関係ない。そういう意味で、こちらの方か近いといつも思うのですよ。

私には歓迎してくれる姉とその家族がいるのですけれど、それでもやはり「もともとの実家」のような居場所とは違う存在なのですよね。特にスイスに来るまで一度も一人で暮らしたり、「私だけの家庭」的な存在を経験していないので、余計「帰る所」といったら実家だったという甘えがあるように思います。まあ、世界中の多くの人が経験することを、今ごろ経験しているだけのことなんですけれど、それと、異国にいることがダブルで起こって、なんだか妙に感傷的になっているようです。

老後って、ずーっと先みたいに思っていましたけれど、全然先じゃないし、なんか思うことの多いこの頃ですよね。なんか、次は自分の番か、みたいな。

で、いろいろとお氣遣いいただいて、とても嬉しいです。本当に。

コメントありがとうございました。
2019.05.26 21:09 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2019.05.27 12:59 | | # [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ。あっという間に一年です。
さすがに通勤中に自転車に乗っているのにメソメソなんてことはなくなりました。

変な話ですけれど、かつてはチューリヒ空港も成田空港もまだ緊張していて、やたらと長い時間をかけて実家のある目黒区に入ったくらいから「やれやれようやく帰ったぞ」という感じだったのですけれど、最近はカンポ・ルドゥンツ村(仮名)から見える某山が見えてくると「やれやれようやく帰ってきたぞ」になりつつあります。「お風呂入ってさっさと寝よう」的な安堵ですね。以前のように「日本語が聞こえると安心」もなくなってきましたし。もっとも自分では日本語で考えて書いているのだから、決して「ドイツ語の方が楽」になったりはしないんですけれど。

アイデンティティについては何度か書いているように、「当たり前のことがないからこそ、よけい感じる」ものなのかもしれませんね。

で、次回の開催場所、決定なんですね(笑)
いいですね。あれだけしゃべっても時間が足りなかったので、こんどは温泉宿で合宿なんて案もありましたけれど、そちらもご検討宜しくお願いします。あ、それにいずれはこっちでも!
大相撲はともかく、炉端焼きはやぶさかではないです。キリッ。

お氣遣い、本当にありがとうございます。
2019.05.27 21:03 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
夕さん^^ 一年ですか。そうか。
一年では決して癒えることはないと思いますが、節目として迎えるわけですね。
こうして歩みを振り返るとまたグッとくるものがありますよね。

私もすべてを背にAusにやってきましたので、感覚的に共感します。
ありがたいことに、Ausで仕事をして、ちょっぴりでもAusに貢献できているので(税金で><)
そこに感謝してずっとAusに居れたらいいなと思っています。

日本のものはほとんどがシドニーでもメルボルンでも手に入るので、
(ダイソーもユニクロもラーメン屋も本屋もあるし)
物理的な欲求はないんですよね(←田舎暮らしを満喫しすぎてる説…^^)

Ausは移民の国。自分も移民の一人。
そういった意味でもAusで生きていきたいなあと思いつつも、やはり心の故郷はジャパンです^^

日本はすでに「行く」ところ化していて、次回「行く」予定はいまのところないのですが…(-_-;)
自分が「行く」よりも来られる皆さんをお迎えしたい、という気持ちのほうがいつも大きいです。
夕さんもAusにいらしてくださいね~^^(うちは田舎だけど…-_-;)
2019.05.28 02:56 | URL | #- [edit]
says...
慌ただしさがすぎると、ふいに訪れる静寂に色んなことを考えてしまうようになりますよね。
日本にいてもそうだから、スイスにおられると違った感じ方をされるんだろうなと思います。

時が解決することと、自分が区切りをつけることとありますし、それが果たしてどちらになるかは、個人それぞれ違ってくるので・・・なんかうまく言えなくてすみません。

お母様の一周忌は「帰って」こられるのかなと思っておりました。
去年の秋にお会いさせていただいた時も、お忙しそうになさっておられましたし、今度こちらでお会いできる時はゆっくりお時間を頂戴させていただきたいです(我儘言ってごめんなさい)
2019.05.28 09:15 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

もう真っ黒を着ているわけでもないので、喪明けということでもないと思うのですけれど、ああ、母のいない四季を全部経験したか、とひう一つの節目ではありますよね。もうどこにもいない、ということにはたぶん永久に慣れないとは思うんですけれど、それでも、いない道を歩いて行くしかないんですよね。

けいさんも「行く」ですか。
私も、もう日本では税金を納めることもない(ってというか、この歳では仕事見つからないと思う)ので、覚悟を決めてこちらで生きていくつもりなのですけれど、これからは日本に行くのもホテル住まいかあ、と思うと今までよりもさらに「行く」ところだと感じるのですよね。

スイスはまだユニクロないのですが、ロジャー・フェデラーが着ているので、期待しまくっている私です。無印もまだ一件目で、Ausやイギリスに比べるとまだまだ「何でも買える!」ではないのですけれど(ケンタッキー・フライドチキンが今ごろ来るという噂に心躍らせている程度の田舎っぷり)

まあ、でも、どんどん異国に馴染んでしまう自分もそんなに嫌でないんですよね。

あ、Ausオフ会もしたいですねぇ。あと、こちらでオフ会も大歓迎ですよ!
まずはネット上ですけれど、こちらは変わらずに宜しくお願いしますね!

コメントありがとうございました。
2019.05.28 20:26 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

あ、なんか今さらなんですけれど、「おだまきさん」って苗字的に読んでしまって大丈夫でしょうか。
ペンネーム、人によっては「切らないでください」という方もいらっしゃるので、ちょっと心配。

さて、二十年近く、「逢うとしたら数年ぶり」という関係だったのですけれど、やはり「しばらく逢えない」と「永久に逢えない」の違いにぐっとくる時はあります。まあ、さすがにもうメソメソしまくる時期は過ぎたのですけれど。

一周忌は、「帰ろうかな」とすら思いませんでした。まあ、仏教でなくて特に集まりもないということもありますけれど、やはり帰るなら逢えるうちに繁く帰るべきだと思っていました。

日本は遠いので体力も有休もたくさん使うので、次はおそらく数年後……。あ、今度のオフ会は京都らしいですよ。
次は温泉でお泊まりオフ会? もっとも、手の掛かるガイジンがついてきたらどうするんだろう。ま、なんとかなるでしょう。

コメントありがとうございました。
2019.05.28 20:41 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ううむ。
確かに、母親が亡くなると、余計に、日本との距離が遠くなりますよね。
距離的な問題よりも、精神的な距離ということでは。
心中お察しします。

まあ、こちらは平常運転なので。
ブログでのお付き合いはいつでもOKなので。
それで日本を感じていただけたらと思います。
2019.05.29 23:18 | URL | #- [edit]
says...
もう一年なのですね。
サキはまだ身近な人を亡くすということがジーちゃんの例しかないのですが、それでも折にふれ喪失感を感じることがあります。
そうなる前はこんなふうに感じるなんて、まったく考えもしなかったのですけれど・・・。
だいたい居なくなるなんて思ってもみませんでした。
夕さんは生まれ故郷を離れておられるので、自分の生き様を含めて特に考えることも多いんじゃないのかな・・・などと勝手に想像しています。
実際はどういう風に感じてらっしゃるのかなんて、わかるはずは無いのですが・・・。

サキは温室育ちですから、環境の変化にも弱いんだろうなぁ。
生息環境を劇的に変えることは精神的にはともかく、体力的に無理そうです。
夕さんに憧れのようなものまで感じてしまうのは、これもサキの勝手なのでしょうね。
すみません。
2019.05.30 14:45 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

姉とその家族が日本にいるので「身寄りがない」ということでもないですし、歓迎してくれる友人も幸いずいぶんといるのですけれど、
それでもやはり「遠くになってきたなあ」と感じることは多いですね。

おっしゃるように、ネット上の付き合いは、地理的物理的な距離はあまり関係ないので
これまで通り、どうぞ宜しくお願いします。

コメントありがとうございました。
2019.05.30 16:20 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

お祖父さまを亡くされて悲しかったでしょうね。大切な近親を亡くすのは、たとえ大往生だとしても、つらいですよね。
子供の時、祖父を私が五歳の時に亡くしているせいで、いずれは祖母なども亡くなるのかもしれないと思っていたことはあるのですけれど、親の代や自分の代はなぜかずっと生きるものだと感じていたように思います。でも、順番はともかく、みんな巡ってくるんだなと、最近思います。

そして、そうですね。私の発想の根本に、やはり祖国を離れていて、寄る辺なく生きているという感覚があるのでしょうね。生まれた国にいても寄る辺のなさを感じておられる方もいるでしょうし、反対に異国にいても馴染みまくっている方もいるんですよ。私の場合は、日本にいた時も馴染めない感じがあったし、かといって海外で水を得たという感じでもなく、完璧にコウモリですね。

ただ、環境への順応性は高いかもしれません。それは、たぶんこだわりのなさ、諦めの良さのようなものと関係しているんでしょうね。大成はしないんですけれど、生きづらくはないようです。

でも、真似しろと勧めるつもりにはなりませんね。サキさんを焚きつけたら先さんたちをひどく心配さて、怒られそうです。

コメントありがとうございました。
2019.05.30 16:33 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
もう一年になるのですね。
大変な日々を過ごされた事と思います。
遠く離れていても週一でお母様に電話されていた夕さんの優しさ。改めて感じます。
私は気が付くと二カ月も独り暮らしの母に電話をしていなかったりするので、距離ではないのだな、優しさの違いだと反省し、最近はなるべく月に二度は電話をするようにしています。

私の様に、まったく日本から出ず、欧米の情報や文化に疎い私からしたら、夕さんのような経験は本当にうらやましく思います。それに伴う苦労や寂しさも、計り知れないと思うのですが。
こうやって経験に基づくリアルな情報を読むことができて、有難いです。
小説を書く上でも、実体験がある事は本当に強みですよね。
普段私は海外が舞台の小説を読むことがあまりないので、いろんな意味で楽しませてもらっています。
相変わらず横文字の登場人物の名前は、時間が経つと忘れがちなんですが、きっとそれは……加齢も原因かなと、あきらめています(涙)
2019.05.31 01:51 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんにちは。

あっという間に、本日一周忌です。
あれから本当にいろいろなことがあった(といっても普段何もない私基準でのいろいろ程度ですが)ので、まだ一年というのが信じられない部分もあります。

週に一度電話していたのは、時差の関係で休みの週末にしかかけられなかったからで、「今かけないとまたしばらくかけられなくなる」というところから習慣にしていました。実は私は少し電話恐怖症のようなところがあって、連れ合いと母以外にはほとんどこちらからはかけないので、よく母に毎週かけたなあとしみじみ思っていたりします。

いつでもまた逢える。いつでも電話できる、そういう状況だったら、たぶんあまり意識しないと思うのですけれど、たとえば私は帰国する度に「生きた姿を見るのはもしかしたらこれが最後かもしれない」と思っていました。変な話ですけれど、同年代の友人と会って別れる時にも、どこかで「これがラストかもしれない」という感じを持っているのですよ。もちろん、年配の方ほどその意識は強くなるのですけれど。異国で生きるというのは、そういうことなのかもしれませんね。

異国在住の身からすると、当たり前のことが、実は日本在住の方には目新しいのだということは、時々コメントで感じます。「え? そこ?」みたいな驚きのポイントがあったりして、こちらからしても新鮮なんですね。同じヨーロッパでも、例えばイギリスとスイスは違いますし、同じドイツ語圏でもドイツとスイスが違う、でも、同じところもある。その微妙なポイントは、本当に住んでいるからこそ書けることも多々あるんですけれど、でも、大半はほんのわずかなこだわりであって、本題には関係ないことも多いです。しつこくこだわると作品のバランスを壊す、または邪魔になることもあるので、さじ加減が難しいですね。サラッと書いて、読者にはわからない程度にしておき、重箱の隅をつつくと正しい、みたいな書き方が理想です。でも、まだ修行が足りないなあ。

横文字の名前、難しいこと多いですよね。
私は、実際の生活で名前を覚えるのに苦労したりしています。同じ名前が多すぎて……。
自分の作品の中では、少なくとも人物がごちゃごちゃにならないように名付けに工夫をしています。
たとえば、ジャンとジョンを同じ作品で名付けないとか、階級や背景がわかりやすいような名前にするとか。
私自身も日本の小説を読んでいて、義隆と義康みたいなのが並んで出てきて、「これ誰だっけ」になるので……。

もっとも、最近、もっと困るのは、浦島太郎故に日本の有名人の顔と名前が全く一致していない件です。
「●●みたいなイケメンなの」「○○ちゃんみたいな顔が理想」と比喩されても全くわからない。

どうでもいい話に着地しちゃいました。

コメントありがとうございました。
2019.05.31 11:28 | URL | #9yMhI49k [edit]

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