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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(5)花咲く家 - 3 -

「霧の彼方から」の続き三つに切った「花咲く家」のラストです。

今回のストーリーは日本の話ではないので、嫁と姑との関わり方を日本のそれとは違う前提で書いています。すなわち「●●家の嫁になるのだから」的な発想はないのです。けれど、「嫁と姑の関係は時に面倒くさい」は世界共通です。

レベッカには、「国際結婚などしたのが間違いだった。だから、息子は出来ることなら英国で、英国人と結婚し、まともな人生を送るのが幸せなのに」という思いが根底にあるようです。で、連れてきた嫁は、よりにもよってイタリア系アメリカ人だった……。むしろ、《Sunrise Diner》の常連であるクレアを連れてきたら大喜びしたでしょうね。継子のマッケンジー兄妹の方は、もちろん有名人の家族の方が嬉しそう。ミーハーです。

実母レベッカの登場、実はこれでおしまいです。話はまだ続きますけれど。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(5)花咲く家 - 3 -

 ジョンも、妹とそっくりの笑い方をした。
「おい、やめろよ。誰だって昔の失恋の話なんか触れて欲しくないさ。とりわけ婚約者の前ではね。しかし、意外だな。君がこんな洗練された人と……」

 レベッカは、先ほど受け取った二冊の写真集を義理の息子と娘に見せた。
「カペッリさんは、写真家でこのような写真集を出版しているそうです」

 二人は、珍しそうに写真集を見たが、『陰影』の表紙を見て叫んだ。
「やあ、これはマッテオ・ダンジェロじゃないか。あのアレッサンドラ・ダンジェロの兄の」
「まあ、そうよ。なんてこと、マッテオ・ダンジェロのすぐ側に、ヘンリーがレイアウトしてあるわ。こんなことって信じられる?」

「すごいな。あんな有名人を撮るって大変じゃないですか」
そう言われて、ジョルジアとグレッグは困ったように顔を見合わせた。が、隠しても仕方ないと思いジョルジアは口を開いた。
「実は、マッテオは私の兄でもあるんです」

「ええ! ってことは、ヘンリーがあのアレッサンドラ・ダンジェロの義兄になるってこと!」
ナンシーが大きな声を上げたので、レベッカは露骨に嫌な顔をした。

「僕は、スーパーモデルの姉である誰かと結婚するんじゃない。この人と結婚するんだ」
グレッグは、はっきりと言った。

 ジョルジアは、意外に思った。あまりにも長くアレッサンドラ・ダンジェロの姉というレッテルを貼られ続けてきたので、反抗心を持つことも忘れていた。ましてや、誰かがそれを強く打ち消すための言葉を言ってくれるなど期待したこともなかったのだ。

 だが、当の兄妹は、その抗議に大して反応せずに、あいかわらずマッテオの写真を見ながらあれこれ言っていた。ついにはスーパーモデルや浮ついた億万長者などには批判的な継母に軽薄だとぴしゃりと言われて、応接間から体よく追い出されてしまった。

「本当に嘆かわしい反応だこと。真っ当な生き方よりも札束を好む人たちを羨むような口ぶりで」
ダンジェロ兄妹など、ろくでもない社会の膿だとでも言い出しかねない口調で、そもそもその二人がジョルジアの愛する家族なのだと言うことは、全く意に介さない様子だった。

 それどころか、それで未来の義理の娘が嘆かわしい風情である理由が腑に落ちたと言わんばかりにため息をついた。

「アメリカという国では、スカートは流行遅れなのでしょうね。イギリスのある程度の階級で育った娘さんならば、婚約者の母親に会いに行くためのワンピースを買いに行く手間を惜しんだりすることは考えられないでしょうけれど、なんせ全然違う文化の国から来た人ですもの。マナーをあれこれいうのは無意味なことでしょう」

 ジョルジアはとまどった。普段デニムとTシャツばかり着ているのでスカートという選択肢をまったく考えなかったのだが、どうやら未来の義母にとってこの服装は常識外れだったらしい。少なくとも今日は滅多に着ないエレガントなパンツスーツを着てきた。グレーの柔らかめのドレープ生地のパンツとそれに近いストールが、パンツスーツの尖った感じを和らげている。

「母さん。失礼な上に非論理的なことをいうのはやめてくれ」
自分から非礼を詫びる前に、グレッグがそう言ったので、ジョルジアは驚いた。

「なんですって」
「女性はスカートを穿くべきだなんて、一世紀前の価値観だ。アメリカもイギリスもケニアも関係ない」

「ケニア。私はあそこに住みましたからね。どれだけ野蛮な土地なのか、身を以て知っていますとも。あそこならば、マナーなんかどうでもいいという価値観になるでしょうよ。私は少なくとも祖国に戻ってきて生き返りましたとも。それに、お前がまともな教育を受けてよりよい生活ができるように連れ帰ったのに、わざわざあんな国に戻るなんて」

 ジョルジアは思わず言った。
「彼が住んでいるのは素晴らしいところですわ」

 レベッカは優雅な動作で、ティーカップをテーブルに置いた。
「まあ。それでは、あなたは本当にヘンリーにお似合いね。それだけは安心しました。結婚したはいいものの、あの国が嫌で数日で取りやめたなんて話は聞きたくありませんもの」

 ジョルジアは、ここに来る前にもう《郷愁の丘》での同居を始めていたことは、口にしないほうがいいのかもしれないと思った。結婚前に何年も同居することは彼女にはごく普通のことだったが、レベッカ・マッケンジーにとっては恥ずべき非道徳行為なのかもしれないから。

 彼女のとげのある言い方が不快でないと言ったら嘘になる。でも、彼女は黙ってやり過ごそうと思った。口論をしたらグレッグが困るだろう。親子の団らんに水を差すようなことはしたくない。

 そう思っていたところ、グレッグは突然立ち上がった。
「そろそろ失礼するよ。母さん、もてなしをありがとう」

 ジョルジアは驚いた。十五年以上会わなかった母親との再会を、こんなにあっさりと打ち切るとは思っていなかったからだ。もしかして、自分のせいなのかと不安に思った。

 ところが、レベッカの方はさほど驚いた様子は見せなかった。
「どういたしまして。プレゼントをありがとう。私としては、お前が健康で、そして、立派にやってくれればそれでいいのよ。普通よりも遅いけれど、少なくとも家庭を持つつもりになったことは、いいことだと思いますよ。どうぞお幸せに。次はもっと繁く母親を訪れるつもりになってくれるといいわね」
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

今回のお話で、レベッカの価値観がすっきりと理解できました。
庭園や室内の様子から、なんとなく察していましたが、彼女にしてみれば、自身が思い描いている、イギリス人らしいきちんとした生活や人生こそが至高のもので、それ以外は価値がないと思っているわけですね。
だから、ケニアなんぞという未開の土地で暮らす息子や元旦那には理解を示せないし、たとえきょうだいがセレブでもイタリア系アメリカ人なんて、まともな教養も身につけていないヤツくらいの感覚なんでしょうね。
八少女夕さんがコメント返信などでおっしゃっていたとおり、悪い人ではないのでしょうけど、グレッグやジョルジアとは、一生わかりあえない人ではありそうです。
同居することにならなくて、よかったですねぇ。

それにしても、なんだか頼りなげなグレッグが、今回はじつにオトコマエで。
ニール&イライザ(だから違うとw)やレベッカに対して、言うべきことはちゃんと言っていますよね。なんだ、やればできる子じゃん。
マッケンジー家を意外に早く退出した二人ですが、「サリー・ラン」の巨大バンズをかじるでもなく、ストーンヘンジ見物でしょうか。
次話が楽しみです。
2019.07.17 07:54 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。
価値観が違うのは、人間だからよくあることですけれど、自分以外の価値観を認めないし、理解しようともしない彼女の偏狭さが親子の断絶を招いているのですね。そして、実は前夫ジェームズがレベッカを死ぬほど嫌っていたのもこれが理由です。もっともこの夫婦が上手くいかなかったのはレベッカだけが悪いわけではないですけれど。

(たとえ仲は悪くなくても)嫁と姑が同居なんて、しないで済むならそれにこしたことがないのは普遍的な真理ですけれど、この嫁姑に限っては「同居なんてとんでもない」ですね。ジョルジア、ニューヨークに逃げ帰りますよ(笑)

そして、そうです。グレッグ、あんな性格のくせに言うことははっきり言うんですよ。これ、「郷愁の丘」の時から時々出てくる彼の特徴なんですけれど、今回「なぜそうなのか」をジョルジアが納得するシーンがあります。

とはいえ、男前かどうかは微妙で、次回わかると思いますが、結局のところ凹んでいるんですよ。

ニール&イライザ(しまった、イメージが固定してしまった・笑)もレベッカも、これでさようならですが、本人たちはカップルに嫌な印象を残したとはあまり思っていないのですよね。そういう意味でも全然分かり合えない人たちなのでした。

コメントありがとうございました。
2019.07.17 19:46 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ううむ・・・レベッカとは一生馬が合わないまま、なんでしょうね。
もう自分の観念を変えるつもりなんてこれっぽっちもないみたいですから。
今回を読んでとてもよくわかりました。
ジェームスはまだ柔軟な部分があったんですけれど・・・。何しろ科学者ですから、事実はそのまま受け入れるということなんでしょう。
その点、義兄妹はまだダンジェロ兄妹に反応してくれて面白かったです。でもこのシーン短すぎ!もっと派手に驚いてほしかったなぁ。
それにグレッグが男前に発言しているのに誰も聞いてないし。
唯一、ジョルジアが耳に留めていたのが救いでした。

それにしてもレベッカは頑固だなぁ。スカートなんてどうでもいいことじゃないですか?まだカペッリさんなどと呼んでいるし。もっと繁く母親を訪れろって本心?世間体?あ、だんだん腹立ってきた。
2019.07.19 11:54 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

そうですね。こういうのって、片方だけ合わせようとしても上手くいかないんですよね。
両方が歩み寄らないと。でも、レベッカは、歩み寄るような人じゃないので、まあ、距離を取るのがベストだと思います。

ジェームスは、グレッグとは性格が大きく違いすぎて、息子がウジウジと悩んでいたことそのものに氣が付いていなかったのですけれど、わかったらわかろうと努力はしようとしたんじゃないかと思います。どちらかというとジェームスの方が人の心に敏感だという設定です。だからレイチェルやマディからは、ごく普通に敬愛されていましたしね。

モブキャラ、ジョンとナンシーの登場は、こんなもので十分です(笑)
レベッカの価値観が伝わればOKだったし、同時にグレッグの価値観も表現できましたし。しかも、ちゃんと抗議してもスルーされるこの家にいることの虚しさも書けましたし。

レベッカは、死ぬまでこういう人なんですよ。自分が歩み寄らないのだから、近づくはずがないのにそれがわからない。「もっと繁くこい」というのは世間体でも嫌みでも何でもなく、「息子が来るのは当然」だと思っていて、なぜ彼が交流をやめてしまったのかについて、考えることもないのでしょうね。

コメントありがとうございました。
2019.07.19 22:30 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
なんて偏屈なお母さま…
親子がこれだとジョルジアさんじゃなくても
いたたまれない気持ちになりそう
無難にやりすごせたのは
現実的な中ではよい結果だったのかなと思いました
2019.07.22 12:49 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

嫁姑というのは、普通の好印象であっても、適度に距離を置くのがいいといいますよね。
まあ、もっとヤバいのは、夫と姑がベッタリのパターンらしいですよ!

コメントありがとうございました。
2019.07.22 20:14 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
コメントが今頃になってしまって、ごめんなさい。
レベッカが、想像以上に偏見に凝り固まっている時代錯誤の人だと言う事が、わかりました。
ここまでデリカシーの無い事を口にしてしまうとは。
でも、レベッカにとっては、非常識なのは完全にジョルジアの方なのだろうし、自分が間違っているなどとは、少しも思わないんでしょうね。
一年前ならば、こんな人が今の時代にいるのだろうかと思ったかもしれませんが、実際、私は毎日ネットでこういう差別意識にどっぷりつかった人たちのコメントを見ているので(あるいは攻撃を受けているので)、少しも大げさでないことが分かります。
これはもう、ジョルジアがどういう態度をとっても、近づけるわけでもないし、寄せる必要もないし、距離を取り続けるしかないですね~。
(でも一生、関わらずに生きていくことが出来ないのが、つらい)
グレッグは、ここはビシッと男気を見せて、心無い言葉からジョルジアを守ってあげてほしいですね。
……とはいえ、ジョルジアはそう言う偏見を、賢く流してしまえる大人なので、あまり心配はしていませんが^^
いや~、でも、やっぱりむかつく~。
2019.07.28 08:16 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
おはようございます。

レベッカの態度や考え方は、かなり極端に設定しましたが、この類いの先入観や僻見というものは二十一世紀だろうが国際化だろうが関係なく根強く残っていますね。

そして、日本人しか見たことのない田舎のご婦人が「外人さんでしょう、怖いわ」などと言うのと違って、レベッカのように実際に行って自分の僻見を更に強く一般化して世の中の常識のように凝り固まるタイプの人もいるのですね。こっちの方がずっと厄介です。「食わず嫌いタイプ」は「食べてみたら美味しかった」的に「意外といい人だった、ごめんなさいね」となることもありますけれど、凝り固まったタイプは動きませんから。

幸い、ジョルジアがレベッカと交流するのはおそらく人生であと数度というくらい少ない関わりになるので、普通の嫁姑よりもずっと楽かも(笑)逆に、こんな姑なのに旦那が母親にべったりだとあとが地獄ですよね。

さて、仏のようなlimeさんに差別的な攻撃をする人がいるなんてと思いますけれど、もしかしてオタク活動の相手に対してかしら。
最近、その手の差別主義者が勢いづいているのは、想像できます。腹立ちますよね! 負けないで!

そんな中で、ワールドフラッグスという国旗を擬人化するサイトを知ったんですけれど、あそこの運営方針には共感しました。
もともと「擬人化」はそんなに好きじゃないのですけれど、運営の考え方が好きなので時々覗こうかなと思っています。

関係のない話、すみません。
コメントありがとうございました。
2019.07.28 08:48 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
またまたコメントがまとめてになちゃって、済みません~(;_;)
こちらの近況の話はまた記事で書くとして、とりあえず、あれこれ気にしながら生きております。日照時間が短いために奇妙な天候で、天気悪いのに暑くて蒸してて、本当に体調悪い人が多いです。
私はとりあえず、疲れてはいるけれど、大崩れはせずに(できない)やっております(^^)/

さて、こちら、この下りはどういう展開になっていくのかと思ったら、これっきりほぼでてこない人たち、ってことになるんですね。まぁ、お互いに接触面積をできるだけ小さくしようという関係であれば、触らぬ神に祟りなし、ですよね。
(いかん、ニールとイライザに嵌まっちゃいました。顔まで鮮明に思い出せるわ~。まぁ、こちらは「無関心」でよかった。悪意はなさそうだけれど、人を思いやるタイプではないんですね。ニールとイライザは悪質だったけれど、あそこまで行くと笑えちゃうので、あれはあれで物語的には美味しい)

私の周辺では、どちらかというと「子どもまっしぐら」な濃い系の親が多いので、こういう無関心な親子関係って割と目にしないのですが(意外なことに)、親子にしても友人関係にしても夫婦にしても、人と人の関係である限り、本当に千差万別なんですね。別に愛情が薄いとかじゃなくても、そりが合わないとかってのもあるだろうし、あまりにも距離があると(物理的にも)愛情も遠のいていくってのもありますよね。昔は、そういう「シナプスのつながり方が自分とは全然違う人たち」とわかり合わなければならないかと努力するべきかもと思っていましたが、ある年齢になってから「それは時間の無駄。永遠に平行線だから、近づかないほうがいい」と開き直れるようになりました。
でもまぁ、レベッカの立場では、十分「子どもと接している、これ以上どうする必要があるの?」ってことかな。

親子であるだけ腐れ縁的しんどさがあるだろうけれど、グレッグももう開き直っているんでしょうね。といっても、一応、ジョルジアを連れて行ったってことは、少しは何か(関係の変化)を期待していたのかしら。まぁ、相手は全くもって歩み寄るようなタイプではなかったようですが。こういう価値観の人って、傍から見ていたら「何が面白くて生きているんだろう」だけど、本人はたぶん、十分「面白く生きている」んですよね。

この親子関係を見たジョルジアと、「やっぱりこうなるよな」って諦めの境地にある(かな)グレッグのこれからの関係、お互いへの想い合いが楽しみです。
2019.07.28 14:27 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

わああ、どうなさっているのかなと、あれこれ考えておりました。
お父様の件だけでなく、お仕事でもかなり大変そうでしたし、それにいろいろと追っかけなども手を抜かずになさっていたし、しかもピアノも……。梅雨が明けたそうで、体調にもぐっとくると思いますので、どうぞご無理はなさいませんように!

さて。こっちの方は、コメントがまとめてであろうと、全く問題ないのです。
マッケンジー家の連中は、今回でさよならです。とくにニール&イライザ(だから、違うってば)は、完全なる部外者ですし、もう二度と出てこないと思いたいですが。
本家「キャン●イ・キャ●デイ」と違うのは、まずは、この二人グレッグと同年代なのでアラフォー、そりゃ同じようでは困るわけです。子供の頃も、あそこまで積極的にいじめていたわけではなく、「何あの変な子」「バッカじゃないの」とのけ者にしていた程度。一度で懲りたグレッグが寮から全然戻ってこなくなったので、実歳に顔を合わせたのは、数回程度なのですよ。反対に言うと、底意地が悪いと言うよりは、かなり鈍感な兄妹なだけで、グレッグがもっと果敢に関係を持とうと努力していたら変わっていたかも程度の関係性ではあります。もっともジョルジアもあとで「あの感じの悪い兄妹」と思っているシーンがありますので、感じのいい二人でないことは確かです。

レベッカとグレッグの不幸は、お互いに一番大切に思うことがとことん違っていて、それについて腹を割って話し合ってもどちらにしても平行線ということなのでしょうね。もちろんこれまでそれをしてこなかったので、グレッグは今回「もしかしたらそれが必要なんじゃないか」と思ってここまで来たんですが、要は「こりゃ話したってダメだ」と判断して退散したとのですね。

子供に病など本人にはどうすることも出来ない問題があって、親が必死になって助けを求めるような状況は、もちろんそんな苦労はないにこした方がいいのですけれど、それでもある意味親子の絆を強くするのかなと思ったりもします。グレッグのような、ある意味手のかからない子供は、親の都合で脇にどけられたとしても、言いたいことも言わずに一人で耐えているために、鬱屈したまま大人になることがあるようです。

グレッグの場合、長いこと両親と必要なこと以外は関わらずに生きてきて「ダメなのはこの絆がないからでは?」と今ごろ考えたりしたわけですけれど、反対に関わろうと努力をしたことで「あれ? だけど絆は無理して作るほどの価値もなさそうだし、なくてもいいんじゃない?」的な氣づきに至ったのかも。

レベッカの方では「自分はちゃんとしているのだから、上手くいかないとしたら息子がわかっていないせい」ぐらいにしか思いません。マッケンジー氏も、あまりレベッカと変わらない考え方の人物で、だからこそこの再婚は上手くいったようなのですが。

息子が結婚しようと、孫が生まれようと、彼女は二度とアフリカに行こうとは考えないので、この二人はずーっとクリスマスカード中心の付き合いで終わるようです。

ジョルジアにとっては、その方がラッキーですよね。この旅の当初の目的は、親子関係の改善だったのですけれど、それが暗礁に乗り上げたこのあとに起きることは、もちろん二人にとっては予想外のことです。でも、それらも含めて、ジョルジアはグレッグに対しての理解を深めていくという流れになっています。

コメントありがとうございました。
2019.07.28 18:23 | URL | #9yMhI49k [edit]

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