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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 1 -

「霧の彼方から」の続き、二人は引き続きバースに滞在しています。

母親との関係改善のためにわざわざ予定を変更して来たはずなのに、グレッグは母親レベッカのジョルジアへの態度に我慢できずにさっさと退散してしまいました。その続きであるこの章も9000字以上あるので、四回に分けてお送りします。

さて、章のタイトル「蜂蜜色の街」、実はものすごく悩んだのです。「蜂蜜色」はイングランド中央部、数州にまたがって広がるコッツウォルズ地方で採れる「コッツウォルズ・ストーン」に対しての形容で、バースの街を彩っている「バースストーン」は、もう少し淡いクリーム色なのですよね。ただし、現地の人によると「同じものだよ」ということですし、題名として「クリーム色の街」より「蜂蜜色の街」の方がしっくりきたので、結局ここはそのままにしました。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 1 -

「不快な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない」
家を出てすぐに彼は謝った。

「いいえ。私こそ、配慮が足りなかったと思うわ。ごめんなさい。せっかく、お母様に会いに来たのに。もっと話したかったでしょう」
ジョルジアが言うと、彼は首を振った。

「話すことなんて、何もないんだ。昔からそうだった。来なくてもよかったんだ」
彼は、吐き出すように言った。いつもの穏やかな物言いとは違う、少し激しい口調だった。

「大丈夫?」
ジョルジアの不安な表情を見て、彼は黙った。それからゆっくりと道を進みながら言葉を探していた。

 二人は、ホテルに近いバース中心部に戻った。母親に会いに行くのに、どうしてホテルを予約するのだろうとジョルジアは思っていたが、今になってみればあの家に泊まらずに済んでどこかほっとしていた。

 街の中心にはたくさんの観光客がいて、蜂蜜色のジョージア調の建物を感嘆の眼差しで見つめている。中心には大聖堂と、ローマ時代の温泉施設があり、その周りに高級な商店やカフェなどが並んでいた。

 観光地特有の浮ついた雰囲氣を横目で見ながら、それらがほとんど眼に入らない様子で俯きながら歩くグレッグをどう慰めたらいいか、ジョルジアは途方に暮れた。

 イギリスに来た目的、母親との関係改善は完全な失敗に終わった。

 ジョルジアは、レベッカと実際に逢うまで、グレッグとその母親との関係を理解できなかった。喧嘩しているわけではないのというのに、彼の生活の中に実母の影がほとんど見られない。唯一の交流だというクリスマスカードには、整った美しい筆蹟ではあるが、まるで企業の印刷物のように紋切り型の短い挨拶だけが綴られていた。文字数が愛情のバロメーターとは思わないが、そのクリスマスカードからは、ほとんど何も感じ取れなかったのだ。

 そして、そのカードを書いた人物と対面して、ジョルジアは納得した。あのカードは、怒りや猜疑心などの何か表に出せない意図に基づいてわざわざ紋切り型に書かれたのではなく、レベッカ・マッケンジーという女性の嘘偽りのない感情が、あの文章に表れているのだと。彼女は、正しさにひどくこだわり、ユーモアを全く必要としない、ジョルジアの周りにはほとんどいなかったタイプの人間なのだと。

 レベッカがアフリカでの結婚生活を、ただの失敗と切り捨ててしまったことを、ジョルジアは感じた。その激しい否定は、サバンナへの強い想いを持て余していた幼かったグレッグをひどく孤独にしたに違いない。母親との溝はそんな風にして生まれていったのだろう。彼は、その修復をするためにここまで来たのだ。だが、それはおそらく無理なのだろうと、彼女は感じた。

 彼女は、黙ってグレッグの手を握った。彼は、はっとして彼女を見た。彼女の瞳を見つめ、同情と、それから、一人ではないのだと優しく肯定する光を見つけた。彼は、空を見上げ、ため息を漏らした。

 握る彼の掌に力が込められた。二人はそのまましばらく黙って歩いた。大聖堂の脇を通り過ぎ、陽の射さない細い路地を曲がる。灰色の石畳がコツコツと音を立てる。

「何か食べようか」
彼がぽつりと言った。それで、ジョルジアは遅い朝食の後、まだ何も食べてなかったことを思い出した。マッケンジー家のお茶ではいつもたくさんの茶菓子やサンドイッチが用意されるというので、あえてランチをとらなかったのだ。

「そうね。そんなにお腹はすいていないから、ティールームか何かでいいんじゃないかしら」
ジョルジアが言うと、彼も頷いた。

 辺りを見回すと、すぐ側に小さな店があった。黒板が出ていて「デリ / カフェ / 自然農法のワイン」とシンプルに書かれている。中に入ってみると、カントリー調のインテリアで古い木製の床がみしりと音を立てた。

 バーには年配の男が立っていて「いらっしゃい」と言った。カウンターの端には手作りクッキーやケーキが置かれていた。

「簡単なものを食べることができるだろうか」
グレッグが訊くと、男は頷き奥のテーブル席へ案内してくれた。

 ジョルジアはチェダーチーズとハムのサンドイッチを、グレッグは農夫風プラウマンズ サンドイッチを頼んだ。

「農夫風って、どんなサンドイッチ?」
ジョルジアは訊いた。

 パンとチーズやピクルス、ハム、サラダ、林檎、チャツネなどの冷たいものを盛り合わせた一皿をプラウマンズランチと呼び、イギリスではパブの定番料理であることは知っていた。農夫がお弁当として外で食べた伝統食らしい。ニューヨークでも、たまにプラウマンズランチを出すカフェはあるものの、サンドイッチになっているものは見たことがなかった。

 彼は前に置かれたサンドイッチの全粒粉のパンを開いて見せた。
「チーズにサラダ菜とチャツネだね。チャツネが入っていて酸っぱいと農夫風って言うのかな」
首を傾げながらかぶりつく彼の姿に、ジョルジアは微笑んだ。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
林檎バター、蜂蜜バターときたら、次は練乳バターですね。
体重が心配だけど(笑)

さて。
更新、お疲れさまでした。

「蜂蜜色の街」のサブタイトル、詩的でいいですね。「クリーム色の街」では直截的すぎて、想像の翼も広がりませんし。

あ、また重箱の隅です。「簡単の眼差し」→「感嘆の眼差し」かと。

で、マッケンジー家をあとにした二人ですが、なんだか凹んでいますね。
レベッカとは理解しあえないことが確認できてしまった、というのはたしかにショックでしょうね。この機会にと思っていたわけですから、落ち込むのも無理はないか。とくにジョルジアは兄と妹の愛情に恵まれているから、余計にグレッグの孤独を感じてしまうんでしょうね。

終わったことはしかたないから、さっさと割り切ってしまえばいいのに……って、それができないのがこの二人か(納得)
たしかにこれじゃあ、でかいパンを仲良くかじる、なんて状況じゃないですね。

サンドイッチ、どちらもおいしそうですけど、お腹を満たして気分を変えて、バース観光……なんて流れじゃないか。

次話も楽しみです。
2019.07.31 07:53 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

うわぁ、またやっちゃった。
ありがとうございます! 何でこんな簡単なところ見逃すのか。orz

さて、グレッグはいつものこととして、ジョルジアも「感じの悪い未来の姑からさっさと逃げ出せてラッキー!」とは、言えませんよね。
本音としては、かなりラッキーだと思うんですけれど。
このシリーズに、(ウザくなるので)あえて書かないのですけれど、ジョルジアの両親もマッテオほどではないですけれど、やはり娘を大切にしているのですね。だから、ジョルジアは、グレッグの境遇にかなり驚いたはずです。

この章は、一応、レベッカの件をいろいろとごちゃごちゃ話す仕様にしていますが、実は、次章からはかなり割り切って「終わったこと」にしてしまうようです。

二人が入ったティールームは、私が入った店をモデルに書いてあります。ここは、ロケハンを利用した記述の多い章ですね。

ところで、練乳バター!
めっちゃ氣になりますよ。これは美味しいに決まっているでしょうが、危険極まりないなあ、ポルト以来体重が全然落ちないままなんですけれど、ま、いっか。次は練乳バター、やってみます!

コメントありがとうございました。
2019.07.31 21:52 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ん~~~。
まあ、親子関係の改善って結構難しいですからね。
長年かけて構築した関係ですから、
それを改善するのも同じぐらい時間がかかるということですからね。。。
まあ、仲介人という形でとりなす・・・。
・・というぐらいしかできないですよね。
根本的な解決にはならないですけど、そうやって、
ギクシャクした関係を修正していくしかないでしょうからね。
親子関係は難しいのだ。
( 一一)
2019.08.02 04:24 | URL | #- [edit]
says...
蜂蜜色の街・・・って、クリームよりずっと色を想像させてくれる素敵なタイトルですね。
甘い新婚旅行中ですし、ピッタリですよ。
ちょっと気持ちは落ちこんじゃってますけれど・・・。
でもサキは早々にマッケンジー家を退散できて実はホッとしています。
レベッカの態度や、グレッグの母親に対する態度や、ジョルジアの気を使っている様子は、これがお茶や夕食、さらには一晩泊まったりなんかして長引いた日にゃ、もう読んでいる方が耐えられません。
さっさと見切りをつけて引き上げて正解だったと思います。
一番の目的、結婚の報告とお嫁さんを紹介することはできたのですから。

小さなティールームでのシーン、ロケハンの成果なのでしょうが、2人が徐々に日常に戻っていく様子が嬉しかったです。
やはり食べるっていう行為は良いですね。
プラウマンズサンドイッチ、良い仕事してますね。
シンプルだけどとても美味しそうだし・・・。
2019.08.02 12:06 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

そうですね。
血が繋がっていれば自動的に何でもわかり合えるというものでもないし、相性的なものもありますしね。
もちろん腹を割って話し合うことで、解決する問題もあるのですけれど、必ず上手くいくというものでもないのですよね。

反対にまったく血が繋がっていない、もしくは、利害関係のない他人だったりする方が、付き合いが簡単にいったりするとこもあります。
まあ、どうしても、周りと上手くやらなくてはならないというものでもないので、苦痛に思ってまで関係改善をする必要もないんですよね。

コメントありがとうございました。
2019.08.02 21:55 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。
猛暑なんですか。無理しないでくださいね。

クリーム色の他に「卵色」も考えたのですけれど、やはり間抜けな感じは否めなかったので、「もういいや、蜂蜜色で」と。
まあ、専門家はともかく、普通の読者はそこまで細かい石の違いにこだわったりはしないと思うんですよね。

作者の私は、書こうとすればもっとたくさんマッケンジー家滞在をネチネチと書き綴れるのですけれど、それで読者に伝えられることって、この程度の記述でも、あと数万字書いても、あまり変わらないように思うんですよね。で、きっとグレッグが飛び出していっちゃうような。

まあ、少なくとも一度は顔を合わせたということで、後はまたクリスマスカードオンリーかも。

これ、我慢してあの家に居続けていたらきっと出てきたであろう、豪華なアフタヌーンティーの食べ物の数々と比べると、かなり質素な食べ物なんですけれど、二人にとってはずっとリラックスして美味しく食べられたと思います。

それに、サキさんもご指摘くださっているように「食べる」という日常的行為が、沈んだ心を浮上させる効果もあるんですよね。
失恋をしても、大切な人を亡くしても、とにかく生きている以上は食べなくてはいけなくて、その繰り返しが人を通常モードへと連れ帰ってくれるのだと思います。

この手の店は、凝ったものは何もなくて、だから行列なんてものも出来ません。いつまで座っていても文句も言われませんし、それにわりとほっとする空間でもあるのですよね。

次回もまだこの手の会話が続きます。ちょっと長かった……。

コメントありがとうございました。
2019.08.02 22:58 | URL | #9yMhI49k [edit]

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