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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 3 -

「霧の彼方から」の続き、「蜂蜜色の街」の四回に切った三回目です。

先週アップした分と同じく、二人は昼食代わりに入ったティールームで話をしています。

どこかで読んだようなエピソードが、と思われる方もあるかもしれません。前作「郷愁の丘」の連載中、クリスマスに合わせて発表した外伝「クリスマスの贈り物」という作品です。あの作品も今回と同じ、グレッグと実母レベッカの、実の親子なのに上手くいかない様子を描写していました。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(6)蜂蜜色の街 - 3 -

「もっと応援してもらいたかったと思うのは、当然だと思うわ。あなたは自分の道を行くことを選び、それでお母様との関係を壊してしまったと苦しんだのね」
「たぶんね。それに、僕は今日まで母のことを冷静に分析するのを避けていたんだと思う」

「分析?」
「母親は子供ために存在するわけではなくて、一人の別個の人間だ。でも、僕は自分のことで頭がいっぱいで、その視点で考えていなかった」

「お母様の視点……」
「離婚して、イギリスに戻ってきた母は、今の僕よりずっと若かった。一度結婚に失敗して、今度こそ自分に合う相手と巡りあい、新しい人生の舵取りをするのに精一杯だったのだと思う。なのに、我慢して面倒を見続けている息子が氣にいらない進路を選んだりするものだから、嫌みの一つも言いたくなったのかもしれない」

「でも、子供が母親は女や人間であると認識するのって難しいことじゃない?」
「小さい子供ならね。でも、僕はもう四十歳を超えているんだし」

 ジョルジアは、ふと初めて会ったときと今では、彼の印象がずいぶんと変わっていることを思った。彼の穏やかで感情を露わにしない態度は、口髭を生やしている彼の外見の影響もあり、初対面の人には実際の年齢よりも年上の印象を与える。少なくとも両親との関係で悩んでいるようには見えない。おそらく今から十年前でも、いや、二十年前でも同じ印象を与え続けてきただろう。

 けれども、今のジョルジアには、時折彼が小さな子供のように感じられるときがある。叱られて泣きながら、理由もわからずに両親の許しを請う幼い少年が彼の中に住んでいるのを感じる。まだ甘えたかった年頃に、寄宿学校の小さな部屋で孤独に耐えていた彼の話は、ジョルジアの心を締め付けた。

 漁師として働いていたジョルジアの両親も滅多に家に居なかったが、寂しいときには歳の離れた兄マッテオがいつもあふれんばかりの愛情で抱きしめてくれた。そして、しばらくぶりに会う両親も、ジョルジアと妹のアレッサンドラに十分すぎる愛を注いでくれた。その愛は、やがて確認しなくても信じられるようになり、今こうして離れていても家族の絆を感じることができる。

 けれど、グレッグは愛に飢えたまま独りで立ち続けてきたのだ。
 
 やがて、彼は少しやわらかい調子で話した。
「今日の彼女は、僕の記憶にある母そのものだった。それなのに、僕は違う母と会えるつもりでここに来たんだ」
「違うお母様?」

 彼は自分を嘲るような笑い方をした。
「僕が憶えている母の姿は、歪んだ記憶なんじゃないかと、会ってみたらもっとずっと快い歓待をしてもらえるんじゃないかと、期待していたのだろうね。でも、それは彼女に対しても失礼なことだった」
「どういうこと?」

「母を正しく理解するためにならともかく、僕はただ自分の心の安定のために、それにこだわっていたんだ。誰一人として僕のことを愛してくれる人がいないと認めたくなかったからだろう。自分が両親にすら愛されることのない存在であるということに、向き合うのが辛すぎたから。でも、やっとわかった」

「何が?」
「彼女は、彼女なりに母親として僕を愛しているのかもしれない。それが僕の望む形ではないことを彼女は知らないし、今後も知ろうとはしないだろう。そして、僕も、彼女が望むような息子には永久になれないだろうし、なりたいとも思わない。それは、彼女が悪いわけではなく、そして、僕がずっと思っていたように、僕が悪いからでもない。ただ、どうしようもないことなんだ」

「あなたは、それでいいの? つらくはないの?」
「ああ。それでいいと感じたし、今、少し驚いているんだが……母と上手くいかないことに、以前ほど傷ついてもいないんだ。不思議なくらいに」

 それから、彼はジョルジアの方をじっと見つめて言った。
「こんなに平常心でいられて、母との関係を冷静に分析できるのは、君と出会ったからだと思う」
「それは少し大袈裟じゃない?」

「いや、全く大袈裟じゃないよ。今から思うと、クリスマスにも、これまでと違うのを感じたんだ」
「クリスマス?」
突然話題が飛んだので、ジョルジアは戸惑った。

「ああ。君と親しくなって初めてのクリスマスに、プレゼントとカードを送ってくれただろう?」
「ええ。憶えているわ、あれが?」

 ジョルジアがニューヨークのデパートメントストアで見つけた、サバンナの動物たちを象ったクリスマスツリーのオーナメント。

「ずっと苦手だったクリスマスシーズンだが、あれから、待降節を他の人と同じように少し浮かれて過ごすようになったんだ。あのオーナメントと、君たちからのカードを眺めながらね」
彼は、思い出しながら微笑みを漏らした。

 ジョルジアは、その温かい想いに覚えがあった。彼女自身、それまでクリスマスシーズンは嫌いではなかったが、どこか場違いさを感じていた。兄のペントハウスの三メートルもあるクリスマスツリーの豪華な飾りや、妹の豪邸で姪を喜ばせるために飾られたオーナメントの数々には圧倒されたが、それは自分とはほど遠い祭りに感じていたのだ。

 けれど、彼へのプレゼントとしてサバンナの動物たちのオーナメントを買い込んだ後、わざわざ小さなニューヨークの小さな住まいでも同じオーナメントを飾るようになった。七千マイル離れた《郷愁の丘》で、同じオーナメントを飾ったツリーを眺める彼と、一緒にクリスマスを待つことが出来るように感じたから。

「君からの、それに君のお兄さんや、キャシーたちからのカードは、僕にとって初めてもらった義務ではなくて心のこもったクリスマスカードだったんだ。僕は、あれからクリスマスの期間を悲しく辛い想いで過ごすことがなくなった。たとえ独りでいても。世界中の人間に嫌われているから独りでいなくてはいけないわけじゃないんだと、思えるようになったんだね」

 彼女は、彼を見つめ返した。彼のいう意味が、彼の感じ方が、よくわかった。
「あなたは誰にも愛されない人なんかじゃないことを知ったのよね」
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Category : 小節・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

グレッグが両親、とくに母親からの愛情の欠如によって、心におおきなトラウマを抱えてしまったことは事実ですが、その原因が、自分に価値がないからではなく、親の感情とか価値観とかそういう事情によるものだと理解したことは、彼にとっておおきな成長だったのではないかと思います。ようやく、親の呪縛から独立できた、という感じでしょうか。そして、そのきっかけが、いちばん大事な女性の好意によってもたらされたものだということが、なによりも良いことだったと思えます。

ジョルジアとグレッグって、それぞれに心に欠損を抱えて生きてきたわけですが、その凸凹がうまく噛み合って、お互いの欠損を埋めることができたんだなぁと改めて感じました。

母親との関係に決着をつけたグレッグ、次はいよいよ……。
次話も楽しみにしていますので、装甲車に轢かれないように気をつけてくださいね(笑)
2019.08.14 17:09 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

前作「郷愁の丘」までが、ほぼジョルジアのトラウマに焦点が当たっていたので(外伝ではすでにいっぱい書いていましたが)今作はグレッグのトラウマにスポットライトを当ててみました。でも、ジョルジアのと違って全体の文字数が短いので、グレッグがずーっとウジウジしているように見えて書いた本人がちょっと「なんだかなあ」と感じています。実際には、まあ、ウジウジはしていたんですけれど、そんなことを考えるのはクリスマスシーズンぐらいの限られたときだけで、あとは蓋をして「こんなものさ」的に暮らしていたと思います。

ジョルジアと近い関係を持つようになり、それまで「絶対に手に入らないもの」と諦めていた家族関係について、いろいろと期待を持つようになり、その一環で父親ジェームスとの関係改善をトライする一歩を踏み出したのですが、レベッカについても引っかかっていたので、やるとしたらここでしかなかったのかなと。

TOM−Fさんがおっしゃるように、このトライの一番の収穫は「上手くいかないのは自分がダメダメなせいではない」と思えるようになったことですね。

人間関係って、努力して改善する場合もありますけれど、しないのに無理してつきあっても結局お互いの精神衛生上いいことない、という場合もあるんですよね。で、ティーンぐらいまでは、そうはいっても親が選べるわけではないので、なんとかつきあっていくしかないのですけれど、共に大人になったら、もうどちらかが折れて不毛な努力をするよりも、当たり障りのない距離感を保っている方がお互いにとって幸せということもあると思います。

グレッグの場合は、肉親とは今ひとつわかり合えなかった分、平均以上にわかり合える相手と巡り会えたということが救いになったのでしょう。

次回が、ウジウジしていたバース(ぷち観光案内つき)シーンの最後になります。本当に、ロケハンの意味全然ない記述になったかも。orz

あ。装甲車、わりと静かに後ろから来たんですよ。戦車の時はけっこう地響きするんで、さすがにわかるんですけれど(笑)
田舎とはいえ、注意していないとまずいですよね。

コメントありがとうございました。
2019.08.15 16:06 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ずっと理不尽さを感じながら読んでいますが、今回で少し整理(ようやくですが)できてきました。
レベッカはレベッカで精一杯やってきたのでしょうし、彼女の育ちや性格からやむを得ない部分もあったのでしょう。
グレッグにも彼女の側から見れば問題があったのかも知れません。
でも、やっぱりレベッカの母親としての態度は許せません。
ジェームスはなんとなく許せるような気がするのに、とても不公平だとは思うのですが、どうしてでしょう?父親と母親の役割の違い?そんなことを感じてしまうのはサキが少し古い感覚を持っているからなのでしょうね。
グレッグの両親はどちらも同じように、ほとんど機能していなかったのですから、どっちもどっち・・・ですね。

そんな境遇のグレッグにあって、ジョルジアの登場は本当にラッキーだったと思います。
彼女のお陰でこれまで上手く繋がっていなかった両親との関係を整理できた(修復とは言いません)のですから。
ジョルジアもグレッグのお陰でトラウマを解消できたのですから、お互いを補完できる本当のベストカップルなんですね。

さてグレッグ、まだ整理しなければならない物があるのかな?
2019.08.16 11:13 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。
台風の被害は大丈夫でしたか? 少し涼しくなるといいんだけれど、それはまだ先かな。

そうなんですよ。ここ、ジョルジアの視点なので、レベッカに対して辛辣になりがちです。まあ、そうなるように私が書いているんですけれど。

レベッカは、いわゆる極悪人ではないです。ものすごく意地が悪い、息子を虐待していた人でもないです。お金しか送らず幼い息子が書いたクリスマスカードに返事も書かなかった父親ジェームスと比べて、ひどすぎる親という判断はフェアではないと思います。ただ、この人は物事の正しさには敏感でも、人の心の痛みにはとことん鈍感です。おそらく、自分の心の痛みにも負けずに一人で耐えたという自負が強すぎて、我が子が外から受ける小さな棘の痛みを避けるためにどんどん内側の殻にこもっていっていることを理解できなかったのだと思います。

もしグレッグがジェームスの方に引き取られていたら、もしかしたらレイチェルがもっと早くにいい方向に導いてくれたかもしれません。レイチェルとグレッグは実は十歳ちょっとしか離れていないのですけれど。

レイチェルがグレッグと出会ったときには、もう大学生だったので「子育て」には遅すぎたのですね。だから、彼が自分の内面の問題に直面するには、ジョルジアとの出会いを待たなくてはいけなかったわけです。

この話では、彼の周りの人間関係(主目的は母親との関係改善)を外的に変化させることはないのですけれど、彼の内面はサキさんがおっしゃるように「整理」されてこの先生きていくためにプラスとなっていくのですね。

さて、彼としては「これでイギリスに来た用事はおしまい」と思っていますが、これで終わったら、私の書いたあれこれの撒き餌が……。次回、バースでのエピソード、ラストです。

コメントありがとうございました。
2019.08.16 20:47 | URL | #9yMhI49k [edit]

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