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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(7)恩師 - 2 -

「霧の彼方から」の続き「恩師」の二回目です。

前回、サザートン教授へのプレゼントを探して街を歩いているうちに、グレッグはどうやら思い出のある場所にたどり着いたようです。考え事をすると他のことに思いがいかなくなってしまう、若干ツメの甘い彼らしい行動がここでも見られます。

一方、ようやくタイトルの恩師登場。ケニアのレイチェルとほぼ年がおなじで仲良くしている模様。有能かつ社交的で順調に出世している教授が、グレッグによくしてくれる理由は……あ、次週更新分ですね。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(7)恩師 - 2 -

 彼は、一度過ぎたところを、少し戻って奥の道を眺めた。ジョルジアも戻ってきた。
「確か、この角を……」
「何を探しているの?」

 すると彼ははっとして、ジョルジアを見た。
「あ、いや、その……知り合いがこの通りに住んでいたので、まだいるかなと思っただけなんだ」

 その通りの建物は、どれも古い時代の石造りだった。表通りのような華やかな煉瓦色ではなく、手入れが行き届いていない暗い佇まいだ。
「建物は憶えているの?」

「ああ、そうだ、その角を曲がった奥の……」
「じゃあ、行ってみましょうよ」

 細い路地だった。暗い色をした煉瓦には落書きが至る所にあり、足下にはスナックの残骸や濡れて丸まったプラスチック製の袋などが散逸している。ジョルジアは、ニューヨークのスラム街を思い出したが、そこにはスラム街のような危険な匂いはなかった。単純に貧しく手入れの行き届かない地域のようだ。

 彼は、ある家の階段の前に立った。郵便受けが八つ並んでいるのを見ていた。その表情に変化が表れ、ジョルジアは彼の知り合いがまだここにいることを知った。郵便受けには五軒分しか名前がついておらず、その中で明らかに古いものは一つだけだった。

 マデリン・アトキンス。女性だ。ジョルジアの胸が騒いだ。同時に、彼の母親の家で聞いた名前と違う女性であることに少しほっとしていた。彼がかつて愛した女性のファーストネームはジェーンというはずだった。そして、まさか、昔の恋人の家にジョルジアを連れて行ったりするはずはないだろうと、彼女は考えた。

「探しているのは、この方のお家?」
ジョルジアが訊くと、彼は頷いた。

「突然だけれど、訪問してみる? それとも、ホテルからアポイントメントを入れる?」
そういうと、彼はギョッとしたようにジョルジアを見て、それから慌てて首を振った。

「あ、別に訪問しなくても、いいんだ。きっと僕のことなど憶えてはいないだろうから。行こう、教授は時間にうるさいから、遅れないようにしないと」

* * *


 あらかじめ伝えられていたように、二人はサザートン教授の部屋に案内された。歴史を感じる部屋はまるで図書館の書庫の一角のようだった。作り付けの棚が全て本で埋まり、重厚なデスクの上にもたくさんの書類と本が載っていた。

 サザートン教授は、一見グレッグより歳下に見える。髭をしっかりと剃り、茶色い巻き毛はきれいに撫でつけてあるが、後ろに一つだけ寝癖のように立っている部分があった。べっ甲眼鏡の奥から悪戯っ子のような瞳が笑っている。実際にはグレッグよりも十歳以上年長で、現在は動物行動学を教える教授の中では重鎮だった。

 教員と学生たちが正装で晩餐に臨む有名なホールのすぐ脇に、喫茶とバーが一緒となった『バッテリー』があり、二人はそこで教授とお茶を飲むのだと思っていたが、彼は「とんでもない」と言って、格式高いシニア・コモン・ルームへ案内してくれると言った。普段は在籍生でも入ることを許されない部屋だ。

「でも、その前に少しここでおしゃべりをしよう。君ももう立派な学者になったことだし、今度こそファーストネームで呼び合っていいよね、ヘンリー。私はウォレスだ」
彼と握手をしながら、グレッグは「はい」とはにかんだ。

「そして、こちらが君の噂の婚約者だね。レイチェルから聞いているよ。本当におめでとう、ええと、ジョルジア・カペッリさんだったね」

 名乗る前に知られていたので、ジョルジアは仰天した。
「初めまして。ジョルジア・カペッリです。サザートン教授。お目にかかれて光栄です」

「いや、ヘンリーの奥さんになるんだから、もう少しラフに付き合ってくれないかな。君だけ敬語だと、ヘンリーが元の敬語に戻っちゃうだろう?」
そう言って彼はウィンクをした。

 ジョルジアは笑って言った。
「わかりました。どうぞジョルジアと呼んでください」

 チョコレートとポートワインの瓶を渡しながら、写真集はレベッカ・マッケンジーではなくこの人に渡したら喜んでもらえたかもしれないと考えた。そう思った途端、視界の端に見慣れたグレーの本が見えて、思わず凝視した。

 教授のデスクの上に、彼女の写真集『陰影』が載っていたのだ。見間違えようがない。真ん中に兄であるマッテオ、そのすぐ下にグレッグの横顔が見えている表紙だ。
「まさか!」

「ああ、これかい? 驚くには値しないよ。私は必要な本はインターネットですぐに注文するんだ。だから、どこもかしこも、この部屋みたいになっちゃうんだけれどね。とにかく、レイチェルに訊いてすぐに、調べてこれを見つけたよ」
そう言ってウォレスは、グレッグの姿を映した作品のある最後の数ページを開いた。

「本当にいい写真だね。彼らしさが、この数枚に詰まっているし、それを見つめる君の愛情を感じるよ。これを見て、これはいいパートナーを見つけたなと確信したんだ」

 真剣な面持ちで文献に向かうグレッグの姿、ルーシーにブラッシングをしている時に反対に顔をなめられて破顔しているシーン、あえて彼よりも手前のワイングラスを持つ手にピントを合わせた一枚、そして、最終ページに置いた食べられたシマウマを前に悲しみながらその死を受け入れているサバンナでのショット。

 ジョルジアにとっては、当たり前に目の前で繰り広げられた彼の自然な日常光景だったし、グレッグも自分自身もこの写真を撮った時には後に結婚することになるとは夢にも思っていなかったのだが、言われてみればあの時と今と、彼に対する根本的な感情、言葉にならない深い絆に対する実感は、全く変わっていないのだと思う。撮るとしたらやはり同じシーンを切り取ろうとするに違いない。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

ちょっとグレッグさん、立ち止まったのは、そういうことですかい!
なぜそこで「なんでもない」とか、誤魔化せないかなぁ……って、それができないのがグレッグか(笑)
ジェーンはともかく、マデリンは本命というか、元カノ感がハンパないですね。普通に考えたら、そういう女性のところに奥様を連れていくわけないですけど……グレッグだからなぁ、心配だなぁ。

サザートン教授は、グレッグが恩師と慕って会いに行くだけあって、よき理解者という感じの人物ですね。ジョルジアの写真集を持ってるだけじゃなくて、ちゃんと見ていて、写真の意味もわかっているみたいだし。
それに堅苦しくなくて、懐も深そうだから、グレッグだけじゃなくてジョルジアにとっても、好ましい人物という感じですね。
グレッグに好意的な理由、次話が楽しみです。
2019.09.11 09:59 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そういうことなんですよ。
さて、マデリン・アトキンス、名前は初登場ですが、TOM−Fさんにはおなじみですかね。ジェーンが出てこない登場人物一覧に出てきているし(笑)

ジョルジアは「ジェーン」ではないので元カノの確信はないですが、ちょっとひっかかっていますね、これは(笑)

ウォレスの存在は、レベッカやジェームスとの対比にもなっています。
レベッカは、プレゼントに対してのお礼は口にしましたが、開いてもいない。そもそも「結婚する」と聞いたのに当日まで「どんな人なの?」と言う質問をしなかったのですよね。でも、ウォレスは、そのニュースを聞いてもうレイチェルに根掘り葉掘り訊いていたみたいです。
ウォレスとレイチェルは、歳も近くて仲良しなのですね。

次回、彼の口から学生時代のグレッグのことが語られます。少しだけですけれど。お楽しみに。

コメントありがとうございました。
2019.09.11 20:42 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
あ~、グレッグ。過去に知り合いだと言う女性の部屋の前まで連れて行って、「何でもないんだ」、で立ち去るってのは良くないなあ~。
ジョルジア、やっぱりどこかで気にしちゃうでしょうが。
その辺がやっぱり不器用なんでしょうね。本当に過去に愛した人とか、そう言うんじゃないのかもしれないけど。この後、何らかの形で登場があるのでしょうか。

教授、予想通り、温かい感じの方ですね。
結婚って、その相手が親しくしてきた人脈にも触れていくことになるので、そう言う意味でも世界が広がって行きますよね。
自分が交流する事の無かった人たちとの出会い。これからたくさんあるんだろうなあ。
2019.09.12 02:02 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
こんばんは。

良くないですよね! なんかもう少しスマートに誤魔化せないものか。いや、そもそも誤魔化すことがあっちゃいけないのか。
ジョルジア、めっちゃ氣にします。
っていうか、イギリスくる前から彼女がその辺にこだわっていること、グレッグは欠片もわかっちゃいない(笑)
あ、登場、あります。ジェーンは人物一覧に名前ないんですけれど、マデリン・アトキンスはけっこう上の方に載せてありますし、ここは嘘ついても仕方ないし。

そして、ウォレスは、ひねりなく普通にいい人です。
研究大好きで、社交も好きで、バランスの取れた人ですね。
学生時代はいろいろな人に師事しているものですが、グレッグにとっては一番恩のある人(次がレイチェルかも)という認識ですね。
でも、例によって自己否定激しいので「僕が連絡したりしたら迷惑だろうな」などと思って連絡していませんでした。

この旅では、グレッグの「これまでの僕はいてもいなくても同じような存在だった」という認識が、ウォレスなど登場人物との交流で「あれ、そこまでひどくなかったのかな」に動く過程も追っています。

コメントありがとうございました。
2019.09.12 21:43 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
私も実家の周辺で、
小学生の同級生の家がここだったよな。。。
・・・ということがよくありますね。
もう、半分以上の人がその家ではない人が住んでいますが。。。
それでも、その家を建て替えて住んでいる人もいて。
そういうのはとても嬉しいですね。
今でも付き合いがあります。
昔馴染みは素晴らしいですよね。
(*'▽')
2019.09.13 10:51 | URL | #- [edit]
says...
ついに元カノさんが発覚?
しかも挙動不審!?
なんだか胸のあたりがムズムズしてきました
教授とも何か関係があったりするのかな…

ともかく教授との面会は良いものになりそうなので
よかったです
2019.09.13 13:57 | URL | #- [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

かつて住んでいたところを、久しぶりに歩いていると、別に探していなくても「そういえば、ここは」ってところに辿りついてしまう事って、時おりありますよね。
私も東京の実家の辺りや通った学校がある場所に行くと、「忘れていたけど、ここって」というところがあります。

まあ、そこが全く昔のままって事は、かなり少ないのですけれど、そういう場所を見つけると嬉しいですよね。
お友達が住んでいるなら尚更です。

コメントありがとうございました。
2019.09.13 21:16 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

元カノと名前が違うんですよね〜。
何者なんでしょうか。

教授とは、全然関係ないかもしれませんね。
教授はコミュ障じゃないし、普通にリア充みたいですし。

そうですね。
教授との対面も母親との対面みたいに居たたまれないとジョルジアもうんざりですよね。
少なくとも、これだけでもイギリス体験が嫌にならずに済むようです。

コメントありがとうございました。
2019.09.13 21:20 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
そうか、コメント欄を読んで、登場人物紹介を見直しちゃいました。確かに「ジェーンが出てこない登場人物紹介に出てきている」v-17
そこまで言って、さらにそこまで近づいて、放置されたらジョルジアも「???」でしょうけれど(そしてジョルジアも追求できないタチ)、些細なことで成田離婚する(って、些細じゃないのかな、本人たちにとっては。それに成田離婚って言葉も古いか)カップルと違って、根底に信頼感があるから、まぁ安心してみていられます。くっつくまではぐるぐるの長さに「おいおい」だったけれど、くっついちゃったら、ちょっとくらい波風立った方が楽しい~になる(^^)/ 読み手は勝手ですが、楽しんでます。

そして、教授。
うん、研究にしても他の仕事でも、師匠が居るって幸せなことだと思います。しかも、生徒の方は自分は大勢の中のひとりで覚えられていないと思ってたら、ものすごく覚えがめでたいなんてこと、後で知ったら、感動ですよね。でも先生って、ほんとすごい。沢山の子供たちをみんなみてなくちゃならないんですものね。
そして、ジョルジアの写真集をこっそり?(いや、大々的に?)買ってくれていたなんて。
これから起こる「昔の女」事件の前に、教授でほっこりしておきましょう。
2019.09.14 00:55 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。「登場人物一覧」に名前はあるんです。でも情報は皆無(笑)
「あらすじと登場人物」は連載開始と同時に公開しているのですけれど、読む前に見ても、読んでから「あれ、こいつ誰だっけ」と見返しても、どちらでも問題のないように考えて書いているんですが、難しいですね。ミステリーではないので堂々と書いてしまってもいいんですけれど、読む楽しみは削ぎたくないし、かといって「嘘だった!」と言われるのも嫌だし。で、ジェーンをそこに書いていないのは、本当に一度も出てこないからなんですけれど、過去のグレッグにとってどっちが重要なポジションだったかと言われたらどうかなあ。ま、終わってから皆さんの意見を訊いてみたいですね。

少なくともジョルジアは「あらすじと登場人物」は読んでいないので、誰がどうだということは全く知りません。そりゃそうだ。

すくなくとも成田離婚(もう死語なんですか?!)は、ないかなあ。だって、今この時点で二股ならともかく大昔のことですしねぇ。

さて、ウォレス。
いくら人付き合いがダメダメな人でも、何百人も学部にいて、あまり勉強しないまま卒業もあり得る日本の大学ならともかく、オックスフォードで「恩師」といえる人がいないなんて事はあり得ないですよね。グレッグも、おそらく何人もの恩師がいるはずなんですけれど、その中で(当時は若くて)一番面倒を見たのがウォレスという設定です。チューターというシステムも、理解するのが難しくてネットやらベリオール・カレッジのパンフレットなどを当たりまくってようやくほんの少しだけ理解したような感じですが、あまり書くとボロが出るので適当に逃げてあります。一応、かなり一対一に近い感じで指導するのが、オックスブリッジ特有の指導法のようです。大変らしいですよ(人ごと)

で、ジョルジアのことは、レイチェルから聞きだしたようです。「何、彼を撮った写真が発売されっているって? なんて出版社のどれだ!」みたいにチャッチャとやり取りして、もう注文しちゃった。有能な人は行動が早いんですよね。どっかの誰かさんみたいにグルグルしていませんから(笑)

次回もウォレスとのお話です。お楽しみに。

コメントありがとうございました。
2019.09.14 17:29 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
コメント遅くなりました。すみません。

でもどうしてマデリン(マディ)なんだろう?
夕さんがわざわざ同じ名前を使っておられることに???を感じています。
考えすぎかな・・・・・・
なんにしてもグレッグのオタオタには今さらながらちょっと呆れています。
しょうがないなぁ、もう少しスマートに・・・でもそこもグレッグらしいところで、ジョルジアとしてはノープロブレムと考えても良いのかな?
グレッグとジョルジア、どちらも最後まで詰められない性格は場面によってはすれ違いの原因になりそうですね。夫婦の間ではよくあることかも知れませんが困ったもんですよ。

教授はグレッグの良き理解者というか、彼を自分の生徒として、彼の才能を正しく評価した数少ない人の1人だったのでしょう。
きっと誰でもその人格に紛らわされることなく、公平に扱うことが出来る人物なんだろうと感じました。
教授から語られるグレッグ像、楽しみにしています。
2019.09.15 03:27 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんにちは。

マデリンの名前については色々と創作秘話はあるのです。欧米では名前のバリエーションが限られているので人物の名前が被る事はさほど珍しいことではありません。とは言え、今回わざわざ2つの名前を同時に使ったのには理由があります。大して重要な理由ではありませんが。

カップルのコミニュケーション不足によるすれ違いに関しては、よくあることです。私の小説は、むしろよくあることを書き込むことに意味があると思っています。なんてかっこいいこと書いていますか実は次の展開のためにこのしょうもない行動がちょっと必要なのです。

ウォレスの件ですが、すべての学生に対し公平に面倒を見ることなど誰にもできません。実はグレッグは例外でした。当時のウォレスは、自分の研究に集中したいし学生の面倒など見たくなかったのです。この辺の詳細については次回彼が自分の言葉で語ります。どうぞお楽しみに。

コメントありがとうございました。
2019.09.15 12:25 | URL | #9yMhI49k [edit]

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