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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 1 -

「霧の彼方から」の続きです。

かなり短い話だからと、ちんたら連載してきましたが、氣が付いたら今年もあと三ヶ月じゃないですか。早く終わらせないと「scriviamo!」で中断になってしまう。というわけで、『オリキャラのオフ会』と同時に公開していきます。小説続きでうんざりの読者様、そういう大人の事情がありますのでご了承くださいませ。

とはいえ、12000字以上あるこの『もう一人のマデリン』、六回に分けます。もっとまとめて発表も出来るのですが、この十月が珍しく忙しく『十二ヶ月の歌』シリーズが用意できないのです。すみません。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 1 -

 ジョルジアは、カメラを持って出かけた。バースにいた時は、グレッグの様子が心配で写真を撮るような心持ちにはならなかったのだが、サザートン教授との再会で彼が笑顔に戻ったので、彼女の心も浮上したのだ。

 彼女は、まずセント・メアリー・チャーチに行った。十三世紀後半に建てられたオックスフォードを代表する教会だ。六十メートルを超す塔は展望台になっている。すぐ目の前にあるオックスフォードの象徴的建物ラドクリフ・カメラをはじめとしてオックスフォードの街が一望の下だ。

 彼女は、様々な方向を見て「あれがホテルね」「ベリオール・カレッジはあれかしら」「あの通りはかなり広い大通りなのね」と街の地理を確認した。

 若かりし日に、グレッグがウォレスに連れられて行ったであろう図書館や、おそらくリチャードやアウレリオが大騒ぎしていたであろうパブなどを想像して、微笑ましく思った。

 それから、昨日プレゼントを買うために通った一角にも目を向けた。石造りの建物、郵便受けを脳裏に描いた。マデリン。名前をつぶやく。マディと同じなのですぐに憶えてしまった。明るくて積極的な未来の義妹は、とても魅力的だ。もう一人のマデリンはどんな人だったのだろう。

 後ろから控えめな咳が聞こえて、ジョルジアは他の観光客の邪魔をしていたことに氣が付いた。想いにふけるにはこの展望台は狭すぎる。彼女は塔から降りて、彼女を沈思に至らせたあの通りと反対の方向へと歩いた。

 ハイストリートから、タールストリートへ抜けてしばらく歩き、カバード・マーケットに入った。屋根に覆われ天候に左右されずに買い物のできる市場だ。オレンジと白の明るい天井の下に、色とりどりの野菜や花、ソーセージなどの加工肉などを売る店が並ぶ。観光客向けの土産を売る店もあるし、金物屋もあった。額縁と芸術的な写真を扱っていると思われる店には学位を受けた学生が正装のマントを着ている写真が飾ってある。

 ジョルジアは、一度も写真を撮っていないことに氣が付いた。次は何を見ようと思っているわけでもない。心は、あの暗い路地にあるのだ。

 彼女は、立ち止まり、それから踵を返した。

* * *


「何か用かい」

 ジョルジアは、ドキッとして振り向いた。黒と紫のくたびれた服を身につけた老女が立っていた。深く刻まれた皺と曲がった腰、そして立っているのも難儀な様子だったが、目の光は強く、頭はしっかりとしているようだと思った。

 ジョルジアは、昨日グレッグと通った一角にわけなくたどり着いた。そこで何をするのか何も考えていなかったことに思い至り、郵便受けの古い表札をもう一度見てから立ち去ろうとしたところだった。声をかけられて初めて、マデリン・アトキンスという女性のことを訊いてみようかと思った。

「このフラットにお住まいの方でしょうか」
「そうだよ」
「ここに少なくとも二十年くらい前からアトキンスさんという方が、お住まいだと思うんですが……」

 老女は、じっと見つめてから言った。
「あたしがそうだけれど、あたしはあんたを知らないね」

 ジョルジアは驚いた。グレッグが探していた女性がこんなに高齢だとは思わなかったのだ。そうであってもおかしくないのに、どういう訳か、もっと若い女性だと思っていた。言葉の濁し方が、彼らしくなく曖昧だったからかもしれない。

「私はここにははじめて来たんです。かつて学生として住んでいた人が、あなたがまだここにいらっしゃるのか氣になっていたみたいだったので……。大変失礼しました」

 マデリン・アトキンスは、記憶をたどっているようだった。
「あんたの言葉から推測すると、アメリカ人だね。二十年前のアメリカ人の学生かい……」
「あ、私は確かにアメリカ人ですが、彼はケニア出身で……」

 そう言った途端、マデリンははっとした。
「アシュレイかい?」

 ジョルジアは、思いがけない名前に驚いた。
「リチャードをご存知なんですか?」
「知っているとも。あれは忘れられない学生だったからねぇ。顔が広くて、面倒見が良くて、あたしにも随分たくさんの客を紹介してくれたものさ。ガールフレンドに困っていたことはなさそうなのにね」

 客の紹介と、ガールフレンドになんの関係があるのか、ジョルジアにはわからなかった。が、マデリンは、ずっと親しみやすい表情になって、手招きした。
「こんなところで立ち話もなんだから、入りなさい。お茶でもどうだい」

 ジョルジアは、頷いた。リチャードと親しいなら、グレッグも学生時代に彼女の店かなにかを訪れたのかもしれない。どんな商売だかわからないけれど。

 それに、この女性にはどこか惹かれるところがあった。

 人々の人生の陰影を撮ることをテーマにして過ごしてきたこの二年半で、彼女は人生の喜びや悲しみを重ねてきたストーリーを表情に刻んでいる人を見出す職業的勘をいつの間にか磨いた。

 彼女の脳のどこかで「マデリン・アトキンスは、決定的瞬間を撮らせてくれる被写体である」と言うシグナルが、点滅していた。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

自由時間ができたジョルジア、写真撮影を兼ねた観光かと思いきや、やはり心はあそこにありましたね。
思い切って出かけた先で出会った老女、まさか彼女がマデリンだとは、ジョルジアでなく私もびっくりしました。いやほんと、妙齢のご婦人だとばかり……(笑)
それにしてもリチャード・アシュレイ、こんなところでも記憶に残るほどでしたか。まあたしかに、強烈な性格(いい意味で)ですからねぇ。
マデリンの仕事、なんだろう。まあ、妄想はできますが……。私の想像が当たっていたら、彼女から詳しい話を聞いたり、被写体にしたりとなると、ジョルジアにとっては試練とまでは言わなくても、気持ちの整理は必要になりそうな気がします。

次話、楽しみにしています。
2019.10.02 12:24 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

さて、オックスフォードで別行動ですからね。
そりゃ、行っちゃいますわな。小人閑居するとろくでもないことをするんですよ。

そして、マデリン高齢者でした。TOM−Fさん、絶対に若い女と思っているなー、と思いつつ黙っていました。登場人物紹介「女性」としか書かなかったのは、そのためでした(笑)

そして、リチャードは当時ここでちょっとした有名人でした。「だれでも友達」タイプなので滅茶苦茶顔が広いのですね。
常にアウレリオと一緒につるんで大騒ぎしていたらしいです。だから卒業できなかったという(笑)

さて、マデリンがどんな仕事をしていたのか、おそらくTOM−Fさんの予想通りだと思います。
だから、全然ひねりがない話なんですよ!

ここがこのストーリーのメインなので、やたらと長い章になりました。
しばしお付き合いくださいませ。

コメントありがとうございました。
2019.10.02 20:20 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ジョルジアの単独行動で少しオックスフォード観光を・・・。
そしてジョルジアはやはり例の場所へ、そうか、彼女は本当にまったく別のマデリンさんなのですね。
サキは情報が無いことは決め付けない(なるべくですが)のでこの方が老人であったことに驚きはしませんでしたが、さて、お仕事となるとちょっと???
TOM-Fさんのコメントを読んで、ちょっと思い当たる・・・ぐらいのところでしょうか。
アシュレイの登場の方には驚きましたが――そうかそういえば彼もオックスフォードでしたね――いったいどんな風に展開するのか、マデリンさんのお仕事の件も含めて、続きを待つことにします。
決定的瞬間が撮れるといいのですが・・・。
2019.10.03 11:22 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

そうか、サキさんが二人の名前が同じ事に引っかかっていたのは、同一人物の可能性を考えていらしたからなのですね。
レイチェルの娘マディはずっとケニア在住で、苗字はもちろんレイチェルと同じムーアでしたから、同一人物の可能性はゼロでしたね。

もっとも私の小説はミステリーではないので、事前に謎を解く必要はないのですよ。
マデリンがどんな仕事をしていたかは、すぐに出てきます。
秘密ではないのですけれど、まだ出てきてもいないことをコメントで解説するのは読む楽しみを削ぐので、ここでは書きませんけれど。
連載って、必要もないところで待たせることになるんですよね。
もっとも、大人の事情で、私が六回に切っているからですが……。

そう、マデリンと仲良し(?)だったのは、リチャードなのです。彼の広い人脈の一人とでもいいましょうか。
リチャードがいなかったら、きっとグレッグがマデリンと知り合うことはなかったでしょうね。

コメントありがとうございました。
2019.10.03 20:20 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ああ、こういうのは。
案外というか、みんなというか。
自分の理想像というのがあって、それに惑わされますけど。
現実はそういうものではなく、現実的ですし。
時間も残酷ですからね。
理想と現実の差は、いつでもどこでもありますよね。。。
( 一一)
2019.10.04 13:07 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

こうやって、不意打ちのような形で思ってもいなかったモノと対峙する時って、どこかに無意識で何かを考えていたものが浮き彫りになるのですよね。先入観というのか。ジョルジアは、そんな自分の先入観に対峙したようです。

幸いここで、実際のマデリン・アトキンスに会い、本人の口から二十年前のことを訊く機会を得たようです。

コメントありがとうございました。
2019.10.04 21:20 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
連載って必要のないところで待たせる~って、ちょっと笑っちゃいましたが、納得(^^)
ドラマのCMでも思います。映画だとずっとCMなしに見れるからいいような、でも、あの無意味な「間」が想像力に火をつけるのかもね。

そうか、皆と同じ感想でなんですが、ご高齢の方でしたか。
あ~そうすると、意外にもあんなことなんですかね。
でも、研究引きこもり系じゃなくて、結構顔が広くて誰でも友達タイプ、だったんですね。アシュレイが、じゃなくてリチャードが。アシュレイとつるんでいたから? あ、でも、アシュレイはなんだか、良い奴だけれど、信用して良いのかどうか迷うけれど、リチャードは信用できそうだからなぁ。
で、それがどうなって、郷愁の丘に引きこもる?ようになったのか、というあたり、まだ私は理解できていないのかも。このマデリンの語りから、色々分かるのかしら。

次回お待ちしておりまする。
2019.10.07 03:51 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

無理して六回に切ったのは、若干小説書いている場合ではない日々だからなんですけれど、そんなこと読んでくださる方には関係ないですものね。

さて。本題ですが、もしかして彩洋さんがおっしゃっているのはアウレリオのことかな?
マデリンがファミリーネームで話すので混乱させてしまったようですが、リチャード・アシュレイが例のナイロビのエージェントで、親友でありマディの配偶者であるイタリア人がアウレリオ・ブラスです。

さて、リチャード・アシュレイは、グレッグやアウレリオと同様にオックスフォードで学んでいましたが、この人の専門は動物行動学ではありません。しかも、成績悪くて卒業できずにナイロビに戻っています。研究よりも人づきあいに忙しかったのでしょう。でも、その人脈で生き抜いているので、それはそれで。アウレリオの方は一応経済学の学位は取ったようです。

リチャードは、軽いけれど悪い人ではないです。とにかく顔が広くて、街中の人と知り合い、学生も男も女もみんな友達でした。もっとも「友達」と「知り合い」の定義は人によって違うので、あくまでリチャードの主観での「友達」です。アウレリオは別格で、当時から今でも大親友です。グレッグは、リチャードからすると「かなり親しい友達」ですが、グレッグの方は「よく知っている人」の距離感ですね。

さて、グレッグが《郷愁の丘》に引きこもることになったのは、半分は研究のためと望郷の念が強かったからです。残りの半分が人付き合いにいろいろと挫折した(実母も含めて)ので、イギリスに居場所がないと感じ続けていたからですね。そこまではっきりとは書いていませんが、ジョルジアがそれを想像できる程度には、当時のことがわかる記述になっています。

しかし、次回も変なところで切れるんですよね……。すみません。

コメントありがとうございました。
2019.10.07 20:12 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ほんとだ。なんか、混乱してた。
あたまがうにになっていました。しまった。カタカナの名前に弱いことが露呈しました。そうなんです。自分のキャラでも時々、あれ?ってなることが。
わ~、そうか、やっと話が通じた。次回、お待ちしておりまする!
2019.10.08 15:51 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

すみません、昨晩「やりたい放題」の続きを書いていたら、没頭して返信忘れてしまいました!

そして、今日更新した続きを一緒にアップしていたら混乱しなかったかもって思いました。すみません。

自分のところでもキャラが増えすぎると「こいつの苗字なんだっけ」とか「あ、漢字間違えてた」とか増えます。
私のところはガイジンの名前が多いので大変ですよね。

懲りずにお付き合いくださいませ。

再コメントありがとうございました。
2019.10.09 20:01 | URL | #9yMhI49k [edit]

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