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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 2 -

「霧の彼方から」の続きです。『もう一人のマデリン』六回に分けた二回目です。

この小説で、実はグレッグの実母レベッカよりも私が書きたかった女性マデリン・アトキンスは、実はずっと昔に書きボツにした別の小説のキャラクターでした。こういう使い回しを私はよくやりますね。実は、「郷愁の丘」を書いたときには、この役割の女性を登場させる予定がまるでなかったので、ついマデリンという名前をレイチェルの娘にあげてしまったのですが、後から失敗したな、と思っていました。今回の女性を別の名前にすればいいだけの話でしたが、マデリンという名前で私の中にいること、すでに三十年近いキャラクターで、もう他の名前が馴染みません。

さて、マデリンと若かりし日のグレッグの関係を、鈍いジョルジアもようやくわかったようです。そりゃグレッグは細かく説明しませんよね。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 2 -

 彼女の部屋は少し暗かったが、きちんと片付いていて心地よかった。古い調度は、彼女の刻んできた歴史を強調しているようだった。小さいテーブル、二つの腰掛け、七十年代風テキスタイルのカーテンは、おそらく懐古主義で選んだ柄ではなく、その時代から掛け替えていないのだろうと想像できた。

 その佇まいは、モノクロームで映し出せば完璧だと思われた。それはつまり、カラーで表現するにはあまりにも色褪せていて大衆に訴えかける魅力に乏しい部屋だった。だが、結局のところ誰であっても大衆の好みに合わせて生活を変える必要などないのだ。

「アメリカ人のあんたは、コーヒーを好むかもしれないが、あいにくと長いことコーヒーを飲む客を迎えていないのでね。紅茶が苦手だとしたらハーブティーくらいしかない。何がいいかい?」
「紅茶をいただきます。アメリカに紅茶の美味しさを触れ回るロンドン出身の友人がいるんですが、こちらでミルクティーを飲んでようやく納得しました。本当に美味しいですもの」

 マデリンは「そうかい」と言うと、少し嬉しそうにティーセットを用意した。件の友人、骨董店《ウェリントン商会》のクライヴ・マクミランは、いつでも店の銀器や瀬戸物をピカピカに磨いているのだが、彼が見たら何か言わずにはいられない状態のポットだった。取っ手の一部は欠けているし、底の近くはひび割れていた。注ぎ口の近くにこびりついた茶渋が、彼女の決して裕福ではないだろう日常の積み重ねを暗示していた。

「アシュレイは、すぐにケニアに帰ってしまったと聞いたよ。いくつになったかね」
「四十を少し超えたくらいでしょうか」
以前、グレッグが、オックスフォード時代にリチャードやアウレリオと一緒に何年も過ごしたと話してくれた。つまり、リチャードはグレッグとあまり年が変わらないはずだ。

「なんていったかね、イタリア人の友達、ああ、ブラスだったか、あの青年といつも大騒ぎしていてね。二人とももう家庭でももって落ち着いただろうね」

「アウレリオは二人の子供の父親になりました。リチャードは、私の知る限り結婚の意思はないみたいです」
「そうかい。一人に絞るのは難しいかもしれないね」
マデリンはくすくす笑った。

 この人は、本当にあの時代のリチャードとアウレリオをよく知っていたのだ。アウレリオが、マディと知り合うきっかけが欲しくて話したこともなかったグレッグに仲介を頼んだという話をアフリカで耳にしたばかりだ。それは正にいまジョルジアの立つこの街だったのだ。その時代にグレッグもこの街で暮らしていたのだ。

「あの頃は、まるで昨日のようだ。だが、もはやすっかり様変わりしてしまった。あたしは老いぼれになり、学生たちはずっと大人しくなってしまった。この一画もあたしたちの同業者はほとんどいなくなり、観光客に部屋を貸す業者ばかりになってしまった。警察は喜んだみたいだが、外国人が部屋を買っては値段をつり上げたり、もっと物騒な犯罪に使ったりと、あまり芳しくない傾向に陥っている。懐古主義に陥っている警察官もいるよ」

「警察?」
ジョルジアは戸惑った。

「心配しなさんな。あたしはご覧の通り、この歳でもう仕事はしていないからね。五年前に六十五になったので、他の人と同じように年金暮らしになったのさ」
ジョルジアは、驚いた。八十過ぎかと思っていたのに、この人はまだ七十歳だったのだ。

 しかし、マデリン・アトキンスはジョルジアには構わずに続けた。
「ここにいるからって警察が踏み込んで逮捕するようなことはないよ。あたしは仕事に誇りをもっていたわけじゃないが、少なくとも恥じてはいなかった。ただ食っていかなくちゃいけなかった、それだけさ」

「リチャードやアウレリオもあなたのお客だったんですか?」
ジョルジアは、警察という言葉に不安を持って訊いた。そして、グレッグも……。本当に訊きたかったことはそれだ。そして、どんな犯罪に関係しているのだろう。

「いや、ブラスは若い子が好きだったからね。でも、アシュレイは時々ね。素人でない女を抱きたい時もあるとかなんとか妙な理屈を言ってきたものさ」
マデリンの言葉を聞いて、ジョルジアはようやく理解した。

 この女性は娼婦だったのだ。そして、おそらくグレッグもまた客の一人だったのだろう。ジョルジアはどこかほっとしていた。婚約者が娼婦のところに通っていたと聞いたら、普通は怒るかショックを受けるものだと思うが、警察という彼女の言葉で、グレッグが何か犯罪に巻き込まれたのではないかと想像した彼女には、娼婦に通うくらい全くの許容範囲に思われた。

「長く仕事をしていると、いろいろな客がいたものさ。アシュレイは一度ガールフレンドと手も握れない晩熟な学生を連れてきたよ。セックスのイロハを教えてやって欲しいってね」
それは、グレッグのことかもしれないとジョルジアは考えた。

「教えてあげたんですね」
「一通りのことはね。動物行動学を学んでいて、器官のことは専門用語であれこれ言っていたが、実際の男と女のことはまるっきりわかっていなかったね」
ジョルジアはクスッと笑った。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、おつかれさまでした。

やはりそうでしたか。
八少女夕さんの巧みな記述で、なんとなくそんな予想はできましたが。
リチャードやアウレリオはまだしも、グレッグのような男性は、こういう女性のお世話になるってことも、まあ、あるでしょうね。
ただ、ジョルジアの反応は、ちょっと予想外でした。犯罪者うんぬんというよりも、グレッグの女性関係にはすごくナイーブになりそうでしたので、きっと凹むだろうな、と思っていたんですが。あるいは、「本気」の相手じゃなかったので、逆に安心したのでしょうか。ただ、そうなると、PVでのグレッグの言葉が、ひっかかりますね。
ふふふ、先が楽しみです。
2019.10.09 12:09 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

この辺は、隠すつもりは皆無でしたけれど、ブチブチに切っちゃったので。

ジョルジアの反応ですけれど、ティーンエイジャーならともかく、この人も四捨五入すると四十なんで、そこまでナイーヴではないです。
なんといっても兄はああだし、妹も三回結婚しているくらいですし、それにこの人アメリカ人ですしね。

あと、いくら商売の女性といっても若くて美人だったら、「こういう人が好みなのかしら」みたいにまたグルグルしそうですが、目の前にいる人「お婆ちゃん」なんで生々しさが皆無なのですよね。実際には、彼が大学生だった頃、マデリンはだいたい五十歳前後、おそらくレベッカと同年代でした。どっちにしても恋愛対象という感じではないですよね。

ジョルジアは、グルグルしながら「グレッグが優しい嘘をついてくれているのでは」と考えていたのですが、実は●●真面目なグレッグはまったく嘘をついていないのです。言っていないことがあったというだけで。そりゃ、わざわざ言いませんわな。

PVの言葉、ひっかかりますか?
ああ、あれかな。あれはですね……なんちゃって。
よくある「衝撃の事実はCMの後で!」みたいなものですので(笑)

コメントありがとうございました。
2019.10.09 20:32 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
あうっ!そういう相手だったんですね///
ってことはマデリン仕込みの…
ジョルジアさんは冷静…これが大人なのかな…
グレッグさんの方は知られたと知ったら
どうなるんでしょうか?
2019.10.10 12:37 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ、そういうお相手でした。
純情なダメ子さんにはショックな展開だったでしょうか!

これ、グレッグが連れて行くわけはないので
どうしてもジョルジアがひとり自由行動で出会うという展開にしなくちゃいけなかったのですね。

知られたってわかったら。
あはははは、そういう時は男の人はどうするんでしょうね。(白々しい……)
隣のお兄さんの意見が訊いてみたいです。

コメントありがとうございました。
2019.10.10 19:40 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
なるほど・・・2人目のマデリンの職業が分かってきました。
サキはピンと来てなかったのですが、TOM‐Fさんと夕さんのやり取りを読んで、なんとなく想像していたのが当たっていたことになるのかな?
でもそうだとすると、グレッグがジョルジアを連れてここへきてしまった理由が分かりませんね。
成り行きでそうなってしまったというのなら、なんと無用心な・・・というか配慮のないというか・・・。
ジョルジアは全く気にしていないようだからよかったようなものの。
でも、初めての夜、グレッグが結構リードしていたから、どこかでこういう経験を積んだんだろうとは思っていましたが、ここでしたか。
このあとグレッグとマデリンの出会いがあるのかどうか分かりませんが、どんな気持ちで出会うんだろう?
マデリンはあっけらかんとしたものなのかもしれませんが・・・。
こんな場面で動物行動学の専門用語を持ち出しているグレッグの様子を想像して笑ってしまいました。
きっと超生真面目だったんですよ。
ジョルジアにとっては男どもに対するアドバンテージになったりして。
2019.10.11 11:45 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
男性は女性を経験することで、レベルアップするのだ!!
(≧▽≦)

・・・ってことなんでしょうけど。
まあ、ほどほどに遊ぶことによって、女性付き合いの経験値をアップさせ。
そして、本命と結婚する。
・・・というのが、男性の筋道だと思います。

最初は年上の女性か同級生で、
どうやって女性と付き合うのか、を学んで。
そっから、本命に移る。。。

常に男性は女性をリードするために、他の女性とも付き合いを持つのだ!!
( *´艸`)

2019.10.11 12:03 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

台風、心配です。都心であらかじめ電車が運休するなんて、どんな規模なんだろう。

さて、マデリンの職業、前回の記述で大体わかりますよね。
特にこの小説の流れだと。
ただ、ジョルジアは昔の恋人のことに頭が行っていたのと、マデリンが高齢だったためちょっと鈍くなっていたようです。

グレッグは、深くは考えていません。
この人、本当に人付き合いに慣れていなくて、考え事をすると誰かといることも忘れちゃうのですね。
そういえば、想い人が自宅に来てくれたのに論文に夢中になって七時間も放置したことがありましたよね。

そして、実はグレッグはジョルジアの観察力をなめています。
ジョセフのような報道関係ではないけれど、ジョルジアは一応ジャーナリストの端くれで、一瞬でいろいろな物を観察して判断しています。
だからグレッグが探している昔の知り合いが「マデリン・アトキンスという女性」だと一瞬で同定してしまったのですが
グレッグにしてみれば、建物の前にきただけだし、名前も性別も言っていないし、ジョルジアが興味を持つなんて思ってもいなかったようです。そもそも、ジョルジアが自分の過去に興味を持ってあれこれと考えていることを、全く想像もしていないのですね。

ジョルジアは、あまり氣にしていません。後で自分で言いますが、この人もうティーンエイジャーじゃなくて三十代後半です。それにアメリカ人です。兄はあんなだし、妹は三回も結婚しています。男性と女性の違いや、性のことについての(実体験は皆無でしたが)知識は普通にありますから、二十年前にあったことで大騒ぎしたりはしません。

ジョルジアは、名前が出てきたのをいいことに「リチャード・アシュレイの知り合い」ということでマデリンから話を引き出しています。マデリンは、当然知っているから来たんだろうと思うので、別にオブラートに包むような話し方はしません。

この「ガールフレンドの手も握れない動物行動学を学んでいる学生」は間違いなく若き日のグレッグです。そして、今と同じに真面目な堅物だったのですね。その片鱗が感じられるので、ジョルジアも笑っていられるのでしょう。

グレッグの反応は、近いうちに本文で。
コメントありがとうございました。
2019.10.11 22:06 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

遊びが必要か、またはそれでレベルアップするかどうかは別として、少なくともはじめから上手な人なんていないってことですよね。

女性が男性をリードしても、全く問題ないと思うのですけれど
あまり女性が上手で、男性が下手だと、プライドが邪魔をして妙なことになる場合もあるようで。

単純にテクニックや、経験だけの問題ではなく
心理的なものも関係してくるので
単純にはいきませんね。

そうそう、目的がなんであれ、本命がいるのに他の相手と同時につきあっていたりすると
本命に逃げられるかもしれませんよ。

コメントありがとうございました。
2019.10.11 22:13 | URL | #9yMhI49k [edit]

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