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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 3 -

「霧の彼方から」の続きです。『もう一人のマデリン』六回に分けた三回目です。

もと娼婦マデリン・アトキンスの家に招かれたジョルジア、本来の好奇心はどこへやら、フォトグラファー・モードに入ってしまいました。人生のパートナーと「関係」のあった女性を前にして、個人的な感慨をどこかへ置き去り瞬時に客観視してしまう姿勢は、本人がそうと意識していないだけで、重度の職業病なのかもしれません。それに、後先考えずに夢中になってしまうところ、もしかしたらかなり似た者夫婦なのかもしれませんね。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 3 -

 マデリンは、ジョルジアのカップに紅茶を入れた。
「あんたは、ケニアで何をしているんだい? 旅行関係?」

「私は写真家なんです。マサイ族の写真を撮る時にリチャードにアテンドしてもらいました」
「ああ、それでか」
「それでって?」

 マデリンは笑った。
「あんたは、自分では氣付いていないだろうが、いろいろな物をじっと見るんだよ。あたしの顔や、服装や、この部屋の様相、それにこの紅茶もね。最初は警官なのかと思ったくらいさ。それで、何かこの部屋に撮りたい被写体があるのかい? 娼婦の部屋らしい様子はもうないと思うけれどね」

 ジョルジアはチャンスだと思って頼んだ。
「私は、人生の陰影を感じるポートレートを撮りたいんです。あなたのお話を聴いていて、先ほどからずっと思っていました。沢山の人生を受け止めていらした深さや重みを感じるんです。フィルムに収めても構わないでしょうか」

「あたしをかい?」
「はい。あなたをです。もし、お嫌でなかったらですけれど」
「構わないさ。こんな婆さんを撮りたいっていうのはわからないけれど」

 ジョルジアは、当初の目的も忘れてマデリンを撮った。マデリンは面白がりながら、撮られている間もいろいろな昔話を続けた。

 とある著名な教授が部屋を出る時に、その学生と鉢合わせしてしまった話。三年も通ってくれた青年に恋をしてしまった話。ある客と事に及んでいる時に、スコットランドから出てきたという妻が乗り込んできたこと。いつも空腹でお腹を鳴らしながらも、貯めたわずかなお金で通おうとした貧しい青年を追い返した話。

「どうして追い返したんですか?」
「娼婦に通うなんて事は、精神的にも経済的にも余裕のない時にするべきではないんだよ。さもないと、取り返しのつかないところに堕落してしまうからね。学業がおろそかになり落伍しても、本人に別の道を見いだせる器用さがあったり、親が面倒を見てくれるような坊やならあたしも氣にしないさ。でも、その学生は学者にでもなるしか将来の可能性はなさそうだったしね」

 ジョルジアは、微笑んだ。この人は、暖かい心を持った素敵な人だ。はじめから娼婦だと聞かされていたら偏見を持ったかもしれない。そうでなかったことを、嬉しく思った。グレッグに写真を見せたらなんて言うだろうと考えた。

 マデリンのフラットを出ると、また雨が降っていた。ジョルジアは、折りたたみの傘を広げて路地を出た。石畳がしっとりと濡れている。雨は直に小降りになってきたが、先が霞んで昨日や先ほどとは全く違った光景に見えた。

 ジョルジアは、iPhoneを取りだして時間を確認した。約束の時間まであと十五分ほどだ。

 観光客たちが行き過ぎるバス乗り場を越えて、ホテルの近くまで来た時に、霧の向こうから見慣れたコートの後ろ姿が見えてきた。ゆったりとした歩きが停まり、彼は振り向いた。ジョルジアの足音に氣が付いたのだろう。

 彼女はいつもと変わりない彼に笑いかけた。
「ウォレスとは、心ゆくまで話せた?」
「ああ。学生時代から思っていたけれど、彼の頭の回転は、信じられないくらい早いんだ。昨日から今日の間に、もう三つも新しいアイデアをシミュレートしていて、それがまた僕の研究を新しい次元に導いてくれたんだ。ホテルに戻ったらレイチェルにメールをして、彼女の意見も聞こうと思うんだ」

* * *


 夕食までの時間、彼は真剣な面持ちでメールを打っていた。ジョルジアは、生き生きとしている彼の様子が嬉しくて、邪魔をしないようにカメラの手入れをしていた。

 夕食中やその後も、彼は普通に話をしながらも、時おり思い出したように内ポケットに入れた手帳に思いついたことを書き込んだり、ウォレスに電話をしたりしていた。その様な状態では、バーやティールームにいても仕方ないので、二人はすぐに部屋に戻った。彼は、研究の話に夢中になりすぎたことを謝り、ジョルジアは笑った。

 明日からニューヨークに着くまでは、姪のアンジェリカが隣の部屋にいるので、あまり甘い夜は過ごせないだろう。だから、今夜は彼に甘えてみようと、ジョルジアはシャワーを浴びるとさっさとベッドに向かって彼を待った。

 彼は、そのジョルジアの意図を理解したのかしないのか、背広を箪笥にしまい部屋のあちこちを適度に片付けてから、シャワーを浴びてバスローブ姿でベッドの近くまでやってきて、ベッドの端に腰掛けた。

「そういえば、僕のことばかり話して訊きそびれてしまったけれど、君はどんな一日だった?」
そう訊かれて、ジョルジアは微笑んだ。

「そうね。まず、セント・メアリー・チャーチの塔に登ったの。地理を理解する時に、いつも一番高いところに登るの。それから、カバード・マーケットに行ったの」

 グレッグは笑った。
「意外だな。君でも、いかにも観光客って周り方をするんだね」

 それを聞いて、ジョルジアはおどけて言った。
「その後は、さほど観光客って感じじゃなかったわ。あのね、昨日あなたと行ったあの小路に行ったのよ」

「あの小路って?」
彼の動きが止まった。不安そうな顔つきで彼女を見ている。その顔を見て、ジョルジアは不意に自分は何をしたんだろうと思った。
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Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

ジョルジアとマデリン、すっかり打ち解けてしまいましたね。
マデリンの人柄がいいからでしょうね。来るものは拒まず、去る者は追わず、というさっぱりした面と、相手のことを気に掛けるウエットさが、うまくバランスしているように感じました。
ジョルジアが陰影を感じるのも、無理からぬことですね。
とはいえ、よくよく考えてみれば、グレッグからすれば、恥とまでは思わなくても、あまりおおっぴらに話したいようなことではないだろうし、ほかならぬジョルジアに知られてしまったのは、いささかバツがわるいでしょうね。しかも、自分が知らない間に、ですし。
まあ、この二人のことだから、もめるとかはないでしょうけど、甘いはずの夜がどうなるのか、楽しみ……じゃなくて心配です。
2019.10.16 06:44 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

なんかすっかりお友達状態ですよね(笑)
若い美人だったらこうはいかないと思うんですけれど(ジョルジアが妙に卑屈になって)
マデリンは、マッテオやアレッサンドラのような光の当たる側の人間に対してコンプレックスのあるジョルジアには「自分側」の人間でもあるのですよね。ここしばらく、いろいろな人の陰影を追いかけていたお陰で、どんな職業の人に対しても先入観なく人柄を見るようになったことも味方したかもしれません。

で、本人は「いい写真が撮れたぞ」とどちらかというと得意になって帰って、グレッグに「今日何していた」と訊かれたのであっさりと答えてしまいましたが、もう少し配慮が必要だったかと、後から心配になりかけています。

とはいえ、大もめはしない予定。なんせヘタレな誰かさんですから。

コメントありがとうございました。
2019.10.16 21:24 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
人に歴史ありってことなんでしょうね。
娼婦に通う~~の下りは的を射ていてとても勉強になりました。
私も当てはまるな・・・と思った。
ああ、私はお酒ですよ(笑)。

女も酒も、
弱い立場の時にはしない方が良いってことなんでしょうね。
私は仕事をしなくなったら、アルコール依存症になる自信があるので(笑)。
( *´艸`)
2019.10.17 15:34 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

お酒も(恋愛関係も)そのものを楽しめているときは、誰かに迷惑をかけない限りいいと思うのですよ。
でも、それが何かからの逃避だとか、もしくは依存のような感じになると、よろしくないのですよね。
何よりも自分のためにならないというところでしょうか。

蓮さんはお酒がお好きなのですね。
でも、お仕事があるからのめり込まないでいるという量なら、きっと問題はないのでしょうね。
楽々の隠居暮らしになったら、ぜひお氣を付けくださいませ(笑)

コメントありがとうございました。
2019.10.17 21:29 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
あれ?この続き方、おおいに気になりますね。
せっかくの甘い夜がどうなってしまうのか、先が読めません。

ジョルジアとマデリンの交流がとても上手く行っていただけに、サキ自身もジョルジアがここでうちあけて、彼からこういう反応が返ってくるとは思っていませんでした。
マデリンを被写体として撮影することになって、マデリンと彼がどういう関係だったのかをすっかり意識の外に置き忘れてしまったのでしょうか?
不用意な行為にならなければ良いのですが。
2人それぞれの充実した一日が悪い思い出にならないことを祈っています。
先が読めませんと書いてしまいましたが、まぁ・・・大丈夫かな?
2019.10.21 11:44 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

お、氣になっていただけましたか。
実は、単純に文字数の切りのいいところ、なんですけれど(笑)
この話は、特に大きなどんでん返しのようなものはないので、心配するようなことはないのです。

ジョルジアは、マデリンをとても好意的に感じて帰ってきたので、あっさりとグレッグに話してしまいましたが、そもそもこういうこと(自分の知らないところで過去を探るようなこと)を相手がどう考えるだろうか、ということを今ごろ考えたようなのですね。

夢中になると、他のことに思いがいかなくなってしまうのは、グレッグだけでなくジョルジアも五十歩百歩のようです。

で、ようやくジョルジアは氣にしていた二十年前のグレッグに起こったあれこれを知ることになります。

コメントありがとうございました。
2019.10.21 21:01 | URL | #9yMhI49k [edit]

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