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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 4 -

「霧の彼方から」の続きです。『もう一人のマデリン』六回に分けた四回目です。

もと娼婦マデリン・アトキンスの家に行ったことをグレッグに話したジョルジア、彼の固まった様子に「マズいことをしたかしら」とようやく思い至った様子です。そりゃ、そんなことしちゃ波風立ちますとも。まあ、相手はヘタレなグレッグだからよかったものの、もっと強氣な人なら口論になるかもしれませんね。

ようやくグレッグの口から、ジョルジアが興味を持っていた若かりし日の一連の出来事が語られます。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(8)もう一人のマデリン - 4 -

「あの……。プレゼントを探している時に寄った……」
「あそこに、行った?」

 彼の許可も得ずに、マデリン・アトキンスを探して話を聞き出したことが大きなプライバシーの侵害だと、この時点になってようやくジョルジアは思い当たった。

「ええ。あの……たまたま、アトキンスさんに逢ったの。それで、お茶をご馳走してくださったの。いろいろな話をして、写真を撮らせていただいて……」

 彼の表情は強ばり、息を呑んだ。
「彼女と話をした? 君が?」
「ええ。あの……私……」

 彼は立ち上がって、後ずさった。まるで、四年前に戻ってしまったかのようなぎこちない動きだ。
「僕は、もう一つの部屋で寝た方がいいだろうか。それとも、そのソファで……」

「グレッグ」
彼女は震えを抑えられなかった。

「ごめんなさい。私のやったことを許せないかもしれないけれど、申し訳なかったと思っていることは知って欲しいの」
ジョルジアが絞り出すようにそう告げると、彼は驚いて首を振った。

「僕は、君の方が不快に思っているのだと……」
「どうして? そのつもりはなかったけれど、結果的にあなたの過去のことを嗅ぎ回ったのは、私でしょう?」

 彼は、ほうっと息をついた。
「また、同じことになると思ったんだ」
「同じこと?」

 彼は、戻ってくると、またベッドの横に腰掛けてうなだれた。
「ジェーンは、言った。『穢らわしい。近づかないで』って。言い訳もさせてもらえなかった」

「ジェーンっていうのは、お母さまのところで話題になっていた人?」
「そうだ。彼女はマッケンジー氏の遠縁の女性で、オックスフォードで学ぶことになったので面倒を見て欲しいと頼まれた。僕は、女性と親しく話をしたこともなかったし、しばらく一緒に時間を過ごすうちに好きになって、うまく行くことを夢見るようになったんだ」

 ほとんどバースに帰っていなかったグレッグの恋愛事情があの感じの悪いマッケンジー兄妹にも知れ渡ってしまったのは、ジェーンがそもそもマッケンジー家の親戚だったからだ。彼らは、グレッグが手酷い失恋をしたと面白おかしく口にした。

 その失恋の事情はどうやらマデリン・アトキンスと関係しているらしい。マデリンが「ガールフレンドと手も握れない晩熟な学生」と言っていたのがグレッグのことだとしたら、いや、文脈からおそらく間違いなくグレッグのことだと思うが、彼はジェーンとの関係を慎重に真摯に進めようとしていたに違いない。彼が自分との関係を四年もかけて紳士的に育んだように。

「マデリンのもとに行くことにしたのも、彼女の件があったからだ。僕は、生物学や動物行動学の知識はあっても、いわゆるガールフレンドがいたことがなくて、女性と付き合うのはどうしたらいいのかもわからなかった。だから、恥を忍んでリチャードに相談したんだ。そうしたら、口で説明するよりも実習をしろと言われたんだ」
「実習っていうのは、言い得て妙ね。それがアトキンスさんのところへ行くことだったのね」

 彼は頷いた。
「ああ、彼は僕がどうしようか悩む間もなくすぐに話をつけてきてくれて、僕は彼の言葉にも理があると思ってマデリンの所に行ったんだ。それがとんでもない間違いだったとわかったのは、噂でそれがジェーンの耳に届いてしまったことを知った後だった」

 十代の終わりの若い娘がそれをおぞましく思ったことをジョルジアも当然だと思った。彼女は、彼の瞳を見つめた。
「おせっかいな人が告げ口をしてしまったのね」
「男が娼婦のところにいくということを、女性はそう感じるものだと、あの時僕は初めて学んだ」

 ジョルジアは、彼のうなだれた表情を優しく見つめた。いたずらを見つかって縮こまっている子供のような瞳だ。
「彼女も若かったのよ、きっと」

「そうなのかな。おそらく彼女なら僕を理解して受け入れてくれると、僕は勝手な期待していたんだと思う。だから、あんな形で関係が終わって、全世界にまた拒否されたと感じた。それから、やはり僕が誰かに愛されることはないんだと思うようになった。でも、それだけじゃなかったんだ」

「というのは?」
ジョルジアは、言うかどうかをためらっている彼の硬い表情を見つめた。彼は、口に出すことを怖れるように時間をかけていたが、やがて諦めたように口を開いた。

「僕は、それからまたマデリンのところに行った。軽蔑するかもしれないけれど、たとえ仕事だとしても、彼女の肌は温かかったし、僕は性的高揚を知ったばかりだった。彼女はのろのろとした客を嗤ったり冷たくあしらったりしなかったから、僕は甘えたかったんだと思う。失恋の苦しみを薄れさせるために、彼女の優しさに逃げ込めると期待したんだ。少なくとも一度は彼女は優しくしてくれた。でも、彼女にとっても僕は迷惑な存在でしかなかったんだ」

「迷惑?」
「リチャードが取り決めてくれた金額は、一回限りの特別料金だったんだろうね。なのに、世間知らずの僕はその値段で彼女のところに通おうとしていたんだ。それっぽっちしか払えないならもう来ないでほしいとはっきり言われてしまった。でも、僕には急いで差額を払えるだけの余裕もなくて、謝って退散するしかなかったんだ」

 彼は、自虐的な笑みを漏らした。
「今回、マデリンがまだ居るか知ろうとしたのは、彼女とまた関係を持ちたかったからじゃない。今更だけれど、差額を払ったほうがいいのかと思ったんだ。でも……」
「でも?」

「君に知られたらおしまいだと思った。ジェーンに拒絶された時みたいになるって」
彼は、肩を落とした。
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Category : 小説・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

あ~、グレッグのへたれっぷりは、完全に私の想像の上をいっていました。
まあジョルジアと言い争いとかにはならないだろうとは思いましたが、グレッグがへそを曲げてジョルジアが謝罪する、くらいの展開はあるかなと思ったのですが。
おまけに、ジェーンとの関係まで含めて、顔から火が出るような記憶を芋づる式に暴露するハメに。こうなるともう、グレッグが可哀そうになってきました。

次回、彼の名誉挽回がなることに期待。
2019.10.23 10:24 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

斜め上でしたか。
期待を裏切らないヘタレ。この人、二十年前もこうだったから、今もこんななんですよ。
ここは怒ってもいいところだと、全くわかっていないあたり。

これでおわかりかと思いますが、このエピソードを彼が何も知らないジョルジアに進んでするわけはないんですよ。
だいたい、女性恐怖症ぎみになったのも、この体験が原因ですし。

ただ、ご覧のように、そもそもジェーンが意地悪だったからでもないし、リチャードがひどいことをしたわけでもなく、たまたまそうなってしまっただけなんですね。なのですが、もともとの自己否定がここで強化されてしまったわけです。

ま、彼にはもともと名誉もへったくれもないので、挽回というわけでもないのですが、●●正直に告白したことで、かえってジョルジアの信頼は強固なものとなったようです。

次回は、それほど痛々しいことにはなっていませんので、ご安心を。

コメントありがとうございました。
2019.10.23 19:48 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
またまた旅ですね~。そして、ラファエロ三昧とな? ご報告、楽しみに待っています。

そして、前回も含めて、ですが、まぁ、ジョルジアの反応と「そこは私にとってどうでもいい部分なんだけれど」ってあたりは予想通りだけれど、あ~そうか、グレッグはそこを気にしていたのですね。男なんだから、それくらいはあり、ってな~んにも思わない人とそうでもない人がいるんだろうけれど、ジョルジアにしてもグレッグにしても、要するに、過去に「そのことで相手に否定された経験」ってのがへたれを形作った大きな要因だったのですね。
で、お互い、相手が気にしていることが「え? そこ、自分は何も気にしてないけれど」なわけで、だから「相手がそのこと気にしているとは思ってなくて、気がつかなかったわ~」って。いい方向の話なんだけれど、それぞれのぐるぐるには拍車をかけておったのですね。
だいたい、ジョルジアが、グレッグはまだマデリンと関係を持ちたがっているなんて、思わないですよね。そこを気にしているグレッグが妙に可愛くてちょっと可笑しい(本人は真剣なのに、ごめんなさい^^;)。

マデリン、いいキャラです。
2019.10.26 01:20 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

今、シエナです。真たちの聖地巡礼以前に、ただの観光客になっている私。いい街ですね。

グレッグの女性に対するヘタレはこの一連の経験に起因していたわけです。ジョルジアにとってのジョンと同じですね。だから名前をジェーンにしてみたのです(笑)


で、まさに「そこ?」なすれ違いがこの章のメインでした。

マデリンは、別の没作品から流用したキャラですが、わりと好きな人です。世間的には完璧なレベッカと、後ろ指指されがちなマデリンとの比較を意識して書き込みました。

コメントありがとうございました。
2019.10.27 07:19 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
あちゃあ><
相手がマデリンさんじゃなかったら今頃グレッグさんは
取り返しのつかないところに堕落してたんでしょうか?
そういう点では運がよかったですね
結果的にはジョルジアさんにも出会えてるし

そしてグレッグさんは相手の女性に対しては
負い目に感じるけどそういうお店に行くこと自体は
結構平気なのかなあと思いました///

グレッグさんがみんなにボロクソに言われてるけど
ヘタレな上にぼっちでジェーンやリチャードみたいな人すら
いなかった私のお隣のお兄さんは…><
2019.10.27 10:32 | URL | #- [edit]
says...
おはようございます。

どうなんでしょうね。
他の人でも相場を払えないと相手にして貰えないかと。
それにリチャードが話をつけてくれたからマデリンのところにはいけたけれど、自分から声をかけるのはヘタレでできないかも。

隣のお兄さんは、そういうお店に行ったりしないお人柄だし、知的(シニカルだけど)だし、きっと見ている人は見ていると思います!

コメントありがとうございました。

2019.10.28 06:53 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ああもう、厄介な奴らだなぁ。
人のことは言えないけど、経験不足ってやつですね。
グレッグはもちろんですが、ジョルジアもです。
でもま、怪我の功名という奴でしょうか、この事件、2人の間では隠し事にはなってないんですよ。
これってとても重要ですよ。
ジョルジアの矢継ぎ早の質問に彼が答えるという形で(なんか詰め寄られてるし)、結局グレッグはすべてを暴露していて、ジョルジアには彼の気持ちや行動を理解し、マデリンの話の裏まで取れています。
グレッグはかわいそうなほどオロオロで、肩を落としていますけど、それだけ真剣に心配なのですね。
ジョルジアのリアクションで、彼女の気持ちが彼に伝わることを願っています。
というか・・・大丈夫ですよね。
2019.10.29 13:20 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

この二人とも、最初の恋愛で挫折したまま、努力を諦めて放置していたのですね。で、今ごろ初心者として恐々踏み出しています。

二人とも基本的には正直ですが、言わないことがあったいた、ほぼ同じ理由からでした。ジョルジアは、痣のことをギリギリまで黙っていましたし、グレッグもジェーンやマデリンの件はわざわざ言いませんでした。どちらもそれで全てを失った経験があったからですが、蓋を開けてみれば、過去とは違って、同じカタストロフは起こりませんでした。

結局、こうやって、二人とも過去から解放されていく、というストーリーなのですね。

コメントありがとうございました。
2019.10.29 20:25 | URL | #9yMhI49k [edit]

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