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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】霧の彼方から(9)新しい家族 - 3 -

「霧の彼方から」の最終章『新しい家族』、四回に分けた三回目です。本当は五回に分けたかったところを無理矢理四回に分けたので、今回更新分はいつもよりも少し長くなっています。前半は、前回の続きでオックスフォード、後半はヒースロー空港です。

お読みになればわかると思いますが、この小説、ロンドン市内の描写が皆無です。書いてもよかったのですけれど、観光名所を安易に描写するとガイドブックから抜き出したみたいな文章になりますし、そうならないように書くには丁寧な描写が必要で2千字程度では難しいのです。無駄に長くするとでテーマがぼけるので、敢えて行きも帰りもロンドン滞在分をごっそりと飛ばしました。


霧の彼方から「霧の彼方から」を読む
あらすじと登場人物




霧の彼方から(9)新しい家族 - 3 -

 部屋の灯を落とし、窓の外の街灯が雨粒に反射してにじむのを、彼の肩に頭をもたせかけながら見つめた。彼は、彼女の肩に腕を回した。

「私があなたを必要としているって、信じられるようになった?」
ジョルジアが訊くと、彼は少し戸惑ってから小さく頷いた。

「たぶん。その……今まで、誰からも必要とされたことがなかったから、それに、追いかけてもらったこともなかったから、まだ勝手がわからないんだ。でも、これまでとは何もかも違っているのは感じている。君のいる世界に僕は居続けていいらしい。君の家族も、友達も、僕の存在を歓迎してくれている。これまで起こらなかったことが、当たり前のように起こり始めている。きっと、本当に君が僕の探し続けていた問いへの答えなんだ」
「そして、あなたが私の問いへの答えなんだわ」

「君の問い?」
グレッグは首を傾げた。ここ数週間のジョルジアの迷走に、本当に氣がついていなかったようだと、彼女はおかしくなった。

「そう、私の問題。あなたがこれまでの人生でずっと答えを探していたように、私もあちこちで躓きながら、答えを探していたように思うの。答えがあなただと思ったら、ようやく問いがなんだかわかったように思うの」
「それは? あ、その、訊いても構わないなら……」

 彼といてこんなにほっとするのは、多分彼が高みから話をしないからだと思った。礼儀正しさと臆病さが同居している。その臆病さはジョルジアの持つそれと似ている。だから彼女は安心して自らの弱みを彼にさらけ出すことができる。

「もちろん。あのね。私は、これまでの人生でいつも同じことに怯えていたの。誰か他の人と比較されて、劣った存在だと思われること。主に妹や、それから兄と比較されて、それで私の方が劣っているのは事実だったから、次第に何も言われる前からそうだと決めつけて卑屈になってしまったんだわ」
「そんな……。君は、本当に素晴らしいのに」

 彼の茶色の瞳は柔らかい光をともし、誠実に彼女を肯定していた。彼女は笑った。
「あなたにこんなに大事にしてもらっていることを知りながらも、他の誰か、かつて付き合っていた女性と比較されて失望されているんじゃないかと心配していたの。でも、いろいろなことが勘違いだったとわかって、それで自分のコンプレックスがはっきりしたのね。それに、たとえ劣っているとしても、努力してそれを乗り越えていこうと思えるようになったのも、あなたのおかげだわ」

 彼は、ほっと息をつき、それから笑った。
「僕も、君のお陰で信じられないほど変わったんだ。それに、どれほど多くのどうしようもないと思っていた部分を君に肯定してもらったことだろう。僕が君を必要としているだけでなく、君もまた僕を必要としていてくれる。そのことが、どれほどの喜びをもたらしてくれているか。こんなに口下手ではなくて、君に効果的に伝えることができたらどんなにいいだろう」

* * *


 ヒースロー空港の構内を歩きながら、アンジェリカはガラスの向こうをつまらなそうに一瞥した。霞んで何も見えなかったのだ。

 出発便が遅れてゲートが表示されないので、グレッグはどこかで軽く食事でもしようかと提案した。すると、アンジェリカがキオスクで買いたいとねだった。
「あそこに、組み合わせ自由のミールセットを売っているの。でも、ママやパパと一緒だといつもファーストクラスのラウンジに行って、ああいうのを食べるのは無理なんだもの」

 アンジェリカは目を輝かせて、サンドイッチと小袋入りポテトチップス、それに安物のオレンジジュースを選んだ。ジョルジアとグレッグは、彼らにとっては大して珍しくもない安価なサンドイッチやミネラルウォーターを一緒に買い物籠に放り込み顔を見合わせて苦笑した。

 ベンチに座り、三角サンドイッチを頬張るアンジェリカは満足そうだった。この調子では、エコノミークラスに乗ることも新体験として喜ぶかもしれない。

 防犯にかかわるホテルはともかく、飛行機まで勝手にクラス替えをされてしまうことに、ジョルジアは猛反対したのだ。
「どっちに乗っても安全性には関係ないし、アンジェリカがどうしてもいやというなら、彼女だけビジネスかファーストクラスに座らせてちょうだい」

 アンジェリカは、もちろん二人と一緒のエコノミークラスを熱望し、アレッサンドラも「それならどうぞ」と譲ったのだ。

 ポテトチップスをかじりながら、少女は横なぐりの雨が伝い落ちる窓を眺めた。
「サン・モリッツは、晴れている日は毎日真っ青な空だし、雪が降る時はどっさり降るのよ。ずっと寒いけれど。ねえ、グレッグ。どうしてここでは毎日雨が降ったり止んだりするの?」

 彼は、一瞬ひるんだが、口を開いた。
「簡単に言うと、ブリテン島の位置のせいなんだ」
「位置?」

「うん。赤道近くのアフリカ沖で暖められた南大西洋の暖流は北上して、ヨーロッパ大陸の西岸を流れ、ブリテン島付近でUターンするんだ。そして偏西風が常に海流上の暖氣を運んでくる。この二つの要素のせいで、例えばロンドン辺りの西岸に近い場所の冬はいつも比較的暖かいのだけれど、同時に天候や氣温が不安定で変わりやすくなってしまうんだ」

「だからスイスよりもずっと北にあっても全然寒くないのね」
アンジェリカがわかったように頷く。

「それにサン・モリッツは標高1500メートルだから寒いんじゃない?」
ジョルジアは付け加えた。

「もちろんそれもあるね。とはいえ、君のお父さんのいるマンチェスターにしろ、ロンドンにしろ、あれだけの緯度にしては温暖なのは確かなんだ。それに雨ばかり降っている印象があるだろうけれど、すぐに止んでしまうので年間降水量はそれほど多くないんだ」
グレッグが付け加えると、アンジェリカは頷いた。

「グレッグの説明は、わかりやすいわね。これから、わからないことがあったらグレッグに訊くわ。パパの説明は『そういうもんなんだよ』だけでちっとも納得できないんだもの」

 彼は、少し慌てて言った。
「たまたま君のお父さんの知らないことを僕が知っていただけだよ。別のこと、例えば、スポーツのことや人間工学なんかについては、僕よりも君のお父さんの方がよく知っていると思うよ」

「そうね。私、スポーツの授業で上手くいかなかったことを、次に会う時にパパに話すと、いつも理論からとても丁寧に説明してくれて、トレーニングにも付き合ってくれるの。だから、私、スポーツの成績もすごくいいのよ」

 グレッグは、満面の笑顔を見せる少女を眩しそうに見つめた。ジョルジアは、姪に言った。
「そうね。あなたのことはとても誇らしいわ、アンジェリカ。それに、誰に何を質問するのがいいか、わかっているのはとても大切なことね。グレッグは、動物行動学の先生だし、学び方のメソッドもよくわかっているから、あなたの心強い味方になるわよ。私もいつも彼に新しいことを教えてもらっているもの」

 グレッグは、はにかんで言った。
「僕も君からいつもたくさんのことを学んでいるよ。きっと君も僕にたくさんのことを教えてくれるだろうね、アンジェリカ」
少女は嬉しそうに頷いた。
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Category : 小説・霧の彼方から
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

前半の会話は、なんというか、思いやりと理解と優しさに満ちていて、素晴らしいですね。お互いに存在を認め合い、お互いに必要とし合う。ここまで語られてきたグレッグとジョルジアの物語があるからこそ、この会話があるのだと思うと、ほんといいカップルだなぁと思いますね。

そして、後半。アンジェリカは庶民旅行を満喫中ですね。ジャンクフード(とまでは言えないかw)にエコノミークラスとか、日本の出張族なみですが、それが新鮮という人もいますよね。セレブでありながら、そちらに偏らないアンジェリカのバランス感覚には、感心します。「普通の」子どもでいたいんでしょうね。

この大河ドラマみたいなシリーズも、いよいよあと一話ですか。うむむ、次話が楽しみなような、寂しいような。
2019.12.11 07:57 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

この二人の会話は、このストーリーの、それからシリーズ全てを通しての答え合わせみたいな位置づけでした。
二人とも、自分のダメな問題は自覚していたのですけれど、相手の問題を認識することで理解が深まり、一緒にやっていく自信がつく、そんな流れがこのお話のメインテーマでした。

そして、後半のアンジェリカ。ようするにシモジモの生活が珍しいのですよね。
安物のミールセット、大して美味しくないんですけれど、禁止されていると思いが募るものかなと。
私も親に禁止されていた赤いタコさんソーセージ、食べたかったなあ。大人になって自分で買って食べたらまずかったです(笑)

アレッサンドラもレアンドロも、そもそもは貧乏人の出身なので、まさか娘がそんな下賤なものに憧れているとは夢にも思っていないようです。それにあの二人の場合は、パパラッチがうるさいので、すぐにラウンジなどに行ってしまうのですよね。その分、グレッグとジョルジアは、普通の待合ロビーにいるしかないので、アンジェリカはこれ幸いと普段できないことを楽しんでいます。

いよいよ次回は最終回。感慨深いです。あ、後書き書かなくては。

コメントありがとうございました。
2019.12.11 22:39 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
お互いがお互いを必要としているって素敵ですね。そしてお互いにそれをちゃんと言葉にして伝え、分かり合っている。このことが肝心ですね。
2人の会話を読んでいて、とっても幸せな気分になりました。
でも、似たもの同士なのにやっぱりジョルジアがリードを取るんですね。
ま、この方がうまくいくのかな?
グレッグ、もっと自信を持ってもいいよ。あ、でもこのスタンスがいいのかもしれませんね。

空港でのアンジェリカは相変わらず羽を伸ばしているようですが、こういう経験、今のうちですからたくさん踏んでおいた方が、彼女のためにもいいのかもと思っています。
エコノミークラスが初体験なんて信じられませんが、この際グレッグのほうこそファーストかビジネス席やファーストクラスラウンジの食事を経験しておいてもよかったかも。ジョルジアは経験ありかなぁ?
キオスクのサンドイッチとポテチって、なんとも庶民的な。目を輝かすアンジェリカの様子を想像してなんだか嬉しくなってしまいます。
アレッサンドラもお姉さんの主張には折れるんですね。面白い!
この子は良い子です。グレッグにとってもジョルジアにとっても・・・。

ハッピーエンドに向かって進む物語、最後まで読ませていただきますよ!
2019.12.12 11:35 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

勝手に思い込んでぐるぐるは、もう飽きるくらいやったので、最後はちゃんとコミュニケーションしていますね。
普段は後ろ向きなジョルジアの方が、常に一歩進むことになるのは、輪をかけて後ろ向きな誰かさんのせいですね。
ジョルジアは、ジョンに否定された、もしくは、アレッサンドラと比較されてコンプレックスを刺激され続けてきたとはいえ、そもそも親族からの愛情たっぷり受けてきた幸せ者ですので、愛情を信じるのはさほど困難ではありません。慣れていないグレッグの方が、踏み出せないのは仕方ないかも。

グレッグ、ゆっくりと殻を破っています。
ジョルジアとその親族、それにエンリコや、レイチェルとマディの一家、ウォレス・サザートン教授や長老など、彼の存在を肯定してくれる人たちに力づけられて、少しずつ自信を持っていく過程のようです。それに、ラファエーレが生まれてから、責任感でもう少ししゃんとするみたいです。

アンジェリカは、単純にシモジモの暮らしが物珍しいのでしょう。
アレッサンドラもレアンドロも、そもそもはシモジモの出なので、廉価なサンドイッチやエコノミークラスもまったく珍しくないし、愛する娘には苦労をさせないようにしています。が、そのせいでアンジェリカはへんなあこがれを持つ羽目に(笑)

マッテオもアレッサンドラはジョルジアを甘やかそうとしますが、片っ端から断りまくっています。
まあ、既に一度か二度はビジネスに乗せてもらうくらいはしているでしょうが、可能な限り自分で払おうとします。
アレッサンドラも、余りやり過ぎて、ジョルジアのコンプレックスを刺激して卑屈にさせてはいけないと、反対されたときは適度に引いているようです。

いよいよ次回が本当の最終回です。
最後までどうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2019.12.12 20:11 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
まあ、所謂、自己肯定感の問題なんでしょうけど。
どうなんでしょうね。
仕事で自己肯定感を得る人もいるし。
愛情で自己肯定感も得る人もいます。
こうやって、愛を掴み取って。
自己肯定感を高めて、カミさんのために仕事を頑張る!!
解決警部みたいに(笑)。
って人もいるから、それはそれでよいですよね。
2019.12.13 23:18 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

コメ返遅くなってすみません。

自己肯定感の問題でもあるし、性格の問題もあるのでしょうね。
つまり、客観的にみて仕事にしろ対人関係にしろ、大したことはなくても不思議なくらい自信満々な人もいますし
「それのどこがダメなんだろう」というレベルでも落ち込んでいる人もいますからね。

愛楽先生や解決警部のような、仕事で華々しい成功と真の実力を兼ね備えている人は
自己肯定感が高くなるかと思いますが、
普通の小市民だと、人によって自己肯定感の差は大きいかもしれませんね。

コメントありがとうございました。

2019.12.15 16:56 | URL | #9yMhI49k [edit]

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