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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】Usurpador 簒奪者(1)誰もいない海

今年最初の小説は、予告したように『Usurpador 簒奪者』の第一回です。新年には特に相応しくない、暗い始まりなのですが、この小説、ずっとこのまま暗いかも……。

前作『Infante 323 黄金の枷 』を読んでくださった方は混乱するかもしれませんが、この話はおよそ30年くらい前の話がメインです。時々時間軸が動いたりします。一応、連載として連番が打ってありますが、実際はそれぞれが別の外伝に近い書き方をしてあります。



『Usurpador 簒奪者』を読む「Usurpador 簒奪者」をはじめから読む
あらすじと登場人物





Usurpador 簒奪者(1)誰もいない海

 大統領の秘書は最敬礼して帰って行った。ポサーダであるフレイショ宮殿ホテルの貸し切られた一室で、静かにコーヒーを飲み終えたマヌエラは、同席していたジョアン・ソアレスに頷いた。彼は立ち上がると携帯電話で運転手のヌエスに表に車を回すように告げた。

「お疲れさまでした。その……失礼ながら、感服いたしました」
ソアレスは、口ごもった。

「何がですか」
マヌエラは、黒服の男を見やった。彼は、つい数ヶ月前まで彼女の上司であったドラガォンの執事バジリオ・ソアレスの長男で、《監視人たち》中枢組織の中でも最高幹部にあたる存在だった。大統領の筆頭秘書と会見して、ドラガォンの当主ドン・ペドロの手紙を手渡す大役を初めて務めたマヌエラにとって、彼は補佐であると同時に目付役、文字通りの監視人でもあった。

「このような場でも、実に堂々となされて、まるで何年も前からドラガォンのスポークスマンとしてご活躍なさっておられるようです」
「ありがとう。一人だったら不安でしたけれど、あなたがそこに控えていてくださったから、安心していられました」

 ドラガォンの当主は、伝統的に外の人間に会うことはない。相手が大統領本人でも、ローマ教皇でも同じだ。代わりに応対するのは、通常はその妻またはインファンタと呼ばれる当主の娘だ。だが、当主ドン・ペドロの妻ドンナ・ルシアが館から退けられてから八年が経っており、ドン・ペドロには女子がなかったので、これまではジョアン・ソアレスなど《監視人たち》中枢組織幹部がドン・ペドロの名代となってきた。

 当主の跡継ぎドン・カルルシュと結婚しドンナ・マヌエラとなった彼女は、ドン・ペドロの名代としての役目を果たすことになった。まだ二十二歳と若いことや、妊娠していることは、その役割を退ける言い訳とはならなかった。彼女は、全てがこれまでの人生とは変わってしまったことを日々噛み締めていた。自分で選んだことではなかったが、動かすことは出来なかった。ドン・カルルシュと結婚し、未来の当主夫人として生きていくことを受け入れたのは彼女自身だった。

 強くならなくてはならない。これが、現実に進んでいく人生なのだと、理解しなくてはならない。「そうだったかもしれないもう一つの人生」について考えるのはもうよそう。彼女は、窓からD河の煌めく波を眺めた。彼を、カルルシュを支えて一緒に運命に立ち向かおうと決めたのだから。

「そろそろ行きましょう、ミニャ・セニョーラ」
ソアレスの言葉に我に返り、頷くと、マヌエラは開けてもらった扉の向こうへと歩き出した。

 正面玄関の前で待っていたヌエスは、後部座席の扉を開けてマヌエラを座らせた。それから助手席に座ったソアレスとマヌエラ両方に言った。
「事故がございまして渋滞しているようですので、河向こうを通り、アラビダ橋経由で戻らせていただきます」

 マヌエラは頷いた。どこから帰ろうと同じだった。ドラガォンの館に向かうしかないのだから。その同じ館に閉じこめられている男のことを考えた。彼女が車窓から眺める光景を、きっと彼は生涯目にすることはないだろう。そして、本当だったらマヌエラも、今見ている光景を見ることなどなく、格子のはまった窓からかつてみた街の記憶を辿るはずだった。当主の名代になるとこなどなく、ただ一人の男の人生に寄り添っているはずだった。

「裏切り者」
彼の憎しみに満ちた瞳が、マヌエラの心を刺し続けている。選んだのは自分ではない、逃げることも出来ない、そうであっても、マヌエラは彼の言葉が正しいのだと思った。カルルシュを憎み拒むことだけが、彼の想いに寄り添うたった一つの意思表示なのだから。カルルシュを受け入れ、結婚し、生まれてくる命を待っている自分は、たしかに彼の愛を裏切ったのだ。

 マヌエラは、彼女を得た代わりに世界で一番大切な人間の愛を失ってしまった簒奪者の苦悩に想いを馳せた。アラビダ橋から見えた大西洋は輝いていた。船もなく、観光客や漁師たちの姿も見えなかった。世界は空虚で冷たかった。
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Category : 小説・Usurpador 簒奪者
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
いよいよ連載開始ですね。
わくわくしながら読ませていただきました。

『簒奪者』というタイトルからして、重い内容のお話になりそうですが、第1話もその幕開けに相応しい感じでした。
アルフォンソや23の親世代のお話ですね。
次期当主の妻、そして現当主の名代という栄えある立場にいながら、誰もいない海のごとくなにやら孤独の影に沈むマヌエラ。彼女とカルルシュ、そしておそらくインファンテ322の間に、どんな愛憎劇があったのか。
これからの展開が楽しみです。
2020.01.08 06:19 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

「連載するする詐欺」もいい加減にして、いよいよ開始です。あと、先にこちらを終わらせてから『Filigrana 金細工の心』にいくか、同時に行くか、まだ考え中です。

この話は、基本はマヌエラとカルルシュが結婚することになった過程を追いつつ、もう一つ「そんなところでも、そんなことが」を含んでいます。これを読んだ後で『Infante 323 黄金の枷 』に戻ると「お前ら、それっぽっちで、なに不幸ぶっているんだよ!」とちゃぶ台をひっくり返したくなると思います。

思いっきり想像のつくひねりはない展開ですが、『Filigrana 金細工の心』の複雑な人間関係を理解するためには、必要な情報がいろいろと入っていますので、さらっとお楽しみいただければ有難いです。

コメントありがとうございました。
2020.01.08 21:33 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
とうとう始まりましたね。
自分の筆の遅さは棚の上に上げておいて、ずいぶんと待っていたような気がします。
意味深なタイトル、厳粛な感じの出だし、見知らぬ(様に思える)キャラクター、複雑な人間関係、夕さんが予告されていたような気もしたのですが、漠然と黄金の枷の続編を想像していたサキは少し混乱気味になりました。
設定などは理解できているはずなのに何度か読み返してしまいました。
読み返すたびにドロドロとした人間関係が見えてきて、夕さんがこの先をどういうふうに展開されるのか、楽しみになると同時に心配になってきました。
こういう愛憎劇、サキは苦手ですからね。
こっち方面に行くのか・・・そういう感想です。
このお話ではマヌエラはもうミニャ・セニョーラになってしまってますから、次話はもう少し時間を遡るのでしょうか?
長い長い歴史を持つドラガォンシステムのほんの一部分なのでしょうが、その重さを感じさせられる回でした。

そして、“河向こうを通る”や“アラビダ橋経由”や〝アラビダ橋から見える輝く大西洋”がなんとなくイメージできることを楽しく思っています。
行ったことのある者の特権ですね。
2020.01.09 11:36 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

いや、ほんとうにね。
この出だし部分を書いたのって、2014年か2015年くらいのはずなんですよ。大昔。
まさか途中でアメリカだのアフリカだのでグルグルするヤツらであそこまで手間取るとは。

見知らぬキャラクターというのは、黒服か運転手ですか。モブキャラです。忘れて構いません(笑)

『Infante 323 黄金の枷 』の直接の続編は『Filigrana 金細工の心』で、正直言ってそちらだけ読んでも人間関係は理解できると思いますが、まあ、でも、それだけだとカルルシュがただの「諸悪の根源」になってしまうんですよね。ま、簡単に言うと、そうなんですけれど……。

サキさん、愛憎劇苦手なんですか……。ものすごくドロドロなんですよ。
これを読むと、マイアの一人だけお花畑脳がくっきりとしてきます(笑)

そして、その通りです。メインの出来事は今回の少し前になります。ただし、話はいきなり二十年くらい進んだり遡ったりします。
一応書いてありますけれど、まあ、まあ時系列にこだわると混乱しますので、『Infante 323 黄金の枷 』の時代より過去のどこかで、こんなことがあったのか程度の認識でいいかと思います。こちらは必死で年数を数えてつじつま合わせていますけれど(笑)

「架空の街」としゃあしゃあといいつつ、やはりモデルがはっきりしていると具体的な描写が書きやすいです。
サキさんのようにご存じの方には、具体的なイメージもわきやすいですよね。
じつは、残念ながらもう地名は出てこないんですけれど……。『Infante 323 黄金の枷 』は観光案内所みたいだったんですけれどね……。

コメントありがとうございました。
2020.01.09 21:52 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
まあ、
自分を不幸と感じるかどうかは自分にしか決めれないですからね。
その辺のさじ加減が難しいというかなんといか。
IFの人生は誰でも考えるんでしょうけど、
結局、目の前の人生を全うするしかないのは
古今東西同じな真理ってことなんでしょうね。
( 一一)

2020.01.10 01:42 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

本当に目の前の人生を生きるしかないというのは真実ですね。
この話では、幸か不幸かということは論じていませんけれど
その人がどう生きるかで、同じ人生でも違ったものになるのでしょうね。

コメントありがとうございました。
2020.01.10 21:03 | URL | #9yMhI49k [edit]

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