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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】愛の駆け引き

scriviamo!


「scriviamo! 2020」の第四弾です。山西 左紀さんは、掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!

 左紀さんの書いてくださった「砂漠のバラ

山西左紀さんは、SFを得意としていらっしゃる創作ブロガーさん。お付き合いのもっとも長いブログのお友だちの一人で、このscriviamo!も皆勤してくださっています。

今年書いてくださった作品は、「アリスシンドローム」シリーズの新作で、サキさん曰く「思い切って夕さんの作風には全く合いそうも無い作品」だそうです。サキさんらしさ全開の近未来SFの戦闘機パイロットのお話でした。

二人の超優秀な女性パイロットが、淡々と敵機を打ち落としていく様子、そのどちらかというとゲームと現実の境目がなくなっているような特別な感覚が、なんともいえない感情を呼び起こす作品です。

お返しの作品は、サキさんの作品とはまったく関係のない話です。ただし、サキさんの『砂漠のバラ』に触発されて書いた作品です。どこがどの部分に触発されたのかについては、読み手の自由な感想を左右したくないのでここでは触れません。


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愛の駆け引き
——Special thanks to Yamanishi Saki-san


 しつこく降り続けていた雨がおさまり、十日ぶりに太陽が輝いた。木漏れ日がキラキラと揺れている。彼女がここに住むようになってしばらくが経つ。生まれ故郷は岩沙漠だったので、揺れる木漏れ日の心地よさなどとは無縁だった。

 故郷が嫌いだったわけではない。単純に統計上の問題だ。彼女がよく口にする《狩り》の、もっと上品な言い方をするなら《生きるため必要なあれこれを得ること》や《愛の駆け引き》のチャンスを増やすには、この土地の方が向いているのだ。

 ミラは、生活を支える手段も、本能から来る快楽も、ロマンティックな感情も、全て一緒くたにしてしまうタイプの女だ。楽しくて、キモチよくて、さらに生活に必要なあれこれが手に入るならば、それにこしたことはない。上品さや貞節、それに誇りなとどいう言葉は彼女にとって大した重みを持っていない。

 《愛の駆け引き》は、なによりも好きだ。

 たとえば、あの角にいる若い男。若い子は大好き。柔らかい巻き毛を優しく撫でて、甘い吐息を吹きかけてあげたいの。

 ミラは、相手がどんな行動に出るのか注意深く観察した。経験豊かで魅力的な彼女を狙っているのはわかっている。小麦色の長い足、黒い瞳。積極的で美しいミラは、危険な魅力をたたえている。

 相手の容姿などには頓着しない。もっと重要なことがある。彼女を満足させることができる男を慎重に選ぶのだ。快楽を与えてくれる相手を。脳天がクラクラするほどの快感。

 沙漠にいたときの、記憶が蘇る。夕方の最後の光が突き刺した忘れられない瞬間に、ミラは最初の恋人と愛を交わしたのだ。たくましい男が、彼女を組み伏せた。抵抗する彼女を彼は縛り付けた。手の自由を奪われて、屈辱と怒りに我を忘れ、彼女は足を蹴り上げた。彼は笑いながら足を絡めて彼女を征服した。彼女の心に決して消えない焼き印を押しつけ、笑いながら消え去った。

 ひどい人、縛られた私を放置して、笑いながら逃げていった、ひどい人。絶対に許さない、死ぬほどの快楽を、私に教えたあの人。

 ミラは、ずっと一人だ。友だちと呼べる人はいない。誰かとなれ合ったり、つるんだりするのは性に合わない。誰かと一緒に食事をするのも嫌い。

 世のためになる仕事をするほど高尚ではない。子供の世話に心を尽くすような女がいるのも知っているけれど、ミラはさほど母性にあふれているタイプではない。純粋に、男と寝るのが好きなのだ。私の獲物、若い男に縛られて組み敷かれる、倒錯した愛の時間が欲しい。

 若い男が近づいてくる。嫌われないように、恥をかかされないように、慎重に、スマートに誘おうとしている。すべてわかっているのよ。

 愛の手練手管を知り尽くしているミラは、ゆっくりと振り向き、黒い瞳を潤ませた。そして、唇を突き出した。彼女の身につけた香水が、彼を惹きつける。フェロモンに満ちた薫り。さあ、いらっしゃい、私の可愛い坊や。少しだけ、隙を見せてあげる。あなたから行動を起こしたと、思わせてあげる。

 木漏れ日がキラキラと輝いた。

「あなたのことばかり考えてしまうの。どうしてかしら」
ミラは彼の柔らかい巻き毛をそっと撫でる。
「本当に? その……君みたいに綺麗で、もてそうな女性が、僕を選んでくれるなんて」

「私が怖いの?」
「うん……少し。僕、実は初めてなんだ」

 ミラは、優しく笑って彼の足に彼女の長い足を絡ませた。
「心配しないで。あなたの好きにしていいのよ。私の自由を奪って、アドバンテージを取るといいわ。それなら怖くないでしょう?」
「いいのかい? 君がそういうなら……」

 彼は、痛くしないように優しくミラの両腕を縛った。柔らかい絹のタッチで、縛られていく感覚にミラは恍惚となる。瞳の奥には沙漠の夕暮れが蘇る。おずおずとミラを抱きしめる男は、ああ幸せだと呟いた。

 ミラにも、絶頂の瞬間が訪れる。ああ、なんて素敵なの。いい子ね、私の坊や。可愛くて、柔らかくて、食べちゃいたいくらい。

 愛の昂揚で、相手の動きの止まった瞬間を、ミラは逃さなかった。躊躇せずに鋭い歯を彼の喉に突き立てた。驚き逃げようとする男を彼女は渾身の力で押さえつけた。弱々しく巻き付けてあった両腕の枷は、あっという間に断ち切った。

 ミラの身体の半分ほどしかない男は、力では彼女には敵わない。両腕にうまく糸を巻き付けなければ、彼女の動きを封じることはできないのだ。彼が生き延びるチャンスは、糸をきちんと巻き付けられなかったあの時に消えていた。

 彼は、まだひくついている。頭はもうミラの喉を通って胃の中に向かっているのに。可愛い子ね。とても美味しい、可愛い子。私の産む子蜘蛛たちの一部となって、世界に旅立っていきなさい。

 木漏れ日がキラキラと揺れている。今日は最高に美しい日だ。《狩り》が成功すると、とても氣分がいい。

 《愛の駆け引き》と食事を終えたミラは、彼女を縛ったまま逃げていった沙漠の恋人のことを考えた。彼に会いたいと願っているわけではない。彼を探して彷徨うような時間はない。子供たちが卵嚢から出て、世界へと拡散していくその後に、彼女に多くの時間がのこされているわけではないから。

 ただ、可能な限り幾度でも《愛の駆け引き》を繰り返し、恍惚の中で男を抱き寄せる、たくさんのミラたちで世界をいっぱいにするのだ。沙漠の突き刺すような夕陽に。優しい木漏れ日の輝く昼下がりに。

(初出:2020年2月 書き下ろし)

追記


ナーサリー・ウェブ・スパイダー(Pisaurina mira)は、北米およびカナダに生息するキシダグモ科の蜘蛛。オスはメスに捕食されないよう、メスを縛ってから交尾を行う習性がある。
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Category : scriviamo! 2020
Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
執筆、お疲れさまでした。

あはは、久しぶりにやられました。
読みながら、八少女夕さん、これは攻めてるなぁ、やばいぞこれR指定いるぞ……なんてどぎまぎしましたが。
いや途中からなんかおかしいなとは気づいていたんですけどね。たしかに、この手のオトコを食い物にするヤツは他にもいますけど、まさか手を縛ってやっちゃうヤツがいるとは知りませんでした。子孫繁栄のための本能的なシステムとはいえ、なんだかちょっとフクザツな心境です(笑)

さて。
サキさんのお話を読んだ時に思ったんですが、職業軍人というのは命令されれば命を奪うことに呵責しない(できない)んですよね。で、それをいちいち気に病んでいたら、職業として成り立たない。ましてやあの子たちは、自分だけは絶対に安全な場所にいて、職業として相手の命を奪う。そして仕事が終われば、美味しいものを食べたり、遊んだりしている(もちろん愛の駆け引きもw)。善悪ではもはや量れないし、そういう価値観で論じるものでもないような気がしました。
ミラもまた、そういうものですかね。
2020.02.19 06:41 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

おお、やられてくださいましたか!
半分くらいまで、欺されていただければ「よっしゃ!」です。
そうそう、人間だったら完璧にR指定ですけれど、これの元になった動画も実写でモザイクなしでした。当たり前か(笑)

ウザいので書きませんでしたが、この蜘蛛、メスを糸で縛るほかにも、糸で縛った状態の餌をプレゼントしてメスがそれを食べている間にちゃっかりと電光石火でやることやって、すたこら逃げる、なんて技も使うそうです。やはり食べられないように頑張って進化するんですね。それでもうかうかしていると食べられちゃうみたいですけれど。

サキさんの作品の二人は、それでも人間なので行為の是非について考えたり精神鑑定が必要かどうかが心に浮かんできたりしますよね。それが職業だからとか、命じられたから、というような理由付けもあるだろうし、反対に単純に殺人を楽しいと思うとすればサイコパスということになるし、本人の考え方がどうであれやはり善悪という基準からは自由にならない存在だと思います。

一方で、ミラとして描いた存在に代表される人間以外の生物の多くは、善悪という基準とは無縁かなと。それに、こういう存在が格好いいってこともなく、単に当たり前のことですし。

これはストーリーなので、擬人化して書きましたが、おそらくは相手のことを好きだとか、昔の相手を忘れていない、なんてこともないのでしょうね。だから、簡単に食べちゃえるのかなと。

この話を作るときに考えていたのは、まあ、私たち人間は(少なくともその多くは……)ミラのようではない……と、私は思いたいということですかね。

コメントありがとうございました。

2020.02.19 21:56 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
これは!サキの物語のどこに触発されてこのお話をお書きになったんだろう?
そう思いながら読み進めていきましたが、なるほどそういう事か!そんな生物がいるんですね。
なんにしろ子孫を残し、自分の遺伝子を繋ぐということは大変なことなんだなと思いました。奇妙に思える形状や行為、すべてがその目的に向かって純粋に進化しているのですね。ある意味素晴らしいと思いました。
人間だけがその部分からはみ出しているようですけれど・・・これは脳の巨大化という進化によってもたらされた効果の1つなのでしょう。そしてそれによってもたらされた副作用は人間をどのように変えていくのでしょう?

少なくとも、夕さんは“命を奪う”という行為に対して何か感ずるものがあってこの物語をお書きになったのではないか・・・と推察しています。

素敵なお返しをありがとうございました。
なんだか不思議な気分になりました。
2020.02.20 11:31 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

直接は全く関係のない話と組み立てなんですけれど、あちこちのモチーフが微妙にかすっている、という書き方をしてみました。
サキさんが推察なさったように、私がサキさんの作品で一番感じた部分は、命を奪うことそのものではなくて、それに対する反応に絡むあれこれ、ですかね。

デザートローズの交戦相手に対する感情や感覚、パンケーキの感情、作品には具体的には出てきませんでしたが二人を含む優秀なパイロットに対する他の人たちの感情、撃たれて死んでしまったパイロットの身内の感情、それぞれを想像する読者の感情や感覚、すべては人間だからこそ感じることなんですよね。ミラとして擬人化した蜘蛛にはそういうものはないでしょうし、交尾相手を食べることにも感情の入り込む隙はないはずです。名誉も誇りもない、恨みも悲しみもない、ただ本能の命じるままに動いている。こういう書き方をすることで、人間と感情とは切り離せない存在であることを書き表そうと思いました。

不思議な感覚、もしくは、(人間としての)ある種の居心地の悪さを感じていただけたら、意図したとおりだと思います。
ちょっと異色な感じのお返しになりましたが、サキさんは、私の創作にも慣れていらっしゃるので冒険させていただきました。

今年も素晴らしい作品でのご参加ありがとうございました。
2020.02.20 21:16 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
愛の駆け引きもスナイパーも
狙った獲物を淡々と狩るという意味では
似たようなものなんでしょうか?ブルブル
それにしてもサディストっぽいのに縛られるのが好きなんて…///

と思ったら蜘蛛の話でしたホッ
2020.02.21 10:51 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

《狩り》だのなんだのを人間社会で使われるたとえだと思わせて、実はそのまんまでした(笑)
ゴル●13みたいな人はわかりませんが、スナイパーでも軍人でも、平然とやっていたはずなのに心が壊れちゃう人もいるようで、そういう意味では人間は感情を完全に殺すのは難しいのでしょうね。蜘蛛は、精神科は必要じゃないと思いますのでその手の心配はなさそうです。

縛ってやるなんて、倒錯愛だー、と思ったら単に食われないようにするための工夫でした。
動物の進化ってすごいですよね。

コメントありがとうございました。
2020.02.21 22:51 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
今日は。
最後まで拝見して、それでも「まあ、本当に人でも別に…」などと思った私は如何なものか。
何ていうか、凄くしっくり来る後味でした。
郭公の托卵を防ぐため巣を二重にして、上の段に生まれた卵は捨てるとか、雌の獲得は他の雄に任せ、排卵の瞬間に割り込む鮭とか、命を残すために、強弱問わず生き物は色々しますね。
そして相変わらずの夕さんの引き出しの深さと広さには脱帽です。
今回のイベントのために、皆さん様々な作品を発表されて読んでいる側は楽しいのですが。
ユズキさんの動画も可愛かった。元々は結構ピリッと大人のスパイスの効いた作品で、其処が良いと思うのですが、あの様にほのぼのしているのも好きです。その場でお小遣いを稼げるの大道芸人の特色が出ていて、いいなあと。あまり的を得た感想は言えないのですが。
執筆お疲れさまでした。
2020.02.22 00:36 | URL | #yl2HcnkM [edit]
says...
こんばんは。

あはは、縛って、ちょっと危険な火遊びまではいいとして、その後命を奪っちゃうあたりは、かなり怖いですが、絶対にないとも言えませんよね。ただし、人間がそれをやると、あとで遺体をどうするかとか、もしくは、そもそもそうなった背景はなどと、面倒な記述が増えるので2000字程度では書けません。その辺が、人間の面倒くさいところなのかもしれませんね。

自然界の進化のしかたは、人間のように言葉や文字による具体的な情報の伝達がないにもかかわらず、よくもまあこんなに複雑なことを本能でできるようになったなと驚くばかりですよね。

「scriviamo!」の難しさと同時に面白さですが、いろいろな参加者の方とのやり取りを通して、自分の書き慣れているものとは違うものに挑戦していけるのは、本当にありがたいことだと思っています。お返しするまでの時間があまりないので、かなり即興的な創作になんですよね。だたし、私は長く考えていてもよくなっていくわけではない人なので、後から「ああすればよかった」「こう返したかった」と後悔することはまずないのですけれど。

お礼にもなっていないかもしれませんけれど、この企画を通していろいろな方のブログを紹介できて、参加してくださった方たち同士の新しい交流に繋がったらいいなと思っています。

ユズキさんは、何年も前から「大道芸人たち Artistas callejeros」のイラストを描いてくださっているのですよね。あんな風に自分ところのキャラが素敵に動くのをみるのは、本当に作者冥利に尽きます。

志士朗さんも、沢山読んでくださって感謝です。

コメントありがとうございました。
2020.02.22 23:29 | URL | #9yMhI49k [edit]

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