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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】青の彼方

scriviamo!


「scriviamo! 2020」の第九弾です。山西 左紀さんは、掌編で再びご参加くださいました。ありがとうございます!

 左紀さんの書いてくださった「青の向こう

今年二作目として書いてくださったのは「太陽風シンドローム」シリーズの新作で、「補陀落渡海」をモデルにした空想世界のお話のようです。

日本、もしくは関西では常識なのかもしれませんが、無知な私は「補陀落渡海」を知りませんでした。なんとこんな風習があったのですね。即身仏のことは知っていましたが、船で渡っていくんだ……。

さて。お返しの作品ですが、サキさんの作品を先に読んでくださることを前提に書きました。そして、サキさんの書き方、「詳しくは想像にお任せします」も踏襲しています。あ、「補陀落渡海」だと思って読むと「不可能」で終わってしまいますので、現実の地理での整合性確認(たとえば和歌山県からの出航などの限定)は、しない方がいいと思います。更にいうと、サキさんの作品の続きかどうかも、はっきりしていません。全然関係のない作品として読んでいただいてもOKです。案の定、オチもありません。


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青の彼方
——Special thanks to Yamanishi Saki-san


 サゴヤシの林を抜けて海岸へたどり着くと、強烈な光で一瞬目が見えなくなったように感じる。

 アンジンは、海の彼方を眺めた。砂浜の上の白い波頭をアクセントにした透明な水が、やがて淡い緑色になり、それから濃く冷たい濃紺になり紺碧の大空と繋がる。押し寄せては消え去る波と、時おり訪れる海鳥以外は、何一つ変わらぬ光景だった。

 空に雲が現れると、やがてやってくる灰色の世界と嵐の予兆になるが、今日の所はその兆しもなかった。

 アンジンは、自分の所有するサゴヤシ十数本をゆっくりと確認した。半年前に亡くなった【おじい】から相続したこれらの木は、一人で生きていかなくてはならない彼女にとって生命線と言っても過言でなかった。

 アンジンは村の鼻つまみ者だ。若くもないし、美人でもない。身よりもなく【おじい】の身の回りの世話をする代わりに、寝食を恵んでもらって生き延びてきた。名前も「どこから来たのか得体の知れぬ犬」と誰かが毒づいたなごりでアンジンと呼ばれるが、産んでくれた母親がなんと名付けてくれたか、誰も知らない。

 サゴヤシを倒して収穫する時には、急いで参加し、根氣のいる濾過作業を買ってでては、持ち主にわずかなデンプンを分けてもらう。ゴマすりが上手だと蔑まれても、生きていくためには仕方ない。魚を捕まえて売ったり、サゴヤシ葉の繊維を織ってスカートや網を作り果物と交換してもらうこともある。

 みなし児は、この島では珍しい。いくつかの大きな集落に分かれているとはいえ、元を辿ればみな親戚のようなものだ。あちらの子はうちの従姉妹の子、隣の娘は母方の伯父と繋がりがある、そういった具合にたとえ両親が一度に亡くなったとしても、必ずどこかの家庭が引き取って身内として育ててくれる習わしだ。だがアンジンは本当にこの島に一人の身寄りも居ない存在だった。

 彼女は、両親と共に海の彼方から舟に乗ってたどり着いたそうだ。どこから来たのか知るものはない。両親はそれを語ることのないままこの世を去っており、赤ん坊の彼女だけが残されていた。だから、もちろん彼女も自分がどこから来たのか、両親がどのような言葉を話していたかも知らない。村で一番の偏屈者で嫌われていた【おじい】が引き取ってくれなかったらそのまま死んでいたはずだ。

 ケチで見栄っ張りな嫌われ者が、みなし児を引き取ることに、何か裏があるだろうと皆が陰口をきいた。おそらく赤ん坊を包んでいる珍しい布が欲しいのだろうと。この島では布を作ることはできないが、近隣の島との交易を通して裕福な家庭は布を所有し、主に壁に掛けていた。様々な色や柄があったが、黄色い布だけは手に入らないと言われていた。アンジンは、その黄色い布に包まれて発見されたのだ。

 【おじい】は、まったく親切なところはなく、彼女を徹底的にこき使った。少なくとも立って歩けるようになるまで、村の女たちにお前の世話をさせたのだからありがたいと思え、いつもそんな言い方をした。【おじい】が亡くなった時、アンジンがそれを悲しいと思うことはなかった。村の女たちは、淡々と小屋を片付けるアンジンを見て「恩知らず」と聞こえるように噂をした。

 そうは見えなくとも、本当のところ、アンジンはひどく不安だった。【おじい】の後継者としてサゴヤシや小屋を相続できなければ、今後どうやって生きていけばいいか皆目わからなかったからだ。幸い集落には【おじい】と近い親族は一人もおらず、かなり離れた集落に遠い親戚がいるだけだった。【おじい】のサゴヤシは大して多くない上にその親戚のサゴヤシ林からあまりにも離れていたため、彼らはアンジンが相続人となることに異を唱えなかった。

 この島では、他の人たちと同じやり方を踏襲する他に生きる手立てがない。サゴヤシを倒し、デンプンを漉し、果物を集め、魚を獲り、家の屋根を葺くことから、サゴヤシのスカートや釣り針を作ることまで全て集落のやり方に沿って行う。ルールに反して追放されれば、飢え死にするだけだ。

 アンジンの両親たちは、そんな世界とはかけ離れた世界から来たのだろう。浜辺に打ち上げられていた舟も、アンジンが包まれていた黄色い布も、この島で作ることはできない材質で作られていたという。

 彼女は、なぜ両親は美しい布を買うことのできるけっこうな生活を捨てて、こんな何もない島へと向かったのだろうと考えた。もし、その故郷に行くことができたら、そして、そこで大金持ちの跡継ぎとして迎えられたら、どんな幸せな人生を送れることだろうと、両親の決定を恨めしく考えたりもした。

 砂浜をカニがにじっていた。アンジンは駆け寄ると手にしていた木の棒で殴りつけた。砂浜にめり込んだため、カニは一度は難を逃れたが、アンジンは容赦なく何度も叩きつけ、ようやく獲物を掴まえた。殻が割れて中身の飛び出しかけた小さな赤黒いそれを背負った小さな籠に放り込むと、他に似たような獲物がいないか、用心深く見回した。

 波打ち際に何か太陽光を反射するものが見える。魚かもしれない。彼女は、急いで駆け寄った。

 それは魚ではなかった。けれど、アンジンにとってはもっと心惹かれるものだ。朱色の木棒。自然の木ではなく、艶やかに何かで色を塗ってある。似たような木の破片を【おじい】が持っていた。アンジンの両親が乗っていた舟の一部だったそうだ。

 アンジンたちが流れ着いてから三十年近くもここにあったはずはない。彼女は心臓が大きく高鳴るのを感じた。

 見回すと海岸のずっと東、岩場しかない湾に茶色い小舟が見えた。アンジンが手にしているのと同じ朱色の木の柱で飾られた内側に大きな男の背丈ほどの長さをした小さな木製船室がある。

 岩場にたどり着き、よく見ると、船室の入り口は乱暴な様で壊されていた。慎重に近づき、全く物音がしないのを確認してから、舟の下手まで歩いた。岩場に嵌まっているので動かないが、どこかに固定されている様子はなかった。またのぞき込み誰もいないのもわかった。

 舟の中には白っぽい薄く平たいものが何枚も散乱していた。そこには黒く文様が書き込まれている。果物の皮や動物の肉を干したものの残骸が散乱して腐敗しだしている。そのためか、ひどく嫌な臭いがしていた。

 けれど、そんなことよりも、アンジンにとって心惹かれるものが目に付いた。鮮やかな黄色い布だ。

 彼女は、急いで舟の中に入り込み、黄色い布を掴んだ。この舟がどこから来たのかはわからないが、自分のルーツと関係あるのだろうと思ったのだ。

 布を拾い上げてギョッとした。その布の床に触れていた部分の大半が赤黒く染まっていた。血だ。よく見ると、木の壁や天井も含めて、周り中に似たような赤黒いシミが見られた。打ち破られた出入り口といい、この舟の中では、ごく普通の乗り降りだけではない何かが起こったらしい。

 アンジンは、急いで舟から出ようとした。その性急な動きで船倉が傾き、ギィィと大きな音がした。波が打ち寄せ、舟は岩場から離れて海に浮いた。四つん這いになったアンジンは、無様に這いながら壊れた戸口を目指した。

 舟は、引き返す潮に乗せられて、静かに陸から離れていく。アンジンは声にならない悲鳴を上げながら陸の方を見た。

 見ると岩場に誰かが座っている。布でできた服を全身に纏い、頭に黄色い布を巻き付けている小柄な人物だ。男か女かもわからない。アンジンは助けを求めて必死で手元の黄色い布を振った。

 岩場に座っていた人物はそれに氣が付いた様子はなかった。ただじっと遠く水平線を見やっていた。遙か北の青く冷たい海の彼方を見つめて微動だにしなかった。


(初出:2020年3月 書き下ろし)
関連記事 (Category: scriviamo! 2020)
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Category : scriviamo! 2020
Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
執筆、お疲れ様です。

これは、オチがないというより、救いのないお話ですねぇ。
アンジンは不注意でああいう結末になり、おそらく戻れなかったのではないかと想像しますが、そうでなかったとしても、あの村では人並みの人生が送れたかどうか怪しいですよね。あまり裕福な村ではないようなので、漂着民を厚遇することもなかったのでしょうね。なにか知識や技術があったり、美少女であれば、話は変わっていたかもしれませんが……。
しぶとく生きているアンジンですが、布や船の材料が貴重なものとなれば、やはり両親がもともと住んでいた場所や境遇への憧れは湧きますよね。
漂着した人物、おそらく来し方を思っているのでしょうが、その心中に去来するものがなんなのか。これはもう、想像をたくましくするしかありませんね。
2020.03.25 09:45 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよね。
オチもないけど、救いも用意していません。

もっとも、この後は読む方のご想像にお任せなので、ハッピーエンドに向けられないわけでもありません。

そして、TOM−Fさんがおっしゃるように、私は例によって美少女設定とか、チート能力とかは用意してあげないので、その手の逆転劇は全く望めません。ほら、船の中に打ち出の小槌があって……みたいなのもなし。

サキさんの物語で、こうじんさまとカリのいた共同体では海の向こうには理想郷である王国があることになっていましたよね。
カリが何を望んであの船に乗り込んだのかははっきりとはわかりませんけれど、少なくとも王国の話を語り継いだ人たちにとっては、船の行き着く先が布すらも織れないような未開の地であることは期待していないと思います。

一方で、アンジンのいる共同体にしてみれば、その船の来たもとの場所がどちらかというと理想郷です。

そんなどちらにとってもの「ここではないどこかが素晴らしい」幻想を上手く書けないかなと思いました。

「船が戻ってきたことはない」というサキさんの記述から考えると、アンジンが偶然そちらに行くのは難しいと思いますし、まあ、今すぐ何とかせずに、さらにこっちの岸に戻ってこられなければ、彼女はそのままお陀仏だと思います。

さて、たどり着いて岩場に座っている人物が何者なのかもいろいろと解釈があると思います。
そもそもアンジンの両親がこうじんさまとカリなのか、それとも今回、岩場に座っているのがそのうちのどちらかなのか、それまた読者の想像に任せてあります。後者の方が、まあ、後味はいいかも。心があまりこちらになさそうなこうじんさまだとしたらアンジンを助けてくれるか疑問ですが、カリだったら氣付いて何とかしてくれるかもしれない。そもそもアンジン、自分で泳いで島に帰れよ、という話かも。そして、カリと交流するとか。

ま、そんなこんなを全く書かずに楽しんでみました。

コメントありがとうございました。
2020.03.25 21:00 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
おお!ここまで書かれますか。
あの物語からここまで・・・。ありがとうございます!!!
「青の彼方」はもちろん仮想世界のお話なのですが、モデルとしてはご指摘の通り和歌山からの出港です。そのまま黒潮に流されれば伊豆諸島や小笠原諸島の孤島に流れ着く可能性は排除できません。アンジンの物語はこういう状況をモデルに書かれていると勝手に解釈しながら拝読しました。
設定の解釈は読者に任されているようですが、サキとしてはアンジンはカリの中にいた小さな物であると言う解釈を取りました。
夕さんは本文の中では「青の彼方」との関係には直接触れられていませんが、そう考えると物語が怖いくらいのリアリティを伴って迫ってきます。

ああ・・・彼らはやっぱり幸せにはなれなかったんだ。そしてカリの中にいた小さな物にも過酷な運命が待っていたんだ。こういう設定は「青の彼方」でも想定はしていましたが、それをズバリと突きつけられた感じです。
でも、アンジンが随分と逞しくそしてしたたかに育っていたのはなんだか嬉しかったです。カリと同じでやはり美人ではないようですが・・・。
おじいがどういう気持ちでアンジンを引き取ったのかとても謎ですが(単なる労働力?寂しさの裏返し?)、それにまったくめげている様子の無い彼女の生き様はとても力づけられます。
思わぬ旅立ちになりそうな状況ですが、サキの仮想世界の設定では、再び黒潮に流されればこの先にもう島はありません。
彼女の運命は風前の灯火?
岩場に座っていた人物(彼もコウジンサマ?)の次の行動に期待しながら読み終えました。

素敵な物語で答えていただいて、ありがとうございました。


あ、最後の部分「地平線」ではなくて「水平線」?
2020.03.26 14:36 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

お。
こうじんさまの船が二艘着いていますが、最初をこうじんさまA、三十年後の方をこうじんさまBとすると、
サキさんは「アンジンの両親がこうじんさまAとカリ」として読まれましたか。

こっちの方が、サキさんの設定、とくにカリに対して「バッドエンド」になるのですけれど、可能性としてはありましたよね。
むしろ三人とも共倒れではなくて一人では生きられないアンジンが助かっただけでも奇跡的なラッキー?

もう一つの可能性としては「アンジンが見つけた方がこうじんさまBとカリを載せた舟」で、そうなると岩場に座っているのがまだ出産に至っていないカリの可能性もありますし、こうじんさまBだけがそこにいて、カリと赤ん坊はどこかにいる(もしくはいない)という解釈もありです。ただ、どっちにしろサキさんの小説を読む限り、カリの配偶者のこうじんさまはうっかりものであまりアテにできないタイプのようですので、カリであった方がいいかな、などと考えながら書きました。

さて、じつは、この島のモデル日本ではありません。サゴヤシを使って原始的な生活を営む東南アジアの人々をモデルに書きました。中世の日本をモデルにしてもここまで原始的な人々を設定するのが難しかったので。なので、地理に関してはツッコまずにお願いします。単純にもっと南のどこか、という感じで。

さて、サキさんの解釈(こうじんさまAがアンジンの父説)で進めると、座っている人物はこうじんさまBで、こうじんさまAのようなうっかりものではないことになります。どういうつもりで修行して、王国がどんなところであると想像していたかはわかりませんが、とにかくここに着いてしまったと。王国でないどころか超未開の地にたどり着き、その後の人生を失望とどう折り合いながら生きていくかは、また別の一つの物語になりそうですよね。で、縁のあるアンジンと助け合って物語が進むのもアリかも。そうだとしたら、少しは救いがありそうです。

> あ、最後の部分「地平線」ではなくて「水平線」?
す、すみません。おっしゃるとおりです。早速訂正しました。ありがとうございます。

今年も二つの掌編で盛り上げてくださり、ありがとうございました!
2020.03.26 17:14 | URL | #9yMhI49k [edit]

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