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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

心の黎明をめぐるあれこれ(7)異界のとなりに

本日は、クリストファー・ティンの『Calling All Dawns』というアルバムにちなんだエッセイ連作『心の黎明をめぐるあれこれ』の7作目です。

第7曲は『Caoineadh』使われている言語はゲール語です。


『心の黎明をめぐるあれこれ』を読む
『心の黎明をめぐるあれこれ』を始めから読む




心の黎明をめぐるあれこれ
(7)異界のとなりに
 related to “Caoineadh’


 子供の頃、私はいつもどこか遠くへ行きたかった。それも、学校の遠足や修学旅行のような決められた場所に集団で行くのではなく、自由に「ここではないどこかへ」行きたかった。東海道線に乗って静岡県まで行く短い時間に、太平洋を見ながら心ゆくまで空想を泳がせた、あの時間が愛おしかった。

 あるていど歳を重ねると、人は金銭的にも、能力的にも多くを手にする。子供の頃には不可能だった新幹線や寝台列車の切符を買うことは、「いつか叶えてみたい遠い夢」ではなくなる。それどころか海外旅行も大冒険ではなくなる。

 私は、海外に住み、日々外国語を話し、365日海外旅行をしているのと変わらない生活をすることになった。年にいく度も国境を越え、見たかったものを見て、食べたかったものを食べた。

 それでも、遠くへ行きたいという願いは、消え去っていない。よその惑星や宇宙に行きたいという願いは皆無だけれど、「ここではないどこか」に対する憧れは、まだある。そして、そのハードルは子供の頃よりも高くなってしまった。100キロメートルほど移動しただけで心躍っていたあの頃には、世界は未知のもので満ちていた。現在は既知のものに埋まり、散文的で、機械的な世界に囲まれている。

 そんな私を、今も昔も瞬時に心躍らせてくれる魅力に溢れた場がある。それが、ケルト民族の遺構だ。

 ケルト十字、ドルイド教。ケルト文明や類似するあれこれが好きな輩には答えられない魅力がある単語だ。今では、ゲームやラノベなどですっかりメジャーになり、調べたければ事典なども日本語でいくらでも購入できるトピックになったケルト文明も、私がティーンエイジャーの頃は、まだかなりマニアックな人間しか知らない異文化だった。

 ケルト文明は、アイルランドやブリテン島それにフランスのブルターニュなどで現在もケルト系言語を話す人たちがその文化を引き継いでいる。そのため、かつての私のように、アイルランドあたりが発祥の民族と文化なのだろうと思う人も多いかもしれない。

 実際には、正確には不明ながら、中央アジアからやって来た民族の文化と文明が、後に血縁関係のない別の民族の子孫に引き継がれて、ブリテン諸島に残っている、ということらしい。

 何千年も、1つの島に同一民族が(何種類か)いて、同じ言語と文化を継承しているのが当然のように感じてしまうのは、たまたまその状況に近い極東の列島で生まれ育ったからだ。世界の別の場所では、それは当然のことではない。

 国家と言語と民族が、それぞれバラバラであることは、現在住んでいるスイスに関わり始めてからようやく「そういうことか」と実感を持って受け止められるようになった。

 住民AとB、Cが、全員同じ言語を話すとは限らない。Aは異国語であるBの言語を便宜上用いつつ、とりあえず住んでいるCの文化を継承していくこともある。そして、BとCの子孫がすべてDの文化と言語に飲まれた後も、Aの子孫が異国でBとCのなごりを伝えることもあるのだと。

 ともあれ、考古学上または歴史上スイスに重要な爪痕を残したケルト人たちの直接の子孫は、すぐそこにいるのではないかと思うが、残念ながらスイスで私がそれを感じることは皆無だ。同じくケルト人が向かったスペインでも、ユリウス・カエサルと戦ったガリア人の地フランスでも。

 ブルターニュ半島やブリテン諸島には、言語だけでなく、古代より伝わるケルト文化が未だに残っている。たとえば、私がデボン州のなんでもない墓地を訪れたとき、ケルトに関する観光地でも何でもなく、そこに住む人たちの多くはごく普通の英語を話すキリスト教徒だったにも関わらず、ケルト十字の墓標が非常に多く目に付いた。ケルトの結び目のシンボルを組み合わせたものもあった。

 はじめてイギリスを訪れたのは、大学に入った年だ。日本で憧れていたケルトのシンボルが、現実に当たり前のように使われていることにひどく感激した。そう、まるで異世界に迷い込んだかのように。あの頃は、海外旅行の敷居はずっと高かった。海外へ行くこと自体が非日常に属していた。ましてや、自分がヨーロッパで暮らすことになるなど、夢にも思わなかった。

 ケルトに限らず、私はずっと民俗信仰に興味を持ち続けている。だから、このエッセイ集でも取りあげているように、節操なく「あれも好き、これにも興味がある」と騒いでいる。アイルランドには、残念ながらまだ行ったことがない。ゲール語も、ウェールズ語も、ブルトン語も何一つわからない。私の「ケルト大好き」はその程度の浅さだ。

 ともあれ、私がこれまでに関心を持った世界の多くの民俗信仰は、どちらかというと「生きている人間の世界」に関わるものなのだが、どうもケルトに関してだけは、「あの世に近い」と感じることが多い。

 たとえば、アーサー王伝説の終盤、瀕死の重傷を負ったアーサーを3人の女たちがアヴァロン島へ連れて行く。その女たちは、人間なのか、魔女なのか、はたまた妖精なのか曖昧であるし、アヴァロン島もどうやらあの世のようである。

 イングランド・サマセット州にあるグラストンベリー、フランスのブルターニュ半島沿岸にあるリル・ダヴァル、コーンウォール半島沿岸のセント・マイケルズ・マウントなど「ここがアヴァロンである」といわれる場所がいくつかある。現実の場所が伝説のあの世と一致すると考えられているところが、彼らの「異世界との近さ」を表しているように思う。(島根県の東出雲町に「黄泉比良坂」があるのと似ている)

 そして、ケルト神話では、英雄に人気があればあるほど、いわゆるこの世でのハッピーエンドにならない。負けて死んだり、妖精に魅入られて連れ去られたり、もしくはあっさり天に召されてしまったりするのだ。理不尽な誓約ゲッシュ に縛られて、やらなくていい危険に飛び込んで死んでしまう英雄もいる。

 立派な人物が亡くなる前には、バンシーまたはクーニアックと呼ばれる妖精があらわれて泣き叫ぶという。長い髪をし、泣きはらした赤い目で、怖ろしい泣き声を上げる妖精の不吉なイメージは、ケルトとあの世を地続きに感じさせた。

 さて、クーニアック(Caoineag=泣く者)と、『Calling All Dawns』第7曲の題名「Caoineadh(嘆き歌)」は、同じゲール語の単語から来ている。

 ヨーロッパにはアイルランドに限らず、哀悼歌の伝統があり「エレジー」「ラメント」と呼ばれ、実際に「Caoineadh」は「エレジー」「ラメント」と訳されることが多い。

 しかし、イタリアやドイツなどにある「エレジー」や「ラメント」は楽曲に限られ、吟遊詩人によって語られるか、もしくは作曲されて歌うことが前提だ。一方で、「Caoineadh(嘆き歌)」は「キーン(Keen)」とも呼ばれ、葬儀の時に棺の上で読み上げられる詩を指す。ケルト的習慣、死の妖精バンシーを彷彿とさせる哀歌だ。実際にアイルランドでは、19世紀になっても実際の葬儀の一部として職業的「泣き女」が叫んでいたという記録がある。

 第7曲の歌詞を読むと、悲劇的な内容には思えない。英語から日本語に訳してみた。
 

我が友、心から愛する者よ!
ああ、輝く剣の使い手よ。
起きて、服を着てください
あなたの美しく高貴な服を
黒ビーバーを纏い、
手袋をはめてください。
見て、鞭はここにかかっている
あなたの素晴らしい雌馬はあなたを待っている
狭い道を東に向かって走って
茂みはあなたの前でかがみ
小川はあなたの道行きでは幅を狭くし
男も女もあなたにはひれ伏すだろうから……



 非の打ち所のない英雄の、立派な旅立ちを促す歌詞だ。メロディーは英雄の勇ましい旅立ちという感じではない。どちらかというと祈りのよう。しかも「Caoineadh(嘆き歌)」という題名であるからには、これは「起きて、服を着る」ことのできなくなった主人への虚しい懇願なのだろう。

 クリストファー・ティンによる解説を読むと、この歌詞の出典は「Caoineadh Airt Uí Laoghaire」だ。18世紀にアイルランドの大佐アート・オリアリーは、良質の馬をめぐるいざこざにより、とあるイギリスの役人に殺された。夫人アイリーン・オコネルは、アイルランドの伝統的な葬儀のために、とても長い悲劇的な詩を彼のために書き上げた。

 そこでこの詩のことも少し調べアイルランドの作家・詩人であるブレンダン・ケネリーによる英訳をみつけた。ティンが用いた部分を含む長い詩には、夫が無残にも殺され、それを嘆き復讐を誓う様子が語られていた。

 悲しみと喪失を痛烈に訴えかけ、それどころか夫の敵を自ら率先して討とうとする態度は、ケルト民族の伝統に通じる。控えめな表現をよしとする日本人がこの詩の全文を読むと芝居がかっているように感じるが、そこが文化の違いなのだとも思う。

 妻の嘆きはバンシーのそれに通じ、現実の18世紀の夫は伝説の英雄の姿に重なる。ティンの引用した部分を読んだとき、私はそれが18世紀の話だとは想像もできなかった。まるで、アーサー王の時代にタイムスリップしたようだ。

 一方、同じケルト文化がかつて存在し、国の呼び方にその民族の名ヘルヴェティアを残すスイスには、たとえその血が体内に流れているとしても、それを感じさせる文化は何ひとつ残っていない。

 スイスには幽霊がいない。これは私の長年の感覚だ。妖精も、ゴブリンも、アンデットも。いるのが似つかわしくないと表現した方がいいかもしれない。人々はその存在を信じないだろうし、万が一存在していても、彼らですら「この行為は合法か」もしくは「どの保険会社に加入すべきか」といった興ざめな話題をしていそうだ。柳の下、廃墟、古い巨木、大きな岩の陰、どこに行っても、「そこにはなにかがいる」という伝承はない。いたのかもしれない妖精たちも、語り手がいなくては張り合いもなく、いずこへか立ち去ってしまっただろう。

 同じヨーロッパに住みながら、私がブリテン島を訪れるとき、若き日の私と同じく心躍るのは、「ここは異界が近い」と感じる余地があるからだ。見えなくとも、妖精やゴブリン、樫の側にいる緑の者たちが、去っていないと感じるからだ。

 いずれまたケルトの異界を感じにブリテン諸島を旅してみたいと思っている。セント・マイケルズ・レイラインをたどり、「トリケトラ」や「永遠の結び目」といったケルトのシンボルを探し、大きな樫やヤドリギにケルトの秘密を感じる、自己満足な旅をしてみたい。「ダナンの子供たち」が残していったとする巨石の神秘を訪ねたい。

 まだこの世を立ち去っていない異界の者たちが、私を待っていると考えるほどおめでたくはないが、あの世と地続きになっている土地に佇むロマンを感じることはできるだろう。

(初出:2020年7月 書き下ろし)

追記




Caoineadh (feat. Anonymous 4)
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Category : エッセイ・心の黎明をめぐるあれこれ
Tag : エッセイ

Comment

says...
執筆、お疲れさまでした。

ここではないどこかや遠くに行きたいという願いがずっと残り、そのハードルがどんどん上がっていくというの、わかるなぁ。
日本から外国に出るのはさすがにハードルが高いですけど、国内ならどこに行くのもたいしておおごとに感じなくなっていますね。外国だって、もし私がしょっちゅう外国に出張に行くような職業だったら、同じようにたいしたことじゃない、という感覚になっただろうと思います。

そうなると、たんに距離の問題ではなくて、日常から離れて非日常に向かう、あるいは接するということになるんでしょうね。
ケルトという言葉を聞くと、私もなんだかそわそわしてきます。もっとも、八少女夕さんのように、実感できるほどに近くに感じるわけではなく、創作クラスタでよく見かけるし、荒涼としたスコットランドやアイルランドにぽつんとたたずむケルト十字の石碑とか、そういったイメージ先行ではあるのですが。

このエッセイを読んでいると、ケルトの自然観と日本の自然観とは、底流においてどこか共通したものを感じますね。日本にも異界に近い場所が現実の場所として存在するし、その異界とはおおむね死後の世界ですし。そう考えると、案外、ケルトと日本人って、親和性が高いのかもしれませんね。

いずれにせよ、チャンスがあれば私もケルトの遺跡めぐり、してみたいものです。
2020.07.08 09:29 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

かつては成田空港に行くたびに「北ウイングごっこ」を(もちろん心の中で)やってドキドキしていたのが、いまや最寄り駅と変わらない感じですよ。あ、若き頃は安い路線にばかり乗っていたので実際は南ウイングばかりでしたけれど(笑)

TOM−Fさんだと、日本国内の鉄道路線、乗るドキドキがやはり変わってきたのではないでしょうか。
私、以前は新幹線の扉の開くあのメロディだけでメチャクチャときめいたんですよ。あと、冷凍みかんとお茶で(笑)
関西に行くのは大冒険でしたが、前回行ったときは「意外にすぐつくのね〜」なんて余裕になってしまいましたね。

スイスは、もちろん日本から見たら異国なんですけれど、でも、異界の薫りは全くしないんですよね。
たとえばスペインも、スイスとは全く違う文化が花開いていて、旅先としてはときめくのですが、やはり異界という感じはあまりないです。
もう少し原始的なあれこれが残っている、フランスの田舎、それにマルタやコルシカなどではときどき感じることはあるのですけれど。

でも、やはりケルトは別格かなあ。
行く度にドキドキしますねぇ。私の行く所なんて、大して秘境でもないし、観光地化されているところがほとんどですけれど、それでも雰囲気ありますよねぇ。
TOM−Fさん的には、やはり自己聖地巡礼も兼ねてぜひまたあの辺りを(笑)

そうそう、日本の生活って、わりと異界に近いと思うのですよ。「無神論者だし」と豪語する人がほとんどの世界なのに、お盆になるとTwitterで精霊馬がトレンドになったり、今もアマビエがブームになったり、根っこの部分で異界と隣り合わせって感じがするんですよね。そして、それを否定しない空氣がある。アイルランドは熱心なカトリックの国なんですけれど、やっていることはケルトのまんまだったり。私そういうのが大好物なのですよ。

とはいえ、まだアイルランドは未踏の地なので、いずれ、このコロナがおさまったら行ってみたいですね。

コメントありがとうございました。
2020.07.08 19:14 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
このシリーズ、ずっと読ませていただいているのですが、コメントを躊躇していました。だって、内容がとっても深くて、コメントしようにも考えをまとめるのがとっても難しいんです。
でも今回は、何処かへ行きたい・・・を含んでいたので、それについて少しだけ。

僕も小さい頃からいろんなところへ行きたいという気持ちは持っていたのですが、それが最近ようやく叶って何箇所か出かけることが出来ました。
そこは本当に異界でした。
まるでファンタジーの中に迷い込んだような気持ちになって、ずっと夢見心地で写真ばかり撮っていて、現実世界に戻ってきてもまるで夢から覚めたように現実感がありません。本当に行ってきたんだろうか?

でも夢見心地とは別に、観光地の建物や遺構を巡っていると、それが侵略と略奪の歴史を経て残されたものだということに思い至って、すこし複雑な気分になるのです。
人類って、ずっとそうやって進化してきたんですよね。長い歴史の中で静かに(当人たちにとってはそうではなかったと思うけど)消えていった民族がいったいいくつあったのでしょう。勝ち残ったものが消えたものの上に建てた建物を僕たちは見ているのです。アルハンブラやメスキータなんかは綺麗に残されているようですが、それは侵略者がたまたま気に入っただけであり、あと付けで無粋な建物が追加されていたりもします。そしてそのアルハンブラやメスキータが立つ前には侵略されたものの建物があったのです。
どうも人類はここのところ侵略を続けているウィルスと基本的には同じなんじゃないかと思ったりしています。
強いものが生き残る。これが自然界の摂理なのでしょうが、これだけの大きな頭脳を持った人類です。もう少し柔軟な方法を編み出してくれることを祈っています。
そしてまたいろんなところに出かけられるようになることも・・・。
2020.07.09 13:23 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
前回のレクイエムには絶対コメントしようと思いながら、あれこれ細かい仕事を片付けていたら出遅れたので、またあとでコメントすることにして、先にタイムリーなこちらの方からコメントすることにします。

ケルトにしてもそれ以前の巨石文明にしても、文字を残さなかった人々の存在は、何だか不思議な空気感があります。文字が刻まれた他の文明に比べると、伝承の中だけに存在しているみたいで、まるでおとぎ話に思えてしまう。でもそこに何かがあったことだけは確か。
最近マイブーム的に見ている番組が『古代の宇宙人』なんだけれど、これがもう、眉唾物なのに、何となく説得力がある(要するにオーパーツを集めてきてあれこれ言ってる番組なんだけれど)(^^;) 宇宙人かどうかは分からないけれど、我々の科学を持ってしてもよく分からない偉大な文明があったことは確かだと思うし、その中に宇宙人やら妖精やら巨人がいても、不思議じゃないのかもと思うところもあったりして。
私が巨石を巡っているのも、なんか、文字に残っていない世界にものすごく親近感を覚えているから、かなぁ。私も、アイルランドとイギリスに行ってたくさん巨石に埋もれたいなぁ。あれ? ちがうか。でも、カルナックの列石の中に立ったときに「あ~しあわせだ~」と叫んでたね、と後で母に言われましたが、思わずそんなことを言っちゃってたらしい。
スケールは違うけれど、日本の巨石たちにも神が宿っている。

もちろん、こうした文明はきっと「現実に在った世界」だけれど、異世界となるとまた少し違うのもかな。見ることはできないけれど、今も隣にあるかもしれない世界。
異世界って日本人はきっと得意だなぁと思うのですよね。だって、昔からトイレには花子さんがいるし、屋根裏にはまっくろくろすけが住んでいるし、北海道には絶対コロボックルがいるし、森にはシシ神様やだいだらぼっちがいるし、今もスマホでのぞいてみたら回りはモンスターだらけですしね。目には見えないけれど、そこにあるって、普通に信じている。というのか感性で「ある」と思っているってことでしょうか。
逆にスイスには幽霊はいないっていうのを読んで、そうか、そんな感性の人々もいるんだって、そっちに驚いていたりします。
もちろん、都会に住んでいると少しその感性は鈍るかも知れないけれど。
私、初めて四国に行ったとき、あ~こんなにあの世が近い国(地域)があるのかと思ったけれど(あそこに行くと、そのうち絶対弘法大師に会えると思える)、東北に行ったときはもっと驚きました。あそこは普通に隣に死者が生活しているような感覚。怖いとかじゃなくて、なんというのか、「あっち」じゃなくてまさに地続きにあの世というのか、死んだばあちゃんとかがいるんですよね。もしかすると、少し前の日本ではどんな土地でもそんな感覚があったのかもなぁ。
それは理屈じゃなくて「在る」んですよね。見えなくてもあることは分かっている世界。
死後の世界があるとか信じているわけじゃないけれど、そういう「あっち」が並行して存在していることは当たり前に思えている、んですよね。う~ん。うまく言えないけれど。
2020.07.09 16:37 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

あはは、このシリーズ、私の脳内の開示みたいなもので「こいつ、痛い」と思われるだけの内容だと自覚して書いています(笑)
しかも、とくにオチなどを考えずに書き散らしていますので、コメントは書きにくいかもしれませんね。
1文でも引っかかったら、ピンポイントで食いついていただくのもありですよ〜。

さて。「どこかへ行きたい」は子供の頃からの悲願だったのですけれど、たぶん動機がサキさんとは違ったんだろうなあ。サキさんは、きっと純粋に「行ったことのない遠くへ行ってみたい」だったのではないかと推察します。たぶん私は「居心地の悪いここから離れたい」だったのかと。だから現在は、さほど「行きたい、行きたい」という悲願がないのかもしれません。それに加えて本文にあるような「遠くのどこか」がなくなってしまったという事情もあります。

さて。サキさんの感じられた異国の「素晴らしいもの」=「誰かの苦しみの上に存在するもの」という図式は、常にではないですけれど、でも、ある意味真実でもあります。たとえばエジプトのピラミッドなどは、私が見にいったときには「奴隷にムチを打って働かせていた」という説のほうが優勢でしたので、見ながら複雑な心境になりました。現在では、「奴隷の使役ではなく、農閑期に収入の途絶えた人びとに対する社会事業だった」という説が優勢になってきたと聞き、ほっとしたりしています。豪華絢爛な大聖堂の装飾なども、単なる贅沢ではなくて、職人たちの収入源&技術の伝承の役割を果たしていたという説にほっとしたり。

その一方で、私がポルトで知り合ったブラジル人の女性が「サン・フランシスコ教会の金箔はブラジルから根こそぎ持ってきたもの」というつぶやきもまた真実で、ヨーロッパの多くの驚異は多かれ少なかれどこかで搾取したり強奪してきたものなのかも。その栄華も現在は……というところがさらに感慨深いのですけれど。

人間は、エゴの塊で、「○○は△△に悪い」とはっきりわかっていても「幸せになりたいんだもの」とか「経済も大事」とか「技術の発展も」などとあれこれ言い訳をして見ないフリをしてきたのですよね。それが突然の病魔にぶった切られて、有無を言わさず止められたのが皮肉だなあと思っていました。

もちろん何らかの解決策が見つかることを願っていますが、その一方で単純に「前と同じように」何もかも安く便利に……というわけにはいかないのかもしれないと感じています。

ケルトを巡る旅も、以前思っていたほど簡単に便利にはできないのかもなあと思っていますが、どうでしょうね。

コメントありがとうございました。
2020.07.09 22:37 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

このエッセイ集は、私の脳内ただ漏れ状態なので、「なんだこりゃ」な所もあるかも。

でも、この辺りは、彩洋さんも語りたくなる界隈ですよね、きっと。
よくストーンヘンジ周辺でドルイド僧のコスプレしたりしている人がいるので誤解されがちなのですけれど、ストーンヘンジなどのすごい文化を作った人たちはケルトではなくて、その前にいた民族でケルトの言い伝えでは「ダナンの子供たち」という去ってしまった半ば神族のような人たちらしいのですけれど、それを聞いてもさらにワクワクしてしまう私は、かなり重症です(笑)

そういえば、中学生の頃はお小遣いで「ム●」誌を買いまくっていました。今にしたら考古学とトンデモの境目が全くわかっていなかったのですけれど、それでも現実にも「これ、現代科学では解明できない」がちゃんとあって、それにワクワクします。

それに巨石文明の遺構って、エジプトのピラミッドやインカのマチュピチュのようなものも含めて、「無理そうに思えてもちゃんとメソッドはある」のでしょうけれど、それでも「なぜそんな苦労してまでそれをやったか」そのものは解明されていないんですよね。そこにものすごくロマンを感じるのです。

そして、「カルナック」の「しあわせ〜」はわかるなあ。
って、驚いたのは、彩洋さん、あそこもお母様といらっしゃったのですね。
うちの母とは、ずいぶん多くの海外旅行を共にしましたが、さすがにカルナックに同行させることは言い出せなかった私です。
母の興味対象はモンサンミッシェル止まりでしたから。お母様と一緒にめぐって、お2人とも楽しいのは羨ましい!

そして、日本人が「異界と隣り合わせ」っていうのは本当にそうですよね。日本人って「無神論」「科学しか信じない」って言い張る人多いのですけれど、そういう人ですら「あっちに属する何かがその辺にいて当然」と無意識に行動していることがありますよね。それも古来のものだけでなく、どんどん新しい「異界の住人」があらわれているし。

スイスはですね。
たとえば大きなマスクをしている人がいて、その下に裂けてしまった口があるなんて想像したりしないんですよ。
あと、これは日本と違うなあと思ったんですけれど、我が家の近くに複数の飛び降りが起こった橋があるんですよ。で、日本だったらそういう所は「連れて行かれるから」的な話ができて、声ひそめて近寄らないようにするってベクトルになるじゃないですか。全然ならないんです。その橋の近くにレストランがあって、そこでみなで普通にのんびりしているんですよ。

で、誰も信じていない、あっけらかんとしたところでは、本当に「なにかがいそう」って感じがしなくなってしまうのですよね。
広場に大量の頭骸骨の見える納骨堂があっても、全然おどろおどろしくない。ましてや柳の下にはカモくらいしかいないわけです。

なのですけれど、日本に戻ると、速攻でやはり「異界が隣にある」という感覚になりますので、やはりこれって、不思議だなーと思います。個人的には、お稲荷さんやお地蔵さんが小径にあり、大きな岩にしめ縄のしてある世界のほうが、私は好きだなーって思います。ブリテン諸島でニマニマしてしまうのは、そういう面が大きいのだと思うんですよね。

コメントありがとうございました。
2020.07.09 23:15 | URL | #9yMhI49k [edit]

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