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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

心の黎明をめぐるあれこれ(8)今もいつも

本日は、クリストファー・ティンの『Calling All Dawns』というアルバムにちなんだエッセイ連作『心の黎明をめぐるあれこれ』の8作目です。

第8曲は『Hymn do Trójcy Świętej』使われている言語はポーランド語です。


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心の黎明をめぐるあれこれ
(8)今もいつも
 related to 'Hymn do Trójcy Świętej'


 何度かこのエッセイ集でも書いているが、私はカトリック信者の家庭で育った。カトリックのミサには、典礼と呼ばれる公式の祈祷文がある。「キリエ」や「サンクトゥス」といったよくクラッシック音楽のミサ曲の題名は、この典礼に基づく。

 典礼で三位一体に対する賛美歌および祈祷文は(カトリックでは)『栄唱』と呼ばれ、ミサや『ロザリオの祈り』といった祈祷時に唱えられる。私が日本で礼拝に行っていた頃は、次のような文語体だった。(訳は時おり変わる)

ラテン語
Gloria Patri, et Filio, et Spiritui Sancto.
Sicut erat in principio, et nunc, et semper, et in saecula saeculorum. Amen.

願わくは父と子と聖霊とに栄えあらんことを。
初めにありしごとく今もいつも世々にいたるまで、アーメン。



 今回、『Calling All Dawns』第8曲で使われている詩『Hymn do Trójcy Świętej』はポーランド語による『三位一体の讃歌』、つまり『栄唱』である。

 日本にいたとき、私はポーランドを含む世界各国の歴史や民族事情に鈍感だった。世界史は好きだったけれど、それは小説を読む感覚とあまり変わらなかった。もしくは、映画のあらすじと似た、つまり、現実にその歴史の延長線上に誰かが生きていることをほとんど考えていなかったと思う。

 ポーランドという国があるのはもちろん知っていたけれど、とても遠い国だった。

 首都はワルシャワ。ショパンと、キュリー夫人、それにヨハネ・パウロ2世の出身国。社会主義の国(当時)だから、ソビエト連邦の子分のようなもの。ひどく雑な理解だけれど、当時はインターネットはなかったし、私自身にも受験勉強の合間を縫い、わざわざこの国のことをもっと理解したいと思う熱意もがなかった。

 ヨーロッパの人々が、中国と日本を混同する程度に、私の東ヨーロッパに対する興味も薄かったのだ。そして、おそらく私の周りにいた同年代の多くが、その程度の理解だったのではないかと思う。

 現在、スイスの私の住む地域、車で10分くらい走ったところにある村には「ポーランドの小径」という地名がある。第2次世界大戦中ポーランド人の戦争捕虜たちが多く住んでいた場所なのだそうだ。彼らは、国を略奪された後、フランスに逃れ対ドイツの抵抗をしていたグループだそうで、フランスがドイツの侵攻を受けたときに、そのままドイツ軍に捕まるよりはマシだという判断で、スイスに入ってきて投降し捕虜となったらしい。

 捕虜なので、労働をさせられたり、居住の自由などはなかったが、少なくとも迫害されることもなく戦時中を過ごし、戦後にもそのまま村の娘と結婚して残った者もいたとのことだ。時おり出会うポーランド由来の苗字をもつ人が、この時にスイスに住みついた人の子孫である確率も高い。

 ポーランドは、スイスが「たどっていたかもしれない」歴史を歩んだ。どちらもヨーロッパの中央部にあり、周りの強国たちに何度も国を狙われた。ポーランドの方は、1度ならず分割され、1795年には国が消滅する憂き目に遭っている。その同じ近隣諸国は、ほぼ同じ時期にスイスにも触手を伸ばしていた。スイスは多くの血の代償を払い、独立を守り切ったが、1つ間違えばポーランドと同じような目に遭ったかもしれない。

 スイスに住んでから、非常によく感じるようになったのが、日本を取り巻く海の存在のことだ。いくつかの島をめぐる領有争いは別として、基本的に一般的日本人は国境線は守られて当然と思っているようだ。本州、北海道、九州、四国のあるあの地図上の姿が、万葉の時代から今まで変わらなかったのだから、これからも変わらないだろうという感覚だ。

 海という越えがたい垣根に守られて、日本は長らく大きな努力もせずに1つの国であり続けた。300年前に測量した地図と、現在の地図には測量技術の違い以外の大きな差異はない。(日本内部で複数の民族による支配・被支配はおこったけれど)

 ヨーロッパの歴史地図は、そうはいかない。国境線は常に動く。昨日の自国と外国が、明日も同じであるとは限らない。国境は、為政者を信頼していれば守られる揺るぎない壁ではない。

 ましてや、何度も祖国をケーキのように分割されてしまった歴史を持つ人々たちにとっての国境線は、戦い勝ち取ってようやく手にした冷酷な隣人との間に立てた垣根だ。

 だからポーランドの人びとが祈りで口にする「初めにありしごとく今もいつも世々にいたるまで」は、おそらく私のそれとは重みが違う。

 現在は、ポーランドもスイスも、その他のどのヨーロッパの国も、宗教はかつてほど大きな意味を持たなくなった。たとえば、洗礼を受けたのがカトリックかプロテスタントかということで、職業や結婚に差し障りが起こるというようなことはなくなった。ムスリムでも、無神論でもいいのだ。

 だが、ほんの50年ほど前まではそうではなかった。どの国の、どの地域がカトリックか、プロテスタントか、もしくはロシア正教かというようなことが、もしくは社会主義により信教が禁じられるというようなことが、人びとの生活や行動に大きく関わっていた。

 ポーランドは、社会主義時代にもカトリックの信仰が強く、国境の封鎖に関しても他の社会主義国とは違っていたようだ。たとえば東ドイツから西ドイツへ一般人が旅行することは不可能だった時代に、ポーランド人は国の許可があればスイスに海外旅行をすることが可能だった。

 体制と実際のあり方が矛盾していようと、彼らは周りの国に合わせることなかった。苦難の中にあったとき、信仰を保ち続け、彼らに苦難を強いる存在から開放されることを諦めなかった。

 旧約聖書の詩編30章に「夜はよもすがら泣きかなしんでも、朝と共に喜びが来る」という1節がある。旧約聖書を聖典としたユダヤ民族も、長い苦難の歴史を歩んだが、国がなくなり迫害を受けた年月に民族を1つに結びつけていたのは、やはり信仰だった。ポーランド人もユダヤ人も、再び国土を持ち、迫害されることがなくなった今、若い人たちの信仰離れが進んでいるというのは、時代の流れがあるにしても興味深い事実だと思う。

 そういえば、私自身が『栄唱』を唱えていたのは、ずいぶんと昔のことになった。子供の頃、父親が双極性障害にかかった。今から思えばそれは病であり、しかも父が亡くなるまでの有限の困難であったが、当時の私にとってそれは永遠に続く逃れようのない苦難だった。ある程度ものごとがわかるような年齢になってから、一時期まじめに教会に通いロザリオを繰っていた。聖母マリアの加護を祈る『ロザリオの祈り』には、最後の方に『栄唱』を唱える。

 スイスに来てから、たとえ教会に行っても典礼で使われている言葉はドイツ語になり、自ら『ロザリオの祈り』でもしない限り『栄唱』を唱えることはない。そして、私は、もう長らくその祈りを唱えていない。私は、自由になり、困難も過ぎ去ってしまったから。

 切実でなくなれば忙しさに紛れて忘れてしまう、なんとも自分勝手で適当な信仰だ。人間のありがちなさが を、自ら見事に体現しているといっていい。だが、それだけでなく、私の中で信仰に対する姿勢が変わったことも、この変化に影響しているだろう。

 既にこのエッセイ集で何度か書いているように、私の信仰は、カトリックの教義からかなり外れてしまっている。もっともその教義そのものも時代によって揺れる。たとえば有名な免罪符は、もちろん現在では誤りだったというのが公式見解だし、布教目的の戦争も現在でははっきりと否定されている。同性愛や妊娠中絶などをめぐっては見解が揺れている真っ最中だ。

 少なくとも「自分たちの信仰だけが絶対の正義で、他は全部間違い」という偏狭な理屈は、教会にもなくなってきている。

 私の育った日本には、元来、他の信仰に寛容な風土がある。神道と仏教を同時に祀るおおらかさだし、その上で教会に連れて行き「賛美歌を歌え」といわれれば抵抗なく歌う人が多いと思う。「我が家のご本尊とは違うけれど、来たからにはこちらのお寺でも手を合わせておこう」に近い感覚で。

 一神教の原理主義を奉じている人たちには、これらは許されざる大罪だろう。神は唯一で、他のものを信じるのは偶像崇拝なのだから。

 でも、カトリックでは、「父(神)」と「子(イエス・キリスト)」そして「精霊」と3つも存在を同時に崇めている。それが『三位一体』という教義だ。(さらに聖母マリアや聖人たちにも取り次ぎを願うという形式をとっているが、ほとんど信仰しているに近い態度で祈る人が多い)

 子供の頃に、カトリック系の小学校に通っていた。宗教の時間、『三位一体』についてシスターから受けた授業のことは、今でもよく憶えている。こんな内容だった。
「『三位一体』とは、マヨネーズのようなものです。成分は油と酢と卵ですが、マヨネーズになると切り離せない1つのものになるのです。私たちは3柱の神を信じているのではなく、唯一の神を信仰しているのです」

 小学校低学年に説明するため、こうなったのだとは思う。だが、『三つ子の魂百まで』のことわざの通り、私の中での『三位一体』はいまだにマヨネーズのイメージだ。

 ギリシャ神話に出てくるような人間くささ全開の神は別だが、私は世界にあるどの宗教で信じられている存在もが、同じ『神』のみせる別の一面なのだと捉えている。大日如来像に手を合わせるときも、出雲大社で手を合わせるときも、バチカンのサン・ピエトロ寺院の中で手を合わせているときと同じ存在に手を合わせているのだと。

 マヨネーズをわずかにとりだして、油をみつける者も、酢の成分を見いだす者も、もしくは卵を見いだす者もいるだろうが、それはとりだした側の認識違いにすぎず、そこにあるのはマヨネーズという1つの存在。子供の頃に受けた教えを勝手に解釈を広げて、私は、世界の宗教や神の存在をそんな風に説明している。

 それゆえ、人間の作ったどの建物に、どれだけの頻度で通うのか、そのことに対してはあまり重要性を見いださなくなっている。その建物に通いその時だけ祈祷文を唱えるよりも、すべての生活においてどんな心を持って『善く』生きているかの方が大切なのだと思う。しかも、世界が自分にとって都合の悪いときだけでなく、都合がよくて楽しいときにも、『善く』生きることが大切なのだと信じている。

 それを願いながら見上げる空は、日本で見たのと同じように青い。風もまた同じように心地よい。「初めにありしごとく今もいつも世々にいたるまで」……。

(初出:2020年8月 書き下ろし)

追記




Hymn Do Trojcy Swietej (feat. Frederica Von Stade)

【歌詞はこんな意味です】

聖なる三位一体への賛美歌

燃える太陽が昇る
聖三位一体よ、汝は分かちがたい一つのもの
われらが心の中にある永遠の光
思いもよらぬほどの愛を放つ

われらは朝に汝を崇め
夕に汝にひれ伏さん
われらを汝のもとに召したまえ
天の聖人たちとともに

願わくは父と子と聖霊とに栄えあらんことを。
初めにありしごとく今もいつも世々にいたるまで、
アーメン。

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Category : エッセイ・心の黎明をめぐるあれこれ
Tag : エッセイ

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

ポーランドですか。申し訳ないですけど、私はいまだに、ヨーロッパのどっかにあるショパンの生まれた国、くらいの認識ですね(雑っw) あとは、「連帯」とワレサ議長とか(古っw)
こうして紹介していただいて、いろいろと知ったわけですが、歴史的にはずいぶんひどい目に会ってますね。まあ名前のとおり、国土が平原ですから、軍馬も戦車も自由自在だったんでしょうし、国境もはっきりさせにくいし。
民族が国土という居場所を失ったときに、精神的な拠り所となったのが信仰だという視点は、とくにユダヤ人に顕著ですね。なるほど、ポーランドもそうでしたか。祈りの言葉ひとつにも、重みがちがうんですね。

そして、不謹慎ながらちょっと笑ったのが、三位一体マヨネーズ説。これ、すごい例えですね。ドレッシングだとすぐ分離しちってダメですからね。

さて、八少女夕さんの神の捉え方や信仰の件。よく煩悩ガーとかおっしゃってますけど、どうしてなかなか、達観されているというか、悟りの境地におられるというか……。私なんていまだに、神社仏閣神殿教会に求めるのは免罪符ですからね。しかもその時かぎりの。「悪い子です許して。でも守って」なんて虫のいいことを唱えている始末です。

今回も、いろんな気づきを与えてもらいました。次回も楽しみにしています。
2020.08.05 11:57 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

ああ、そういえば「連帯&ワレサ議長」もありましたけれど、実は当時、それがどんな意味を持つのかもよくわかっていなかった……なんて情けない人でした。

ポーランドとスイスの歴史の違いって、国民がどれだけ徹底して抵抗したか、だけのような感じがします。はっきりいって、周りはオオカミばかりって感じですよ。

ヨーロッパの信仰マップのようなものをみていくと「あ、ここ正教じゃないんだ」っていうように誤解していた国って結構あるんですよ。
ポーランドもその1つで、昔は「社会主義国=ロシアとお仲間=きっと正教」みたいに思っていたのですが、カトリックの国だったのですよね。そして、今でも「ロシア人嫌い」「ドイツ人嫌い」がかなり激しい民族のようです。彼らにとってはジャイアンみたいなものでしょうか。

三位一体マヨネーズ説は、ちょっとインパクトありますよね。
もちろんそんな説を聞いたのは、後にも先にもその時だけなんですけれど、他の説明は全然残っていなくても、それだけはいまだに鮮明だという……。

さて。信仰の件ですけれど。いやいやいや。煩悩まみれですとも。
でも、ほら、天国で使えるポイント制とか、地獄に行かないための準備とか、そういう風に考えていると煩悩に溺れたときの「ヤバい」感はすごくなると思うのですが、そうじゃないと思っているのでそういうことでは右往左往しないというのはあります。だからたとえば肉も食べるし。

個人的には「聖書の禁止事項には触れていないのでOK」とか、その反対とかだけで行動を決めるのはイヤなのですよね。
わかりやすく言うと、法律で禁止された麻薬は使わないけれど、まだ合法のものはOK、みたいなのはイヤなのです。
文言に細かくこだわるのではなくて、良心に照らし合わせて「善い」ことをすべきだと思うのですよね。
とはいえ、自分のやっていることは「正しい」と思い込むこともとても危険で、いつも立ち止まって振り返る必要があるなと思っています。
それに、怠惰の方は、なかなか克服しがたく……しばしば「しかたないよね、にんげんだもの」と逃げたりもしています。

次回はヘブライ語です。ひー。

コメントありがとうございました。
2020.08.05 23:25 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
いつも三位一体を説明しようとしてもうまく説明できずに終わります。だいたい位格って何?ですよね。違って見えるものが同じものだなんてなかなか説明できません。
「三位一体=マヨネーズ」は良い例えかもしれないですね。卵でもあり、油でもあり、酢でもあるマヨネーズ。

私は、昔特急電車の冷水器のところにあった紙コップを思い出します。(40年前です)上から見ると丸、横から見ると長方形、90度回すと三角形です。紙コップは丸でも四角でも三角でもあって、どれも本当です。

今は、人の接し方によって見え方が違うものだということなんだと考えています。
 天におられる御父、
 私たちに寄り添うイエス・キリスト
 心の中で静かに語りかける聖霊
一人一人の中におられ、すべての人を包み込む存在としての神であり、一人一人に寄り添い、すべての人の善を考えるというような、わたしたちにとっては矛盾しているとも思えることを成し遂げる存在をこのような形で表現することが精いっぱいということなんでしょう。

ラテン語の栄唱。いいですね。
ラテン語はさっぱりですが、なんとなくわかります。

参考までに、今、日本のミサで使っている栄唱です。
栄光は父と子と聖霊に
初めのように今もいつも世々に。アーメン

2020.08.07 11:04 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

わかるようで、わかりにくいことってありますよね。
「一人一人の中におられ、すべての人を包み込む存在としての神であり、一人一人に寄り添い、すべての人の善を考える」とおっしゃる存在は、有限な自分の存在を基準に考えると、矛盾していると感じてしまうものですが、それをこのような形で表現していると考えるとなるほどなと頷けます。

マヨネーズそのもののことはわかりますけれど、結局三位一体をわかっているのかというと、実はかなり心許ない私です。
よなたんさんの紙コップのたとえは、もしかしたらもっとわかりやすいのかもしれません。

ラテン語は、現在はヨーロッパでもほとんどミサで用いられなくなりましたが、例外は賛美歌ですね。とくにクリスマスの賛美歌はラテン語で歌われることが多く、実は、言葉のよくわからないどの国のミサにあずかっているときでも、ラテン語で歌ってくれるとついていけるので、そこだけ歌ったりします。

現在の栄唱、ありがとうございます。
そういえば、主の祈りも新しいものは唱えられない私です。今は、日本語の主の祈りは自分一人で唱えるときだけなので、昔習ったままです。

コメントありがとうございました。
2020.08.07 23:07 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
なかなか面白い記事だなあ。
私は小学生以外で世界史の勉強をしたことがないので、
ほとんど無知に近いですね。。。
特にヨーロッパ圏内はまったく知らないですね。
なので、かなり勉強になりました。
日本は近代時代になるまで、なかなか来れなかった経過がありますからね。
台風・大雨もあって、船で行くには厳しい。。。
その結果、国境線がほとんど守られている・・・という感覚はありますね。
2020.08.10 01:48 | URL | #- [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

記事というよりはエッセイですけれど……。

日本の世界史の授業は、たいていオリエント古代史から始めて近代史になると時間切れになってしまい、そもそもポーランドにまであまり言及しないですよね。したとしてもほんの数分くらいでおしまいではないかと……。
たぶんこの傾向は、ヨーロッパの人たちが日本について学ぶときも同じなのではないかと思います。遠いんですよね、結局。

日本は世界でも珍しく長いあいだ国境線がほとんど変わらなかった国ですけれど、まあ、自然に守られたというのが一番適当な言い方なのでしょうね。

コメントありがとうございました。
2020.08.10 19:32 | URL | #9yMhI49k [edit]

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