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Posted by 八少女 夕

【小説】Filigrana 金細工の心(3)出逢い

『Filigrana 金細工の心』の3回目です。

追記に動画を貼り付けておきましたが、今回主人公が弾いているベートーヴェンのピアノ曲『ロンド・ア・カプリッチョ ト長調』は奇妙な俗称がついています。『失われた小銭への怒り』と。これはベートーヴェン自身が付けたわけではないのですが、本来の題名よりもずっと有名になっています。そして、とても難曲なのだそうです。

少なくとも今回のシチュエーションで弾くような曲とは思えませんが、当の奏者はかなり皮肉っぽい性格。アントニアは「なぜこれをいま弾く」と心の中で突っ込んでいたに違いありません。



『Filigrana 金細工の心』を読む「Filigrana 金細工の心」をはじめから読む
あらすじと登場人物





Filigrana 金細工の心(3)出逢い

 ライサは追われ、必死で逃げていた。いつもの悪夢、血まみれの赤ん坊、そして、笑いながら彼女を犯す狂った金髪の男から。目が醒めて、暗闇の中に放り出された。彼女は、光と音を探した。それは夜で、彼女の求めるものはどこにもなかった。

 ピアノが聞こえなければ、彼女は安心できなかった。シンチアやルシアなど使用人たちもいなかった。ピアノの聞こえるところ、光の見えるところまで、彼女は逃げなくてはならなかった。彼女は、パニックに襲われ、ベッドから抜け出した。1度も出た事のない部屋から出て、階段を転げるようにして降りた。

 いくつかのドアを開けて周り、ようやく探しているものを見つけた。サロンの真ん中に、グランドピアノがあり、月光に浮かび上がっていた。彼女はそれに近づき蓋を開けて、めちゃくちゃに鍵盤を押した。みじめな不協和音が響くだけで、彼女を悪夢から救い出す、あの響きは創り出せなかった。

「こんな時間に、何をしている」
男の声がした。ライサが振り向くと、月の光の中に男が立っていた。明るい月の光に照らされて、柔らかく光沢のある髪が見えた。背の高いすっきりとした体格も。

 ライサは悲鳴を上げた。彼女が怖れている悪夢の男がここまで追いかけてきた。陽の光で見てもよく似ている2人を、暗闇の中で錯乱したライサが見分けられるはずはなかった。

「いや! やめて! 助けて!」
「私は、何もしない。落ち着きなさい」

 混乱したライサは、部屋の隅へと向かい泣き叫んだ。男の後ろから何人かの人々と共に飛び込んできた女性が側に駆け寄った。
「ライサ!」

 アントニアだった。現実の世界にいるはずの、彼女に安全を約束してくれる女性。ライサは、彼女に抱きついて泣き叫んだ。
「いや! 助けて! ピアノが聞こえない! ピアノが!」

 アントニアは、男に向かって叫んだ。
「叔父さま、何かを弾いてちょうだい」
「なんだって?」
「何でもいいから、弾いて! お願い!」

 彼は憮然とすると、ライサが倒した椅子を起こして座り、月の光の中で弾きだした。ベートーヴェンのピアノ曲『ロンド・ア・カプリッチョ ト長調』だ。このシチュエーションには唐突な、明るく軽快な曲だが、俗に『失われた小銭への怒り』と呼ばれているので、夜中にたたき起された上に野獣扱いをされた事への抗議も含まれているのかもしれないとアントニアは思った。

 アントニアの腕の中で、ライサは自分の耳を疑った。流れるようなトリル。力強く自信に満ちた連打。目の前で演奏されているのは、まさに彼女の望んでいた響きだった。ピアノの弾き手、ライサをいつも安全な現実の世界へ連れて行ってくれていた人物は、アントニアではなかった。この男だったのだ。

 やがて、それが誰だかわかった。彼女にトラウマを与えたインファンテ324ではなく、その叔父のインファンテ322、アントニアとともにこの館に住んでいる、もう一人の「メウ・セニョール」なのだと。


追記



Beethoven - Rondo 'Die wut  über den verlorenen groschen'
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Category : 小説・Filigrana 金細工の心
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

ほうほう、なるほど。この展開で、サブタイトルが「出逢い」ですか。
ライサは美人で誰かさん似らしいし、22は性格は捻くれているのでしょうけど、24から受けたトラウマから救ってくれた(る)恩人だし。こりゃ、一波乱、ありそうですね。
アントニアのとっさの判断は見事ですが、22も頼まれたからってピアノ弾いてあげるんですね。可愛い姪の「叔父さま~」にほだされた……は、ないか(笑)

それにしても、『失われた小銭への怒り』って、よくこんな副題つけたよなぁ。ベートーベン先生、髪振り乱して怒っていそう。
2020.08.26 08:50 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

そうなんです。これが22とライサの出逢いになります。22は若干ムッとしています。

この話、いちおうヒロインはアントニアとなっていますが、実質アントニアとライサのダブルヒロイン制のようなものでして。

ライサは(偶然)マヌエラに似ていて、一方で、22と24も(偶然というか隔世遺伝で)似た容姿を持っているので、単に同じ屋根の下にいるだけなのですが、波乱は……ありますね。

アントニアは、ライサの悪夢からの覚醒とピアノの関係を分かっているので、「弾いてもらうしかない」とすぐに分かったのですが、モラエスをはじめとする他の人たちは何が何だか分かっていません。

22は、例によって一族を無視しまくっているのですが、アントニアとだけは特別な関係を築いています。まあ、このストーリーはその話なんですけれど。なので、アントニアが切羽詰まって頼んだので、つべこべいわずに弾いてくれたようです。

> それにしても、『失われた小銭への怒り』って、よくこんな副題つけたよなぁ。ベートーベン先生、髪振り乱して怒っていそう。

なぜこんな俗称がついたのか分からないのですけれど、ベートーヴェンの部屋はぐちゃぐちゃで、よく小銭をなくして怒っていたというエピソードもあるとかないとか。本当かな。あの髪型だからそんなイメージになるのかも。Wutって普通の「怒り(Ärger)」よりも「憤怒」とか「激おこ」とか、そういう感じの言葉なんですよ。そもそも小銭をなくしたぐらいでなんでやと、思いません?

コメントありがとうございました。
2020.08.26 20:56 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
「出逢い」というタイトルでライサと22が初対面ということは、この2人の関係性も物語の中では重要な位置をしめてくるのでしょうか。

ライサのダメージはまだまだ癒えていませんね。
隙さえあれば混乱しているようです。
でもここでばったりと出会ってしまった22はちょっと運が悪かった。
いったい何事かと驚いた上に何か弾かされてるし。
アントニアに「叔父さま」と言われたら、いかにひねくれた22でも言うことを聞いてしまうかなぁ。憮然としながらも弾いていますからね。
でも、基本的に悪役はできない人だと思うんですよ。混乱したライサにかけた言葉にそれが表れているような気がします。

弾いた曲はまぁ置いておくとして、どんな曲でもそのタッチは伝わるんですね。奥に隠された人柄も伝わっていたのかも。ライサは追い詰められ、必死にそのピアノにすがっていたんだろうなぁ。

ちょっと時系列があやふやになっているのですが、ライサ、船旅はもう済ませているのですね?
2020.08.27 11:57 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんにちは。

そうです。実は、ライサはダブルヒロインの片方、というくらい重要な立場でして、ここでこの2人が逢ったことで、既に充分にこみ入っていた人間関係がもっと複雑になってしまった……というのが今回のストーリーの根幹です。

このストーリー、時系列がバンバン前後しているのでわかりにくいかと思いますが、「(2)悪夢」の冒頭部分だけがプロローグと同じで、そこで彼女がしている回想がしばらく続いています。

時系列で並べるとこういう感じになります。
-ライサが『ドラガォンの館』に勤め出す
-1年も経たず、24の申し出を受けて居住区に閉じ込められる。虐待が起こる。
-数ヶ月後、流産をきっかけに救出され『ボアヴィスタ通りの館』預かりになる
-さらに数ヶ月後、現実が認識できるようになる ← 今ここ
-この間に、マイアが『ドラガォンの館』に勤め出す (『Infante 323 黄金の枷 』の始まり)
-数ヶ月後、腕輪を外されて、家に帰る。船旅。
-マイア、宣告を受ける (『Infante 323 黄金の枷 』の終わり)
-ドン・アルフォンソが亡くなり、23が当主になる(『Filigrana 金細工の心』始まり)
-ライサ、実家で目覚め、過去を回想(「(2)悪夢」)
-その頃、22とアントニアは……(『Filigrana 金細工の心』のメイン)
-マヌエル・ロドリゲスがクリスティーナと、Pの街に帰ってくる

さて、22は素直ではないし、ひねくれていますが、悪い人ではありません。
それに、24のしたこと、それによってライサが精神的に痛手を受けており、そのためにこの館にいることも知っています。
それに、音楽を弾くこと自体は好きで、それがライサの治療に役立っていることはじつはちょっと誇らしいのです。
なのに野獣扱いされたので、ちょっぴりムッとしてこういう選曲になったみたいです。
アントニアに「叔父様v-343」といわれたぐらいでは、動かないだろうなあ。アントニアに対しては、ちょっとイケズだしなあ。昔ほどではないですけれどねぇ。

コメントありがとうございました。
2020.08.27 16:29 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
丁寧な解説ありがとうございます。
モヤモヤがスッと晴れました。
回想部分が上手く認識できず混乱していたようです。
改めて読んでみたらちゃんと書いてあるのに、勝手に早とちりしてストーリーを読み込めず混乱していました。
悪い癖です。お手数をおかけしてすみませんでした。

え?
> アントニアに「叔父様v-343」といわれたぐらいでは、動かないだろうなあ。
> アントニアに対しては、ちょっとイケズだしなあ。
アントニアに「叔父様❤」と言われたらやっぱり心が動くと思いますよ。
いくらイケズでも・・・。
2020.08.28 14:37 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

いやー、自分は当然わかって書いていますけれど、改めて読んでみたら、これめっちゃわかりにくいですよ。すみません。
しかも、三部作ごとに行ったり来たりして、もっとぐちゃぐちゃに。orz

それと、なんかしっかり同居(?)もしているし、ふつーに話しているので、端からみればまるで普通の叔父と姪みたいに見えると思いますが、そもそも22は、カルルシュとマヌエラの子供なんぞと憎々しく睨みつけていたんですからねぇ。23なんかビビって2度と近づかなかったぐらいですし。しかし、アントニアはへこたれず……。時々めちゃくちゃしつこい子供が出てくるのは、この家系の血筋なのかも……。

普段なら「お前に命令される筋合いはない」ぐらいは言い放つでしょうが、とはいえ、この緊急事態でアントニアに皮肉で応酬している場合ではないと、その辺の空気は読めるようです。

再コメント、ありがとうございました!
2020.08.28 22:06 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
やっと怒濤の夏休みが終わって、今週からは少しマシな時間に帰宅できるはずと期待しつつ、やっとコメに来ました(^^)/ 前の週の分にコメントを書き損なったので、こちらにまとめてで済みません(>_<) 
前回は、思った以上に壊れていた24にびびったけれど(びびってコメントが遅れたわけではないけれど、ちょっとそれに近いものがあったかも)、これはまぁ、23も焦って宣告するわな、と思いました。

実は、24に関しては、いささか同情的な部分もあるのかと思っていたのですけれど、これは遺伝的な問題なのか(少なくとも、ここまで時代が進んだら、いくら何でも血が濃いレベルの問題はクリアされていそうな気もするし。秘伝のソース理論でいくと。それ言い出したら、根本的な問題に触れそうですけれどね)、それとも環境的な問題なのか、あれこれ考えましたが、まぁ、こんな人も出てくるかも知れない構図ですものね。マヌエラもカルルシュも、気が気ではなかったでしょうね。これ、もしかして、万が一に23に何かあったら(マイアがご懐妊する前に)、こういう人でもやっぱり目的さえ達するならアルフォンソになるのかしら? と妙なところで考えたりしたのでした。
でもまぁ、うちにもちょっと情けない暴力男がいるので(対象が限定されているけれど)、人にはみんな悪魔が住んでいるのかも。

で、22はひねくれてはいても、精神的には病んでいるわけでなさそうなので、皮肉っぽくても底知れない悪意はなさそうな気はしてますが、とは言え、カルルシュとマヌエラへの恨みつらみは根深そうだし、でも、やってくるアントニアを徹底的に拒むわけでもなさそうだし、ある意味新手のグルグル系?とか思ったり。打ち解けて何かも許して大団円なんて経過は全く期待できないけれど、自分よりも痛手を被ったと思われる人をむげには出来ない人であることは確かなようで。

「失われた小銭への怒り」という副題は、ベートーヴェンがつけたわけでは無いみたいです。そもそもこの曲は、全部をルードヴィヒ先生(最近は私にとって「先生」状態。化けて出られないように気にしながら練習しています。いや、最近、化けて出そうなのはフレデリック先生かも)が作ったのではないようで(左手部分はほとんど後から別の人が書いたらしいとも)、後で加筆した人がこの副題をつけたらしい。小銭を落としたら転がっていってつかまえられないという場面を描いたように思えたんでしょうか。当時は石畳みだったなら、隙間に嵌まって取れないような気がするけど。
実は全音ピースでは難易度C(真ん中へん)なんですよ。でも、曲のイメージを際立たせるように思い切り速く弾こうとしたら、相当難しいし、何よりも長いからインテンポで突っ走ったらかなりしんどい曲だと思います。22はきっとむっちゃ速く弾いたと思うし(^^;) 

サキさんコメントのお返事の時系列解説も役に立ちます。
アントニアとライサがダブルヒロインというのも納得。
2020.08.30 13:16 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
貴重なお休み時間に、こちらにもありがとうございます。

24、予想を超えた壊れっぷりだったでしょうか。
そうなんです。あの人、責任を問えないくらい壊れちゃっているんです。
23は、それを分かっていたし、もし先に宣告されてしまったら誰にも止められないので、それ以外の選択がなかったのです。
もちろん親世代にあったことをよくわかっているので、どんなに好きでも宣告だけはしてはいけないというのが、アルフォンソや23の考え方だったのですけれど、それをせざるを得なくなり、それで宣告した晩に1人で項垂れていたのでした。

24が壊れた原因は遺伝ではないですね。環境だろうなあ。
閉じ込められたインファンテが、どんな風に適応していくかというのは、この設定を考えたときになんども考えました。
この3部作には、合計4人のインファンテが登場します。
カルルシュの父親の21は、欲望に忠実にわがままを言いまくり、みんなに嫌われていたタイプです。宣告しまくりで、相手に嫌われ、1年過ぎたら全ての女性に去られています。(去る権利は女の方にある)
23は、もともとの自己否定をこじらせていましたが、音楽と靴づくりで自尊心を保ち、いつか友だち(マイア)に再会できるかもと思うことでちゃんとした自分を保ちました。
22は、23と同じく音楽と『バルセロスの雄鶏』彩色への誇り、それにもともとのスペックの高さで自尊心を保ち、加えてマヌエラ宣告後は怒り恨みがしばらく彼の原動力でした。このストーリーで語られるとある存在によってそれは変わっていくのですけれど。

で、24です。この人は、22に(隔世遺伝の悪戯で)似ていたため、罪悪感をもっていたカルルシュに贔屓されて育てられました。23が自分に酷似していたので、カルルシュは無意識に23に厳しく、24に甘く当たっていたわけです。そのため、24は自分が特別な存在だと思い込むようになってしまったわけです。23が閉じ込められてから、24自身に第2次性徴があらわれるまでの2年間、彼は檻の中の23を見下していたのですが、結局自分がその立場に置かれたことに精神が持たなかったのですね。そこからおかしな妄想で自分を保つようになります。それがこの人の病理の根幹です。

ちなみに今でもそうですが、23が死ねば24がドン・アルフォンソになります。下の代に男子が生まれればそちらに移ります。

24によって男子が生まれていれば、その子が当主になり23が当主になることはなかったのですが、24の子供はひとりは女性の自殺により、もうひとりはライサの流産により亡くなっています。それを24は、自分が外に出たいがために23がやったと思い込んで恨んでいます。24は、自分がその立場ならそういうことをすることも厭わない人なので、23がそういうことはしないこと、それに物理的に不可能であることを理解できないのですね。23はライサの助けを求める声に最初に氣がついてアントニアに相談したので、流産の時にアントニアが素早く彼女を連れ出したのですが、24にとっては「23とアントニアが自分を陥れ、ライサを奪った」と脳内変換されています。

22はですね。
わたしが主役に据えるのだから、すっぱり系のわけはないですよね(笑)
ただ、この人について(24みたいに)ここで語りまくると、後ほどの読む楽しみが減るので、こちらは作品で。
なんか、このライサに特化した章、どの辺りに入れるのか迷ったあげくに最初に持ってきたので、主人公とヒロインのまともな登場が後ろにずれています、すみません。

そして「失われた小銭への怒り」。本人が付けたわけではないことは知っていたのですけれど、加筆者がつけたことは知りませんでした。っていうか、どこからこんなシュールな題名を考えついたんだろう?

そして難易度はCなのですね。そのくらいの方がいいです。22、慎一たちと違って世界レベルのプロ奏者ってわけではないですし。時間はたっぷりあるし、性格はしつこいので、プロ並みに上手いという設定です。アントニアは、しつこい人に教えを受けているので、そこそこの素人……ってことで。

さて、時系列問題、私自身、年表をつくって管理しているのですけれど、時おり見返す必要が出てきます。22やマヌエラが絡むと昔のこともいろいろと考慮しないといけなくなり……。無茶苦茶複雑ですみません。

しばらく「ライサがヒロインだったっけ?」状態が続きますが、もうしばらくお付き合いくださいませ。

コメントありがとうございました。
2020.08.30 14:38 | URL | #9yMhI49k [edit]

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