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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】Filigrana 金細工の心(4)時間

『Filigrana 金細工の心』の4回目です。

まだ「(2)悪夢」で始まったライサの回想シーンが続いています。前回の更新へいただいたコメントで氣がついたのですが、このストーリー時間軸がやたらと前後するので混乱しますよね。これは、前作『Infante 323 黄金の枷 』でマイアが《ドラガォンの館》にやってくるよりもわずかに前くらいの時点です。妹マリアは1年近く連絡の取れないライサを心配し、代わりにマイアが勤めて素人探偵をしようとしたのが、あの話の導入でした。こんなことになっていたというわけです。



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あらすじと登場人物





Filigrana 金細工の心(4)時間

 理性と心は、同じ車につけられた両輪であったが、時にちぐはぐな動きをする。彼女を悪夢から救い出す、光であり命綱である響きを生み出す、彼女にとっては神からの使いにも等しい存在である人は、彼女の悪夢の源に似た姿形を持っていた。彼女は響きに近づきたかったが、全身がそれを拒んだ。すらりとした長身、明るい茶色の髪、森の奥の泉を思わせる青い瞳を、ライサは心底怖れた。

 彼は、容姿が似ているだけで、24とは明らかに違う人間だった。ずっと歳をとっていることだけではなかった。24のように自らの容姿のことに頓着しなかった。品のいいものを身につけていたが、最新流行の服を無制限に買わせることはなかったし、鏡の前で長時間過ごすこともなかった。芝居がかった動きも見せなかったし、何が言いたいのかさっぱりわからぬ詩を延々と朗読することもなかった。

 ムラのある性格の24と違って、几帳面で毎日のスケジュールは機械仕掛けのように正確だった。ライサは彼のピアノかヴァイオリンの響きで目を覚ました。朝食の後、彼は作業室と呼ばれる南の部屋で民芸品『バルセロスの雄鶏』に彩色する。昼食後は、音楽を聴くか、読書をするか、もしくはピアノかヴァイオリンを練習していた。

 24のように、甘い言葉で話しかけてくることもなかった。それどころか、ライサに近づこうともしなかった。初めて彼の姿を見た、あの深夜の翌朝、アントニアが彼女の手をとって、はじめて朝食の席に伴ったその時だけ、彼は大きな感情の変化を見せた。息を飲み、それからわずかに震えたように思った。けれど、それから彼は、大きく息をしてから何でもなかったかのように押し黙り、食事に集中した。

 近づこうとしたのは、ライサの方だった。アントニアが外出し、使用人たちも忙しく側にいない時、居間から聴こえてくるピアノの音色に惹かれて、何度も階段を降りた。それから、半分開かれているドアにもたれて、音色に耳を傾けた。音色は心に染み入ってきた。皮膚を通して、彼女の中へと入り込み、内側から光で満たした。彼女の中に巣食う穢れてただれた赤黒い細胞は、その光を注がれて透き通っていった。

 彼女は、ここにいて、この音に満たされていれば安心なのだと感じた。生まれたばかりの雛が、最初に目にした存在を親と信じて無条件についていくように、ライサの心は、光を求めて彼の奏でる音色を追った。その音に導かれてライサは目覚め、午後は希望に満ちて空を飛び、そして夕べの憩いを得た。

 それなのに、食事のたびに、彼の前に出ると身がすくむようだった。彼女を苦しめた男とは明らかに違う人なのに、その姿を見ると体中が凍り付く。青い瞳が向けられると、手が震えてカトラリーを何度も取り落とした。

「心配しないで。あなたは、こちらに戻ってきつつあるのよ」
アントニアが、そんなライサに優しく言った。

「あなたは、叔父さまのことを怖れないようになるわ。もう頭では理解しているでしょう、叔父さまは信用のできる素晴らしい人だと。あなたの意志とは無関係に反応してしまう体が、あなたのその考えに同意できるようになるまで、もう少しかかるかもしれない。でも、きっと時間の問題よ。あなたもそう思うでしょう?」

「ミニャ・セニョーラ。セニョールは、私の態度を不快に思っていらっしゃるんじゃないでしょうか。私、別室で食事しても……」
「だめよ。ライサ。これは、あなたの治療の一環なの。あなたを夢の世界に戻すわけには行かないの。わかるでしょう。叔父さまにはちゃんと伝えてあるから大丈夫よ」

 ライサは混乱していた。彼女にとって何よりも大切な存在、彼女の安全を約束してくれるその人には、どうしても嫌われたくなかった。不快にもさせたくなかった。尊敬し、感謝していることを伝えたかった。けれど、恐怖はいまだに彼女を支配していて、悪夢もまだ彼女を襲い続けていた。彼女が1度は愛し、共に幸せになれると信じた男が、豹変して彼女を襲った時の、それから、幾度となく恐怖に悶えて助けを求め続けた苦しみは彼女を縛り続けていた。

 彼女は、居間に続くドアにもたれかかり、ピアノの音色に耳を傾けながら、もっとこの音に近づきたいという強い願いと、恐ろしい悪魔の側からすぐにでも逃げだしたい衝動に引き裂かれながら震えていた。

 ゆっくりと両手を止めて、最後の和音の響きが消えるまでたっぷり5秒は使った後で、彼ははじめてライサに話しかけた。
「聴きたいのならば、入ってきなさい」

 その声は、不思議な力に満ちていた。美辞麗句を重ねに重ねた、24の空虚な言葉遣いと違い、装飾も何もないまっすぐな言葉だった。そして、それは命令形だった。ライサは『セニョール』の、彼女の主人であるインファンテの権能ある言葉に、逆らうことはできなかった。震えながらドアを押して中に入り、背を向けたドアにへばりつくように立って、彼を見た。

 青い瞳が、静かに怯えているライサを捉えた。彼はため息を1つつくと、鍵盤に目を戻し、ゆっくりとショパンを弾いた。

 それが、何度も繰り返されるうちに、彼女は、居間に入っていけるようになった。ライサの体を支配している頑固な恐怖もまた、この居間で音楽を奏でる男は、近づいても来なければ、彼女に危害を加えたりもしないことを渋々と認めて、彼女を自由にしだした。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

なんだか22はかっこいいですね。
ライサに対して一瞬だけ見せた屈託と、それからの言動なんてもう、痺れますわ。内心、穏やかじゃないだろうに、淡々とそして勤勉に日々を過ごす。紳士だし、大人だし、まあ24と比較しちゃいけませんな。とはいえ、性格は捻くれているんですよね。この人がライサやアントニアに、どんなふうに接していくのか、興味が湧いてきました。
ライサは徐々に回復していますね。良かった。トラウマが治まるまでにはまだ時間が必要でしょうけど、このままいけば大丈夫そうですね。
しかし、マヌエラに似た美女で問題を抱えたライサがひとつ屋根の下にいて、少しづつ接近してくるという状況、三すくみというか三角関係の予感もします。
次話が楽しみです。
2020.09.16 07:09 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
少し余談になりますが。
全く今では役に立っていないのですが、
小学生の頃はピアノをやっていたんですよね。
(本当に現在の生活に役に立ってもいない)
他の人のピアノの練習とか聴くのは好きだった記憶が蘇りました。
2020.09.16 07:51 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

24が上っ面の格好つけだとしたら、22は 内面の格好つけかもしれません。やせ我慢といった方がいいのかしら。
(表向きは)憎んでいる(ということになっている)マヌエラそっくりの若い娘をみて動揺したなんて、自分で許せない……みたいな。
それに、ここは一緒に居た時期を懐かしむライサ視点なので、さらに美化されている可能性大です。

性格は皮肉屋でこだわりが強く、さらにいうと、しつこいです。24のような病的なものではありませんが、まあ、23並みにはしつこいです。
もういい加減にあきらめなよって、意味で。こういう性格なので、楽器の習得には非常に向いています。

ライサの方は、ゆっくりとですが回復しています。大体この辺りに、《ドラガォンの館》では某素人探偵が嗅ぎまわって、23をヒヤヒヤさせていました。アントニアが23に逐一報告をしていた(マイアはアントニアと逢い引きしていると思い込んでいた)ので。23はライサの状態をしっていたのですが、マイアには「いまはもう少し待ってほしい」と告げていました。

ええ、そして、TOM−Fさんがおっしゃる通り、この状況で何事もなく回復してさようなら……ってことはありませんよ(笑)
まさに「三すくみ」(笑)22が蛇で、ライサがナメクジだな、きっと。

コメントありがとうございました。
2020.09.16 21:38 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

音楽家や、教育者にならない限り、仕事でピアノを使うことはまずないですよね。
でも、音楽は生涯、人生を豊かにしてくれるので
きっと習ったことも人生の役には立っていますよね。

コメントありがとうございました。
2020.09.16 21:48 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
あ~、そうか。この辺りの時間軸でマイアのお話を重ねると、いかにマイアがまぁお花畑状態だったかが分かりますね。マイアなりには悩みはあったわけですが、気がついていない幸運というのか。最近の流行でいうと、鈍感力、といいますか、生き抜くためにはある意味必要な能力ですが。
そうそう、そう言えば、マイアはライサのことを調べてたんでしたね。なんか、毎回夕さんが時々その事を思い出させてくださるけれど、普段はお花畑物語としての記憶しか残っていない(^^;)

そして、ドラガォンの本筋?の血脈側は置かれた環境もあるのでしょうけれど、敏感な要素を持ってしまっていて、それが結果的に病的な方向へいっちゃったり、臆病になったり、裏を返してしつこさになったりとかなんでしょうね。
22は興味深い人物で、今はなんかいい人っぽく見えていますが、これは多分にアントニアの視点からという要素が働いているんでしょうか。
まぁ、魅力的な音楽は七難を隠す、とか言わなかったっけ?(あ、色が白いの、だったか(^^;)) 某でっかいイタリアのテノール歌手とか、世界各国に現地妻がいる某指揮者とか、まぁ、難ありありの音楽家はいっぱい居ますが、音楽ですべてをねじ伏せてしまうんですからね……プロ・アマ、天才・素人関係なく、その一時だけは癒やしになる。けど、現実はやっぱりそんなには甘くない……ですね。夕さんの「そうは問屋が…」がまだ炸裂するのかなぁ。
まだ序章ですものね。展開お待ちしております。
2020.09.18 16:55 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

そうなんですよ。マイアの方は、この同じような時期に、23とルンルンとサンドイッチ食べたりしていましたよね。
で、23やアントニアはもちろん、メネゼスやマヌエラやジョアナなども、みな何があって現在ライサはどこでどういう状態か知っていたわけです。アマリアやミゲルといった下々は、詳しい情報は知りませんが、ライサが24にひどいことをされて追い詰められたぐらいは知っているわけです。その緊張感のなか、マイアとライサが助け出された後から入ったマティルダだけは何も知らずにいた、ということですね。

鈍感力は、私は立派な人生の武器だと思いますね。あまり繊細だと人生は生きにくいです。

さて、前回の24のことがあってか、みなさん、22の人格に懐疑的のようですが、この人は、現在みなさんに見えているほぼそのままの人です。どんでん返しみたいな開示はありませんのでご安心ください(笑)ライサにとっては、精神的な恩人であるために若干バイアスがかかって、崇拝ぎみですが、有り余る才能をすべて無駄にしたまま30年間引きこもっていた、しつこいおじさん、というとらえ方でいいと思います。(下の代になってしまったから)ドラガォンの中枢に関わることはもうないので、帝王教育もなくなり、民芸品の彩色と趣味の音楽だけで生きている穀潰しですかね。他に何も許されていないからですけれど。

当主になり、好きな人とも人生を共にできて、人生に存在意義を見いだせた23はインファンテの中では特殊な立場ですけれど、それ以外の人たちは快楽とわがままに走ったり(カルルシュの父親のパターン)、壊れてしまったり(24のパターン)、もしくはやせ我慢をしつつも何らかの方法で自尊心を保っていかなくてはならない(22はこのパターン)のですが、今回のストーリーはそうやって意固地に生きてきた彼の「運命との和解」をテーマに書いています。

やせ我慢タイプなので、カルルシュの父親21とは極端に反対側の生き方をしています。つまりこの方、童○です。普通の人なら、さすがにそういうこともないでしょうけれど、なんせ誰かに手を出すとなると、当主のお墨付きがいるんですよ。で、あの事件以来、実の父親も含めてどの当主とも口もきかなかったわけですから、お伺いを立てるなんて論外だったわけです。で、ドラガォンとしてはようするに役立たずな存在なんですけれど、でも、システムの決まりとしては贅沢な王子様ライフを保証しなくちゃいけない……そういう裏話があります。

で、そういう環境にある人が、自分に許された唯一の存在意義として、音楽に全身全霊を込めちゃっているわけです。もちろん演奏会なんてありえませんので、壮大な無駄遣いですけれど。

もっとも、のちほどわかってきますけれど、アントニアもやはりこの人の血筋でして……その辺でお花畑脳の誰かさんのストーリーとはちょっと違う感じになると思います。ドン引きされないといいんですが……。

コメントありがとうございました。
2020.09.18 21:22 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
22と24の性格がまったく違っていることはわかっていましたが、本当にそうなんですね。
ライサが22を描写する印象からもそのことは伝わってきます。
マヌエラへの誠実な接し方やこれまでの展開から推察しても、きっとこのままの人なんだろうなぁと思っています。
ただ、自分なりに良かれと思って考え実行したすべての出口を塞がれ、叩きつぶされ、やむを得ず自分を強力な殻の中に閉じこめてしまったんですよね。そうしないと壊れてしまうくらい酷い仕打ちを受けていますもの・・・。
ライサが22に惹かれるのは、22の奏でる音から彼のそういう面を感じているからなのでしょう。でも、まだ本能の方は受け入れていないようだけど・・・。
「聴きたいのならば、入ってきなさい」って、格好いいなぁ。
あんなに壊れてしまってはなかなか元には戻らないんでしょうけれど、ライサの速い回復を願っています。
あ、この後ブラックカードで船旅でしたっけ?こんな目には遭いたくないですけど、ブラックカードと船旅には憧れるなぁ。いいなあ。
そしてダブルヒロインの扱い方、参考にさせていただこうっと。
2020.09.20 04:00 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

24の時の開示が印象深いせいか、みなさんめっちゃ警戒されていたようですが、私としてはすでに『Usurpador 簒奪者』でネタあかししたつもりでいたので、この反応はかえって意外でした。22が、もともとどういう人で、さらにどうしてむくれて引きこもっていたかなどは、前作で開示したままで、そのまま30年経ってしまった(正確には20年前からかなり改善してきている)状態ですね。

22にしてみたら、音楽しかなかったんですよね。たとえどれほど憤っても、ドラガォンのシステムは父親と、その後を継いだカルルシュ、そしてアルフォンソを中心にまわっているので、誰ひとり彼の味方についてくれることはなく、ずっと格子の向こう、ひとりでいるしかなかったわけですから。で、意地っ張りで表に出せない彼のすべての感情表現が、音楽に乗せて表に出ているわけなのですね。

ライサが、彼とその音に惹かれたのは、そもそもは「ちょうど悪夢から覚めるときにはいつも聞こえていた」という条件反射的なものだったでしょうが、それをきっかけに固執して聴いているうちに、彼のその感情表現に共感したからでもあると思います。サキさんのおっしゃる通り。

ライサは、『(2)悪夢』であったように、悪夢で目覚めても、それが夢だと認識できてパニックを起こさずに済む程度まで回復した時点で、新しい誓約と共に解放されて家に戻りました。つまり、健康問題では完全とはいかないまでも、かなり大丈夫になったということですね。船旅のことは、後ほど出てきます。この旅も、実はライサにはターニングポイントになったのですね。

ダブルヒロインの扱い……ですか。参考になるかなあ。私、サキさんのようにヒロインに優しくないしなあ。あ、主人公にもあまり優しくないかも(笑)

コメントありがとうございました。
2020.09.20 19:06 | URL | #9yMhI49k [edit]

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