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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】Filigrana 金細工の心(6)インファンテ -1-

『Filigrana 金細工の心』の6回目の前半です。前回まで、第1作『Infante 323 黄金の枷 』ヒロイン視点のプロローグ、長いライサ・モタの回想シーンと、主人公以外の人間の視点で綴られてきましたが、ようやく本人視点が登場します。

第2作『Usurpador 簒奪者』では、22視点の話は出てこなかったと思うのですが、外から見た彼の「できすぎ」っぷりに胡散臭いと感じられた読者が多かったように思います。この章では、「できすぎの坊ちゃん」として振る舞っていた彼が、激怒の末に引きこもりになってしまった過程が、綴られています。この章は、実はもっと後に置いてあったのですが、別に秘密にするようなことでもないので、先に持ってくることにしました。次週との2回にわけています。



『Filigrana 金細工の心』を読む「Filigrana 金細工の心」をはじめから読む
あらすじと登場人物





Filigrana 金細工の心(6)インファンテ -1-

 彼が初めて自らの進む道、つまりインファンテであることについてはっきりと意識したのは、12歳のある午後だった。まだ、彼と同い年の兄であるカルルシュとの間には大きな待遇の差はなかった。学ぶ時も食事をする時も、いつも一緒であり、彼にとってそれは当然のことだった。彼はドイスと呼ばれ、それが個人名とは違う番号の一部でしかないことを意識することはなかった。

 午餐や晩餐できちんと身支度して、両親、カルルシュと共に、食堂の立派なテーブルの前に座る時、わざわざ呼び出されてから現れて着席する者たちの存在も、特に自分の運命と関連付けて考えることはなかった。

 屋敷の中には、鉄格子で締め切られた居住区があり、そこにある男と、そして多くの場合、女が1人ともに住んでいた。女は1年経つといなくなり、またしばらく経つと別の女が同じ立場になる。会話をすることもなく、その場で食事をし、食後には召使いたちに付き添われて、また鉄格子の向こうへと戻っていった。

 その男は、たいてい席に着く前からもう酔っており、だらしない姿勢で椅子にもたれかかりながら杯を掲げて満たすように要求した。厳格な彼の両親は、男をほぼ無視して食事を進めた。その異質な男こそが、インファンテ321、つまり、当主ドン・ペドロのスペアとしてこの世に生を受けた男だった。

 その男と、選ばれてしかたなく居住区で暮らすことになった女とは、正餐に呼び出されても出てこないことがあった。2階の格子戸を開けて、召使いたちが正餐の時間だと呼び出すと、男は3階の寝室からろれつの回らない大声で「いま、いいところだからよ」と叫び、下品な笑い声を響かせた。その報告を耳にすると、ドン・ペドロは顔色も変えずに、ソアレスに目で指示を与え、執事は2人抜きで給仕をはじめた。正餐を食べ損ねた2人には、後ほど食事が運ばれることになっていた。

 その男こそが、カルルシュの本当の父親だと、いつだったか彼の母親ドンナ・ルシアが口走ったことがある。するとドン・ペドロは、厳しい目つきだけで妻をたしなめた。

 彼は、だらしなく粗暴なその男に、嫌悪感を持っていた。そして、男からも好意を持たれていないことを肌で感じていた。
「お高くとまってやがらあ。てめえは、立派な当主の跡継ぎだと思い込んでいるってわけだ」

 男は、彼のことをよくあざ笑った。何がそんなに彼を面白がらせているのか、幼かった頃の彼にはよく理解できなかった。

 だが、12歳のあの日、21は格子の向こうから彼を呼び止めて、彼の運命を告げたのだ。

 彼は、いつもよりもさらにひどく酔っていた。母親はこの男のことを「わがままな酔っ払い」としてあからさまな嫌悪感を示していた。だが、彼はそれをあからさまに態度に表すことは紳士的でないと自分を律していた。単純に関わらないようにしていただけだ。

「おい。おいったら。まだ、お高くとまってんのかよ。俺を見下しているみたいだが、お前、わかってねえな。お前は、俺と同じなんだぞ」

 彼は、はじめて足を止めて、まともに格子の向こうの男を見た。彼には純粋に理解できなかったのた。彼のどこがこの男と同じだというのだろう。だけが本当の父親かどうかは、彼にとってはそれまで重要なトピックではなかった。そうであっても、関係なく、彼はこの館で召使いたちに傅かれる者としての責任と誇りを持った者として、父親ドン・ペドロからの教えに従ってきたし、厳格な父親や執事のソアレス、そして、幾人かの教師たちを満足させる振る舞いと成果を常に出していた。眉をひそめられ、ため息をつかれるばかりの存在のこの男と、どこが同じなのか、全くわからなかった。

「興味が出たか」
「おっしゃる意味がわかりません」

 21は、大きくのけぞって笑った。杯を持つ手と反対の手で格子にしがみつかなければ、まっすぐ立っていられないほどにふらつき、頬と鼻の先は異様なほどに赤い。そして、濁った白目の細い瞳を細めて、彼の方をじっと見た。
「なんだ。やっぱり教えてもらってねえのか」
「何をですか」

「次に、この檻の中に閉じ込められるのは、お前さんだってことだよ」
21の言葉に、彼は深く息を飲み込み、意味をよく理解しようとした。それがどのくらいの時間だったのか、彼は憶えていない。だが、時間は、酔っ払った男には大した問題ではなかったらしい。

 彼は、その間にさまざまなことを考えた。21という男の呼び名に、彼の22という呼び名。父親とカルルシュの填めている腕輪に1つ多い青い石。何度か耳にした「あれだけの才能がおありなのに、なんてもったいない」という囁き。

 男は、その彼の思考を追うかのように、また、時には前を行きながら、彼はやがて格子の中に閉じ込められるインファンテだということを、杯の中の琥珀色の液体を喉に流し込む合間に語った。彼は、館の中にいる大人たちに確かめるまでもなく、この男が語っていることは真実なのだということを悟った。

 全てに合点がいった。なぜ母親がカルルシュを目の敵にするのか、カルルシュのできが悪い時になぜ他の人たちがそれと比較して彼を憐れむのか。それまでどう考えても理解できなかったことに、彼は答えを見いだした。わずか数日の誕生日の差で、才覚や適性などは関係なく、彼とカルルシュの運命は決まったのだ。

「……で、どうだ。そろそろ夢精でも始まるんじゃねえのか」

 彼は、ある種の嫌悪感を抱いて、21を見つめた。酔った男は、また高笑いをして、だらしなく緩んだ口元から臭い息を漏らしながら顔を近づけてきた。
「高尚なお坊ちゃんよ。俺を見下すのは勝手だがよ。お得意らしい法学も、ラテン語も、お前には必要ないんだよ。お前に求められているのは、俺がやっていることだけだ。女をベッドに引きずり込み、本能の赴くままにやりまくること。それだけさ、俺やお前の存在意義は」

 そんなはずはない。自らの生まれてきた意味が、そんなことだけにあるなんて。彼は心の中で叫んだ。僕は、たとえ同じ運命だとしても、あの人のようになるものか。

 彼は、自分が閉じ込められる運命に、雄々しく立ち向かおうとした。彼が、生まれてきた日に対して責任がないように、カルルシュにもその責任はない。彼を心から慕い信頼を寄せるカルルシュを、格子の向こうからでも支えられるように、きちんと勉強を続け、召使いたちに仕えてもらうに足る尊敬を勝ち得る『メウ・セニョール』になろうと決心した。

 だから、1年後に第2次性徴があらわれて、2週間後に居住区に遷るのだとドン・ペドロに告げられた時も、冷静に受け止めた。その時に、ショックを受けたのは、何も知らなかったカルルシュだった。
「まさか! なぜ、ドイスが閉じ込められるのですか?!」

 そのナイーヴな問いかけに、ドンナ・ルシアはもう我慢ができなかった。女主人としての誇りも務めも忘れ、憎しみを露わにしてカルルシュを罵倒した。ドン・ペドロは、珍しく声歩荒げて妻を叱った。母親のヒステリーは、閉じ込められる当事者である彼をむしろ冷静にした。彼の心の準備はできていた。実の母親でありながら、ドンナ・ルシアの感情的な態度を、彼は好きではなかった。カルルシュに対する理不尽な叱咤にも、彼への身びいきが原因だと感じて、かえって嫌悪感を持っていた。

 彼は、母親を反面教師にし、父親のように冷静で有能な、人の上に立つのにふさわしい人間になろうと固く決意していた。何が起ころうと、紳士的にきちんと振る舞い、このようなことに声を荒げたりすまいと。

 だから、母親が、深夜にカルルシュを殺害するためにその寝室に忍び込んだこと、すぐに露見して遠ざけられた時にも、ショックを受けこそすれ、父親の決定に納得していた。それどころか、今後、たとえ格子の向こうで生きることになっても、これまで以上にカルルシュを支えて生きていこうと決心したぐらいなのだ。
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Category : 小説・Filigrana 金細工の心
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れ様です。

うん、やはり22(ドイス)は、いい子ちゃんですね。
普通なら、21から裏話を聞いちゃった時点で、拗ねると思うんですよね。カルルシュなんて、血のつながった兄じゃないし、自分より劣っているし。なにより、わずか数日の誕生日の差で、自分は日陰者どころか、存在しない者に甘んじるしかないわけですからね。
ここからあれだけのひねくれ者になっちゃうわけですから、マヌエラの一件だけでなく、じつは他にもなんかあったのかな、と勘ぐってしまいます。次話では、そのあたりがはっきりするわけですね。楽しみです。
ところで、21って、ほんとひどいヤツですよね。ただ、今さら感が半端ないんですけど、思えば23も24もアルフォンソもアントニアも、このオッサンの血筋なんですよねぇ。なんかなぁ……(笑)
2020.10.28 06:30 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
ううむむ・・・21も22も考えていることはそれぞれに納得できるものです。
21に関しては「そうなるよなぁ・・・」と、同情の気持ちすら抱いてしまいます。
22は21を反面教師にして自分の性格を形作っていったのですね。冷静なそしてある意味合理的な考え方が光ります。21の挑発はかなり激しいものでしたが22はそれに乗せられませんでしたね。凄いです。
そして覚悟を決め自分なりに着々と準備をして閉じ込められることに備えていたのに、こんなに心の真っ直ぐな良い奴なのに、直前にすべてをぶち壊され愛するものも含めて全てを奪われたんじゃたまったものじゃ・・・あ、この段は次回のお話になるのかな?
でもそれにしても22、彼の聡明さや性格、才能にはとても心を惹かれます。置かれた環境が違っていれば・・・とはドン・ペドロやドンナ・アンナを始め回りの、そしてこの物語るを読んでいる全ての人が思うことなのでしょうが、改めて運命というのは恐ろしいものだと思っています。
ドン・ペドロやドンナ・ルシアの気持ちを想像するとちょっと押しつぶされそうになりますよね。もちろん22の気持ちを想像したときはもっとそうですが・・・。
22目線のお話、尾を引きそうでちょっときついなぁ・・・と思いながらこの感情のザラつきを堪能しています。
でもTOM-Fさんのご意見、このオッサンの血筋って・・・身も蓋も無いなぁ。
2020.10.28 12:56 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

思うんですけれど、人間って、少しダラダラしている方が,イザっていう時に柔軟に「ま、いっか」に向かえると思うんですよね。
22は、なんかきっかけの事件みたいなものがあって変わっていったというよりは、モヤモヤをため込みつつも「いい子ぶりっこ」を続けすぎたんだと思います。
で、直接のきっかけは例の宣告ですけれど、たぶんもうその前にモヤモヤはじゅうぶんにたまっていたのだと思うのですよね。
今回更新の時点では、まだ理想的なことを思っていて、それが本心そのものだったのですけれど、やはり、閉じ込められてからは現実問題として日々直面しますしね。

ひとつだけ,宣告だけじゃなくて……というならば、来週出てくる話なんですけれど、「カルルシュがダメなヤツだったこと」だけならあそこまで引きこもりにならなかったと思います。むしろ「カルルシュを支えるマヌエラとアントニオが優秀だったこと」の方が、22の出てくるタイミングを失わせてしまったってことなのかも。

そして、そうです。ドン・アルフォンソから24まで、みんな21の孫です(笑)

インファンテは,このストーリーでは4人出てきていますが、やはり、どこか歪むんですよ。
記録は例によって何も残っていませんが、前作の22のセリフにあったようにインファンテ320は、一緒になった女性と仲睦まじく生涯共に暮らしたらしく、中にはそこそこ幸せになった者もいるみたいです。

21はダメ野郎ですが、この人もめっちゃ不幸なのですよね。
別に24のように犯罪行為まではやっていないのですが、全員に嫌われて逃げられたのです。
不幸だから嫌なヤツになったのか,嫌なヤツだったから不幸になったのかは、鶏と卵ですけれど。

コメントありがとうございました。
2020.10.28 19:29 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

この21と22の対話ですけれど、理想論を掲げている22の方は、そもそもまだ閉じ込められていないのですよ。
だから、22が高潔なことを思えるのは当然で、おそらく21の言葉が本当に心を刺すのはもっとずっと後だったと思います。

22はけっこう優秀で自己克己もできる人だったので、必要以上に理想的なインファンテになろうとやせ我慢を続けてしまったのだと思います。
とくにサキさんもおっしゃるように21のことを反面教師にしていたので、なおさら頑張ってしまったのですね。

さて、サキさんの苦手そうな話になっているようですが、そもそも22が一番つらかったのは、宣告後から引きこもり時代と『ボアヴィスタ通りの館』に遷ってきてからの数年間くらいで、いまはもうけっこう救われているのですよ。メインになるのはそうなってからの話なので、もう少々我慢していただければ……いや、その後も、ええと……。ま、いっか。

そして、そうです。
23もアントニアもあのオッサンの孫です(笑)

コメントありがとうございました。

2020.10.28 19:41 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
うん。ほんとに、良い子ちゃんは疲れますよね。というのか、これも別に、22にしてみたら「無意識に」「自然に」よい子をしているのでしょうね。子どもって無意識に、信頼できる(はずの)「大人」(多くの場合は両親。22の場合はシステムそのもの、かもしれませんが)に良く思われたくて行動しているものですよね。悲しいことに、必ずしもその「大人」が良心や思い遣りを持ち合わせている存在とは限らないんですけれど。
そして我慢しすぎて頑張っちゃった子どもは、どこかで破綻するのかも知れませんね。頑張れば頑張るほど、澱がたまっていく。まだまだ破綻前の堪忍袋に何かが溜まっていく予感がしますね。マヌエラの一件はその最後の一撃、堪忍袋の尾っぽを切るハサミに過ぎなかったのかなぁ。
それもこれも良い子だからこそ、ため込んじゃったんですね。そうそう、それに、根っから悪質な魂を持っていたら、苦しまなかったかもですよね。
たぶん、カルルシュのことだって、根っから嫌いになる要素ばかりじゃ無かったと思うし、カルルシュのいいところ(多分、愚かなりの善良さ)も十分に知っていたからこそ、悲しいんだろうなぁ。
あ、それはまだ、この先、のことかな。

このシステムの中で、幸せになる人もいるだろうけれど、多くのものは自分には足りない何かを抱えてどう生きていくか問われて、しかも上手く行かないことの方が多い。それって、こんなふうに目に見えるシステムに苦しめられるのじゃなくても、目に見えない檻の中に、すべての人がいるのかもしれませんね。どう生きるか? いつまで経っても答えは出ませんね。もっとも、答えを出すことだけが目的ではない、のかも。
2020.10.31 06:55 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんにちは。

そうですね。この時点では、彼自身も「よい子ちゃん」を演じ続けられると思っていました。演じるというか、そのものになれると信じていたようです。閉じ込められてからの彼には、それまでと違い、カルルシュに対する羨望や運命の理不尽に対するあれこれがどんどん膨らんでいたのに、それも押さえつけていたことになります。マヌエラの件は、彩洋さんもおっしゃるように、本当に最後の一押しだったのでしょうね。でも、最悪だったのは、おそらくその後で、その辺を次回の更新で……。

カルルシュは、徹頭徹尾22のことが大好きで、じぶんのやってしまったことへの後悔だけで残りの人生を生きたようなものでした。こっちも、決して悪者ではなくて、単にあれこれ残念な人だっただけで。22は、激おこで「絶対に許さない」的な態度しか見せませんが、本当は彩洋さんがおっしゃるように、カルルシュのことを死ぬほど憎み続けていたわけではないのですよね。単にこの22って、面倒くさいんですよ。

彩洋さんもおっしゃっているように、現実には、このインファンテの扱いのようなめちゃくちゃ理不尽は、現代社会には珍しいかもしれませんが、やはり誰もが「自分ではどうすることもできない檻」の中にいたり、どうしても手に入れられないものに固執して苦しんだり、似たような感情に苦しむことってあるんじゃないかと思います。だが、誰もがそれぞれの運命とどう折り合うのかの選択を迫られているのかなと、思っています。

この小説を順次発表しているとおもしろいのは、視点やスポットライトの当たる人をどんどん変えて行く度に、それぞれの登場人物に対する読者の方の印象もどんどん変わっていくことですね。ある小説では悪役だったり、モブキャラだったりしても、本人視点で見てみれば、主人公としての生き方を必死にしているのが常で、それによって別の人物にとっては不都合な行為が起こることもあります。そう考えると、子供向けの絵本のようなわかりやすい「善人」「悪人」というのは、その辺には転がっていないんだよなあと、思ったりしています。彩洋さんの小説を拝読する時ね、ときどきそんなことを思いますし。

コメントありがとうございました。
2020.10.31 15:49 | URL | #9yMhI49k [edit]

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