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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】Filigrana 金細工の心(7)薔薇色

『Filigrana 金細工の心』の7回目です。ようやく本題って感じです。時系列も、もともとの「いま」に戻ってきました。プロローグの直後ですね。

いつもは大体2000字前後で切るんですが、うまく切れなかったのでこの章はそのままアップしました。



『Filigrana 金細工の心』を読む「Filigrana 金細工の心」をはじめから読む
あらすじと登場人物





Filigrana 金細工の心(7)薔薇色

 彼は、外の光景をひと通り眺めてから窓辺を離れると、戸棚から段ボール箱を取り出した。中には、雄鶏の形をした小さな木製の板がぎっしりと入っていた。2階の陽のあたる角部屋を、彼は仕事部屋として使っていた。

 仕事。それが厳密には義務でないことを彼はよく知っている。彼に納期を告げる者はいなかった。1日に、週に、またはひと月に、どれだけの作業をこなすべきかを指示するものもいなかった。現在『ドラガォンの館』に住むインファンテがそうしているように、手を付けないままに放置できることもわかっていた。

 朝食の後に、定量の『バルセロスの雄鶏』を彩色するのは、35年近く欠かした事のない習慣だった。『バルセロスの雄鶏』は、カラフルに模様が塗られた雄鶏で、この国の最もポピュラーな土産物のひとつだ。大小様々の陶製の置物の他に、キーホールダー、マグネット、ワインのコルク栓の飾り、爪楊枝入れ、栓抜きなどにもなっている。この柄をモチーフにしたエプロンやテーブルセンター、布巾なども国中の土産物屋で売られている。

 多くは安価で、買って帰る旅人たちは、これを誰が彩色しているかなど意にも介さない。外国で低賃金の人びとの手で彩色されているか、どこかの村で内職されているか、そんなところだろうとぼんやりと思っているだろう。そして実際にもそうなのだが、少なくともそのうちのわずかは、この街で最も裕福な人びとが住むボアヴィス通りの、とりわけ立派な館の2階で作られているのだった。

 特に意味はないのだが、いつもの習慣で、本日の作業で作り上げようとする個数の未彩色の雄鶏を1つひとつ並べる。机の端から端まで、等間隔できっちりと。今日は木片だが、時にそれは陶器であることもある。だが、作家ものとなる大きい陶器の作業をすることはない。サインをすることも、「この職人のことを知りたい」と思わせるような作品を作ることも許されていないから。

 どのような色を塗るかの指示はない。彼が作るもので一番多いのは、典型的な黒地のものだが、今日は薔薇色の絵の具を取り出してきた。赤いとさかと区別がつかなくなるほど濃い色にしてはならない。彼は慎重に白を混ぜて色を作っていった。黄色いくちばし、足元はセルリアンブルーにしてみようと思った。赤いハートの模様、囲む白い点線、『バルセロスの雄鶏』には多くのパターンはない。その中でも彼は、自分の好みの色で様々な商品を生み出すのが好きだった。模様の一つひとつを機械のように、誰も検品をしたりはしないと知っていても、完璧に塗っていく。

 35年の月日は、正確な時間管理を可能にしていた。彼はいま予め並べた木片が『バルセロスの雄鶏』のキーホールダーとなるまでの時間を正確に予想する事ができた。午前中に全ての作業を終えると、着替えて昼食に向かうだろう。街から戻ってきたアントニアが、今日のニュースを告げてくれるに違いない。

 手は休まずに作業を続けるが、彼の心は時にその場を離れて自由に泳いだ。今日は、数ヶ月前までは同じように職人としての仕事をしていた甥の1人に意識が向かった。その男、インファンテ323は、実際には彼の甥ではなかった。兄カルルシュは、正確には彼の従兄であったから、甥とされている23も、正確には従甥じゅうせい だった。彼はこの青年に特別な親しみを持っていた。

 それはとても奇妙な事だった。この青年の弟インファンテ324の方がずっと彼自身に似ていて、23はむしろ彼が憎み続けたその父親によく似ていた。実際に、カルルシュの子供たちが幼かった頃は、23にひときわ厳しい視線を向けていた。だが、皮肉なもので、時とともに、3兄弟の中でこの青年がおそらく誰よりも彼の事を理解し、魂同士の共感を持つ事ができる存在だと感じるようになった。

「ギターラを習うって言っていたわ」
この館に勝手に足繁く通っていたティーンエイジャーの頃のアントニアが、23もまた音楽を奏でる同志になったと伝えた時に、彼は驚かなかった。むしろ今まで習いたいと言えなかったのかと驚いたくらいだ。

「あの子は、どこかあなたに似ているのかもしれないわね、叔父さま」
アントニアの言葉に、彼は皮肉っぽく笑ったが、どこかで彼女言葉は正しいのだと心が告げていた。

 23は靴職人だった。

 ある時、アントニアが1足の靴を持ってきた。彼の衣類や靴は、ふだん使用人が用意しておくので、新しいものが納品された時に意識する事はない。ましてやドラガォンの使用人がアントニアに預けて持ってこさせる事など考えられなかった。
「どうしたんだ」

 アントニアは、満面の笑顔でその靴を彼の前に置き「叔父さま、ぜひ履いてみて」と言った。履いてみて驚いた。いつもの靴に較べて革が柔らかく、もう1ヶ月以上も履いている靴のようにぴったりとフィットした。これまで履いていた靴も、熟練した親方が彼の足型に合わせて丁寧に作っていたのだから、それ以上と即座に感じられる靴があるなど考えた事もなかった。

「ビエラさんの所に行って、あなたの足型を受け取ってきたの。そして、トレースに作ってもらったの。どう? 履き心地よくない?」
「23だって?」
その時に彼は、甥が仕事に関しても彼と同じ姿勢でいる事を知ったのだ。そして、彼には才能があった。

 だが、彼は今、靴を作ることはほとんどないであろう。当主でもないアントニアが、あれだけの多く代わりを務めなくてはならないほど、ドラガォンの当主のこなすべき仕事は多い。亡くなった兄に代わって《ドン・アルフォンソ》となった青年には、靴を作る時間はほとんど残されていないはずだ。さらに言えば、ギターラを爪弾く時間はさらにないであろう。残念な事だ。彼は思った。

 不思議だった。彼の心にある青年への嫉妬、痛みは彼が想像したほど大きくは育たなかった。もっと羨んでもおかしくないはずだ。同じインファンテとしてこの世に生を受けたにも関わらず、23は彼がどれほど望んでも手にする事ができず、これからもできないであろう全てを手に入れた。名前と、自身の意志で館の外に出る自由と、愛する女と。だが、その事実は、彼の心をさほど波立たせなかった。あれほど兄を憎んだのと同じ自分とは思えぬ程、彼の心は静かになっていた。

 アントニア。彼は、心の中でつぶやいた。彼女がいなかったら、私は今でも悶え苦しんでいただろう。カルルシュへの憎しみと、マヌエラへの愛憎と、己の運命の厭わしさに。独りで音を奏でる事への怒りと、心を込めて仕事をしても報われないことの虚しさに焼かれていた事だろう。1人で食事をし、使用人たちに冷淡に接し、誰からも好かれない己のことを乾いた心で嘲笑っていただろう。

 アントニア。お前が私の心を解放したのだ。だが、私はお前の望むものを与えてやる事ができない。

 彼は薔薇色の木片を眺めながら、心の中で呟いた。そして、不意に、その色が昨日のアントニアの口紅の色であった事に思い当たった。新しく付けていたそれにいち早く氣づいていながら、彼女の期待している讃辞をわざとかけてやらなかったことが、彼の心をわずかに締め付けた。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

タイトル通り、淡々とした22の日常に、なにやらわずかな色づきが見えます。それはさながら雄鶏に彩色をするようで。しかも、思いつきに選んだ色が、彼女の口紅の色だったとか、もうね。
22はアントニアに対して、親しみとか感謝以上の感情を持っているようですが、状況的にも彼の性格的にも、まあすんなりとは事は進まないでしょうね。
22が24より23に共感するというのは、なんとなく理解できます。23は22のようなセンスはなさそうですけど、飾り気のない優しさや誠実さがありますよね。同じ職人として、22は23の仕事が気に入ったようですけど、それにしても23の靴はじつに多くの人の心を掴んでいますね。
ここからが本題ということですが、いったいどんな展開になっていくのか。次話が楽しみです。
2020.11.18 08:00 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ。
私のところのキャラには、こういうヤツがけっこういるんですけれど、めっちゃ面倒くさいですよね。
ようやく本題でして、これまでグダグダと語ってきたあれやこれやがあった上での、面倒くさいの極みになってしまったおじさんと、そいつを『ドラガォンの館』から追いかけてきたねーちゃんの話、という感じですね。

22とアントニアの関係は、ご想像どおり、かなり面倒くさいものです。なんたって母親の元カレだしなあ……。
そもそも、なんで同居してんのって感じですよね。

22と23には、いくつかの共通点がありますね。(見かけはの美男と野獣ですけれど)
どちらも職に対して真面目で誇りを持っています。それに音楽が好き。それから、女性に対して晩熟な上にめっちゃ粘着質。こじれてます。
24は見かけは隔世遺伝で22に似ていますが、女性に対して遠慮がなくて手が早いのはお祖父ちゃん(21)からの遺伝ですかね。

ここからの展開は、ええ、私の小説なので、ええと、ぐるぐる……なんでもないです。
また読んでいただけるとありがたいです。

コメントありがとうございました。
2020.11.18 23:14 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
今は大量生産・大量消費の時代ですけど。
それでも作った職人を考えますよね。
あるいは、今ではメーカーということになるのでしょうか。
このメーカーの作品が良いとか考えると、
やはり、大量生産でも人間の味というものが出てきますよね。
モノでも人を感じる。
2020.11.19 09:48 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

そうですね。グローバル化、工業化の時代ですから、土産物なんかもその国で作っていることは少なかったりするんですが。
ただ、ポルトガルという国は、わりと手工業が盛んな国だと思います。
お土産物なんかでも、現地で作っている素朴なものがけっこうあって、その辺もとても好きなのです。

この作品群は、そういうポルトガルのファンである私の思いを込めて書いていたりします。
ああ、またポルトガル行きたいな……。

コメントありがとうございました。
2020.11.20 00:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
『バルセロスの雄鶏』、サキも幾つか買ってきています。
お土産でもあったのですが、お土産として配った後、小さなサイズの物を2つ手元に残しています。
それはどちらも金属製で、一般的なスクッと立った黒い雄鶏と、なんだか丸まっちいうずくまったような格好をした変わった雄鶏の2匹です。
窓の外を向けるようにと教えてもらいましたので、2匹とも窓の外をジッと睨んでいます。
22の彩色の様子から、うちの雄鶏も誰かがいろんな事を考えながら書いたんだろうか?なんて想像しちゃいました。でも、こんな安物、流れ作業でパーッと書いちゃうのかなぁ・・・。
確かにパターンはあるようですが、結構色々な色が出ていましたよ。
22は目立てないので、ウチにいる2匹目みたいな自由な雄鶏の彩色はさせてもらえそうにないですけれど・・・。
22が23に共感するのはなぜでしょうね。おそらく他人を煩わせたくないとか、性格の根っこのところが似ているのでしょう。
時間の経過やアントニアの存在、そして23への共感、それらが、23の現在の境遇についても自分のことのように置き換えることができ、素直に良かったと思わせているのかもしれませんね。
22、アントニアには特別な感情を抱いているようですが、無意識にアントニアの口紅と同じ色を?これって恋?!あ・・・やっぱりサキは超単純でした。反省です。
2020.11.22 12:57 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

へえ、金属ですか?
それは見た覚えがないけど、どんなのでしょうね。
しかもうずくまったのですか。

いろいろなバリエーションがあるのでしょうね。
いずれにしても、22が作るのは「どこにでもありそうなタイプ」のものだけですので変わったものではないです。
私が買ってきて、けっこう重宝しているのは金属製のピック(楊枝)を背中にしまえるタイプのもので、タパスを作る時に使用しています。
あとは、布巾もその柄のを1つ使っていますね。

22は、アントニアから23が1人で引きこもっていることも聞いていましたし、さらにはアントニアから、ギターラのことや、さらにはマイアのことも聞いていました。なので、正反対な振る舞いの24よりは23に共感していたみたいですね。

22がアントニアに恋……ですか?
もしそうだったら、もっと話は簡単で、そもそもこの『Filigrana 金細工の心』を書く必要はなかったかも。
この人の複雑、かつ面倒くさい感情、ちゃんと書けているかいまいち自信ないのですけれど、それがこの作品の主題です。

次回以降も、面倒くさい話が続きます。
また読んでいただけるとありがたいです。

コメントありがとうございました。
2020.11.22 21:52 | URL | #9yMhI49k [edit]

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