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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】あべこべの饗宴

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

scriviamo!


「scriviamo! 2020」の第三弾です。津路 志士朗さんは掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!

 志士朗さんの書いてくださった「桃の咲く季節に。

志士朗さんは、オリジナル小説と庭とご家族との微笑ましい日々を綴られる創作系ブロガーさんです。大海彩洋さん主催の「オリキャラのオフ会」でお友達になっていただき、今年、「scriviamo!」にも初参加してくださいました。

書いてくださった作品は、お嬢さんをモデルにしたメインキャラきいこさんの登場する、素敵なひな祭りのお話です。魔法のひな壇、かなり羨ましい。欲しいです。

あちらのお話は、綺麗に完結しているので、無理にコラボする余地はなさそうでしたので、こちらも春のお祭りをモチーフに書いてみました。そして、どうもプランCが氣になっていらしたようなので、あえてプランC仕様で書いてみました。5000字以内ギリギリです。

参加するキャラは、うちのやたら沢山いるキャラからイタリアにいそうなキャラを考えたのですけれど、志士朗さんがアンジェリカ以外ではまだご存じないだろうなと思ったので、「クリストフ・ヒルシュベルガー教授とヤオトメ・ユウ」という掌編にしか出てこない「食いしん坊コンビ」を出してみました。名前は同じですが、このヤオトメ・ユウは私とは別人です(笑)

中に一瞬だけ志士朗さんの作品を意識した文を紛れ込ませてあります。


【参考】「ヒルシュベルガー教授」シリーズ

「scriviamo! 2020」について
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あべこべの饗宴
——Special thanks to Shishiro-san



 赤と青の菱の組み合わせで彩られたダボダボの服を着た男がフラフラ歩いていた。灰色のフェルト帽を被り、その上に紙でできた金の安っぽい王冠を巻いている。

 街は、おかしな服装をした人々がたくさんいたので、誰も彼の様子に目を留めなかった。ミモザの黄色い花が街を明るくしている。潮風がわずかに香るが、人々の心はやがて食べられなくなる肉の塊にある。グラッソ、グラッソ、グラッソ。マンマの手作りサルシッチャがあるんだ。マケロニも手打ちだぜ。浮かれた会話が聞こえる。

「ところで、フラウ・ヤオトメ。グラッソとは、何のことか知っているかね?」
仮装をしている集団の中で、それに加わる意思のないことを暗示した、茶色い上質なツイード上着を着た男が、連れの女性に問いかけた。彼は立派な口髭を蓄えた、知性漂う風貌を持っている。

 一方、話しかけられた女性はもう少し若いアジア人で、旅行中の歩きやすさを最優先したスニーカー風のウォーキングシューズと身につけている春用コートが今ひとつ合わない、垢抜けないタイプである。彼女は、首を傾げながら答えた。
「たしか脂肪のことじゃなかったでしょうか、ヒルシュベルガー教授」

「その通りだ。それに加えて、脂肪分の多い物事、もしくは脂肪の多い人物の形容にも用いられる。イタリア語に限ったことではないがね」
「ああ、『Weihnachtsspeck(クリスマスの脂身=ドイツ語で年末のご馳走続きで増えてしまった腹回りの肉のこと)』の『Speck(脂身、ベーコン)』みたいな使い方ですね」
「その通り。そして、この狂騒に満ちた祭りのあいだ、彼らはベトベト、ギトギトを敢えて求めるというわけだ。たとえ、復活祭のための潔斎は適度に省略してしまうとしても」

 カルネヴァーレ(謝肉祭)は、「脂の木曜日ジョベディ グラッソ 」に始まり「脂の火曜日マルテディ グラッソ 」に終わる。復活祭のための潔斎期間、四十日間の肉断ちの前に食べて食べて食べまくろうとしているのだ。

 ユウは、「それはあなたも同じですね」という言葉を飲み込んだ。教授は、カトリック教徒でもないし、教会に繁く通うタイプでもない。すでに何年も彼の秘書を勤めている彼女は、彼が食べ物に異常な執着を見せることを指摘できなくもないが、ひと言に対して十倍辛辣な返答が返ってくるのを知っている。せっかくのシチリア旅行を憂鬱にはしたくなかった。

 寒く日の短いスイスの冬に飽き飽きしていた彼女は、出張で訪れた南イタリアの一足早い春を満喫していた。街中にあふれるミモザの花は、黄色い金平糖のよう。

 白く可憐なアーモンドの花も盛りだ。暖かい日差しが降り注ぐので、コートのボタンを外して歩いていた。スイスでは、この下にウルトラライトダウンジャケットを着ていても寒かったんだけどな。

 市場の屋台のアーティチョークを眺めて、教授は満足そうに頷いた。
「そうだ。旬のアーティチョークも、ぜひ食べなくては」

 どうやら、頭の中は相変わらず、次に入るリストランテのことでいっぱいらしい。ユウは、市場の賑わいを眺めた。そして、フラフラと向こうから歩いてくる、派手な服装の男に目を留めた。足下がおぼつかない様子で、しかもきちんと前を見ていなかった。酔っているのか、それとも具合が悪いのかわからないが、このままでは歩いているユウたちとぶつかってしまいそうだ。

 子供たちが笑いながら走り、市場の屋台にぶつかった。山積みにされたレモンやオレンジが転げ落ち、フラフラと歩く《愚者の王》の足下に散らばった。

 小さくちぎられた、紫、緑、黄色、白、桃色の紙吹雪をここぞとばかりまき散らす子供たち。オレンジとレモンに足を取られてふらつく男は、視界も失いついにどぉと倒れた。

「王様が倒れたぞ!」
そばかすだらけの少年が甲高く叫ぶと、少年たちもどっと囃し立てた。

 ユウはすかさず近寄り、倒れた男に「大丈夫ですかAre you all right? 」と英語で訊いた。イタリア語がさっと出てくるようだといいんだけれど。そう考えながら。

「いや、正しく(right=右) はないね。凶星とはむしろ邪悪(sinister=左) なもの。招ばれていないあべこべの王に、居場所はない。来るのが遅くなれば歓迎もされないさ」
「なんですって?」

 ユウは、男の台詞がまったく飲み込めなかった。もしかしたら、本当に呑んだくれなのかしら?
困って、顔を上げると、嬉しそうに髭をしごいているヒルシュベルガー教授と目が合った。ちょっと、突っ立っていないで、助けてよ!

「なるほど。十億㎞の彼方からこの星を訪問するにはしばらくかかるというわけだね」
教授の言葉に、紙の王冠を抱いた男は、ニヤリと笑った。
「おや。通じる者もいるというわけだ」

「遅いとは言えない。これだけ暖かければ、サトゥルナリア祭で終えた農作業も間もなく始まる。出番はすぐだろう。それに、あなたの祭りに源流があるとされるエイプリルフールもまた、今では春の祭りだ」
ユウにはさっぱりわからない。教授の言葉も、男の右だの左だのの回答の意味も。まあいいかと立ち上がった。

 倒れた男も自力で立ち上がると、三人を囲んで囃し立てているうるさい子供たちに、「ぐわぁ!」と吠え立てた。子供たちは驚いて一斉に逃げ散った。

「親切なお嬢さんに、奴隷の王から花を」
そう言うと、男は転がっているアーティチョークの花穂を拾って、ユウに恭しく捧げた。泥だらけの顔、道化のような佇まい。けれど、どこかがただの酔っ払いとは違う。ああ、そうか、目が酔っていない。

「これ、もらっちゃったけれど、いいんでしょうか。屋台のお店のものでは?」
しばらく歩いてから、ユウは教授に問いかけた。

 教授は、片眉を上げて、何を今さらという顔をした。
「問題があれば、あの時点で店主が何か言っただろう」

 ま、そうよね。
「ところで。あの人、ご存じだったんですか?」

 教授は、勝ち誇ったように言った。
「君の教養では、あの男の身につけていたあらゆる象徴を読み取れなかったと見える」

 はあ、すみませんねぇ。
「ヒントをあげよう。あのフェルトでできた帽子はピレウス帽と呼ばれ、ローマでは奴隷が被るとされたものだ。そして彼は自ら凶星と名乗った。これでわかるかね?」
「いいえ、全然」

「やれやれ。ローマ時代、年末には全ての農作業を終え、サトゥルナリア祭を祝ったのだ。この祭りでは地位が入れ替わり、奴隷に貴族が奉仕したり、貴族がトーガの代わりに身分の低い者の衣装を身につけたりしたものだ。この謝肉祭の伝統にも繋がる無礼講の祭りだったのだ。君の国の祭りで言えば、ひな祭りのひな壇で、三人官女がお内裏様の場所に座ったり、お雛様が最下段に座ったようなものかな」

 変なたとえ。でも、言い得て妙だ。
「で、あの人が、その祭りの関係者なんですか?」
「そうだとも。奴隷の帽子の上に、王冠を被っていただろう。そして、サトゥルヌス神は、英語で言うとサターン(土星)だ。当時知られていた惑星の中ではもっとも遠くにあり、時おり逆行することもあるあべこべの星だ。タロットなどでは、凶星とされているのだよ」

「そうか。あれはサトゥルヌス神の仮装だったわけですね」
わかりにくすぎるわよ。スターウォーズとか、スパイダーマンの仮装なんかと違って、これだけ説明を聞かないとわからないなんて。

 教授は、意味ありげに口角を上げた。
「仮装かもしれないし、そうではないかもしれん。どちらでも構わないさ。さあ、その角だ。このリストランテには、何が何でも入らなくては」

 リストランテの中も、ミモザで華やかに飾りつけてあった。鮮やかな黄色は心まで温かくする。教授は、太った店主とあれこれ話し、奥の席に案内してもらった。

 ブラッドオレンジのリキュール、アマラが運ばれてくる。前菜はアーティチョークのパン粉詰め、綺麗に洗って広げたアーティチョークの花芯にニンニクやチーズ、ハーブを混ぜたパン粉をたっぷり詰めて焼いたもの。
「うわ。美味しい。昔、ニューヨークで頼んだとき、なんか緑の葉の根元をかじりながら食べろと言われて食べにくいし美味しくないなと思っていたんですけれど……」

「普通は、外側の緑は全て取り去って心臓と呼ばれるクリーム色の柔らかい部分のみを食べるんだよ。だが、こうやって全体を調理して、普段は捨ててしまう所も美味しくするんだね。このリストランテは、たんなるアーティチョークCarciofiではなくて、若くて柔らかい小さなアーティチョークCarciofiniだけを使うので、こんなに美味しいのだよ。高いけれどね」

 さすが、美味しさの追求は半端ないなあ。ユウは感心しながら食べた。これ前菜なのに、こんなに食べていいのかなあ。

「この後は、パスタに、肉料理ですか?」
ユウが訊くと、教授は首を振った。例の「そんなわけはないだろう、この愚か者が」とでも言いたげに皮肉な微笑をたたえている。

「ここに来たら、特製ティンバッロを食べなくては」
「なんですか、それは?」
「フランスのブルボン家がシチリア王国を支配していた時代にできたシチリア料理だよ。茹でたパスタをラグーであえ、揚げたナスとパスタ・ブリゼという生地で包み、オーブンで焼きあげた料理でね。ほら、きた」

 わ。なんて大きな……。これ、二人前ですか? む、無理。ユウはたじたじとなる。これはシナモンの香りかな? ウェイターが恭しくナイフを入れると、中から湯氣があふれ出した。中の様々な肉の薫りが立ちこめる。焼けた小麦粉や茄子の香りも食欲をそそる。

 取り分けられたティンバッロに、ウェイターは艶やかで濃厚なソースをかけて、ユウの前に置いた。これは、プロシュット、牛肉に鶏肉、マカロニも入っているみたい、茄子との組み合わせが美味しい!

ヒルシュベルガー教授は、どうやっているのか全くわからないが、髭に付かないように上手に食べているのに、ウエイターと話し、ユウに説明しつつも、その三倍の速さで皿を空にしていった。

 ワインは、DOCベスヴィオのラクリマ・クリスティの赤。
「ラクリマ・クリスティって白だけだと思っていました」
「ピエディロッソ種の赤も美味しいだろう? ティンバッロに合わせるならやはりこれだね」

 美味しいけれど、もうお腹いっぱい……。
「まだ、ドルチェがあるぞ。なんせできたてのリコッタチーズの旬だしね」
……絶対に無理。でも、食べたい。後悔したくない。

「安心なさい。この時期に無茶をやるのはサトゥルヌスの祝福を受けたものに相応しいからね」
「そういえば、エイプリルフールもサトゥルナリア祭と関連があるっておっしゃっていましたけれど、そうなんですか?」

 教授は、ユウが会話に関心を持っていたことに満足して頷いた。
「そう、もともとは愚か者の饗宴(festum fatuorum)というのだよ。偽の王様ならぬ、偽の教皇が登場し、偉いものは仕え、普段一番下に見られているものが上になる。文句などは言わせない、十字架に掛けられる前に、神の子である救い主イエスも自ら弟子たちの足を洗ったのだから。だから、フラウ・ヤオトメ。君も女王様のように食べなさい」

 それって、私が普段は奴隷だってこと? ま、いっか。この美味しい饗宴のご相伴にあずかれたし。ユウは、ティンバッロをまた一口、じんわりと噛みしめた。

(初出:2020年2月 書き下ろし)

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Tag : 小説 読み切り小説

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