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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】償物の呪

scriviamo!


「scriviamo! 2021」の第3弾です。ポール・ブリッツさんは掌編でご参加くださいました。ありがとうございます!

 ポール・ブリッツさんの書いてくださった『陶芸家からのラブレター 』

ポール・ブリッツさんは、オリジナル小説と俳句、それに鋭い書評や愛に溢れた映画評論などを書いていらっしゃる創作系ブロガーさんです。お名前の通り、電光石火で掌編を書かれるすごい方です。毎年ポールさんのくださるお題は手加減なしで難しいんですけれど、今年も例に漏れず。

ポールさんが書いてくださったのは、陶芸家の作品を、本来とは違う目的で愛好している人が主人公のお話です。正面から挑んでも、力量が違い負け犬の遠吠えみたいになりますので、またしても若干ずらした感じでお答えすることにしました。あちらのちょっと変わった用途に対して、制作者が本来的な意味での憤怒を持つのではなく、ずれた慌て方をする作品を書いてみました。

この掌編、一応の起承転結はありますが、ポールさんの作品と続けて読んでいただくことを想定して書いてあります。


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償物あがもの の呪
——Special thanks to Paul Blitz-san


 彼女は、発送伝票を印刷し終わると、それぞれの荷物に貼り付けた。さて。これを発送すれば今週の業務はおしまいだ。瀬戸物の入った荷物は重い。この作業を彼女はことさら嫌った。

 彼女が、この工房を開き、絵皿を販売するようになってから数年が経っていた。そもそも彼女は陶磁器を作ったり、絵付けをしたりすることなどまったく好きではない。彼女の作品には、それなりのファンがいて、この工房の賃貸料をまかなえる程度の収入を約束してくれていた。しかし、もし誰も買ってくれないとしても、彼女が食べるに困るということはない。

 彼女は台車に発送する荷物を載せると、工房の外へ出た。戸締まりをすると、そのままワゴン車まで進み、荷物と台車を積み込む。運送会社に頼めば、引き取りに来てくれるのはわかっているが、この国の運送会社は、仕事が丁寧すぎて途中で破損する可能性はほとんどゼロになってしまう。彼女の粗雑な持ち運びと運転ならば、もしかしたら少しは割れてくれるかもしれない。

 運送会社でカウンターに向かうと、いつもの受付の女性が「また来たわね」という顔をした。「そんな粗雑な扱いをしない方がいいですよ」と忠告をすることももうない。黙って、受け取った荷物に「割れ物注意」のステッカーをベタベタ貼り、壊れないように丁寧にカウンター裏に運ぶと、営業用のスマイルを見せた。
「確かに承りました。破損の苦情が来た場合は、いつものようにそちらの工房に連絡させていただきますね」

「おねがいします」

 それから受付の女性は、カウンターの下から紙袋を2つ取りだした。中には、開封された梱包材に包まれている絵皿の破片がのぞいている。
「それから、こちらは、破損していたということで先方に引き取りに行った分です。受け取りのサインと……」
女性は、納得のいっていない顔つきで言いよどんだ。

 彼女は、用意してあった紙幣をカウンターに置いた。
「あ、はい。引き取り送料2回分の代金でしょう、いつも通り領収書を出してください」
「はい。いつも、すみません」

 配送中の事故での破損は普通ならクレームの来る案件だが、この客だけは、なぜか嬉々として破損品を受け取り、さらにはかかった費用まで肩代わりしてくれるのだ。変な客だ。だが、上得意には違いないので、言われたとおりに領収書を用意して、紙袋と一緒に手渡した。

「じゃあ、今度の配送もどうぞよろしくね」
彼女は、そう答えるとワゴン車に戻り、工房と反対側の街の端を目指して運転した。家が途絶え、しばらく林の中を走った後に、再び開けた場所に出た。そこには林と後方の山を借景に、立派に佇まいの屋敷が建っていた。

 彼女は裏手に車を停めると、2つの紙袋を下げて、玄関に向かった。呼び鈴を押し待つと、すぐに使用人が出てきて屋敷の中に招き入れられた。

 時を経た梁や床が黒光りしている邸内は、いつもひんやりとしている。彼女は、いつものように、客間に通された。骨董品の皿、それに土偶や鏡などが、きちんと飾られている。彼女は、一番入り口に近い場所に飾られている柿右衛門は新しいものだなと、ぼんやりと思った。一見どこも壊れたようには見えないが、斜めにヒビが走っており、1時の方向に爪の大きさくらいの欠けがある。

「待たせたね、保食うけもち
そういって入ってきたのは、彼女のスポンサーだ。黒地に白と灰色の竹の描かれた着物は、ちょっと見ただけでは小紋に思えるが、肩の縫い目の柄合わせを見れば訪問着なのだとわかる。暗い臙脂の帯を低い位置で締めている。

「いえ。ご無沙汰しました、倉稲うかの 様。また、いくつか持って参りました」

 倉稲という名前が、本名なのかどうか、彼女は知らない。本来自分がウケモチなんて名前ではないのと同様に、この女もまた全く違う名前なのだろうと、彼女は考えている。そんなことはどうでもいいのだ。彼女が関心を持っているのは、口座に振り込んでもらう金だけだ。それも、割れた絵皿と引き換えに。

 配送途中で割れていたとクレームを受け取り替えた絵皿2枚。紙袋から取りだしてローテーブルの上に置くと、倉稲うかの は「ほう」といいながら微笑んだ。

「これはいい具合に割れていいるね。素晴らしい。もちろんこちらで引き取らせてもらうよ」
「いつもありがとうございます」

 割れた皿を欲しがる理由に興味がないといったら嘘になる。だが、余計な好奇心を警戒されて、こんなに割のいい収入源を失うような愚行は避けたい。

「ふふ。ところで、以前も同じことを訊いたと思うが」
「なんでしょうか」
「此方の工房で作っている作品のうち、割れた物は全て私の所に持ち込んでできているんだろうね」

「全てかどうかは……」
「なんだって」
「配送途中で壊れた物は、クレームが来ますから間違いなく回収してこちらにお持ちしますが、例えば、購入者が何年も経ってから割ったものなどは、わざわざ知らせてはきませんから……」

「ああ、そういうものはいいのだ。1年も経てば、掛けたしゅ は解ける。それに、こちらは、進行状況の確認と此方への支払いのために回収しているだけで、此方の知らぬところで誤差程度の枚数が割れていたとしても、不都合はない」
彼女は、好奇心を抑えきれなかった。なんの進行状況?

 倉稲うかの は謎めいた微笑をみせて言った。
「知りたそうだな。まあ、いいだろう。此方の作品に償物あがもの の呪をかけさせてもらっているのだからな。少しは知る権利もあるだろう。此方、土偶は知っておるか?」

「え? あ、古墳などから出てくるアレですか? 知ってますけど」
「ふ。では、土偶の90パーセント以上が、故意に壊されていることは?」
「そうなんですか? 知りませんでした」
「現在でも地方によって行われている葬儀での『茶碗割り』と同じで、故人にとってこの世での生活や権威の象徴だった物を壊して埋めることで、故人とこの世とを分かつための呪いまじない をかけるのだよ」
「はあ」

 それと、うちの工房の壊れた作品とにどんな関係があるんだろう。彼女は、首を傾げた。倉稲うかの は薄い笑いを浮かべて続けた。

「実は、分かつことができるのは、死人とこの世だけではなくてな」
「え?」
保食うけもちとは、どこから来た名前かしっておるか?」
「いいえ」
話が飛んで見えない。彼女は首を傾げる。

保食神うけもちのかみ は、『日本書紀』に登場する食物の女神だ。月読尊を口から吐き出した海の幸と山の幸でもてなしていたが、それを盗み見て汚いと怒った月読尊に殺されてしまった。そのバラバラになった体から、牛馬、粟、蚕、稲などの穀物が生まれた。日本だけでなく、世界中に見られるハイヌウェレ型と呼ばれる食物起源神話だな」

 彼女は、倉稲うかの の顔を、まじまじと眺めた。顔をじっくりと眺めたことなどなかったように思う。美しいが年齢不詳で、口元以外はほとんど動かない、奇妙な顔だ。彼女を見つめる瞳孔は、まるで爬虫類のように縦長だ。彼女は捕食者に狙われた小さなネズミのように硬直し、女主人の言葉の続きを待った。

「ハイヌウェレ神話は、古い記憶なのだよ。かつて我々が行ったこの惑星の環境操作のね。この星には人類が増えすぎた。ただの食糧対策ではもう対応できないほどにね。だから、我々はもう1度大変革を行うことに決めたのさ。今、世界中で我々の仲間が、同じように準備を始めている。償物あがもの の呪をかけた絵皿を一定数割った時に、異次元の扉が一斉に開き、全ての穀物や豆類、野菜など以前我々の用意した植物の成長エネルギーが回収される。そして、代わりに我々の星で家畜を養うのに使われる高カロリー飼料を生産する菌が大地にばらまかれるのさ」

 彼女は、目を丸くした。この人は、なんかおかしなことを言っている。お米もパンもなくなって、野菜もなくなるってこと?

「で、でも、どうしてわざわざ私なんかの店でそれをやる必要が? あなたたちが皿を作って割ればずっと簡単なのに」
「この手の変更は、ちょっと法的に繊細でね。いくら粗野な原住民の飼料とはいっても、銀河系間発展途上文明保護法に抵触すると後で面倒なのだよ。だから、製作と破壊はその星の住人にやってもらう必要があるのさ」

 彼女は、ガタガタと震えだした。
「あ、あの……。もし、それが本当だとして……」

「本当だとも。これを此方に告げたのは、そろそろ準備が整うからさ。必要な絵皿の破壊は、まあ、全世界であと200枚というところか……。此方も食べたい料理があるなら早く食べておくのだな。新システムに移行した後は、稲だの小麦だのは2度と育たなくなるし、野菜もあっという間に店から消えるからな」

 私は、それまで、そんなことに協力していたの? 彼女は、顔面蒼白となったまま倉稲うかの の屋敷を退出した。これ以上、うちの店の皿を割らせたりしてはいけない。1枚だって。

 彼女は、自分の作品をしょっちゅう買ってくれるお得意様の青年を思い出した。つい2日ほど前にも、その客は皿を買って帰った。でも、いつも大事に手で持ち帰るものだから、お得意様サービスのフリをして、粗雑に包んだあれを何か美辞麗句を連ねた手紙と共に送りつけたはずだ。

 あのお皿と、ここ1年ほどの間に毎週のように買ってもらったお皿を、なんとしてでも取り戻さなくちゃ! 万が一にでも、あの人がお皿を割ったりしないように!

(初出:2021年1月 書き下ろし)
関連記事 (Category: scriviamo! 2021)
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Category : scriviamo! 2021
Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
執筆、お疲れさまでした。

うわわ、ポール・ブリッツさん、あのお皿割っちゃだめ~……って、ここで叫んでもしようがないか(笑)
あの続き、どういうふうに持って行くんだろうと楽しみにしていましたが、なるほど、こうきましたか。捻りが効いていますね、これ。
皿を割るという行為を、贖物に関係づけるというのは面白いですね。皿だから食事=食料と人類を分かつということなんですね。絵皿本来の目的のために使わないという点では、ポールさんちの彼も、こちらの方々も同類ですけど、こちらはえぐいなぁ。満願成就したら、その先はいったいどんな料理が食卓に並ぶのやら……。

ポール・ブリッツさんの作品と対をなす、二つで一篇のショートショートのような作品、楽しませていただきました。
2021.01.20 08:47 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こう来ましたか。さすがですね。大笑いしました。わたしには絶対思いつかない展開であります。

まさか伝奇SFになるとはなあ。

来年はどうしようか……。もうネタがないから開き直ってクトゥルー神話とか書こうか……(笑)。
2021.01.20 11:12 | URL | #0MyT0dLg [edit]
says...
こんばんは。

えへへ。「割っちゃダメ!」という感想を持っていただけたら成功(笑)
でも、「せっかく心を込めて作ったのに、残念」的な展開では、全然面白くないかなと思って、少しだけひねりました。
ご飯、食べられなくなったらイヤですものね。

満願成就したら、今のグルメの数々は全てなくなるかも。
土みたいな、栄養はあるけど美味しくないし見た目も単純な餌だけ?
私にとっては、これほど地獄な未来はないかも。

コメントありがとうございました。
2021.01.20 23:13 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

おお、笑っていただけて嬉しいです。
ほら、「せっかく作ったのだから大切にして」みたいな展開は、つまらないかなと思いまして。
ポールさんのところの主人公に、世界の命運が握られている……っていうか、もう遅いかも?
その前にいっぱい割っちゃっていますものね。

ら、来年はもっと難しくなるんですか!
ひぇー。今年ももう息も絶え絶えなんですけれど……。

今年も剛速球でのご参加、どうもありがとうございました!
2021.01.20 23:17 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ただの道楽と思っていたパズルがえらい事になってきましたね。
ポールさんのウィットの利いた掌編からこんな方向へ持っていくとは、全然予想外でした。というか、発想の原点を含めてとても夕さんらしい捻り方で、サキではこうは行かないなぁと思いました。
これSFと呼んでもいいのかな?と考えていたらポールさんから「伝奇SF」というご指摘が・・・へえ、こんな分類があるんだ・・・ということはSFと呼んでもいいんだと、納得しました。
なんだか、人類を超えるような偉そうな存在も登場していますしね。

しかし現在の人類はたしかに増えすぎています。食糧問題について偉い人たちや研究者たちは色々な方策を考えてはいるのでしょうが、まだまだ途についたばかりで特効薬のような方策は出てきてませんよね。いっそのことこの人類を超えるものの提案に乗ってしまうのもありかもしれませんよ。
飢餓による戦争なんかを延々と続けているよりは良いかも・・・なんて思ったりしましたが、どう思われますか?
でも、食事はただの栄養補給に成り下がって、食事という行為がどのような形態になるのかまったく想像すらできません。食事の楽しみはおろか、生きている意味までも失われてしまいそうです。
なんとか皿を割らないようにしないといけないとは思いますが、全人類が食事を続けていけるように、我々も頭を捻らないといけませんね。
考えさせられる一編でした。

来年のポールさんの挑戦も楽しみですね。超悪球を期待していたりして・・・。
2021.01.21 11:37 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんにちは。

ポールさんのお話自体が普通じゃない(わざわざ皿を買って割る)ので、これを普通に戻しても全然面白くないじゃないですか。
なので、最初には「実は、もともとは、割って喜んでもらえるものだった」→「でも事情が変わって、やっぱり割らないで」に持っていくストーリーを組み立ててみました。

「伝奇」ってつくと、急に格調高くなりますね。しかもSFとはありがたや。
上から目線の異星人(?)は、上から目線の嫌なタイプの人たちのパロディだと思ってください。

実際の人口爆発の問題は、確かに笑い事ではないのですけれど、現在あるものを簡単に取りあげて、何かで統制して、みたいなやり方が横行する世の中には生きたくないなと思います。とはいえ、人口を減らすために病原菌をばらまくとか、虐殺を肯定するような世界もイヤですね。

個人的には、普通の料理で食べることを禁止されるようになったら、そこまでして生きている意味を考えてしまいますね。

この物語の目的は「わー、ポールさんのところのあの人を止めて!」と読者が思ってくれればそれで目的達成なのですけれど(笑)

もっと難しいお題ですか……。勘弁して欲しいですよ……。

コメントありがとうございました。
2021.01.21 16:23 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
まさかの展開
びっくりしました
何かのフェチかと思ったら地球存亡に関わっていただなんて
何が人類滅亡につながるかわからないですね

あっ飼料は作れるから滅亡はしないのか
でもきっとおいしくはないんだろうな…
味覚障害を引き起こすウイルスもまさかそのため…
2021.01.22 14:06 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

対ポール・ブリッツさんですからねぇ。
普通のお返ししても……ね。

そうなんですよ。
お皿なんて、いくらでも壊して構わないと思うんですけれど、たまに「それは知らない方が幸せかも」ってことがありますよね。

以前フランスのプロヴァンスを旅したときに知り合った人のおじいさん、無名だった生前のゴッホに料金の代わりにもらった絵、「こんなわけのわからん絵もらってもねぇ」と言って、鶏小屋で柵の板代わりに使っていたそうです。ちゃんと残していたら○億円になったかもしれないのに……。

味覚障害は、そのせい!
その展開は、ぞっとしますね。
本当にそうなったらどうしよう。
とにかく美味しいものを食べておくことにします。

コメントありがとうございました。
2021.01.22 21:47 | URL | #9yMhI49k [edit]

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