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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】Filigrana 金細工の心(10)迷宮

昨年末に一時休止した『Filigrana 金細工の心』の連載再開、10回目「迷宮」をお送りします。

はじめにお断りしておきますが、今回の更新、おそらく読んでくださる方にはドン引きされると思います。だから、開示をダラダラ引き延ばしていたわけではないんですけれど……。第1作のヒロイン、マイアはお子様だったのでこういう展開は全くなかったんですけれどねぇ。



『Filigrana 金細工の心』を読む「Filigrana 金細工の心」をはじめから読む
あらすじと登場人物





Filigrana 金細工の心(10)迷宮

 わずかな軋みが、彼の前頭葉に刻み付けられている。それは過去に確かに耳にしたものであるが、記憶の音なのかそれとも現在響いているものなのか、彼は確認したくなかった。

 あの時、アントニアは19歳だった。彼女がいつからその悪夢に迷い込んでしまったのか、彼は知らない。ただ、その夜、彼はその軋みで目を覚ました。好奇心など起こすべきではなかった。使用人たちが全て去り、誰もいないこの館の夜の時間、それから3千以上の夜を、いや、これからどれほどになるかわからぬ夜を、許されぬ幻影に苦しめられると知っていたら、彼は何も聞かなかったことにしてそのまま眠りについただろう。

 どこからか聴こえてくるのかを想像することは容易かった。若い娘にも生命の営みに関する衝動があることくらい知っていたし、そのままにしておけばよかったのだ。けれど、彼は足音を忍ばせて、彼女の部屋の前まで行ってしまった。そして、漏れてくる彼女の悩ましい声を耳にしてしまったのだ。アントニアは、彼を呼んでいた。

 その衝撃に、彼はしばし立ちすくんだ。それから、黙って踵を返した。だが、アントニアの部屋から漏れてくる声は突然止んだ。

 その夜のことを彼は口にしなかった。アントニアも話題にしなかった。けれど、それを秘め事にしてしまって以来、2人の間には従叔父と従姪の関係だけではなく、後ろめたく苦しい感情が常に流れることになった。彼は、アントニアが彼に対して何を願っているのかを知ってしまった。そしてアントニアは、それが一時の夢物語であるとも、新たに愛する男が出来たとも語る事はなかった。それどころか、次から次へと《監視人たち》が持ってくる、青い星を持つ貴公子たちとの出会いを片っ端から断った。

 彼の夢を支配していたのは、それまでマヌエラ1人だった。人生の中で唯一手が届きそうだった女神。彼女を腕の中に抱き、その柔らかい唇を夢中で吸った記憶、肌に触れることもなく、欲望を受け入れてもらうこともなかった彼女との愛の営みの続きを、彼は夢の中で幾度も続けた。

 格子の向こうから横目で眺めた彼女の腹が、少しずつ膨らんでいった時、彼は憎しみと嫉妬に苦しみながらも、夢で続けている彼の愛の衝動が彼女を孕ませているという想いからも自由になれなかった。アントニアは、そうして生まれてきたマヌエラの娘だった。現実には、憎み続けたカルルシュの血を引いた女であり、その一方で、彼の幻影の中での彼自身の娘でもあった。

 だが、その夜から、彼の夢は乱れた。彼の女神は、彼の愛し続けたマヌエラは、その柔らかい金髪と灰色の瞳で優しく彼を愛撫していたはずなのに、時には黒髪で彼を締め付け、挑むようにその水色の瞳で覗き込む。それがマヌエラではないと意識にのぼっても、彼はその夢から離れることができなかった。

 目が覚め、汗を拭き、シャワーで穢らわしい夢を洗い流す。普通に立って生活している時には、彼の夢はこのようにおぞましい罠は仕掛けてこなかった。目の前にいる美しい娘は常に彼の従姪であり、愛する女の娘だった。たとえ、彼を見つめるアントニアの水色の瞳に、叔父に対する愛をはるかに超えた強い想いを感じても、彼の心は動かなかった。

 それは、アントニアが若いからではなかった。その事を今の彼は、痛いほどわかっている。マヌエラ1人を憎みつつも変わらずに愛しているからでもない。ひとつの愛を信じる事のできた数ヶ月前に彼は戻りたかった。

 カルルシュがこの世を去った後も、彼がマヌエラを愛しその手を求める事は許されなかった。黄金の腕輪を嵌めていない男であれば、彼女の2人目の夫となる事が許されるが、彼はインファンテだった。そして、マヌエラだけでなく、どの黄金の腕輪を付けた女も、たった1人の《星のある子供たち》である男としか関係を持つ事を許されない。それが宣告1つで子供を産む事を強制され続ける悲劇から《星のある子供たち》である女を守るドラガォンの掟だった。

 彼が望めば、おそらくドラガォンはありとあらゆる彼の好みそうな《星のある子供たち》である女たちを彼に引き合わせただろう。そして、彼は、カルルシュの実の父親がそうしたように、次々と無垢な娘を楽しんでは放り出す事も許されたはずだ。だが、彼はそれを望まなかった。マヌエラにこだわったまま、1人でこの歳まで過ごした。血脈をつなぐ事を拒み、ただの1人の女にも触れようとしなかった。

 それなのに、マヌエラを失って以来はじめて興味を持ち、心と体の両方を得たいと願った娘もまた、1度《星のある子供たち》に選ばれた、彼が触れてはならない女だった。しかも、我が子であってもおかしくないアントニアよりもさらに若かった。

 ライサ・モタに惹かれている事に氣づいた時、彼はひどく混乱した。それが単なる欲情の対象ではなく、恋をしているのだと認めざるを得なくなったので、身勝手で残酷な己れに身震いした。彼のアントニアの想いに応えるつもりのないことに使ってきた理由は、全く意味をなさなかった。
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Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。
おお、なんか久しぶり。

あらら~、またしてもぐるぐる地獄ですね(笑)
法律上もドラガオン・ルールも、22とアントニアなら問題はない……はずですよね?
22もさっさと可愛い姪と……とはいかないか。なのに、あんなことになったまま放置しつつ同居とか、めっちゃ気まずいし拗れまくるわなぁ。
しかも、このむっつりオトコ、堅物かと思いきや、ちゃっかり甥の元カノにドキドキしてるし。それがアントニアに知られたら、どうなるのか。とても楽しみ、じゃなくて心配です(爆)

それにしても、八少女夕さんって、こういう関係性を演出するのが、ほんとうに上手いですね。そう来るか~、と思わず唸ってしまいましたよ。
2021.03.24 06:17 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

本当に。まるまる3か月ぶりですからね。

そして、こちらもぐるぐるです(笑)
マイアのような微笑ましいぐるぐるではありません。

法律上は、22は存在していないので論外ですが、ドラガォン的にはむしろ「超おすすめ」な組み合わせです。星4つ同士ですし、そもそも叔父と姪じゃなくてもっと離れていますからそちらの問題もノープロブレム。もっとも、スペインやポルトガルの歴史では、王家で叔父と姪の結婚なんて普通にあったので、昔はドラガォンでもその近さなら誰も氣にしなかったという設定ですね。

でも、どっちも触れないまま放置。周りもみんなわかっているけれど、22とカルルシュ夫妻の因縁がヤバすぎて誰も何も言えない状態です。何もわかっていないのは例によってマイア1人です(笑)

そして、もっとも救いないのは、ご指摘通り22がマヌエラへの純愛を貫いていないことなんですよ。
それに、「ロリじゃないから、そんな若いのはダメなんだ」的な理由でもないという。
アントニアにとっては踏んだり蹴ったりな状況。
この裏側で、マイアは何も知らずに「ドンナ・アントニアが羨ましい」とかグルグルしていたわけですから、まったく平和でいいですよね。

というわけで、どんな落としどころにたどり着くのか、ドS系物書きのTOM−Fさんにはぜひ楽しんでいただきたいです。

コメントありがとうございました。
2021.03.24 21:35 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
秘め事の覗き見・・・・。
なかなか官能を擽る話で良いですねえ。。。
一番は家族の営みや家内の営みを見ることが多いんでしょうけど。
まあ、そういうのを見て育つ!!というのも真っ当な成長なのですけど。
性に興味を持つというのはとても大切なことですよね。
2021.03.26 23:05 | URL | #- [edit]
says...
ドン引き?とんでもないです。
ある程度サキが自分勝手に想定していた展開で、でもこれはないよね!と思っていたので、かえってビックリしました。
開示のされ方は随分刺激的でしたけれど・・・。
はっきりとアントニアが気がついた事がわかる展開は驚きでした。ひょっとしてアントニア、気付かれるように行動してる?
TOM-Fさんも仰っていますがこの2人の関係、法律的な問題やドラガォンの戒律はクリアー出来るのでしょうか?あ、どっちもOKなんだ。だったら・・・などとまた予感してしまいますが、こちらへの展開はこのままの状態で封印されてしまうのかな?うわぁ生殺し。
22は思っていたよりフラフラと流されているようだし、え!?よりによってそっち?やっぱり血なのでしょうか?
これは続きが楽しみになってきましたが、どうも22にもアントニアにも行き違いの不幸が付きまとうようです。
なんだか、悩ましいなぁ。まさに迷宮です。
2021.03.27 13:37 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

江戸時代くらい昔の日本だともっと押っ広げだったという話もききますけれど
まあ、最近の家庭は超秘め事ですよね。

ただ、この場合は、そういう話でもないので
単に話が複雑になってしまっただけという話も。

コメントありがとうございました。
2021.03.27 21:16 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

刺激的になってしまって、申し訳ないです。
言葉では絶対に話しそうにもない2人なので、勘違いしようもない明白な事件が必要でして……。

アントニアは、そういう展開でバレることは予想していなかったでしょうね。
油断したというのはあるかもしれません。
この時点では、この館、夜になると2人きりだったのですよ。
ライサが来てからは再び24時間の監視体制が敷かれているのですけれど、それまでは特別なセキュリティはかかっているけれど《監視人たち》は隣の家で寝る状態だったので。

「法律的」にはぜんぜんクリアーしていません。22は存在していないので「実父(のスペア)」ですから。ただ、ドラガォン的にはそこまで血も近くないし「超・大歓迎」です。アントニアはまだ誰にも選ばれていない状態ですし、インファンテとインファンタですから。でも、母親の元カレですよ! 誰もがよくわかっているのに、怖くて「猫に鈴をつけにいけない」状態です。なので生殺しです。(またか、ですよね)

22は、よりにもよって、そっちですよ。
まあ、顔の好みとしてははっきりしているんでしょうね。それに、24にされたことに対する憐憫もありますし、変なところで嵌まってしまったようです。
少なくともマイアのような「はいはい、勝手にやってなさい」的なぐるぐるではないです。でも、話としてはかなり単純です。(と、私は思うけれど、どうかしら)
しばらくお楽しみくださいませ。

コメントありがとうございました。
2021.03.27 21:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ほんとだ、久しぶり。
と思ったら、なるほどそういう話でしたか。あ、これは納得の範囲ですね。夕さんがそういう設定を選択されるかどうかは分からないなぁと思っていましたが。
でも、アントニアが意外に感情としては屈折無く、直接的というのか、素直というのか、にちょっとだけ驚きました。あ~でも、この家系の方々は、こういう部分はある意味すごく純粋なのですね。まぁ、半径3m内で恋をする(というのは私の大学時代の友人の名言ですが)ことを強いられているような人たちですから、そうならざるを得ないのかも。それに、斜めに生き体と思っても限られた中では出来ることも限られているし、どこか純粋培養的な。
そして、22の方の気持ちも、まぁ、そうなるよね~という気がしました。

多分、家系の事情からすると、血が濃ければ濃いほど良いはずですよね(でも、この2000年あまりの間にだいぶ薄まってそうだけれど)。エジプトでも普通に兄弟や親子で結婚していたし(同じように血の濃さという発想で)、と思ったら、普通にあるあるでしょうね。そもそも法律とか持ち出したら、体制自体が法律に触れてるし(人権とかね)、そもそもが独自の「法」で動いているんですものね。
マイアのぐるぐるとは違う……^^; 確かに。あの子は平和なぐるぐるでしたね。
2021.03.28 12:33 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

これまでの情報開示を総合したら、まあ、想像はつく展開ですよね。
この話、ほとんどひねりはありません(笑)

アントニアは、直球タイプです。
それにおっしゃるように「半径3m内」(ぴったりな表現だなあ)でいろいろ起こってしまう世界で、これはアントニアが悪いわけでなく、そういう温室培養だからですよね。この兄弟姉妹、1人も学校に通っていませんし。屋敷に入ってこられる人間もものすごく限られています。(誓約を済ませた《星のある子供たち》か《監視人たち》中枢部のみ)

22はもっと限られていて、人生の大半が檻の中でしたから。

この家系の血が薄まっているかどうかは微妙でして、500年前くらいまでがどうなっていたかはよくわかっていないので、本当に(誰かの)まともな血を受け継いでいるのかは誰もわからないのですが、少なくともそれ以降は、全員が両親とも《星のある子供たち》だけで子供を作らせているので、X遺伝子もY遺伝子も500年前以上には薄まらないはずです。もちろんそれ以上は濃くはなりませんが。なので、星が5つとか1つとか、そういった違いはそもそも意味をなさないはずですが、こちらは単純に数の増えすぎや減りすぎをコントロールするため、また星が多いほど受け取る情報量も多いので組織内で中心的な役割を果たす意味があります。

で、よくわかっている中枢よりな女性が好まれるのはそういう事情があるからで、マイアみたいな星1つでも「ちっ。薄まるじゃん」という理由で煙たがれることはありません。ただ、あそこまでわかっていない娘は、システム的には面倒くさいことは確かで、インファンテの相手としては、アントニアのようなインファンタやマヌエラのように「サントス家出身」などが(システム上層部に)好まれるのは間違いないですね。

マイアは、まあ、いまだに平和にほとんど何も考えていないかも(笑)

コメントありがとうございました。
2021.03.28 16:29 | URL | #9yMhI49k [edit]

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